第18話 肉を切らせて骨を断つ



ダン!ダン!ダン!ダン!


小刻みに連続した銃声。

それから逃れるように、スラッシュは通路を駆け抜けていた。


「射撃の精度が急に上がった……連中は素人ではないな」


明らかに単なる暴徒達とは異なる、丁寧なセミオート射撃で獲物を追い詰めんとする立ち回り。

その上射線の通りもいやらしく、高度な連携が取れている事が容易に想像できる。

そのせいでスラッシュは中々反撃の機会を得ることが出来ず、逃げの一手を強いられていた。

階段に差し掛かったスラッシュは、うつ伏せで爪先からスライディングをすると、被弾面積を最小限にとどめながら追っ手に数発発砲する。

そして踊り場で素早く立ち上がると、クリアリングをしながら下層のフロアへと踏み入った。

しかしながら、彼を出迎えたのは人ではなく……


ピピピピーー……ボッ!!!


迫撃砲弾を改造したIEDだった。

スラッシュは姿勢を下げるも間に合わず、床を転がる。

そして追い打ちをかけるように、銃弾が壁を貫通して襲い掛かった。

うち数発はスラッシュの身体に容赦なく食い込んだが、彼は痛みをこらえて床を転がり、コンクリートの柱に身を隠す。


「この感じは……“奴”か?」


スラッシュは周囲を警戒するが、それらしき影は見当たらない。

そもそも壁越しに標的を狙えるような相手なら、尻尾を見せる事もないだろう。


「クソ……」


今この瞬間にも、追っ手は距離を詰めてきている。

ベストに食い込んだ弾丸を払い、先に進む決心をしたスラッシュ。

だが、そんなタイミングで


カタッ……


前方から物音。

見るとすぐ近くの曲がり角から、ライフルの銃身が見えていた。

スラッシュは銃身を掴んで引き寄せ、つんのめった相手の腹に弾丸を打ち込む。

ところが、相手は生意気にも防弾ベストを着こんでいた。


「チッ……!」


スラッシュは掴んだ銃身を回転させ、相手を強引に前かがみにすると、その背中にMAC11を依託した。

そして、肉盾にしながら追っ手を迎え撃つ。

しかし


カカッ……


程なくして弾切れ、そのうえ


ダダダン!


別方向から着弾、すぐ近くだ。

見れば、10mほど先で2人が制圧射撃を行っていた。


「面倒だ……!」


スラッシュは盾を突き飛ばし、マガジンを抜いて投擲する。

そしてすかさず距離を詰め、デンプシーロールよろしく眼前で放たれた弾丸をかいくぐる。

鬼の形相で迫りくるスラッシュに、相手は腰が引けてしまった。

そんな状態では当たるものも当たらない。

スラッシュは体から突っ込むように、銃口を敵の鎖骨に突き立てる。

すぐさまマガジンを装填し発砲、もう一人もフルオートで顔面を潰す。

更に起き上がろうとした肉盾の頭にも撃ち込み、残りの追っ手も胴から頭のダブルタップで即刻始末した。

もう他に、生きている者はいない。


「ふー……」


周囲の敵は片付けたので、スラッシュはニック達と合流しようと考えた。

その時だった。

通路の角から灰色の影が、突如としてスラッシュの視界に現れた。


ダダダン!


ほとんど反射的に出した手で、相手の銃を逸らす。

銃弾は列を成して、スラッシュの目と鼻の先を横切った。

スラッシュはそのまま銃を巻き込むようにして弾き飛ばし、カウンターで発砲する。


「おっと」


しかし、相手もその手は食わないとばかりに素早く手を伸ばした。

すんでの所で銃口は逸らされる。

スラッシュは追撃すべく再度引き金を引いたが、弾丸は放たれなかった。

見れば相手はボルトハンドルに指を添えており、意図的にジャムを起こさせている。

静止したのも束の間、相手はダンスのようにスラッシュの腕をねじりながら華麗に回ると、MAC11を弾き飛ばし、素早くサブアームを抜いた。


ダン!


今度はそれを、スラッシュが逸らす。

互いに銃口を相手に向けようと、腕に力を入れた。

まるで鍔迫り合いのような姿勢で、2人は睨み合う。


「よう、思いのほか元気そうで何よりだ」

「減らず口を……」


スラッシュとレックス、彼らは再び出会ってしまった。

こうなれば、やる事はひとつだ。


「くっ……!」


スラッシュは頭突きを見舞い、隙を見て銃を奪う。

しかし、レックスも適切に対処した。

素早く一歩踏み込むと、スラッシュの腕を逸らし、そのまま脇に挟む。

そして、反対の腕で渾身のストレートを見舞った。

スラッシュは腕が引っ張られているので、衝撃を逃すことが出来なかった。

脳がモロに揺さぶられ、視界には星が飛ぶ。


(このままではマズい……)


早急に対処しなければ、スラッシュはタコ殴りにされてダウンしてしまう。

彼はベルトに挟んだナイフを掴み、更なる攻撃を見越して切りかかった。


「だろうな!」


レックスは素早く身を引いた。

その勢いでスラッシュの腕は解放され、引っかかった拳銃が地面を転がる。

レックスも負けじとナイフを抜くと、機敏な動きでスラッシュに迫った。

切る、避ける、突く、逸らす。

瞬きすらも許さない、力と技の応報が繰り広げられる。


「ははは……そうだ、この感じだ!」


レックスは目にも止まらぬ速さでナイフを振るう。

スラッシュは刃筋を潜るようにして避けると、振り向きながら首を狙った。

それを


「おう……おっかねェ」


レックスはノールックで抑える。

そしてゆっくりと視線を合わせ、怪しい笑みを浮かべた。

スラッシュはすかさず太股、横っ腹と狙うが、レックスは全て見切っていたかのようにそれを捌くと、ナイフを逆手に持ち替え、背後の相手を捉えんとする。

スラッシュも即座にその意図を見抜き、同様に動く。

両者、背中合わせで急旋回……先に仕掛けたのはスラッシュだった。

足を引っ掛け、投げの体勢に入る。

レックスは軸足を変えて抜け出す。


(そこか……!)


