第8話 初めての死闘

「着いたぞ。コタロウ」


 次の朝、期待感もあって早めに起きたオレは朝食もすぐに済ませ出発した。

 森を歩く事3時間くらいだろうか?目的地の山の麓に到着した。


 通常、普通に歩くことも難しい森の中であるがこちらの世界ではスムーズに歩く、というか走るのに近い速度で移動することが出来るようになっていた。

 恐らくレベルが上がって身体能力が強化されているのだろうと推測する。

 そのスピードで3時間移動する訳だから移動距離はベースキャンプからおよそ30キロといったところだろうか。


 登山を開始するにあたって、山道があるのに気づく。コレが人為的なものなのか自然に出来た、けもの道なのかは判断できないがコレで大分登りやすい。助かった。





「おいコタロウ、ここは本当にすごいぞ」


 山に登り始めて小一時間、ここはまさに宝の山だった。

 様々な果実がたわわに実っているのである。


 ブドウにマンゴーにトマトにみかんそれにオリーブも。鑑定したらそれぞれ山ブドウ、山マンゴー、山トマトに山みかん、山オリーブだったが…


 でも一番の収穫はコショウだ。見覚えがある赤い実があったので鑑定してみたら山コショウと出た。



「やったやった。コレで更に料理に幅が出るな。」



 とオレはニコニコだ。



 ただし今日の目的はあくまでも調査だ。収穫は二の次なので、出来るだけ手早く自分の身の回りのものだけ収穫していく。


 収穫しつつも歩を進めて行く。そして丁度、太陽が真上に来たときに休憩することにした。山の中腹あたり、少し開けたところに腰を下ろす。



「コタロウ、お昼にするぞ」


 お昼ご飯は、作り置きのベーコンとキノコがたっぷり入ったスープとゆで卵。

 アイテムボックスに収納すると時間経過がないようで、スープもアツアツのままなのだ。


 そして、コタロウにはベーコンを食べやすく切ってやる。

 元の世界にいた時は、コタロウとコジロウのご飯はネコ用のものだった。人間用のものは塩分などが多すぎるからだ。

 ただ、こちらに来てからは同じものを与えている。数値上は、オレよりも体力があるので大丈夫だろうと思う。



「それにしてもこの山はおかしいな」



 これだけ、山の幸の宝庫なのに今まで人どころか全く動物にさえ遭遇しなかった。普通に考えてありえない。


 それだけに何かこの山には秘密があるように思えてならない。

 モチロン、オレの期待も込めての話なのだが…



「よし、じゃあまた出発するか」



 簡単な食事を済ませ、また歩を進める。今日はベースキャンプには戻れないだろう。初めての野営をするつもりだ。



「コタロウ、やはりこの山は本当におかしいぞ」



 しばらく歩を進めてみて、更におかしな事に気付く。



 山道はさらに続いているのだが、周りの植物が様変わりしていく。今まで密生して生えていた木々がどんどんまばらになり、その種類も針葉樹林になっている。



「そんなに高い山でもないのに、もう森林限界なのか?高山みたいな植生だ。」



 それでもかまわず、どんどん進んでいくと更に植物はなくなっていき、遂には岩肌だけになる。よくテレビなどで見かけていた、富士山の頂上付近のようだ。


 斜面はどんどん急になっていくが、登るのはそれほど苦にならない。それどころか見通しが良くなって逆にペースが速くなったくらいだ。



「やはりレベルアップしていてよかったな」

「ニャ」


 と話してると前方に何か赤い物が見える。



「ん?なんだろ?」



 近づくとそれは鳥居だった。


 この世界にきて初めての人造物。オレは、急いで駆け寄っていき前方に灰色のものがいるのに気づく。


 その灰色のものは大きなクマ、いわゆるグリズリーと呼ばれるクマだった。

 そのクマと目が合う。



 オレは距離を取りながら鑑定をする。



「鑑定結果」

 山グリズリー:性格は獰猛で、特に人間を好んで襲う。

 俊敏な動きと強靭な上あご、鋭いツメが武器で攻撃力はかなり高い。

 移動速度はかなり早いため

 HP:320



「HP320!!!オレの3倍以上か!」


 なるほど、こいつがこの山の主なのだろう。

 こいつのテリトリーだから他の動物がいないのだ。


 そして、こいつからは逃げられないようだ。ここは一発腹をくくるしかないな。


「来るぞ!コタロウ」


 おれの掛け声とともにコタロウが、少し距離を取り身構える。


 と、グリズリーが突進してくる。大きさは2,3メートルくらいだろうか?

