第3話 美しい町、幸せな生活

 また夢を見ていた。


 内容はもう覚えていない。

 けれど、見覚えのある女性と、見覚えのある世界で何か話していたのだけは覚えている。

 最後は消えて……あ、そうだ。その時、何か言っていた。

 待ってる、とか。そういう感じの。

 初めて、夢の内容を思い出せた気がする。


 リビングに出る。

 いつもより30分程早く起きたので、ゆっくりとキッチンに向かう。

 色々と古くさい部屋、いつもの外の世界とは違う町並みが見える勝手口。

 昨日と同じ光景なので特に何も思わなくなった。


 キッチンに立ち、弁当を作る。

 箸以外で食べる事ができる料理、あまり手を使わなくても作れる料理、と考えると、やっぱりレトルトカレーは救世主だ。洗うのが面倒だけど、まぁそれは別にいい。


 作っている間、ずっと勝手口が気になった。

 冷蔵庫に入れてあった、昨日炊いた白米の残りを大雑把に入れ、電子レンジでカレールーを温めてこれまた大雑把に入れるだけ。あとはミニトマトでも洗って入れるだけで完成する弁当。

 暇過ぎて、ついキョロキョロしてしまったのだ。

 それにしてもこの勝手口、土曜、洗濯物を干しに開けた時は普通にいつも通りの世界だったのだが……いつ変わったのだろうか。


 様々な疑問が浮かんでくる。その答えを見つけるには、一回行ってみるのが最善だ。

 昨日行っていたら、こんな怪我負わなかったけど……と少し後悔もしているが、今日玄関から登校し、腕や脚の骨でも折ったら大事だ。それだけは避けたい。


 あの扉の先に何があるかは分からない。でも、体験してみる価値はあるはずだ。

 そういう思いを持ち、スクールバッグを肩にかけて勝手口を開けた。


 扉の先は、昨日まで徒歩で通っていた通学路の景色と全く異なるものだった。

 けれど、どこか見覚えのある町並み。故郷だろうか?

 いいや、違う。あそこにしてはよく分からない建物が建っている。

 でも、とにかく綺麗だ。いつぶりだろうか、こんなに景色が美しく見えたのは。

 自然いっぱいという訳ではない。人工の建物__周りには住宅、遠くには高層ビルが並んで建っている。緑は住宅の庭の植物くらいだ。


 右手に違和感を覚えた。特に中指に。

 見てみると、中指に包帯が巻かれていなかった。

 これ以上できないくらいに折り畳んでみる。……痛みも違和感も全くない。一昨日、いや、昨日の午前中までと全く同じ感覚だ。

 それに、指見た時に思ったのだが、なんか痩せてるような……。

 学校に向かいながら、そこら辺の住宅の窓ガラスで確認する。

 通学路も何故か分かっている。下を向いても辿り着けるのではないか、という程に。


 そして何より、姿

 整った顔。スタイルも良い。制服も、ついさっきまでとは全く違う色・デザイン。

 これは僕なのか、尾形伊吹で合っているのか、と疑う程美しい人物を、現在僕の意思で動かしている。


「伊吹!!」

「わっ!?」


 突然名前を、しかも呼び捨てで呼ばれたので、肩が思いっきり上がってしまった。

 振り返ると、真っ白なワイシャツが似合う男子高校生が、こっちに来てと合図していた。

 彼は……早島奏太はやしまそうた。聞き覚えなんてないはずなのに、名前がすらすらと出てきた。しかもフルネームで。


 もう意味が分からない。けれど、なんとなく、ここの僕は好かれていそうだ。

 奏太と、見てもないテレビ番組の話題で笑いながら学校へゆっくりと向かった。



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