ダフネ戦記 ~ネファーリア幻夢譚~

翠梟

第1話 槍の誓い

 真夜中の王都郊外、森林近くの広野にて一陣の落雷が発生した。


 自然なものではない。それは一つの誓いが生まれ、一組の主従がルセリナに生まれ落ちた荒ぶる産声。


 吹き上がる土砂、そしてマリナスの白き花嫁たち。ある者は風の力及ばぬ地まで天高く吹き上げられたのち落下死し、ある者は地面に叩きつけられて致命となる箇所の骨を折って落命。単純に、ある者は雷を帯びる暴風に感電した。それらを合わせ死者のみで数十、軽重を問わぬ負傷者はその何十倍にも達する。


 それが、脱出を試みた二人を追跡してきた者たち千人のうち、数百人に訪れた末路であった。


 そして、ルセリナ王が霊闘士の忠誠を得た、その結果でも。


「ご無事ですか、『陛下』」


 敵が一掃され、残敵は去る。静寂を取り戻した大地を、照らす光は月明かりのみ。その中で、頭三つ分にも身長の異なる幼女と女が、互いに向き合い見つめあう。


 つい先ほどより、変わった呼称。それまでは、建前として人から言われることはあってもその人間だけは決して使わなかった敬称。


 それが今、ついに使われるようになった。


 それが意味するところを思うと、過去のものとなった愛情と以後背負う責任に泣きたくなる。だがもはや泣く権利すら自分からは失われたと、それを知っているからと王はしゃくりあがる喉を意思の力で押しとめた。


 ――だがそれだけなら、ルセリナ島では普通の話。


 古くから繰り返された事柄。ルセリナにあっては、大切ではあっても珍しくはない祭事。世代が交代される度、刻まれてきた歴史の一事項。


 しかし。


「改めまして、今日この日より、我が身我が命は陛下の御手に――」


 前者にダフネ=インドゥライン、後者にソニア=セルバンテスという名を得た時。それは単なる歴史から、一万年の後にすら語り継がれる伝説となった。

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