第26話 光の勇者動く

 

「……何のつもりですか?」


 蓮華姉さんが怒っている!

 当然だ。


 勇者ローレンが動いたためだ。

 試合中だ、動くのは別に構わない。むしろ動くべきである。

 だがしかし……


 勇者が狙ったのは、あろうことか蓮華姉さんだった。

 背後からの完全な不意打ちだった。


 それでも防いだ蓮華姉さんはやはり凄い。

 その行動に、大佐と対峙していた私達も止まった。


 応じて大佐も止まる。

 回復を図っていたエリスも唖然としている。

 

 その狙いが意味不明すぎて、私達は対応が追い付かない。


「チッ……さすがにお前は油断しねえか。なら、これはどうだよ!」


 そう言って、勇者が狙ったのは倒れている散華ちゃんだ!


「ぐうっ……」


 散華ちゃんをかばった蓮華姉さんが傷つく。


「やはりな。妹思いのお前のことだ。必ずかばうと思ってたぜ!」


 そう言って勇者は喜んでいる。その手にしているのは奇妙な短剣だった。

 魔導具だろうか? 蓮華姉さんの血を吸い、まるで飲み込むように光を放っている。


 あいつめ! 許さん! 倒れている散華ちゃんを狙うなど言語道断!!


 観客もざわついている。


「何やってんだあいつは?」

「いや、演出だろ?」

「演出で味方攻撃するかよ?」


 そんな声が聞こえてくる。

 確かに興行などでは面白くするため、全くないとは言い切れない。

 それゆえ審判もどうするべきか決めあぐねて、狼狽えている。


 光の勇者は止まらない。

 執拗に散華ちゃんを狙う。

 その度に傷つくのは蓮華姉さんだ。

 蓮華姉さんが傷つくと勇者の持っている剣が奇妙な輝きを増した。


「もうお前の血は十分なんだよ! 妹の血を吸わせろよ!」

「意味の分からないことを! させるわけないでしょう!」


 勇者は嘲笑う。

 散華ちゃんと戦った蓮華姉さんはすでに限界だったからだ。

 独自魔法はそれほど消耗する。さらに力がほぼ拮抗するとなれば尚更だ。


「ハハハ。そう言いながらもう限界だろう?」


 だが傷つきながらも蓮華姉さんは不敵に笑った。


「分かってないようですね。貴女は彼女を怒らせたのですよ」


 勇者はそれに不審をおぼえたように言い返した。


「何を言ってる? 雑魚がいくら怒ろうが俺には関係ねえ!!」



 蓮華姉さんの言う通りです。


 私は怒っていた! 怒髪、天を衝くです!

 

 怒りに震える拳を握りしめ、短剣を構える。

 あえて、すっと力を抜くと震えは収まる。

 怒るからこそあえて、静かに。それが私の剣の最大効果を発揮する。

 私は勇者に素早く駆け寄ると、両手の短剣で剣撃を浴びせた。


「ぐあッ!?」

 

 それはしっかりと勇者の鎧を揺らした。

 私は止まらない。予想外の反撃に動揺している勇者に何度も冷徹な斬撃を浴びせる。


 対人戦は師匠との訓練で何度もやっている。師匠は対人戦にはかなり強い。

 熟練の桜花の二人を相手にして凌いでいたのは昨日の事だ。

 それでも大佐には上をいかれてしまったがそれは大佐が例外なだけであって、こいつではない。


「ぐっ……。くっ……。馬鹿な、魔導師如きにこの俺が!」


 呻いていたがさすがに反撃してくる。

 勇者が構えたのは長剣だ。先の魔道具の短剣ではない。


「ふざけるな!」


 悲鳴のように吠えた勇者の、鋭い横薙ぎの一閃が私を襲う!


 だがすでに私はそこにいない。

 そしてまた勇者に何度も攻撃を加えた。

 私は見抜いていた。

 こいつは蓮華姉さんよりも弱い。だから不意を突くしかなかったのだ。

 

「ぐっ……。くそっ!」


 それでも勇者は致命傷だけは避けている。

 腐っても勇者だ。

 しかし堪らず勇者は退いていた。

 勇者は散華ちゃんと蓮華姉さんから離れた。


 私はそれを待っていた!


「其は蒼き炎帝の咆哮 其は青き太陰の火炎 蒼炎よ青の書の盟約に従い我が敵を滅せよ」


「『蒼炎嵐舞(ファイアストーム)』!」


 蒼炎が勇者を吹き飛ばす!


