第22話 独自魔法

 大会一日目が終了した夜。

 教授室へと男が一人、教授を訪ねてきていた。


「教授、ご無沙汰しております」

「ああ。ひさしぶりだね大佐。わざわざ会いに来てくれたのだね。手紙でも良かったろうに」

「近くまで来てわざわざ手紙というのもどうかと思いましてね」

「そうかね。ああそうだ。一回戦の勝利おめでとうと言うべきだろうか? 君にとっては当然だろうが」

「結構ですよ。当然ですので」


 そうした挨拶が終わると教授は大佐に座るように促した。

 大佐がソファーに座ると、教授は尋ねた。


「何か飲むかね?」

「いえ、明日も試合がありますので」

「相変わらず完璧主義なことだ……」

「これも教授の指導の賜物ですよ」


 そう言って二人は笑い合う。そして再び真剣な表情に戻ると。


「それで現状はどうだね?」

「勇者は動くでしょうね。本当に放っておいてよろしいのですか?」

「仕方あるまいよ。仮にも勇者だ。王国もそれなりの威信をかけて送ってきている。勇者に落ち度がない今、仮に暗殺されたなどとなれば戦争になりかねんよ」

「つまり勇者に落ち度があれば良いと?」

「何もせずに帰ってくれるならそれはそれで歓迎するがね」


 だが、それはあまりに楽観的すぎる見方だろうことは二人ともわかっている。


「それは有り得ないでしょうね。既に薔薇が接触した模様です」

赤薔薇レッドローズにも困ったものだね。それでいつ動くとみるかね?」

「条件がそろった時に」

「まあそうだろうね」


 大佐は報告が終わって帰ろうとしたところを、思い出したように振り返って言った。


「教授。一つお伺いしたいことが」

「何だね?」

「先ほど戦争になるかもしれないと仰いましたね。では戦争になったらどうしますか?」

「もちろん勝つとも」


 その問いに教授は何を言っているんだと言わんばかりに答えた。


「ハハハ。それでこそ貴方だ。当然でしたね。失礼をお詫びします」

「誤解しないで欲しいのは、私は無益な戦争などしたくは無いのだよ」

「ええ。そうでしょうとも。貴方は既に【皇帝】なのですから」


 大佐はそう言うと満足気にその場を去るのだった。



 †



 翌日。

 二回戦。準々決勝。

 第一試合。暗黒騎士団対白百合会。


 暗黒騎士団アリスたちは押されていた。


「フフフ。模造品にしてはやりますね」


 そう言ったのは相手側、白百合会リーダーの女だ。神官のような白装束で、パーティーの仲間たちからは聖女様と呼ばれている。特徴的な百合を模った長杖を手にしていた。


「馬鹿にしてッ……!」


 ソニアとのことを揶揄されて、アリスは堪らず叫んでいた。


 このような事態になるとは、ソニア達も驚いていた。おそらく一回戦を見ていた者達は多くの者がそうだろう。

 一回戦ではその実力は測れなかった。その点ではアリスたちは健闘している。

 だが、まさか聖騎士団を華麗に倒したアリス達が、ここまで圧倒されるとは思わない。


「学園にまだあのような実力者がいたとはな……」

「散華ちゃんでも知らないの?」

「ああ。ツヴェルフは知っているか?」

「はい。聖女リリィ。教授の情報ではかなりの女癖の悪さで要注意人物とされています」


 (教師たちに目をつけられるほど!?)


 とソニアは思っていたのだが……


「またソニアの同類か……」

「ちょっと散華ちゃん! 何でも私と一緒にしないでよ! 私は純真無垢ピュアです! 品行方正です!」

「自覚がないのが厄介だな……」


 などと、そんなことを言い合っている場合では無い。

 暗黒騎士団はもはや、アリスを残すのみとなっていた。

 対して白百合会は五人とも残っている。まるで逆に初戦を彷彿とさせる事態となっていた。


 それでもめげずに、アリスは起死回生の一手に打って出た。


「まさか、これほど追い込まれるとは……これは準決勝まで温存しておきたかったのですがやむを得ません」

「フフフ。面白いわ。見せてみなさい。あなたの本気」


 余裕を見せる相手に悔しさを滲ませながらも、アリスは懐から何かを取り出した。

 取り出したそれはトランプだ!