スラッシュは体重移動の隙を逃がさなかった。

引き倒すように崩しをかけると、そのまま背負い投げ……


「いかにもSWATらしいな」


レックスは背中を転がるように投げから脱し、体勢が不安定なスラッシュの右胸に深々とナイフを突き立てた。


「ぐっ……!」


スラッシュの指から、力なくナイフが滑り落ちた。

傷口を押さえるスラッシュに、レックスは言う。


「自慢じゃないが、俺は同じ相手に2度敗北したことは無い。お前の戦い方は見切ったよ」

「クッ……」


今回も壮絶な戦いとなった。

スラッシュも幾度となくレックスに冷や汗を掻かせた。

しかし拷問のせいで本調子が出なかったのか、あるいは素性が割れて対策されたからなのか……勝利を掴んだのはレックスだった。

両者の実力が拮抗している場合、一度傷を負ってしまうと逆転は不可能に近い。

レベルが高いのならなおさらだ。

ただ……


(奴を行かせたら、確実に死体が増える事になる)


いくら分が悪くとも、自分が何とかしないと状況は更に悪化する。

スラッシュは自分の体に鞭を打ち、MAC11に飛びついた。

その時だった。


「お前の“お友達が”やってきたぜ」


レックスが言うよりも早く、新たな影が現れた。

黒いローブに身を包んだ男、ニンジャガイだ。

彼は素早いハイキックでスラッシュを翻弄し、トドメに足をすくい上げた。

スラッシュは宙を舞い、背骨を強打し悶絶する。


「悪いな、仲間が待ってるんだ。お前たちは馴染み同士仲良くやってくれ」


そういうとレックスは姿を消す。

満身創痍のスラッシュは新たな苦境に立たされた。





「この先が首長室前の広場だ。頭を上げるなよ」

「わかってる」


とうとう私たちは目的地に到着した。

恐らくはこの付近に敵のリーダーがいるはずだ。


「正面からやるのは得策じゃない。だから、これまでと同じように各個撃破で行こう」

「相手は戦争屋なんだからそうなるよね。でも、本当に2人だけで行ける?みんなを待ってからの方がいいんじゃ……」

「もし仮に、敵があっちに引き付けられているとしたら、チャンスは今しかない」

「それもそうだけど……」

「待っているだけじゃ状況は改善しないし、一方でリスクは増えるんだ。それなら俺は、今仕掛けるべきだと思う」


確かにそれもそうだ。

最終局面を前にしてつい弱気になっていたけれど、アントンの陽動に始まり、元々この作戦はスピード勝負だった。

であれば、覚悟を決めるべきだろう。


「わかった、行こう」


私はニックの方を真っ直ぐ見つめて言った。

これに対しニックも頷く。

そして、いよいよ広場へと一歩を踏み出そうとした時だった。




「相談タイムはもう終わったのか?」




どこからか、声が聞こえた。

私は背筋が凍り、慌てて周囲を見回す。

すると広場のど真ん中に、つい先ほどまでには無かった人影が見えた。

それは灰色の装備で全身を固めた男……見るからにただの暴徒ではない。


「わざわざこんな所までご苦労様だ。道中は大変だっただろ?」


灰色の男は両手を広げ、客人を出迎えるかのような態度をとっていた。

そしてこの口ぶり……順当に考えてこの男が集団のリーダーという事なのではないだろうか。

同様の考えに至ったニックは銃口を男に向けた。


「あぁ、おかげさまで骨が折れたよ。でも、それもようやく終わる」

「だといいな、ブギーマン」

「なに……?」

「俺とて、ここでふんぞり返っていた訳じゃないんだ。さて、おしゃべりもここら辺で十分だろ?」


そう言うと男は指を鳴らす。

直後


ドドドドォォォオオオオオン!!!!!!


想像を絶する爆音と振動が私たちを襲った。

すぐさま足元には亀裂が走り、次の瞬間には崩れていく。

広場の床が全て抜けるまでに、そう時間はかからなかった。

そして私とニックは空中へと投げ出される。

しかし、気が付いた時には何処かに体を叩きつけられていた。

何が起きたのかまるで分からず、粉塵に咳き込みながら必死に体を起こす。

するとそこには数多のパイプとダクトで着飾った、鋼とコンクリートの大穴が姿を見せていた。


「広場のすぐ下がプラントになっていたのか……?」


隣で身を起こしたニックが言う。

確かに、言われてみればここは石油採掘のプラントのようにも見えてくる。

穴の直径は50mほどであり、中心には直径10mかそこらの構造物が塔のように佇んでいる。

そして、そのドーナツ形状の穴のまわりを何層にもなった通路が囲んでおり、そこから塔に向かっていくつかの足場が続いていた。

私たちが落ちたのも、その足場の1つだった。

穴の底は見えない……落ちてしまえばまず助からないだろう。

そして視線を上げれば、灰色の男は中心の塔の上からこちらを見下ろしていた。

その姿は、まるで玉座に就く王のようだった。

そして、その場に私たちが立ち上がったのを見届けると


「それじゃあ、始めようぜ」


獣の王、レックスは開戦を告げた。





オアシス中心部の一角、プラントへと繋がる通路にて。


ガァン!!


