第43話 すれ違う想い (8)

前書き


夕方に見た本が、お弁当屋さんの物語の本で、それを読んだら無性に唐揚げが食べたくなり、結局、我が家の夕食のメニューになりました。



目が覚めると、窓の外を見る。からりと晴れた天気に今日も暑くなる予感を覚えながら、こんな事を思うのも今日が最後なんだな、と複雑な気分で朝を迎えた。



「………………」


 物言いたげな視線を無視してソファーに座ると、コンビニで買ったナンクロの雑誌を広げた。最初は暇潰しの為に始めたものの、意外と面白くてつい時間を忘れて没頭してしまう。


「…………仕事に忙殺される私に対する嫌みかしら」


「ここなら静かだし、涼しいもの」


 私の言葉にため息をつく麗を無視して解き進める。この間の事を謝りたかったのだが、なかったかのように流してくれる麗に内心で感謝する。麗は夕貴とは別の意味で私にとって大切な人だった。そんな麗と喧嘩別れでさよならなんて悲しすぎるから…………


「他に行くところがあるでしょう」


「…………」


「セイ」


 隣に座った麗の諭すような口調に、ペンを持つ手が止まる。ずっと考えないようにしていた事を指摘されて胸が痛い。本に視線を落としたままの私を励ますように、重ねられた手が温かい。


「…………今更会って何を言えばいいの」


「…………」


「自分で傷つけて逃げ出したのに…………もう明日なんて来ないのに…………何を言っても結局あの子を傷つけるくらいなら、会わない方がいいじゃない。何も知らない方が幸せな時もあるじゃない」


 私が死んでも夕貴には定期的にお金が振り込まれるように手続きしているし、後の事は麗に頼んである。今は落ち込んでいても、きっと立ち直ってくれると信じているから。そう自分に言い聞かせてきたからこそ、夕貴とは一度も会っていない。会えば自分の隠してきた本音があふれてしまいそうだから…………


「本当に、それで良いの?」


 今更逃げ出したところで麗は私を咎めないだろう。

私が良子さんを助けるために依頼を反古にした時、笑って背中を押してくれたのは麗だった。


『セイの幸せのためなら、構わないわよ』


 そう言ってくれた彼女に甘えて、事務所を辞めて良子さんを選んだ後、麗がどれ程大変だったかあの時私は知らなかった。自分の我が儘の代償を何も言わずに全て引き受けてくれた麗に再び同じことが出来るはずもない。そんな事を繰り返して夕貴を選んでも、私はこの先ずっと後悔するだろう。


「…………いい」


 麗が身体を引き寄せて私を抱きしめる。ぐいぐいと押し付ける様な抱擁にいつの間にか私も腕を回していた。無言のまま顔を押し付けられた部分がじわりと濡れているのが分かって、それでも抱きしめ返すことしか出来なかった。


「…………このわからず屋」


「…………ありがとう、麗」


 震えた声で囁かれた言葉に、ごめん、と言うのは間違っている気がしてお礼を言うと身体越しに麗が笑ったのが分かった。

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