 

 アリスはそれを頭上へばら撒いた。

 バラバラになったカードが舞い落ちる。

 魔素を伴い、ひどくゆっくりと舞い落ちる。


「私が決めて 私が創る……」


「ハートの女王 タルトを作る……」


「『ハートの女王ザクイーンオブハーツ』!」


 トランプが渦を巻くように舞い、現れたのは銀の甲冑の四人の兵隊だ。

 それぞれ鎧の肩にハート、スペード、ダイヤ、クラブの紋章が彫られている。


 魔素を伴い現れたトランプの騎士が、白百合会の四人に襲い掛かった!

 予想外の反撃に怯んだ四人を瞬く間に倒す。


「あれは独自魔法ユニーク マジック!」


 思わずソニアたちも立ち上がりかける。

 

(聞いて無いぞ! アリス! いや、隠していたんだろうけど……)


 『独自魔法』とはその名の通り自らが作り出した魔法だ。

「私が決めて 私が創る……」の自己暗示を込めた詠唱が特徴的である。己の自我エゴを世界に適用させるものだ。

 強力なものはその使用者自身の魂と結びついている。汎用魔法コモン マジックとは違い、ほぼ使用者自身以外は使えない。

 また膨大な精神力と魔力を使うため、長時間や何度も使うことは無理だ。

 魂との結びつきが強ければ強いほど強力にはなるが、破壊されれば逆に大ダメージを負ってしまう。

 言わば諸刃の剣だ。


 これで一対一、振り出しに戻ったはずだった。いや、この場合は逆にアリスが押している。

 だが聖女の余裕は崩れない。反対にアリスは苦しそうだ。


「フフフ。やりますね」

「残ったのは貴方一人です。私を愚弄したのです。覚悟しなさい!」


 形勢逆転とばかりに四体の騎士が構えを取る。


「覚悟するのは貴女ですよ。こちらも本気を見せましょう」


 そう言って聖女は詠唱するのだった。


「私が決めて 私が創る……」


「立てば芍薬 座れば牡丹 歩く姿は百合の花」


「『白百合ホワイトリリィ』」


 アリスは思った。まずい! と。


「させるかッ!」


 四人の銀の兵隊が聖女へと突っ込む!

 聖女は槍で突かれ、剣と斧で斬られ、盾で殴られる。!

 だが……


 倒した! と思った時にはそれは聖女ではなく。


 百合の花びらが舞っているだけだった。


 アリスは焦って周囲を見渡すが、斬られて舞い散った花びらが邪魔をして視界を塞ぐ。


「何処にッ!」


「ここですよ」


 アリスは既に背後を取られていた!

 聖女からは百合の香りがした。

 それを感じた瞬間にはアリスは意識を失っていた……


 †


 ……二人とも独自魔法を隠し持っていた。

 やはり二回戦ともなると一筋縄ではいかないらしい。


 私達もふう、と長い溜息が漏れる。それほど白熱した試合だった。


「彼女。強いですね」

「ああ。我々が次勝てば準決勝で当たる。だがまずは次だ」


 ツヴェルフさんが感想を述べ、それに散華ちゃんが応えていた。

 そう、驚いてばかりもいられない。そして私は散華ちゃんへと尋ねた。


「次の相手、散華ちゃんの同門なんだよね?」

「ああ。彼らも強い。油断するなよ」


 ここまで来ると、どうやら油断はできそうに無い。私たちは気を引き締めるのだった。

 