 ちょっとした軽自動車ぐらいの大きさだ。それがすごい勢いでこちらに向かってくる。



「ファイアーボール!!っと?」



 オレの手のひらから飛び出した火の玉をグリズリーは難なく避ける。

 半ば予想していた事ではあるが、初めてオレのファイアーボールを避ける相手に出会った。


 グリズリーは華麗にサイドステップをかまし、ファイアーボールを避けるとまたオレの方に猛ダッシュで接近する。



「これならどうだ?ウインドカッター」



 真空の刃がグリズリーを襲う。グリズリーも避ける気配がない。見えてないようだ。やったか?



「???」



 と、瞬間グリズリーの体が一瞬青白く光った気がする。その光に阻まれ、ウインドカッターは致命傷を与える事ができない。


「バリアーみたいなものか?」


 よく目を凝らすとグリズリーの体を覆う青白いオーラのような光が見えた。


「なにかのスキルなのか?」


 と思ったら、グリズリーが目の前にいた。その大きな右前足を振り上げてオレに振り下ろす。



「あっぶねー」


 次の瞬間、オレは宙に浮いていた。

 コレも特訓の成果だ。風魔法を使って、自分を強引に空中に浮かび上がらせている。

 空中での動きはまだまだで、地面から10メートルくらいの上空に静止するのが精いっぱいだが…


 更にこれだと攻撃手段がない。魔法の同時展開はムリだしかといって他に遠距離攻撃の手段もないからだ。



「よし、態勢を整えて」



 グリズリーからまた距離を取ったところに着地する。するとまたまた、こっちに猛ダッシュしてくる。



「よーし。ファイアーボール!!!」



 オレは手のひらからファイアーボールを次々と発生させる。オレの手のひらから放たれた10数発の火の玉は、様々な軌道を描いてグリズリーに襲いかかる。




「!!!!まじか?」


 驚いたことにグリズリーはその火の玉を全て避けながらこっちに突進してくる。なんという身のこなしだ。


 と、次の瞬間またグリズリーが目の前まで接近してきた。そのキバがオレに襲い掛かる。


「クッソー。ファイアーボール」


 至近距離で顔面目がけてぶっ放してやった。


「やったか?」


 ところが、寸前に前足でブロックしたようだ。

 グリズリーは、無傷で少し距離を置いてまたこちらを睨んでいる。


 だがその右前足は炎に包まれて、それを忌々しそうに見ている。


「なるほど、ファイアーボールならダメージがあるようだな。」

 と思った次の瞬間。


「グオオオオオオオオオ!!」


 という雄叫びと共に、グリズリーは前足を地面に叩き付けた。

 地響きがこちらにも伝わってくるような衝撃が走る。



「っち。炎を叩き消しやがった」



 見るとグリズリーの前足を覆ってきた炎はすっかり消えて、グリズリーが勝ち誇ったような顔でこちらを睨んでいる。


 しょうがない。奥の手を使うか。ただし、アレにはタメが必要だ。



「コタロウ、頼む。時間を稼いでくれ。絶対に攻撃は食らうなよ。あ、この絶対にって別にフリじゃないからな!」



 前世では、絶対に押すなよって言うと押さなくてはならないという謎のルールがあったが、こちらは異世界だ。関係ないはずだが一応、念を押しておく。



「ニャー」



 コタロウは勇ましい声を上げると共に、グリズリーに向かっていく。といっても決してグリズリーの射程距離には入らない。


 少し距離をとったところから、一気に飛び掛かりそのツメを死角から首筋に突き立てる。一撃を入れたらまた離れる。ヒットアンドアウェイだ。


 グリズリーも相当、素早いが敏捷性においてはコタロウの方が上手だった。

 応戦するが、コタロウの速さに翻弄される。


「グオー」と威嚇するもコタロウは隙を見せず、あくまでも一定の距離を保っている。


 ・・・ところが段々コタロウの旗色が悪くなっていく。グリズリーの攻撃は全く当たらないが、かといってコタロウの攻撃もグリズリーに致命傷を与えるには至らない。それに気づいたグリズリーが、またオレの方に攻撃対象を変更しようとする。


