第12話 孤独な心 (5) ~夕貴~

前書き


小学生の時に図書室で読んだ本が切っ掛けで、昔から怖い話が苦手です。その手の物は一切関わらないようにしていまして、本は読まず、ネットは検索せず、テレビは消します。よくよく考えてみると、本能的に「怖い」物が苦手らしく絶叫系のアトラクションも乗ったことがないです。また、高い場所も苦手で観覧車も駄目です。こんな私のせいで、我が家は遊園地に行く機会が殆どありません。TVのCMを見る度、今年の夏こそは、と思っていますが、予定は未定です。



予報通りに雨が続き、憂鬱な気分で毎日が過ぎた。あれから警察官の方が何度か訪ねてくれたお陰か、不審な出来事は起こらなかった。未だに恐怖は拭えないが、いつまでも引きずっているわけにはいかない。学校では普段と変わらない態度で過ごしているものの、一人きりで緊張しながら過ごす孤独な夜に、私の疲労は精神的にも肉体的にも限界に近かった。


 昼休みに久しぶりの晴れ間が覗き、ほっとため息をついた。このまま天気が回復すれば、夜にまた安西セイに会いに行ける。自分でも待ちわびていることを自覚しながら、移動教室に行くための準備をして、廊下を京子と並んで歩いていると後ろから呼び止められた。


「立野」


「…………」


 聞き覚えのある声に無視しようと歩き出すと、後ろから肩に腕が回された。慌てて振りほどくとそこには山本が立っている。


「何するの!」


「呼んだのに返事をしなかったお前がいけないんだろう」


 にやにやと笑う山本に正論を突きつけられて言葉に詰まる。隣の京子が口を開こうとするのを押し止めた。


「何か用?」


「俺と付き合うこと考えてくれたか?」


「それについては前にきちんと断ったはずよ」


 私の答えに何故か山本がにやりと笑みを浮かべた。


「女の独り暮らしは何かと物騒だぞ。まあ、何かあったらいつでも言えよ」


 そのまま反対方向に歩き出す山本の姿が見えなくなると、思わず大きく息を吐いた。先程肩に回された時にどさくさに紛れて触られた胸が気持ち悪くて埃を払うように手で服の上をぱたぱたと叩く。


「何、あいつ…………」


 苛立ちを隠そうともしないで山本の消えた廊下を睨み付ける京子に感謝しながら苦笑すると「行こう、京子」と声をかけて教室に急いだ。


 日没の時間が徐々に長くなり、一月前には暗かった帰り道も夕焼けが未だに残っていて、気分も少し上向きになる。玄関に何も置かれていないことに安心して、部屋の中に入る。


ふと、カーテンが閉めきられた暗い部屋の中に酷く違和感を感じて立ちすくむ。何かがおかしい、心臓がどきどきと鳴り、思わず胸を押さえながら、震える指で壁のスイッチに手をかけると、勇気を出してボタンを押した。


「!?」


 持っていた鞄とバックを落としたが、それも目に入らないほどの衝撃が私を襲った。部屋の中は掻き回され、物が散乱していた。押入れの中の収納ケースに入ってあった私の洋服は全て引き出され、本棚の本は投げ捨てられている。母の写真は壁際に落ちていて、遺骨の入った箱は倒されていた。テーブルには前回とは違った角度からの私の写真が何枚も置かれていて、犯人の目的が物取りでないことが一目瞭然だった。



「…………もう、いやだ」



 立ちくらみを起こしてその場に座り込むと、恐怖で一歩も動けなくなった。荒い呼吸を繰り返して酸素を取り込んでも何も考えられない。


 どうすれば良い、逃げなくては、怖い、まだ誰かが見ているかもしれない、お母さん、いない、誰か…………


「たす、けて…………」


 掠れた声で助けを求めても、誰もいない。緊張して息が乱れてくる。誰か、助けて、お願い…………


 強ばる指を必死に動かしてバックからスマホを取り出す。カバーの後ろに挟んでいたメモを開くと、何度も押し間違えながら番号を入力する。


 かさり、と窓の方で音が聞こえ、思わずスマホを取り落とした。視線がカーテンに釘付けになる。自分の呼吸する音だけが響く室内に声が聞こえた。


『もしもし?』


 スマホが光り、スピーカーから小さく声が聞こえ、金縛りが解けたように身体が動いた。スマホを持って外に飛び出すと、後ろを振り返ることなく全力で電話の声の元へ走り出した。

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