勢い良く跳ね飛ばされたスラッシュは壁に激突すると、力なくへたり込むんでしまった。

彼の視線の先には、脚を振り抜いた姿勢のニンジャガイの姿がある。


「しかし、俺としてもこんな事はしたくなかったよ」


ニンジャガイはそう言うと、何とか起き上がろうとするスラッシュに詰め寄り、無慈悲に蹴りつけ頭を踏みつけた。

そして、痛みに苦しむスラッシュを見下ろし


「こんなお前を見たくもなかった」


心底悲しそうに言った。

一方、スラッシュは冷静に逆転のチャンスを伺っていた。

そして、自身を踏みつける力が弱まった瞬間に、腹筋を使って素早く頭を引き抜く。

彼はすぐさまニンジャガイの反対の足に自らの脚をひっかけ、転倒させようと目論んだ。

しかし


「そんなもの、見え透いている」


ニンジャガイはまるで意に返さなかった。

スラッシュが次なる抵抗を仕掛けてくる前に、この勝負を終わらせようとした。

彼はスラッシュの手足の上に体重をかけるようにして拘束すると、首筋に注射器を突き立て、薬液を注ぎ込んだ。

そして、ニンジャガイは言う。


「不思議に思わなかったか?自分は何故、自白剤を打たれながら普段通りの戦闘ができたのか……」


これに対して、スラッシュは驚いたように目を見開いた。


「お前ほどの男に、首輪の一つもつけていないのは不自然だと思わないか?」

「まさかアレは……」

「そう、あれは自白剤じゃない。遅効性の毒薬だ。そして、今打ったのはその促進剤……意味は分かるな?」

「うぐっ……!?」


スラッシュは突然襲い来る強烈な眩暈と、呼吸器の異常に呻く。

この様子を見たニンジャガイは満足げにうなずくと、空になった注射器を投げ捨てた。


「毒というものは古来から暗殺に用いられてきた。しかし、武器として使うにあたっては1つ避けては通れない問題があった……それは“即効性”と“携行性”の両立だ」


ニンジャガイは這いつくばって咳き込むスラッシュを尻目に、自身の毒薬について語り始めた。


「すぐに利く毒は持ち運びが難しく、武器として扱う事が現実的ではない。この逆も然りだ。この特性上、今日に至るまで“毒”が戦闘の主力になることはなかった。しかし、特定の状況下では、この欠点が有効に作用する事もあり得る……今回のお前のようにな」


ニンジャガイはスラッシュの目の前に屈むと、髪の毛を掴んで視線を合わせた。


「俺はレックスと行動を共にしているが、部分的に利害が一致しているだけで奴の仲間というわけでもない。だから、こうしてお前の身の自由を俺の手中に収める必要があった」

「右も左も敵ばかり……気苦労が多そうだ」

「オアシスで医者を続けるよりはよっぽど気が楽さ」


ニンジャガイはスラッシュを投げ捨てるように解放すると、話を続けた。


「スラッシュ、お前ならオアシスが陰でどんな事をやっているのか、薄々感づいているだろう」

「俺でなくとも、知っている者はいる」

「あぁ。それだけこの街は腐敗している。その上で、誰もが見て見ぬふりをしている……街の中で回っている金の出所がどこなのか、少し考えれば分かるにも関わらずに」


ニンジャガイはグルグルとその場で歩き回る。

そして、足を止め振り向くと言葉をつなげた。


「この街は持たざる者の犠牲によって成り立っている。これは税収の事じゃない……物理的な意味でだ。俺の診療所には毎週のように、子供たちが自分の血液を売りに来る。薬や病気に汚染されていない新鮮な血は需要があるからだ」


ニンジャガイは次第に早口になっていき、身振り手振りがせわしなくなっていく。

彼の話は止まらなかった。


「あの子たちは働けない親に代わって、自ら進んで俺に腕を差し出す。ふざけた話だよ。どうして自分の親は働けなくなったのか、血を売り続けていたら自分はどうなるのか、考えてみればわかることだ……それでも、あの子たちは腕を痣だらけにして、いつ自分が親のようになるかもわからないのに、血を売り続けるんだ」


そして、ついにニンジャガイは吹っ切れた。


「わかるか!?俺は毎日のように、使い回しの注射器で子供の腕から血を抜くんだ!来る日も!来る日も!!そして、その血は一部の特権階級の奴らの為に使われる……お前達治安部隊が大事に守っている奴らにな!!俺はそんな事をする為に、医者になった覚えは無い!!」


殆ど一息で喋り続けていたニンジャガイは、話し終わると同時に肩で深呼吸を始めた。

そして、再びスラッシュの元へと詰め寄ると問いかける。


「スラッシュ、よく聞け……俺はレックスの思想には興味がない。だが、この街に特権階級の奴らがいる限り、平和が訪れる事が無いのは確かだと思っている。だから、俺はそんな奴らを一掃する。お前も手を貸してくれ。お前と俺の力があれば、それも可能だ」

「何だと……?」

「毒には解毒剤……正確には拮抗阻害剤が用意してある。お前がイエスと言えば、それを打つ。お前もこの街の醜さ、歪さは知っているだろう。なら、断る理由はないはずだ」


ニンジャガイは真剣な眼差しでスラッシュに詰め寄った。

スラッシュも同様に、ニンジャガイの目を真正面から覗き返した。

そして、数秒間2人は沈黙をしてたが


「遠慮させて貰う」


突如としてスラッシュは均衡を破った。

そして、頭突きでニンジャガイを怯ませると、素早く肩と腕を掴んで体勢を崩させぶん投げる。

不意打ちを食らったニンジャガイだったが、冷静に回り受け身で起き上がり、短刀を抜いて向き直った。

対して、技を掛けた方のスラッシュはふらつきながら立ち上がる。

彼は毒の影響で平衡感覚が狂い、自身の動きに三半規管がついてこられなくなった為、乗り物酔いに近い吐き気を催していた。

そんな様子を見ながらニンジャガイは言う。


「見ていていたたまれない……お前は俺の知る限りで最も優秀な兵士だった。鋭敏で冴えわたった技を持つ、切れぬ物などない名刀だったのに」


ニンジャガイの短刀に、息を荒くしたスラッシュの姿が映った。

もはや立つのもままならない様子だ。


「今のお前はサビ付いて牙を抜かれた“なまくら”だ」

「錆びた刃も当たれば痛い、試してみるか?」

「当たらないさ」


ニンジャガイは短刀を逆手に持ち替える。

そしてゆっくりと間合いを詰めていき、5mを切ったあたりで一気に加速した。


「そんな奇跡は、起こらない」


白銀の刃が風を切り裂いた。





ダダダダダン!!


連なった銃声。そして


ボゴボゴボゴボゴッ!!


