魔法学校首席になったら嫁と娘と一軒家がついてきたんだが
ファミ通文庫
序章
「それでは試合を執り行う。ミジョア・ヴィッテルスバッハ、エルキッサ・マンガラ。校旗と互いに敬意を」
壇上のマリア・ライエンザ校長が伸びやかな低音で宣言を下すと、客席から拍手が沸き起こった。
<マリアの御手>魔法学校の学期末試験、その花形科目である『刈り合い』のトーナメントは例年に違わぬ熱狂に包まれ、詰めかけた生徒達の足踏みが闘技場を揺らしていた。
ミジョアと紹介されたまだあどけなさの残る眼鏡の少年は、満場の視線に臆することなくむしろそれ以上を欲しがるように、ばさりとマントを翻した。
「諸君、静まりたまえ! 皆が待ち焦がれたこの一戦、わたしにとっては幾ばくの価値もない。コルス湾の雄、ヴィッテルスバッハの名を継ぐ者にとって優勝とはもはや義務である。その優勝という義務を今、粛々と果たすまでだ!」
……ああ、うん。
そんな空気が観客の熱狂を一段階程下げさせた。
これほどの盛り上がりに弁舌一つで水を差すなどなかなか素人にできる芸当ではないが、少年は自分が引き起こした偉業など微塵も気にする様子もなく、堂々たる所作で再び客席に向かってマントを翻した。
「天におわす偉大なる始祖ジョルア・ヴィッテルスバッハ一世よ! 貴方に誓います。必ずやこの決戦に勝利し、優勝の栄光を捧げることを!」
……いやぁ、うん。
そして再び発生する冷ややかな空気。少年が優勝を誓えば誓うほど、マントをバサつかせればバサつかせるほど、客席の熱狂は潮が引くように冷めて行く。
無理もない一回戦である。この一戦に幾ばくの価値も見出せないのはむしろ見る側
の方だろう。
見かねた教師に促され、ようやく少年は校旗に敬意を示した。そして作法に則って対戦相手に手を伸ばす。対する少女は初戦に相応しい慎ましさで粛々と校旗に敬意を表し、そのままくるりと踵を返した。少年の手を空中に残したまま。
客席からまた別種のどよめきが湧き上がる。
握手の無視。少年の短い人生においてこれほどの辱めを受けたのは初めてのことだろう。どれだけ優雅を装ってみても貴族は短気だ。十六歳の壮気も相まって少年は銀縁眼鏡を溶かす程の熱量でもって黒髪の少女をねめつけた。
もちろん、作法の無視を教師に訴えて対戦相手のポイントを削ることも忘れない。彼はいかなる手段を以てしても勝負に勝ちたい性格だった。
「一回戦第一試合、人形を立てろ」
校長の合図の元、ようやく試験が開始される。四人の教師が一斉に呪文を唱え始めた。
「
大地の神、カーヤに訴える土の魔法である。
腹の底に響くような地響きを立て、闘技場の地面から人の身の丈の五倍はあろうかという土人形が現出した。
憤怒の表情、三つの顔、八本の腕、四本の脚、神話の時代に大陸を荒らしまわったという伝説の魔神を模したゴーレムの登場に、客席の興奮は否が応でも盛り上がる。
『刈り合い』は試験官が作り上げたゴーレムに生徒が交互に魔法を放ち合い、最終的にどれだけダメージを与えられたかを競うという<マリアの御手>魔法学校伝統の名物試験である。魔法を撃ち込めるチャンスはともに五回ずつ、言うまでもないが先手が有利だ。
「――
狙っていたのであろう。ゴーレムの出現とほぼ同時に少年が杖を抜いた。
ヴィッテルスバッハ家の人間は伝統的に風の魔法を得意とする。家紋の刻まれた杖先から大気の刃が迸り、見事に巨人の腕の一本を切り落とした。
三度客席から歓声が上がる。試験に使用されるゴーレムは、事前に描かれた魔法陣から魔法教師四人がかりで作り上げる。動作の必要はないため魔力の大半は強度に充てられるのだが、その腕をあっさりと落とす辺り、少年はまんざら口だけの男ではない。
少年は転がった腕に片足を乗せ、自身の成果を満足そうに確認すると、次はお前の番だと言わんばかりに顎をしゃくった。
受けて少女は帽子のつばを少しだけ持ち上げる。そして、己を見下ろす巨大な土塊を一瞥すると、手相でも見るかのように左手を開いた。
ピンッと弾かれたように、ピンキーリングが小指から飛び出す。魔力で宙に留まったリングは、少女の呪文の詠唱に合わせて音もなく回転を始めた。
「――大地の脈動よ………大気の血飛沫よ………猛
小さな声だ。耳をすましてようやく聞き取れるほどの小さな呪文の詠唱で、
「――
少女は爆発的な火炎を吐き出した。
文字通りの竜の息吹。一瞬にしてゴーレムを飲み込んだ紅蓮の炎は、さらなる獲物を求めるように、うねりを上げて闘技場に吹き荒れた。
さながら熱の津波である。あまりの熱量に悲鳴を上げて逃げ回る教師達、少年も命からがら観客席に逃げ込んだ。振り向けば、太古の魔神を模した土人形は火熱の中で形を失い、蒸発して炎と共に空に消えた。
闘技場に立っているのは、少女ただ一人。
「そこまで。勝者、エルキッサ・マンガラ!」
歓声が爆発した。
割れんばかりの拍手が降り注ぐ。生徒も教師も関係なかった。計り知れない力を秘めた魔女の誕生に、その場に居合わせた全員が惜しみのない称賛を送っていた。
「おい、マンガラ! 傭兵上がりの卑しい家系め! このくらいでいい気になるなよ。この期末試験、首席を取るのはこのミジョア・ヴィッテルスバッハだ。必ず俺の足元にひれ伏させてやるからな、覚えていろ!」
見苦しくがなり立てる少年を除いた全員が。
その日以来紅蓮の魔女と呼ばれるようになった少女は、魔法学全科目制覇という偉業を達成し、<マリアの御手>魔法学校始まって以来の天才と呼ばれるようになった。
少年の捨て台詞を覚えている者は誰もいない。
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