第41話 すれ違う想い (6)

前書き


カレンダーを見たら、8月も、もう半分終わっていました。慌ただしい毎日はこうして終わっていくのかなあ、と思ったりします。

本当はのんびりしている暇はないのですが……

いえ!? 決して、現実逃避ではありませんよっ!!



仕事を終えて事務所に戻る時には、太陽が真上で照りつけていて、うだるように暑い。


「おはようございます」


「おはよ、麗いる?」


「あー、はい」


 USBを見せながら訊ねると、少し返事を躊躇う様な口振りにピンときた。


「もしかして、先生の手伝い?」


「いえ、それは昨夜終わって。今、書類の整理をしているはずです」


「そっか」


「セイさん、麗さんに休むように言ってもらえませんか?

昨夜全然寝てないのに、仕事が忙しいからって私がどんなに言っても休んでくれないんですよ」


「麗なら一日くらい寝なくても大丈夫よ」


「だけど、最近仕事詰めで、ぴりぴりしてるっていうか、雰囲気が普通じゃなくて…………」


 困ったように眉を寄せる由美に苦笑する。彼女には話していないはずだが、私の依頼の日が近づいているのを麗も気にしているのだろう。


「分かった。

 私からも言ってみるわ」


「すみません。お願いします」


 返事代わりに手を振って応えると廊下を進んで麗の部屋をノックする。


「おはよ」


「おはよう」


 パソコンの画面から目を離さないまま、挨拶をする麗にUSBを放り投げると、難なく空中でキャッチした。


「ちょっと、もう少し丁寧に扱いなさいよ」


「散々人をこき使った人が言う台詞じゃないでしょう」


「はいはい、お疲れ様でした」


 棒読みの労いの言葉に呆れながらも、ソファーに寝そべると、ようやく麗が視線を向けた。


「寝るなら自分の部屋に行きなさい」


「別に、良いじゃない」


「邪魔なのよ」


「はいはい、お疲れ様でした」


「ったく、もう…………セイ」


「ん?」


「仕事はこれでおしまいよ。後はあなたの自由に過ごしなさい」


「分かった…………」


 身体を起こして、麗の部屋から少し離れた自分の部屋に向かう。ドアを開けると、目の前の光景に一瞬凍りついた。


「!?」


 床にはメモ用紙が散乱していて、背を向けて置かれたソファーに誰かの気配を感じる。足音を立てないように踏み入れると、そっとソファーを覗く。


「ゆっ、!?」


 思いがけない人物に今度こそ声をあげそうになるのを手で押さえるが、夕貴は寝入っているようで、起きる気配はない。息を殺したまま部屋から抜け出し、麗の部屋のドアを開けると、パソコンに向き合ったままの麗に掴みかかった。


「ちょっと! どういう事よ!!」


「何よ、ノックしてから入るように何度も言っているでしょう」


 手を振りほどいてわざとらしく背伸びをする麗は、憎らしいほど落ち着いていた。こうなる事を予想していたに違いなくて、無性に腹が立つ。


「何で夕貴が私の部屋にいるのよ!!」


「ここは私の事務所よ。誰がいようともセイには関係ないでしょう」


「……あんた、夕貴に何かしたの?」


「だったら何だっていうのよ」


 にやにやと笑う麗に怒りが込み上げる。


「セイはあの子を捨てたんでしょう。あの子、捨てられて泣いてたわよ。だから、私が拾ったの。色々話してみたけど可愛いわよね、夕貴ちゃん。真っ白で何も知らないあの子を手懐けて可愛がってあげようと思ってね」


「!!」


 私の中で何かが切れて、気がつけば麗に飛びかかり、片手で首を締めて床に押し倒すと、右手でナイフを取り出して顔面に突きつける。


「夕貴に手を出すな!」


「…………」


 呼吸を止められながらも麗の目が真っ直ぐに私を見つめているのを見て、はっと我にかえると首を押さえていた手を離す。咳き込みながらも何か言いたげな麗に居心地の悪さを感じ、ナイフをしまった。


「あなたにそんな事を言う資格があるわけ?」


「…………」


「欲しいものを欲しいって言えないくせにいつまでも未練がましくうじうじして、そのくせ、失うのが怖くて何も出来ない。周りにばかり気を使って、自分の気持ちを殺して…………いつまでそんな態度でいるのよ」


「…………」


 無言の私に今度は麗が掴みかかり、壁に追い詰める。


「セイ…………本当は死にたくないんでしょう?

 あの子と一緒にいたいんでしょう?」


「…………違うっ!!」


「どうして、そこまで我慢するのよ…………

 私の事なんて、この事務所の事なんて、放り出して逃げればいいじゃない! 後は私が何とかしてみせるから、自分の幸せの為に生きればいいじゃない!」


「っ!…………」


 麗の手をほどくとドアに向かって駆け出した。後ろで麗の呼ぶ声が聞こえたけど、受付を立ち止まること無く走り抜けて外に飛び出す。次々と通行人にぶつかりながら、目的もないまま、ただひたすら街を走り続けた。

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