連なった風穴。

レックスが放った弾丸が、私たちを執拗に追い詰めていた。

戦力的には2対1、かつあちらには大した遮蔽物がないのに対して、こちらは通路のフェンスやダクト、配電盤など身を隠せる場所があるのにもかかわらず、私たちはほとんど防戦一方だった。


「仕方ない!ラケル、2方向から行くぞ!」

「わかった!」


悔しいけれど、地力では圧倒的に相手が上だ。

それならば、こちらは数で押し切らないと勝ちはつかめない。

私たちは二手に分かれて、穴の周囲を取り囲む通路を走りながら引き金を引く。

それでも、レックスはまるで意に返さないようだった。

まるで、自分に当たる弾と当たらない弾を完全に見切っている様子で、牽制の射撃がほとんど意味をなさなかったのだ。


「クッソ……あいつの反射神経どうなってんだよ」

「これが反射的なものに見えたか?違うな……頭を使うのさ」


そう言うとレックスは再び引き金を引く。

数発がニックの胴体に当たり、彼は転がりながら遮蔽へと逃げ込んだ。

そして痛みをこらえ、胸を抑えながら呼吸を整える。

2方向から十字砲火を試みても、レックスを捉える事は出来なかった。

そればかりか、こちら側が被弾しているという有様だ。


「やっぱり20m先の的を走りながら当てるのは簡単じゃないな……」


20mというのは穴の周囲を取り囲む通路と中心の塔までのおおよその距離で、これはピストルの実用的な射程ギリギリだ。

つまり、本来ならば狙って当てるのも困難なレベルなのだ。

まるで勝ち筋が見えず、私たちは及び腰になってしまう。

と、その時だった。

ニックのベルトにひっかけられた無線機から電子音が響き、続いてアントンの声が聞こえた。


『ニックさん、聞こえますか?』

「アントン!無事だったか」

『こっちは陽動が終わりました。車は傷だらけですけど、まだ走れます』

「それは何よりだ。以後の流れとしては合流か潜伏かだけど……」

『ちなみにニックさんは今どこですか?』

「俺?首長室前の広場……の地下、プラントだ。床が崩落して吹き抜けになってる」

『よくわかりませんけど……とりあえず街の中心ってことですよね?それなら今から向かいます。その前にファイバーさんの滑腔砲を回収するので、場所を教えてください』

「いや、危険すぎる。そんなの今は気にしなくていいから……」

『役立つ場面はきっとありますよ。15分で届けます』


アントンの意志は固いようだった。

そして現に私達は、レックスに対する有効な攻め手に欠けていた。

ニックは一息つくと、アントンに対して告げる。


「地図でいう所のエリアD4、南西側の4階建てアパート屋上だ」

『わかりました。そこなら12分で行けます』

「助かる」

『到着したら無線を繋げます、それまでなんとか持ちこたえてください』

「わかった、そっちも死ぬなよ」

『勿論です』


アントンとの無線が切れた。

これで1つ強力なカードが手に入ったけども、まずは一度盤面を取らない事には始まらない。

だから、どうにかして現状を打開出来ないか考えていた。

だが、転機は突然訪れた。


タァン!タァン!タァン!


乾いた銃声が連続で響いた。

レックスは素早く身を翻し、塔の裏側に隠れたが、おかげで射線が遮られる。

これを受けて、ニックは足場を一気に駆け抜けていった。


「ラケルさん、おそくなりました」


銃声の主はシャルだった。

彼女は環状の通路を回り込み、塔の裏側で壁面のダクトに隠れていたレックスに対して容赦ない連射で追い詰める。


「おっと……子供相手でも侮れないか」


一方レックスはパルクールのような身のこなしで、塔の周囲を走り出した。

足場は幅20㎝ほどのダクトやパイプのみ。

そんな場所を移動しながら、彼は片手間で私たちに射撃を行った。

そして、シャルがリロードに入ったのを見るや否や、鉄棒競技のようにパイプを掴んで塔の上へと復帰。足場を渡ったニックと会敵する格好になる。


「いいね……盛り上がってきた!」

「お前少し黙ってろ!」


向かい合うなりニックは真っ先に引き金を引いた。

レックスは素早いサイドステップでこれを避け、腰だめで銃を連射する。


ダダダダダン!!


この時、ニックはある種の興奮状態であり、いわゆる“ゾーン”に入っていた。

初弾をあえて避けず、続く二発目以降が反動で跳ね上がる事を見越して、低い軌道で切りかかり、レックスがそれを避ける為に体重移動をした瞬間に追い撃ちで発砲。

ついにレックスに一発叩き込む事に成功する。


「ハハハハハ!!そうだ!もっと力を見せろ、ブギーマン!!」


被弾したレックスは歓喜していた。

そして体勢を起こしたニックに向かって再び銃口を向けるが……


ドッ!!


今度はやけに大音量の銃声が周囲に響いた。

撃ったのはファイバー、彼も無事にここまで来れたようだ。

ただし、不意打ちだったのにも関わらず、今の一発に対してもレックスは反応した。

彼は手中のヴェクターを素早く盾にして致命傷を避け、投げ捨てると同時に相対するニックにゼロ距離まで近づく。

対するニックは引き金を引いたが今度は当たらず、結果互いに両手をおさえて柔道の組手のような姿勢になった。

これだけ距離が近いと不用意に援護射撃をすることができなくなってしまう。


「おぉ!お前も来たのか、待ってたぜ」


レックスはニックと組み合ったまま、軽く挨拶まで済ませた。

これに対しファイバーは言う。


「俺だけじゃないぞ……ニック!」

「あぁ!!」


ニックは軽くジャンプするようにその場で両足を浮かせ、抱き着くようにレックスの胴体に絡めると仰向けに引き倒す。

直後


ドッ……ヒュン!!


