第12話 散華


 散華ちゃんがさらわれた。

 散華ちゃんが攫われた。

 散華ちゃんが攫われた……


「有り得ない。……私のモノを盗むなんてあり得ない。……散華ちゃんは私のモノだ。……殺す! 確実に殺す! ……完膚なきまでに殺す!……殺す! 殺す! 殺す!……」


 そのとき私の頬がパンと鳴った。師匠に叩かれたと気づいたのは怒られたからだ。


「しっかりしなさい! 助けに行きますよ!」


 私はハッとする。

 そうだ助けに行かなくては!


「すみませんでした師匠。取り乱しました」

「いえ、良いのです」


 そう言って師匠は私をじっと見つめた。心配をかけてしまったようだ。

 私は大丈夫ですと目で促す。

 師匠は大丈夫だと判断するとグランさんの方へ行った。


「ではすみませんがグランさん、後はご自分たちで街へ戻っていただけますか?」


 グランさんはシビアだが義理人情に厚い。それはアンナさんを助けに来た事からも分かる。


「いや、しかし俺たちのせいで……俺たちも連れて行ってくれ」


 それを師匠はにべもなく断った。


「はっきり言いましょう。今の貴方たちでは足手まといです」


 グランさんは少し迷っていたが、アンナさんの状態をみて納得した。


「確かに……すまなかった。礼は後で必ず。悪いが先に戻らせてもらう」

「はい。街でお会いしましょう」


 アンナさんはまだ辛そうだ。グランさんに抱えられて、その場を去った。


 こういう時、師匠はとても頼りになる。いえ、いつも頼りになります。


「ソニア。あれは召喚魔法でした。魔法の反応が残っているはずです。追えますね?」

「はい!」


 私は青の双眼で魔法の揺らぎを見つめる。教授によればそれは魔素マナというらしい。

 そして魔素の源泉は識界だ。


 私は皆を先導して進んだ。寄ってくる魔物を蹴散らしながら進む。あまり数は多くない。

 魔物もあのデュラハンを恐れていたのだ。


 その道中、アリシア先輩が気になることを言った。


「それにしても、何で散華ちゃんを攫ったのかしら?」


 そうだ。それが分からない。

 私も疑問に思っていると師匠はそれに対して何か思い当たる節があるらしく、聞かせてくれた。


「これは推測なんですが、おそらく神の系譜だからではないかと」

「神の系譜?」

「華咲家は確か此華咲夜姫コノハナサクヤヒメという極東の神の家系だったはず……」


 さすが師匠、あの修道服は伊達では無いのだ。彼女の仕えるのは女神アストライアだ。だが他の神様の事も勉強している。


 それを肯定するようにツヴェルフさんも同意した。


「教授もそう言っていたのです」

「なら神の血に反応したという事かしらね?」

「まあ、あの通り可愛い子ですし他にも何か理由があるのかもしれませんが……私の口からはちょっと……」


 師匠の言葉を聞いて私は思う。


「まさかあのデュラハン、変態であったか! 確かに散華ちゃんは可愛い。私も、攫おうかと思ったことか! それをあの変態デュラハンめ! 許さん!」


 怒りがぶり返してきた。怒髪、天を衝くです。


「聞き流した方が良いのでしょうか……」


 師匠は困った顔をしていた。対してツヴェルフさんは正直だ。


「自分も変態と言ってるように聞こえます」


 それを聞いてアリシア先輩は……


「あえて言わなかった事を言っちゃったわね……」


 ん? 私はおかしいことを言っただろうか?



 †



「ここは……」


 私は頭を振って意識を覚醒させる。

 まず何が起きた? と思い出す。

 何かに掴まれた。デュラハンだ。次に巨大な馬。そしてそのまま……


「連れ去られたということか。何という事だ!」


 不覚を取った。

 私は自分の状態を調べる。特に大きな外傷はないことにホッとする。


「いったい何が目的だ? それにどこだここは?」

 

 ダンジョンの中には違いないだろう。

 小部屋のような場所だ。鉄の柵のようなものがある。牢獄だろうか?

 一応逃げないようにか、後ろ手に拘束されている。手枷足枷。それに首輪か?

