第14話 孤独な心 (7)
前書き
スイカ好きな家族の為に、今年の春、スイカの苗を買ってきて、植えてみました。肥料や草取りなど、小まめに世話をしたためか、結構順調に育ち、ソフトボールくらいまで大きくなったのですが、梅雨の長雨で全て駄目になってしまいました。
少し離れた無人販売所に大きなスイカが一玉800円で売られているのを知り、植える経費や手間を比べても、買った方が断然お得な事が分かったので、来年は買おうか迷っています。
◇
手早く買い物を済ませながらもスマホに意識を向けていたが、眠ったのか夕貴から電話は掛かってこなかった。
「ただいま」
小さな声でドアを開けると、ほっとした様に夕貴が迎え出る。どうやらずっと待っていたらしい。
「遅くなってごめんね。
はい、これ。デザインは勝手に選んだけど……」
「ううん、ありがと」
洗面所に向かった後、しばらくしてから出てくる夕貴に「サイズ大丈夫だった?」と訊ねると、他人に指摘されるのが恥ずかしいのだろう、少し赤い顔でこくりと頷いた。
「夕貴、今日はもう休みなさい。その布団使って良いから」
「…………セイはどうするの?」
「私は反対側に寝るから心配しないで」
テーブルの向こうを指差すと、夕貴が何か言いたげにちらちらと私を見る。
「そんなに心配しなくても寝込みを襲ったりしないわよ」
「ち、そんな事考えてないから!」
慌てて否定する彼女に苦笑すると、安心させるように付け加えた。
「子供に手を出すつもりなんてないわ。
だから、安心しなさい」
「私、子供じゃない!!」
「分かった、分かった。とりあえずお風呂に入ってくるから」
むっとした様に言い返す夕貴を適当にあしらって、着替えを持つと風呂へ向かう。熱いお湯を出して頭から浴びながら、突然慌ただしくなった日常に思いを馳せた。
ごしごしと濡れた髪を拭きながら部屋に戻ると、夕貴が布団に入ってこちらを見ている。
「電気は消さない方が良い?」
「ううん、大丈夫」
「一応、一つだけつけておくわね。お休みなさい」
豆電気のみを残して明かりを落とすと、テーブルの奥に座り、スマホを開いた。
「セイ」
「ん?」
「…………どこに寝るの?」
「ここに寝るけど?」
「もしかして、布団、ないの?」
夕貴の問いかけに返答を少し悩んだが、結局素直に伝える事にした。
「私はなくても構わないわよ。タオルケットがあるし、それほど寒さを気にする様な気温でもないしね」
「でも…………」
豆電気の僅かな明かりに照らされた彼女は困りきった表情を浮かべていた。自分だけ布団を使うことに抵抗があるのだろう。
「夕貴はきちんと休む必要があるから、それを使いなさい。
それとも…………添い寝が必要?」
「ば、馬鹿!!」
くるんと背を向けて布団にくるまる夕貴に小さく笑うと、自分もタオルケットを被る。しばらくすると、テーブルの向こうから小さく寝息が聞こえてきた。寝付けないと思っていたが、どうやら疲れも相当溜まっていたらしい。むくりと起き上がりスマホを確認すると、丁度良い時間だ。夕貴を起こさないように服を着ると、もう一度彼女が寝ていることを確認して外へ出た。
「お待たせ」
「遅い」
路肩に寄せていた自動車に乗り込むと、不機嫌そうな麗が直ぐに車を走らせる。
「私を急に呼び出したからにはそれなりの対価をもらうわよ」
「勿論そのつもりだから、心配しないで。私も遠慮なく利用させてもらうから」
「はいはい」
夕貴のアパートの前に車を停めると、後部座席から幾つか道具を取り出す。暗闇に紛れるように静かにドアを開けると、部屋の中は静寂が広がっていた。電気をつけないまま麗に指先で幾つか指示すると、彼女が壁際に黒い板を置いていく。ライトを照らして持ってきた機械を部屋のあちこちに当てると、幾つか反応が出た。反応した場所を全てチェックし終えてから、再び黒い板を外すと車に戻った。
「カメラが一つに盗聴器が三つか……」
「夕貴が持ってきたバックにも入っていたから合計四つ。
バックの盗聴器は捨ててきた」
「またえらく好かれたものね。相手に心当たりは?」
「今のところないけど、手がかりはこの写真かな」
夕貴の盗撮写真を渡すと、麗が素早く目を通す。
「分かったわ。一週間以内に連絡するから」
「お願いします」
「それじゃあ、仕事は終わり。これからはプライベートね」
車のエンジンを掛けて走り出すと、麗がちらりと目を向けた。
「セイ、貴女本気なの?」
「何の事?」
「契約の事」
「そんなに変かしら?」
「いや、むしろ貴女らしいわね」
「さすが麗。良く分かってるじゃない」
私の言葉に麗が呆れたように盛大なため息をつく。
「二ヶ月後。
………今なら、引き返せるわよ」
麗が小さく呟く言葉に聞こえない振りをした。そこまで私を気にかけてくれる事に感謝を込めて、言葉を続ける。
「良子さん、亡くなったんだって」
「ねぇ、セイ」
私の言葉に被せるように麗が口を開く。
「人は遅かれ早かれ皆死ぬのよ。
余命宣告を受けていたのなら、覚悟は出来ていたはずでしょう」
「うん。あの人も言っていたし、それは分かってる。
もう二度と会えないことも」
「それが直接的な理由?」
「それもあるけど…………」
言葉を探す私を、彼女は静かに待っている。
「うまく言えないけれど、生きることに疲れたの。
物心ついてから今まで私はずっと独りだった。好きになった人ももうこの世にはいないし、独りで過ごすことはこれからもきっと変わらない」
「…………あの子じゃ立野良子の代わりにならないの?
随分気に入っているみたいだし、なつかれているじゃない」
麗の言葉に思わず苦笑した。なつかれているというよりは、なつかない野良猫を保護している感覚なのだが、麗から見るとどうやら違って見えるらしい。
「夕貴は何も知らないし、教えるつもりもないわ。あの子が頼ってきたから、受け入れたまでよ」
「………………」
車が停まりドアを開けようとすると、麗が何か言いたそうにこちらを見ている。
「何?」
「案外、貴女が自分の気持ちに気づかないだけかもしれないわよ」
「そうかもしれないわね。
実際、私も夕貴と過ごして楽しいし」
苦笑しながらもその通りなので否定はしなかった。
「ねぇ、麗。
私、夕貴が傍にいてくれたら、笑って死ぬことを受け入れられる気がするの。実際のところ、それは難しくなったみたいだけど……」
「………………」
「ありがとう。こんな私を心配してくれて」
「馬鹿ね。心配なんてしないわよ」
麗と微笑み合うと外に出る。ドアを閉める前、ふと思いついて、運転席を覗き込んだ。
「あのね、私が殺されても良いと思うのは麗だけだよ」
「………………」
何も言わない麗にせめてもの感謝の気持ちを伝えて車を見送ると、夕貴の待つ部屋に向かった。
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