レックスの脳天目掛けて弾丸が放たれた。


「くっ……!」


この時、初めてレックスは顔をしかめた。

なんとか背筋を使って素早く転がり狙撃を回避するも、射線の通りからしてそう長くは逃げ切れない事を察する。


「なるほど……こいつは厳しいな」


そして、ニックを押さえつけながらヘッドセットに向かって叫んだ。


「ネリー!“プランB”だ!!」

『いいのか』

「出し惜しみ無しだ。派手に行こうぜ」

『わかった』


レックスの指示を受けて、またもや周囲に爆音が響いた。

今度は足元ではなく壁や天井に次々とヒビが入り、砕けて捲れるように崩れていく。

そして、巻き添えを食らう形で塔へと続く足場も次々に崩落してしまった。


「な……お前、オアシスをどうしたいんだよ!!」


信じがたい光景を目にしたニックは、眼前のレックスに叫んだ。

対してレックスはこう答える。


「簡単さ、作り変えるんだよ。誰も踏みつけにされない社会への第一歩だ」

「言っている意味が分からない……」


通路の壁や天井が崩落したことで、周囲からの射線がほとんど通らなくなる。

つまり閉鎖空間での1対1、途端に形勢が不利になってしまった。


「舞台は整った。ここから先は総力戦、泣いても笑ってもこれで終わりだ」


半壊した今のプラントは、まるで古代の闘技場のような姿をしていた。

そして、瓦礫の向こう側……通路の各所では既に戦闘が始まっている。

ここは終末世界そのものだった。


「お前……ふざけるな!」


もう仲間の無事も確認できない。

激昂したニックは早撃ちの要領で引き金を引いた。

対してレックスも同様にグロッグを抜き発砲、弾丸は互いに胸のど真ん中に命中……2人は息が詰まり片膝をつく。

と、ここでニックが弾切れを起こしてしまった。

それに気がつくと彼はすかさず銃をぶん投げ、何とか立ち上がり走り出す。

そして、行動が遅れたレックスに飛びつくと腕に掴みかかり、そのままゴロゴロと転がった。

勢い任せにレックスから銃を弾き飛ばし、それを蹴りで穴の底へと落とす。

技で勝てない分は、フィジカルでカバー……これもまた、1つの強さの形だ。


「はは……血気盛んだなブギーマン。でもまぁ、そのエネルギーは大事だぜ」


レックスはナイフで切りかかるニックに膝蹴りでカウンターを入れ、一度距離を取った。

ニックは肩で息をしながら口元の血をぬぐい、ナイフを右手に持ち替える。

対するレックスは首を鳴らすと、ゆっくりと胸の前で構えをとった。


「感動のフィナーレだ。決着をつけよう」





「これで4つ、もう諦めろ」


短刀に纏わりつく血を振り払って、ニンジャガイは言った。

血の持ち主は当然スラッシュだ。

彼は既に4度に渡って体を切られていた。


「元より薬を打たれているお前に……いや、レックスとの戦いで傷を負ったお前に勝機は無い」

「フフ……東洋には“油断大敵”という言葉があるようだが、お前は知らないのか」

「無論、知っているさ。これはその次元じゃない」


続いて、ニンジャガイは回し蹴りでスラッシュの脳を揺らした。

スラッシュは強烈な吐き気が込み上げてきたが、胃の中身も空っぽで最早吐き出す物すらない。

壁を這うように何とか身を起こそうとするスラッシュを、ニンジャガイは心底理解できないといった様子で見つめた。


「わからない……お前をそこまで駆り立てるモノは何だ?治安部隊という身分はそんなにも魅力的か?」

「いや、それは関係ない」

「なら何故……」

「俺は元より、何も信用してはいないからだ。ファルコナーだろうが、お前だろうが、治安部隊だろうが……誰がどうやろうともこの街が改善していく事は無い。いつか必ず資源は底をつく。であれば、そのスピードを極力落とす事こそが、この街を守る際に唯一可能な手段だ」

「それは根本的な解決ではないだろう」

「当然だ。では根本的な解決策とは何だ?それは相互干渉した国中のインフラを再稼働させる、あるいはその代替手段を確立させることに他ならない。はっきり言うが不可能だ。であれば、俺は現状維持に最善を尽くす……それこそが俺の考える平和だ。インテリを抹殺した所で、残った者がその椅子に繰り上がるだけだろう」