 動いた拍子に鎖がガシャリと鳴った。


 だがこの程度、魔法が使えるなら簡単に抜け出せる。

 魔法防御が施されていれば厄介だが、その様子はなさそうだ。


 しかも今にも千切れそうな程錆ついている。相当古いものの様だ。

 古すぎて魔法防御がきれたのか? もしかしたら魔法を使うまでも無いかもしれない。


「『火炎ファイア』」


 無詠唱の簡単な魔法ですら焼き切れた。それほどボロボロだった。ただの時間稼ぎなのかもしれない。


 刀は何処だろうと辺りを見回すと、すぐ近くに転がっていた。

 私はそれを拾うが、いよいよ意味がわからない。


「武器まで放置とか……。何がしたかったのだ?」


 するとそこへガシャリガシャリと音が響いた。

 デュラハンだとすぐにわかる。


 私は警戒をして刀を構えたが止めた。刀を腰の鞘へ戻す。


 その全身はボロボロで生きているのが不思議なくらいだった。もう傷を治す力は無いようだ。

 最後の力で私を攫ったのだろう。そこに戦士の意地の様なものを感じた。

 その手には自身の兜。もう片方の手には鎧だろうか? 歪な何かを持っていた。


「何故、私を攫った?」


 私は問う。答えがあるのかどうかはわからないが、攫ったからには何かしら意図があるはずと思っての行為だ。

 すると、デュラハンの手に抱えられた兜が喋った。


「コレダ……」


 そう言ってもう一方の鎧を掲げた。

 私はそれを見た。見てしまった。


 ゾワリと悪寒が走る。見ただけでアレが良くない物であると悟る。

 それは酷く禍々しいオーラを放っていた。


 デュラハンはそれを私の前に置いた。

 生理的な嫌悪が止まらない……


 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!


「ソレハ ナゲキノヨロイ ムクワレナカッタ タマシイノ、ヨロイダ メガミ、ヨ アナタ二ハ ソレヲシル ギムガアル」


『嘆きの鎧』


 その漆黒の鎧はそう呼ばれた。またの名を「闇の鎧」。それは世界を恨んだ者の鎧だ。憎んだ者の鎧だ。だが同時にこうあってほしかったという切望の鎧でもある。


 デュラハンは拙い言葉で、そう語った……


 目の前のデュラハンはそれを知れと言っているのだ。

 この鎧は呪われている。それはもう、どうしようもなく呪われている。

 それは言わばパンドラの箱。絶対に開けてはならないとされるもの。


 だからそれは断っても良いものだ。断ったとしても何もする気はないのだろう。もはや何もできないのは明白だった。

 ……それが分かった。



 だからこそ散華はその鎧を手に取る。取ってしまう。

 散華は優しい娘だ。

 そして同時に戦ってしまう娘だった。

 散華は嫌悪感をグッと堪える。



 お爺様から聞いたことがある。私の家は女神の家系なのだと。


「お前にも女神の血が流れているかもしれんの。ホッホッホッ」


 かつてそう言ってお爺様は笑っていた。


「……女神か……私は女神ではないが、戦士ではある。戦士の最後の願いだ。聞き届けてやろう」


 私がそう言うとデュラハンは驚いている様だった。そして喜んでいる様にも見えた。


「アリガトウ……」


 デュラハンはそういうと崩れ去った。先ほどの攻撃は確実に効いていた。既に限界だったのだ。


 デュラハンは塵と消え、そこには鎧だけが残った。


 あのデュラハンに何があったのかは知れない。だが長い間、これを護ってきたのだろう。

 私はそこに憐憫の情が沸いてしまっていた。


「ソニア、皆すまない。後は頼む」


 そう言って散華は漆黒の兜を被った。

 そしてそれは起こった。


 !!


 ドクン。

 ドクン、ドクン、ドクン……

 鼓動が早鐘の様に鳴りはじめた。


「あっ……ぐっ……くぅ…………」


 嫌な汗が止まらない。

 鎧のオーラが影となり形作る。

 それはまるで闇の手だ。

 闇の手が私を包み込む。逃がさないと縛り上げる。


 鎧が衣服を侵食していく。

 私を侵食していく。

 私を蹂躙する。


「ぐっ……うっ……うあっ…………」


 私は涙を流しながら涎を垂らす。

 なりふりなど構っていられない。

 無様にのたうち回る。

 それでも何とか抗っていたのだが次の瞬間。

 強烈な破壊衝動が私を捕らえた。



 ―――女神よ堕ちろ!!―――


 

 そんな声が聞こえた気がした。


「ガああァぁあああああああ!!」


 私の意識は大波に飲まれるが如く沈んでいった……



 †



 そして潮が引くようにして。

 そこに立っていたのは、もはや散華ではない。

 手には漆黒の槍。漆黒の鎧は体にぴったりと張り付き艶めかしく変化していた。

 それは妖艶な闇の戦乙女ヴァルキリーの誕生だった。


「壊す! 全て壊す!」


 漆黒の兜に隠されたその目は赤く狂気に輝いていた。


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