第2話 殺意の出会い (2)

少女の上に馬乗りになったまま、これからどうしようか考えこむ。私を襲った見返りに、腕の一本でも折れば素直に帰ってくれるだろうと思っていたのだが、流石に年端もいかない子供を痛め付ける趣味はない。しかも少女の身体は細くて、うっかり加減を間違えただけで、ぽきりと折ってしまいそうな体つきをしていた。


 面倒な事になった、と思ったが、降りかかる火の粉は払わねばならない。最早抵抗する気のないであろう少女の両手首を一まとめに掴み、頭の上で押さえつけると、ナイフを首元に突きつけて、顔を覗きこむ。何をされるのか分からない恐怖に怯えた視線が私とぶつかった。案外可愛い顔をしているな、と思いながらも表情に出さず平坦な声で話しかける。


「あなた、名前は?

 どうして私を殺そうとしたの?」


「…………」


 涙に濡れた瞳が動揺したように左右に動き、視線を反らす少女を無言で見つめる。誰かに頼まれたという訳ではなさそうだから、彼女個人の動機だろう。少女の無言の返答に持っていたナイフを投げ捨てると、ベルトのバックルに隠していた愛用の折り畳みナイフを取り出した。


「あんなおもちゃみたいなナイフで刺すのは結構難しいわよ。次を望むならもう少しマシな物を準備しなさい」


 ナイフの刃を片手で出し、切っ先を下にしながらゆっくり首元に下ろしていく。声にならない音が下から聞こえたが、構わずに白い首の左側に少しだけ刃を当てると、身体が僅かに跳ねて、それだけでぷつりと赤い滴がにじみ出す。


「動かない方が良いわよ。このナイフ良く切れるから」


 少女の顔を見つめながら告げると、恐怖で身動ぎすらしなくなったらしい。


「もう一度聞くわね。

 どうして私を殺そうとしたの?」



「………………あんたが」


「?」


「あんたが、母さんをっ!!」



「…………母さん?」


 私の一言が彼女の心に再び憎悪の火をつけたらしい。首元のナイフを忘れたかの様にきっとにらみながら声を上げる。


「忘れたとは言わせないわよ!

 半年前に会ったでしょう!立野良子に!!」


 思っても見なかった名前を聞かされ、ナイフを取り落としそうになった。この少女は立野良子を母さんと呼んでいた。


それならば……………


「あなたが…………立野夕貴?」


「…………」


 先程と同じ沈黙だが、彼女の表情は肯定を表している。私が組敷いている少女を改めて観察した。憔悴した様に目の下に隈が出来ていて、長い髪はぼさぼさに乱れていた。やつれてなかったならさぞかし同年代の異性にモテるであろう綺麗な顔立ちに、母親の面影が確かに残っていた。


 とりあえず、手の中のナイフをしまうと拘束を解いて夕貴から離れる。訳が分からないという表情の彼女は自由になったことに気づくと、這いずるように慌てて私から距離を取った。


 腰が抜けたのか立ち上がろうとしない夕貴を見ながら、ぼんやり考える。最後に会ったときの言葉、半年という期間、憔悴した表情の娘……これらを突き詰めてみれば自ずと見えてくる現実は、知りたくないものだった。


「いつ、亡くなったの?」


「………………先週の土曜日」


「そう…………」


 もう、彼女はこの世界のどこにもいない。


 思い出さないように必死で蓋をした記憶が溢れそうになるのを、両手を固く握りしめて無理やり押さえつけた。


 思い出す訳にはいかない、痛む心を再び閉じ込める。こんな場所で遊んでいないで早く帰ろう、熱いシャワーを浴びて布団を被ってさっさと一日を終えてしまおう。


 ふらふらと立ち上がりバックを持つと、アパートに向かって歩き出した。

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