 コタロウも焦るが、大きな攻撃を加えるにはもっと踏み込まなければならない。

 そうするとグリズリーの攻撃を食らうリスクが高まる。



「ニャア・・・」



 意を決してグッと踏み込んだ時、


「コタロウ。もう大丈夫だ。」とオレが声を掛ける。


 ほっとしたコタロウが攻撃を止めた瞬間、グリズリーは方向転換をしてまたオレに対峙する。


「待たせたな。」


 とオレはグリズリーに声を掛けて両手にグッと力を込める。


「食らえ。ファイアーボオオオオル!!!」


 両掌から数10発ずつ、オレのほぼ全魔力を込めたファイアーボールが様々な軌道を描きながらグリズリーに襲い掛かる。これがオレの奥の手だ。



「なんと???」



 オレの両掌から放たれた数十発のファイアーボールをグリズリーは全て躱したのだ。

 さすがにサイドステップでは、隙ができるために最小限の動きでボクサーのようにウィービングで躱していく。

 オレも動かない的相手にしか練習してなかったために甘さが出たかもしれないが、それにしても大したものだ。




 だが、オレは不敵な笑みを浮かべると


「グリズリーよ。これで終わりだと思うなよ。」


 と言い放つ。


 グリズリーはその言葉にハっとして周りを見渡すと…


 躱したハズのファイアーボールが全て宙に浮かび、グリズリーを取り囲んでいた。


「コレでは逃げられまい。いけー」


 前後左右、360度からの同時多発攻撃。一斉に放たれた火の玉が次々にグリズリーに着弾する。



「グオオオオオオオオオ!!」



 炎に包まれたグリズリーが断末魔の叫び声を上げる。


「へ。ざまあみやがれ」


 オレは力尽きてその場にペタンと腰を下ろした。

 良かった。何とか勝ったな。それにしても強敵だった。





「!!!」



 と次の瞬間、炎に包まれたグリズリーが叫び声を上げながらオレの方に突進してくるではないか。


「あ、あわわわわ」


 完全に虚を突かれたオレは、どうすることも出来ない。

 グリズリーは頭を下げて身を丸めてオレに体当たりを敢行してくる。



「もうダメだ」



 と思った瞬間、


「ドン!」


 コタロウがグリズリーの真横から渾身の体当たりをかました。


「グオっ」


 一瞬だけグリズリーは怯み、少し軌道が逸れた。


「ドン!!!」


 少し軌道は逸れたがグリズリーの頭が脇腹を抉り、その勢いでオレは錐もみ上に空中に放り出される。


「ドサっ」


 と10数メートル後方へ飛ばされた。まるで交通事故だ。


「痛っ。イテテテ。痛えよお。」


 脇腹に激痛が走る。立つどころか呼吸もままならない。コリャ肋骨が折れたな。

 現世では骨折どころかケガも禄に縁のない生活だったので、耐性がない。

 格闘技の一つでもやっていれば、不屈の闘志で立ち上がれるのだろうが。


 グリズリーの方を見るとまだやる気だ。相変わらず炎には包まれているが、目は死んでいない。



「あ、コタロウはどうなった?」



 コタロウの方を見ると炎に包まれたグリズリーにダイブした影響でその場に倒れている。全身が焦げ付いてて火傷を負っているようだ。



「コ、コタロウーーーー」


 叫ぶが、返事はない。


「ふう、万事休すだな」



 コタロウは虫の息。オレも満身創痍でおまけに魔力はすっからかんだ。


「ごめんなコタロウ、オレはもうこれまでみたいだ。あの世でまた会おうな」

 とコタロウに向けて話しかける。


「に、にゃあ… 」


 その時、コタロウがさいごの力を振り絞りオレに答える。


「コ、コタロウ??まだ生きてるのか?」


 コタロウが生きてる。


 考えろオレ。まだあきらめるな。本当にまだ手はないのか?






「あ、ひょっとしたら…」




 コレは賭けだ。失敗する確率の方が高い。というかまず失敗するだろう。

 でも、コレに賭けるしかない。



 オレはヨロヨロと立ち上がり両手を上に向ける。

 それを見て、グリズリーはオレと対峙したまま警戒心を強める。



「いいか、チャンスは一度だからな。絶対失敗できないぞ」



 と自分に言い聞かせ集中する。


 グリズリーもオレが何か狙っているのは分かっている。分かっているから、警戒を解かない。



「よし」



 その時、オレは両手を下に向かって振り下ろす。



「っと」



 勢い余ってオレは前のめりに倒れてしまった。そのまま地面に這いつくばる。

 それを見たグリズリーは明らかに態度を弛緩させる。





 とその時、



「ポチャン」



 と音がした。


 グリズリーの完全死角となる頭上から水の球が落ちてきたのだ。


 一瞬、グリズリーは警戒する。だが落ちてきたのがただの水の球だと知るとまた緊張を解いた。そしてオレの方にゆっくりと歩み寄る。






「ズドォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!」




 次の瞬間、凄まじい轟音と共に大量の煙が発生した。

 少し間をおいて激しい爆風が辺りを襲う。

 オレはまた数10メートルも吹き飛ばされて、そのまま意識を失った。

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