 そして私達は試合に向かう。

 その途中で反対に会場から運ばれて来たのはアリスだ。

 意識を取り戻していたアリスと少しだけ話す。


「すみませんでした。大司教様……」

「いや、よくやってくれた。後は任せなさい」

「はい!」


 そうして彼女は仲間に運ばれていった。



 †



 二回戦

 第二試合。桜花対青薔薇クールビューティー


「散華様。たとえ貴女でも本気で行かせていただきます」

「無論だ。むしろそうでなくては破門だ」

「確かにそうでした。我々はそういう一門でしたね。要らぬことを言いました。失礼をお許しください」

「わかっているなら良い。かかってくるがいい」

「参ります!」


 おおう、武闘派だ。私はちょっとくらい手加減してくれても良いのよ? と思う。

 桜花は散華ちゃんの一門だけあって全員戦士だ。侍と言った方がいいかもしれない。

 つまり全員前衛。

 開始早々に、それが一対一で食いついてきた。


 散華ちゃんと師匠はどうにか押している。

 だが、私と先輩とツヴェルフさんは剣の技量で押されていた。

 ツヴェルフさんはパワー型だ。最近散華ちゃんに少しづつ剣を習っているがまだ技量は及ばない。それでもその剛剣は相手の肝を冷やしていた。

 アリシア先輩は防御魔法を駆使して何とか凌いでいるものの、苦しそうだ。

 私も同じく余裕はない。

 次第にジリジリと追い詰められ始めていた。


「これはまずいですね。散華、何とかできますか?」

「やむを得んな。アイリーン。少しの間、援護してくれ!」

「分かりました」


 師匠が二人を抑える! だがかなり苦しそうだ!

 その隙に散華ちゃんは詠唱を始めていた。


「私が決めて 私が創る……」


「散る華を 何をか恨みむ 世の中に 我が身も共に 在らむものかは」


 散華ちゃんは言っていた「武術と魔術は似ている」とそれが彼女の答えなのだろう。

 ならば後はそれを世界に適用すればいい。それが独自魔法なのだから。


 彼女の求めに応じて周囲の魔素が変化する。

 景色が変わってゆく……


 花が舞う。桜の花びらだ。

 それが舞った時。


「『散華』!」


 散華ちゃんの刀が一閃した。

 そして。


 桜花の五人は倒されていた。


 私達も驚いたが観客も驚いていた。しかも美しかった。

 あまりの出来事にしばらく皆が沈黙して。


「「オオオオオオオォォォォ!!」」


 大歓声が凄い!

 割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こった。


 しかし、散華ちゃんは不満気に言う。


「できれば姉様と戦う前に見せたくは無かった」


 †


 それを当然、見ていたエリュシオンの蓮華とエリス。


「やっぱり妹ちゃん、凄いわね」

「ええ。ですがその技をわたくしに見せてしまったのは失策ですね」

「ってもう対策できてるの?」


 その自信満々な姿に珍しいなと思いながら聞いたエリスだった。 


「対策など必要ありません。技で上回ればいいだけです。さあわたくし達の番ですよ」

「やる気満々じゃない。あてられちゃった?」

「そうかもしれませんね」


 雪月花とは呼ばれていても、その奥には熱い想いを秘めている。

 そうしたものをエリスは好ましいと感じるのだった。


 †


 同様にそれには当然、白百合会も注目していた。


「美しいですね。さすが散華さん、ますますあなたが欲しくなりましたよ」


 白百合会リーダー聖女リリィそう言って不敵に笑っていた。



 †



 二回戦。

 第三試合。王国騎士団対エリュシオン。


 全員、蓮華姉さんが倒してしまった。明らかに散華ちゃんを意識した行為だった。

 そして勇者は相変わらずやる気がない。

 王国騎士団は手も足も出なかった。


 私達はエリュシオンの本当の実力をまだ見ていない。



 二回戦の勝利チームは白百合会、青薔薇、エリュシオン。

 エリュシオンはシード枠で決勝に進出。

 準決勝は白百合会対青薔薇となった。


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