第34話 移りゆく心 (9) ~夕貴~
前書き
本日も読んで頂きありがとうございます!
リアルが少しばかり落ち着いたので、また前書きを始めたいと思います♪
◇
「………………」
セイが車から離れて、もうどのくらい時間が経ったのだろう。息をすることさえも忘れたように身体が動かなかった。
突然の告白は、タイミングも話の内容もあまりにも衝撃的で、頭の中ではセイの言葉が何度も繰り返されているのに、思考は止まったかの様に考えることを拒否している。
私の脳裏に忘れたくても忘れられない光景が甦る。偶々早く学校が終わり、体調の悪い母が心配で急いで帰ったあの日。ただならぬ気配を感じて、そっと覗いてしまった室内。自分の目を疑う光景に見てはいけない物を見てしまった気がして、思わずその場から逃げ出した。
母に訊ねられないまま、母も語らないまま消えてしまった事実。
『好きだよ』
寝ぼけたセイが呟いた、初めて見た彼女の真っ直ぐな好意。
母の写真を見る時の懐かしそうな瞳。
一つ一つ思い出す度にセイの言葉が裏付けされていく。全てが繋がっていく。
『彼女のいない人生は私にとって何も意味のないものよ』
だから、生きたくないの?
『私は良子さんの為にあなたの面倒をみたに過ぎない』
だから、優しくしてくれたの?
『夕貴はもう自分の家に帰りなさい』
私が我が儘を言ったからセイは嫌いになったの?
手を濡らす感触に視線を落とすと、頬からぽたぽたと水滴が落ちる。お気に入りの服が自分の涙で濡れていく事に気がついたけど、ハンカチを出す気にもならなかった。
思い返す度、胸が張り裂けそうに痛い。明確な拒絶が、悲しくて、苦しくて、いっそのこと心が千切れて無くなってしまえばいいのにとさえ思う。
どうやって帰ったのか分からないまま、気がつけばアパートの扉の前に立っていた。震える手でドアを開けて、明かりのついた部屋を覗く。壁際に身体を向けてタオルケットを被ったセイは眠っているのか、身動ぎひとつしない。まるで私を拒絶しているような姿にようやく引っ込んだ涙が再びこぼれそうになる。その後ろ姿にすがり付きたくて、だけど、これ以上嫌われるのが怖くてセイの元へ行けなかった。
明かりをつけたままではセイが寝にくいだろうと電気を消して布団にもぐる。眠気なんてなかったけど、気をぬけば直ぐに流れ出る涙が嫌でぎゅっと目を閉じた。何度も寝返りをうって、ただ時間が過ぎるのを待つ。朝起きたら、セイに謝ろう。一緒にいたいなんて言わないから、せめて、契約だけはキャンセルしてもらおう。
あの人を絶対に失いたくはないから、自分に言い聞かせる様に頭の中で何度も繰り返す。
「ごめんね、セイ…………」
小さく呟いた言葉は、暗い部屋の空気の中に溶けて消えた。
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