「そのために弱者を見殺しにしろと?」

「故意に強者を間引くことが、弱者を守ることにはならない。食物連鎖と同じだ」

「人間を、動物の尺度で語るな!」


ニンジャガイは追加で蹴りを飛ばす。

そして、一度大きく息を吐いてスラッシュを睨むと


「お喋りが過ぎたな。次で終わりにしよう」


短刀を胸元に構えて必殺を誓った。

対するスラッシュも壁から離れるとニンジャガイに向き直った。


「いいだろう」


これを受けてニンジャガイはスラッシュに詰め寄って行く。

そして、遂にその刃を走らせた。

常人が目視出来るスピードではなかった。

いくらスラッシュといえども、避ける事は敵わない。

だから


「うぐっ……!」


スラッシュは刃を腕で受け止めた。

たちまち肉が裂け、激痛が走る。

しかし、それで良かった。

スラッシュは反対の手でニンジャガイの腕を捉え、捻りながら引き寄せ肘を砕いた。

そして握力が弱まった瞬間を逃がさず短刀を奪うと、自身の腕から刃を引き抜きニンジャガイの首を横一線に切り裂いた。


「本当に子供たちのことを想うのなら、彼らにも選択の機会を与えるべきだった」


スラッシュはそう言うと、短刀をその場に捨てる。

ニンジャガイはゆっくりと倒れながら口を開いた。


「お前にはわからないさ。強者として生きてきたお前には……」


2人は最後まで分かり合う事はなく、壮絶な戦いは終わりを迎えた。

しかし、敵を下したスラッシュにも遂に限界が来てしまった。

彼はふらふらと壁に向かうが、たどり着く前に足がもつれ、顔から地面に叩きつけられる。

結局のところ、この戦いに勝者はいなかったのかもしれない。





世紀末のコロッセオと化したオアシスのプラントは、乱戦と化した泥沼の銃撃戦が行なわれていた。

今、私はシャルと一緒にいるけれど、正直言って他の仲間がどこにいるのかは見当もつかない。

可能であればニックに援護射撃をしたいけれど、それも難しいのが現状だった。


「せめてもう少し敵の数が減ってくれれば……」

「そだね~」

「…………メル!?いつの間に!!」

「ごめんごめん!これ運んでたら遅くなっちゃって」


気がつくと私の背後には重機関銃を携えたキャメルとヨランダの姿があった。

私の勘違いじゃなかったらその銃はおそらく……


「あ、気が付いた?これタレットだよ」


絶句。

遠隔操作型に改造されていたM2を、2人はもぎ取って来たらしい。

いや、でもコレ三脚とかにのっけて撃つものなんじゃないのかな。

足元を見れば、ベルトリンクで繋がれたいくつもの巨大な弾薬が、音を立てて引きずられていた。


「これ、撃てるの?」

「機関部は問題無さそうだし、おそらくは撃てるはず」


ヨランダはそう言うと、力を込めてチャージングハンドルを引く。

すると外れたベルトリンクが一本転がり出た。初弾の装填はできたらしい。

これを見るなり、キャメルはグレポンのスリングをM2に取り付けはじめた。そして重量挙げのように勢いを付けて肩に背負うと、1人で持ち上げる。


「1人で持つの!?重いでしょ!」

「ん~~40kgくらいじゃない?」

「肩おかしくするって!」

「大丈夫、大丈夫!すぐに終わるからっ!!」


キャメルはまるでギターでも扱うかのように、巨大な銃を腰位置で構える。

そして全身を使って照準を合わせると、右手でトリガーをぶっ叩いた。


ドパァァン!!!


あまりの反動にキャメルは一歩後ずさった。

しかし、それでも倒れないのは人並み外れている。


「思ったよりイケる!」


どうやらそうらしい。

……んな訳ないだろ。


ドパァァン!!ドパァァン!!!


コツを掴んだキャメルは、射撃のテンポを挙げて次々と土煙を上げていく。


「でも気を付けてよ?ここってあくまでプラントだから、本来は火気厳禁のはず……つまりあんまり強力な弾を使うと……」


ドゴオォォォン!!!


私がそう言ったのも束の間、キャメルが放った50口径は何かの燃料に着火したようだった。

男達がボーリングのピンのようにぶっ飛んでいく。


「ごめん!なんか言った!?」

「なんでもない……」


まぁ、今回は結果オーライだ。

そもそも敵の数を減らさないことには始まらないし、今はキャメルにその役目をお願いしよう。


「そういえば、他のメンバーって今どこ?」

「エリちゃんは上だね。あ、でもさっきの爆発でどうなったんだろう……あれから銃声が聞こえないから、ちょっと心配」

「そうね。それに妙だと思わない?爆発の規模や崩落の影響はあまりにも計算されている一方で、こちらを直接爆殺したり生き埋めにしたりはして来ない……」

「爆破には、何か他の目的があるってこと?」

「と、考えるのが自然よ。そもそも、普通ならたった1人でこちらを迎え撃とうともしないでしょ」


確かにそうだ。

では、その目的とは何なのだろう。

私は今の爆発で地形がどのように変わったかを推測した。


「今って横方向の射線は殆ど通らないよね」

「そうね。穴の周りはほとんど瓦礫で壁が形成されていて、中心が孤立しているに近いわ」


私たちは話しながらも手を動かし、向かってくる者たちを仕留めていく。

さながら塹壕戦のような状態だ。


「ここに来る途中はどうだった?」

「いくつか廊下がつぶれてたよ。それと天井が所々抜け落ちてたから、上下で射線が通るようになってるんだよね」

「なるほど」


……とここでAR-7が弾切れ。残りの武器はウィンチェスターだけになってしまう。

ちょっとこのままだとマズいかな。

隣を見れば、シャルが黙々と射撃を行っていた。


タァン!タァン!カチ……


弾切れになるとすぐさま予備弾を取り出して銃に押込み、クリップをはたくように弾き飛ばす。

随分と慣れたリロードだった。


「どうしてみなさん、おなじところからでてくるのでしょう。けものはもっとかしこいです」


そして、随分と辛辣なコメントを残す。

確かにそうかもしれないけどさ。

あ、でも待てよ?同じところから敵が出てくるという事は……


「もしかして、これが敵の狙いだったとか?一本道を作る事で私たちの行動を制限しようとした可能性」

「あり得るわね。彼らは前々から単に私達を殺すのではなく、嬲る事によって集団の団結力を高めている節がある。非致死性のIEDを使ってきた事からもわかるように、あわよくば生け捕りにしようとも考えているはずよ。普通に考えれば数にモノを言わせて押し込めるでしょうし」

「でも残念!あたしらはそこらのザコと違うから!!」


ドパァァン!!


キャメルのM2が炸裂。

そりゃあ、こんなモノが出てくるなんて敵も予想してないだろう。

更にヨランダが話を付け加える


「あともう一つ可能性として考えられるのは、強いポジションを独占したい可能性ね」

「どういうこと?」

「爆発が起こる直前にイーライが狙撃をしたでしょ?これで一度は敵を追い詰めてる……つまり、上方向からの狙撃が強いのは自明の理だし、爆弾が用意してあった都合上、敵もそれは理解していたと考えられるの。だから最初はあえてイーライを泳がせておいて、狙撃ポイントが確定した時点で優位性を奪うわけよ」

「え!?じゃあエリちゃん今ごろヤバいじゃん!」

「狙われていてもおかしくないわね。そもそも敵には腕のいいスナイパーがいるし」

「あれ、そうなるとニックも危ないよね?」

「そうね。そもそも高低差がある場所から格闘戦をしているどちらか一方を撃ち抜くなんて、よっぽどの腕がないと無理な芸当よ。だから私は一連の爆破とスナイパーは密接な関係に、もっと言えば同一人物がやっているんじゃないかとも考えてるの。だから急がないと……」


事態は急を要するようだ。

急がないとニックやイーライの身が危ない。

つまり、私たち4人はこの先の1本道を無理やりにでも突破しなくてはならないのだ。

私はこれまでの戦闘を思い返して、何をするべきか考えを巡らせた。


「えーと、役割分担しよう!メルは火力係で!」

「おっしゃ!!あ、でも援護がほしいな……」

「わたしがやります」

「決まり!後は私とヨランダが近距離やる感じかな?」

「そうね、異論はないわ」


各々の個性が強すぎるので、すんなり決まった。

そして私たちは一度射撃を中断、遮蔽で息を潜める。

敵はこちらが戦闘不能と思ったのか、やがて撃つのをやめると少しずつ近づいてきた。

私はその間にウィンチェスターへと持ち替え、フル装填されている事を確認。

他の3人も同様に銃を確かめ、必要に応じてリロードを行うと、互いに目配せをして頷いた。


「終わりか、手間かけさせやがって」

「所詮女数人じゃこんなモンだ」


これを聞いて、私は思わず笑ってしまった。

彼らはこの後何が起きるか、まるでわかっていない。


「一応確認しておくか」

「あぁ。原形とどめているんなら土産になるしな」

「お前正気か?死体で遊ぶ趣味は流石に引くね」


随分と好き勝手なこと言ってくれちゃって。

でも、おあいにく様。


ドッ!!


