狭く浅い知識の人間が行く、漫画紀行。
小織おこ
第1話 『伯爵カインシリーズ』
私は昭和生まれで、いわゆるまだ規制が甘い、漫画黄金期時代、といっていい時代に育ちました。
物心ついたときには既に漫画が家にあって、あまり意味もわからずに、でも楽しんで読んでいた記憶があります。
そんな私の核になっているといってもいい、衝撃的な作品に出会ったのは、私がまだ小学校高学年の時でした。
その頃は現在のように、漫画にシュリンク(立ち読み防止や漫画の保護に使われるビニール包装のこと)もされておらず、本屋さんで漫画が立ち読みし放題でした。なので、私は少年漫画から少女漫画、はては青年漫画から大人向け女性漫画まで色々手を伸ばしていました。
その中で、一番私に衝撃を与えたのが、由貴香織里先生の『伯爵カインシリーズ』でした。実のところ、この作品を読み進めていくにあたって、妙な背徳感を感じていました。
「これ、本当に読んじゃっていいの?」と。
実は最初の話で、少年が親に虐待されているシーンが出てくるからです。
しかし、この少年こそが、後の『伯爵カイン』なのです。
このお話はその伯爵家に、リフという執事がやって来るところから始まります。
あらすじを簡単にいいますと、実の父から受けた夜毎の虐待の影響から、カインはいつしか毒の収集家になります。
そして新たなキャラクターが出てくるごとに、たくさんの事件が起こり、段々と謎の秘密結社に、死んだはずの父がいる、というのが判明していきます。
私が一番最初に惹かれたのは、何よりも絵柄でした。美麗で、見ていてうっとりするような少年や男性を描く由貴先生の絵柄に、どっぷりハマッてしまいました。
先に述べておくべきでしたが、私は物心ついた時から、絵を描くことが大好きで、暇さえあれば漫画を読み、ゲームをし、そのキャラクターたちや図鑑の動物たちを模写して育ちました。由貴先生のキャラクターたちを見た時、いてもたってもいられずに、1日で100体以上模写したのを覚えています。
二番目にぐっと来たのは、物語全体に漂う、不穏な空気でした。
お伽噺のようでいて、サスペンスのような、そんな空気が、当時漫画を読み尽くして、テンプレに飽きていた私の心をグッと掴んだんです。
後で知りましたが、この物語は『マザー・グース』や『不思議の国のアリス』のモチーフが随所に用いられていて、それが由貴先生の画力と相まって、物語の雰囲気を決定づけていました。
ちなみに、あまり関係ない後述として、『マザー・グース』の絵本を高校生になってから、自分で買って読んだのですが、翻訳ということもあって、ちんぷんかんぷんでした。
三番目、はやはりキャラクターたちが持つ、どこか薄暗い雰囲気でした。
カインは見た目が良いこともあって、社交界では年頃の女性に人気な描写もあります。
しかし、毒の収集家という事が知れ渡っていて、嫌煙されている描写もあるんです。
そんな事はまるで気にしていない様子のカインですが、彼の持つ過去が、そういった精神の強靭さというものを作ってしまったのだとしたら、やはりちょっと心が痛くなります。
リフは一見普通の青年ですが、何故カインのハーグリーヴス家に来たのか、何故カインと離れずにそばにいるのか、読んでいると段々不思議になります。
他には底抜けに明るいキャラも出てくるのですが、どこかに皆、何かを抱えていて、ものすごく「リアルな人間」を感じた気がしました。
余計な話ですが、私は生い立ちを人に話すと、「人生暴風雨だったんだね…」とかなんとか言われたりします。
波風ない人生を送っている人のほうが少ない、というのが持論ですが、この漫画と出会った当時から心に色々なものを抱えていた私にとって、『伯爵カインシリーズ』は、「リアルな人間」を最初にみせてくれた漫画だと、今では思っています。
さて、ここでこのエッセイのタイトル通り、私は知識が狭く浅いんです。これも多分、人生経験からくるもので、あまり多くのことに興味が持てないのが原因です。
なので、さて、このエッセイでこの漫画を解説しよう、なんて思っても知識がないので、解説できないのが現状です。
ついでに言うならば、この『伯爵カインシリーズ』、実は今は手放してしまい、手元にないのです。なので読み返して感想、なんてことも出来なかったりします。
じゃあ何故このエッセイ書いてるんだ、ということになりますが、自分の創作の核になっているのは間違いなくこの漫画だからです。
私はイラストを描くのが本分なのですが、今でも絵柄には由貴先生に影響を受けていると思います。そして、何よりここ、カクヨム様に辿り着いたのは、由貴先生に影響を受けた部分が多分にある物語を、漫画にできなくて小説にしたところからなのです。
ですので、私にとって、この『伯爵カインシリーズ』は最初に語るべき漫画であり、そして欠かせない漫画なのです。
この漫画、正直いいまして、面白いか面白くないか、で言ったら、一言「面白いけど人を選ぶ」と答えます。
はっきり言うと、底抜けに明るい物語が好きな人にはきつすぎるし、逆にもっとサスペンスやミステリーして欲しい!って人にはちょっと物足りない気がするからです。
私の記憶の中で一番記憶に残っているのは、『白雪姫』をモチーフにした物語ですが、ミステリーやサスペンス、というよりまさに、海外の不気味なお伽噺『マザー・グース』そのものでした。
ですので、この物語は、『美麗な絵柄』を好み、更に『マザー・グース』のような不気味な世界観が好き、というような、狭い範囲の好みの人にヒットする漫画であり、バトルや冒険が好き、という人にはオススメが中々できない漫画でもあります。
そこが悩みの種で、同士が見つけにくいのですが…。
あともう一つ、この物語の随所には、カインと執事リフの間の、特別な感情を匂わせる描写も多く出てきます。いまでこそ、百合だのBLだのが大分広まりましたが、当時そういったものが非常に嫌煙されている空気の中、育ちましたので、どうしても勧めるのをためらってしまう、というところがあります。
さて、長々と色々書きましたが、言いたいことは、「ちょっとでもいいから琴線に触れたら読んで!!そして仲間になって!!」ということです。
そして読む際にいいたいのは、「BLとして読まないで」ということです。
この物語は最後、私にとって「なんじゃこりゃ」って形で終わりました。でも今でこそ思いますが、そのラストのカインとリフの1コマは今でもはっきり思い出せます。
私はそこに、自分が本当に欲しかった『掛け値なしの愛』というものをみたのかもしれません。
ちなみにこんな事を書いているので察している方もいらっしゃるかと思いますが、私は真剣に人を愛したことがありません。好き、とかも思ったことがありません。なので、『掛け値なしの愛』は、今私が最も人に与えたいものであり、そして与えられたいものなのかもしれません。
長々自分語りを混ぜて書きましたが、エッセイということなのでどうかご容赦を。
ちなみにこの『伯爵カインシリーズ』では一番のお気に入りはやはりカインです。
この後に、由貴先生は『天使禁猟区』という長編をお描きになられますが、『伯爵カインシリーズ』がお気に召したならば、是非そちらもどうぞ。というか『螺子シリーズ』もいいぞ。
最後に盛大な宣伝をしましたが、あなたの心に何かヒットするものがあれば、是非読んでみてください。
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