 「ぐああああッ!」

 

 悲鳴を上げて吹き飛んだ勇者だったがヨロヨロとしながらも立ち上がった。

 すでに満身創痍だがまだ動けるようだ。

 勇者の鎧に魔法防御がついていたせいだ。ダンの大盾と同じだ。


「くそっ……。ふざけやがって!」


 勇者が悪態をついている。

 そして勇者は万全の状態で一人残っていた大佐に向かって言った。


「おい、大佐。助けろ!」


 大佐の方も勇者の意味のわからない行動に、戦いは中断していた。

 だから私が動けたのであるが……


「何故かね。裏切ったのは君の方だと認識しているが?」

「俺は勇者だぞ。王国騎士の仕事を放棄する気か?」


 大佐はやれやれと言った様子で言う。


「ああ。そんなものはどうでもいいのだよ」

「何だと?」

「まだ分からないかね? 【皇帝】は寛容だよ。君を放置しろとおっしゃった」


 私たちには何のことかさっぱりわからない。だが、それで勇者には通用していたらしい。


「!? 貴様。王国を裏切るか!」


 勇者は激昂していた。


「君が裏切ったのだろう? 私ではないよ。責任転嫁はやめてもらいたいな。先も言った通り【皇帝】は寛容だ。だから「見ていてやる」これが最大限の譲歩だよ」

「敵には回らねえってか。ありがたいね。涙がでそうだ」

「ああ。せいぜい感謝したまえ。君が生き残れば何処へなりと行くがいい」

「ふん」


 何を言っているのか分からなかったが、大佐が助ける気が無いことは分かった。

 だが、大佐が動かない事は大きい。


 勇者は孤立無援になった。


 やぶれかぶれになったのか勇者がこちらに何か投げつけてきた。


 ダンの大盾だ!


 私はそれを躱すとまた何か飛んできた。


 倒れていたダンだ!


「ぐえっ!」


 と言ってダンが落ちた。


 ダンは巨漢だ。躱す一瞬、私の視界が塞がれた。

 その隙に勇者は散華ちゃんへ忍び寄っていた。

 蓮華姉さんが咄嗟にかばうものの、二人とも傷つけられてしまっていた。


「ううっ……」

「くっ……」


 二人の悲鳴が聞こえた。


「くっ……。悪足掻きを!」


 私はすぐに勇者に斬りかかる。

 すると勇者は逃げる様にしてあっさりと退いた。そして勇者は言った。


「クハハ……。やったぞ! 俺の勝ちだ!」


 見ると勇者の剣が異様な光を発していた。

 神々しいと言うのだろうか、尋常ではない光量が放たれている。

 そして勇者は厳かにそれを唱えた。


「俺が決めて……俺が創る……」


「知者は惑わず 仁者は憂えず 勇者は懼れず」


「開け天空の門 女神の血の下に来たれ 」


「『聖櫃ホーリーアーク』!」


 独自魔法なのか?

 いや、違う。

 何かが違う!

 何が起こる? と私が警戒していると。


「くっ……ああっ……!」


「うっ……ぐうっ……!」


 なぜか蓮華姉さんと散華ちゃんが苦しみだした!


「散華ちゃん! 蓮華姉さん!」


 私は二人を見る。

 二人とも凄い汗をかいていた。


 天空に光の魔法陣が描き出された。

 そして光の中から何かが出現した。

 あれは柩のようだ。

 それが勇者の前に音もなく降りてきた。


「目覚めよ女神! いまその血を返そう!」


 勇者はそう言って光の柩に近寄るとそれに短剣を突き刺した。


 すると柩を中心に地震が起こった。


 観客席からも悲鳴が上がる!


 そして光の柩が次第に開き始めた。


 中から現れたのは可愛らしい少女だった。

 かなり古い時代の神官服のような白のワンピースに花冠。ぼんやりとした目は何処を見ているのか定かではない。

 だが、ただの少女ではないことはすぐに分かった。異様なまでに光属性が強いのだ。

 それは神性と呼ぶべきものだろう。


 その少女に勇者は言った。


「さあ女神よ。世界を作り直そう。その前に先ずは食事だ。存分に吸収したまえ」


 勝利宣言のように、勇者は大仰な態度で振る舞う。


 少女はそれに応じて、こくんと頷いた。


 女神と呼ばれた少女は深呼吸をした。


 ただそれだけだった。


 ただそれだけで。


 闘技場に張られた結界が弾け飛んだ。


 散華ちゃんと蓮華姉さんが更に強く苦しむ!


 観客達の中からも苦しみだす人々が続出した。


 皆、女神に光属性を吸収されているのだ!


「ふはは。凄まじいな。この鎧が無ければ俺は真っ先に消えていただろう」


 勇者はそう言って悦に入っている。


 光の勇者の鎧は光耐性が高いようだ。


「くっ……うあっ……!」


「うっ……あうっ……!」


 その中でも神の血を引く散華ちゃんと蓮華姉さんが、かなりまずい状況だった。

 師匠まで苦し気にしている。

 アリシア先輩はエリスさんの張った結界が守っていた。

 投げ飛ばされたことで意識を取り戻したらしいダンも、逃げるようにしてその中に入っている。


 ダンは呆然として「おっ母……。オラ、エライとこ来ちまっただ……」などと呟いていた。


「全くどんな状況よ……」


 そう言いつつエリスさんも結界の維持で苦しそうにしている。

 大佐は先ほど勇者に言ったとおりに傍観者に徹する様子だ。


 観客席からは逃げ出す人々が続出した。審判さえすでに意味を成さず、危険を察知した仲間に運ばれて行った。

 暗黒騎士団と聖騎士団が協力して避難を誘導している。

 だが暗黒騎士団や聖騎士団にも被害者が出てなかなか上手くいっていない。

 

 その場は混乱の極みにあった……

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