先頭を歩いていた男が突然豪快にぶっ飛んだ。

周りの者達は驚愕した表情で、その光景を目で追う。

よそ見をしていた男達に構わず、私たちは遮蔽から銃口を出して引き金を引いた。

ドラムカウントのように繋がった銃声が、反転攻勢の合図となった。


ドパァァン!!


キャメルが放った一発が、2人まとめて貫通した。

その死体を盾にするように私は遮蔽から飛び出ると、真っ先に目に付いた者に向かってためらわず発砲。

コッキングする隙は、ヨランダが当然のようにカバーしてくれた。

今度は彼女が前に出ると、スライディングをしながら敵の足元に弾をばら撒く。

次々に男達が膝をついた所で、すかさずキャメルが発砲。今度は見事な3枚抜きを見せた。

これで目の前の敵は全て仕留めた。しかし、それも時間の問題だ。

先を急ぎながらキャメルが口を開いた。


「あたしは敵が見えたら速攻で撃つから、残りをお願いしていい!?」

「まかせてください」


シャルは自信たっぷりにこれに応える。

そして曲がり角から影が見えた次の瞬間、M2が再び火を吹いた。

今度は惜しくも僅かに逸れたが、その豪快な威力に敵は怯え身を隠す。

このチャンスを逃さず私たちは一気に走り詰め寄った。

再び身を晒した男をシャルが指切りで仕留め、続く者達は4人の一斉射撃で3秒クッキングされてしまう。


「次は階段……厄介だね」

「私が気を引く、その間にお願い」


攻め方の難しい地形を前にした私たちだったが、ヨランダには策があるようだ。

彼女は1人横に逸れると階段の側方に立つ。

そして、タイミングを見計らって走り出すと、床を踏み切り手摺を跳馬のように使って敵の眼前に躍り出た。

宙を舞いながらフルオートでゼロ距離射撃……これを目にした者は度肝を抜かれたはずだ。

ヨランダは弾切れを起こしてしまったが、焦らずその場に素早く伏せた。


タァン!

ドッ!!

ドパァァン!!!


リズミカルに銃声が連なる。

敵は完全に気を逸らされていたため、容易く一網打尽にする事ができた。

私が階段を上り始めると、ヨランダは軽やかに身を起こしてリロードし、再び列に加わる。

しかし、ここで1つ問題があるようだ。


「これが最後のマガジンね」


どうやらヨランダは残弾がもう無いらしいので、今後も同じような戦い方を続けるのは難しいという事だった。

すると、キャメルが言う。


「あたしが前衛やるよ。この銃にも慣れてきたし」


彼女は随分と突拍子もない事を提案してきた。

そして真っ先に階段を駆け上がり、次のフロアへと臆することなく踏み込んでいく。

敵は壁に張り付くようにカバーに入っていた。

基本には忠実であったが、それがまずかった。


ドパァァン!!ドパァァン!!


キャメルは敵がいる事を見越して壁をぶち抜く。そして、何とか立ち上がって殴りかかって来た者の腰を、ターンしながら銃身で殴打。

続く相手は普通に射殺し、射撃時の反動を利用して背後から掴みかかって来た男の下腹部を潰した。


「情けないね!おっさん達恥ずかしくないの!?」


弦をかき鳴らすようにトリガーを弾き、全身を使って長いバレルを振り抜く……キャメルの戦いぶりは、さながらギターソロのパフォーマンスのようだ。

これだけ派手に暴れれば当然敵の注意は引きつけられる。

その隙を見逃さず、シャルが堅実な射撃で敵の数を減らした。

猟で獣を撃つのに比べれば、このくらい朝飯前だ。


「あのひとたちは、ふだんじゅうをうたないのでしょうか?」


シャルにしてみれば、図体だけ大きくて戦闘力が皆無な連中の事が理解できないらしい。

相手が今の交戦距離で見当違いな射撃を繰り返すのが、不思議でたまらない様子だった。

そんなシャルの活躍もあって、辺り一帯から敵の姿は見られなくなる。

私たち4人は更に上を目指すべく、先を急いだ。





時を同じくして、大穴を挟んで反対側でも同様の考えに至っている者がいた。

ファイバーだ。


「このままではニックが不味いな……とは言え、俺の方も中々に追い込まれている」


彼は崩れた壁に縮こまるように身を隠し、銃弾の雨に耐えていた。

残りの弾数は多くない。その上、使いづらい弾頭の物ばかりが残っていた。


「だが、こういう機会でもないと使うこともない。丁度いい……大盤振る舞いと行こう」


ファイバーはそう呟くと、勢い良くコッキングを行い、遮蔽から身を晒した。


ドッ!!


素早く発砲、初手はスラッグ弾だ。

敵との距離は20m以上あったが、巨大な鉛玉の持つ運動エネルギーはそんなものもお構いなしだ。

ファイバーは続く敵の射線を摺り足で避けると、コッキングを行い再度引き金を引いた。


ドッ!!


今度は銃口から炎が伸びる。

マグネシウム弾頭のドラゴンブレス弾だ。

その射程は意外にも長く、二人まとめて火だるまにしてしまった。


「まだまだ行くぞ!」


ドッ!!


次いで放たれたのは、なんと水を充填した水包弾。

食らった男は一瞬目を瞑ったが、ずぶぬれになった服を見て何が起きたか分からない様子だ。


「すぐに解るさ、嫌という程な!」


続いてファイバーが撃ち出したモノ、それは電源内蔵のテーザー弾だ。

本来は非殺傷用の弾頭だが、先の水包弾を合わせて使うことで強力な効果を発揮した。

ファイバーは感電して痙攣を起こす男をストックで殴り倒すと、通路を堂々と進んでいった。

そして遂に最後の弾薬を装填すると、姿を見せた敵に対して速攻で発砲。

相手はベストを着こんでいたが、それも意味をなさなかった。


「フレシェット弾だ。防具を過信するからそうなる」


ベストには小型のダーツが通った跡がいくつも残されていた。

弾薬を全て打ち切ったファイバーはイサカをその場に残し、階段を駆け上がって上の階層へと赴く。

すぐさま男と鉢合わせ……相手はピストルを向けて来たがファイバーは一気に詰め寄り腕とベルトを掴むと、そのまま持ち上げ盾にしてしまった。


ダァン!ダァン!ダァン!


少し離れた所から、2名が並んで銃撃を行ってくる。

ファイバーは肉盾を使って前進。大人一人を持ち上げながら、ダンプカーの如く彼らに迫った。

そして一方に盾男をぶん投げ、もう一方を担ぎ上げるとヒビの入った壁に叩きつける。


バキッ!!パラパラ……


その音は壁と男、どちらから響いたものだったのか。

壁の亀裂は大きく広がっていき、ファイバーがダメ押しの蹴りを入れたことで、崩れ落ちた。

丁度目の前には大穴が広がっており、少し視線を下ろせば中央のリングでニックとレックスがインファイトの真っ最中だった。


「こいつは好都合だ」


ファイバーは一言呟くと、なんと大穴に向かって走りはじめた。

いくらなんでもバカげている。

しかし、ファイバーは真剣だった。

彼は途中までしかない足場へ全速力で駆け込み、力いっぱい跳躍した。

そして7mほど宙を舞ったのち、離れ小島のリングへと突っ込んだ。

ダイナミックなエントリーをかましたファイバーは、その勢いを活かしてレックスにドロップキックをかます。

ニックはこの隙を逃さず、ふらついたレックスに追い打ちをかけるようにナイフで切りかかった。

流石のレックスもこれを避けきる事が出来ず、二の腕に傷が走る。

ただし2刀目は手刀で受け流し、そのまま掴みかかるとファイバーに向かってぶん投げた。

しかし、そこは安心のファイバー。

逆さまで飛んできたニックを難なく受け止め言った。


「待たせたなニック」

「助かった……けど早く下ろしてくれないか?頭に血が上る」

「おっと、すまない」


2人は軽いやり取りを済ませ、レックスの方へと向き直る。

対するレックスは自身の右腕を眺めていた。

じわじわとシャツが染まっていき、肘のあたりを雫がつたっていく。

傷は相当深いことが見て取れた。

しかしながら、彼はどこか楽しそうだ。

緩んだ口角からは、鋭い八重歯が顔をのぞかせている。


「身を削る戦いが目白押し……今日は良い日だ」

「喜べ、これから更に削れるぞ」


ファイバーはレックスの言葉に対して、強気の姿勢を見せる。

続いてニックの方へ視線を向けると手短に作戦を伝えた。


「俺が奴の動きを抑える、その隙を狙うんだ」

「わかった、それで行こう」


ニックも小声でこれに応え、ナイフを構え直した。

そしてアイコンタクトでタイミングを合わせると、2人は一気にレックスへと迫った。


「ふっ!!」


ファイバーの丸太のような腕が振り抜かれる。

当たれば普通は昏睡。耐えられたとして投げや関節、絞め技に派生する恐ろしい一撃だ。

しかし、レックスはこれを軽く屈むだけで避けた。

続くニックの攻撃も容易く払いのけ、膝を蹴り倒し、延髄切りを叩き込む。

すぐさま背後からファイバーの拳が飛んでくるも、振り向きながらカウンターで腹に一発。

僅か数秒で2人は膝をついてしまった。


「近接格闘戦で重要なのは数じゃない、技だ。俺の土俵で戦おうとしたのが間違いさ」


一人立ったままのレックスは言う。

これに対して、ファイバーは苦しげに立ち上がると、構えながら言った。


「そこまで言う程の技、是非とも見せて頂きたいね」

「いいぜ、好きなだけ見せてやる。お前が耐えられるならな」


今度はニックとファイバーが同時に動き、レックスの両サイドから攻め挑んだ。

ファイバーは腕を掴みタックルの姿勢で、ニックはナイフを逆手持ちにして突っ込む。

これに対し、レックスはスウェーバックでタックルの威力を軽減した後、裏拳で迫るナイフを逸らし、そのまま肘を振り上げてニックの鼻を殴った。


「まだだ!」


ファイバーは腰を切って掌底に繋げた。

しかし、それもレックスに対しては効果が無かった。

まるっきり攻撃の手ごたえが感じられず、ファイバーは困惑する。


(こいつ、呼吸と関節で衝撃を逃がしたのか!?)


その後すぐさま襟元を掴むも頭を抜かれ、逆に懐に入り込まれてしまった。


「掌底ってのはな、こうやるんだよ」


直後、レックスの掌がファイバーの気管を押し潰していた。

身体の芯まで突き刺さる衝撃に、ファイバーは苦しみ悶える。

これを見たニックがすかさず切りかかった。

ただ、レックスは動きをほとんど見切っているようで、首を引いただけで刃筋を避けると、続く攻撃を次々と逸らしていき、素早く背を向けながら腕を担ぎ上げた。

ニックは背負い投げが来る事を察知、抜け出すために突っ張りながら重心を横にずらそうとする。


「筋がいいな」


レックスは言った。

そして、即座に肘打ちへと派生すると、怯んだニックの首に手をかけ足を払ってぶん回す。

ニックの身体は風車のように宙を舞い、背中から勢い良く叩きつけられてしまった。


「ぐがっ……」

「お前達は中々に優秀だ。目はいいし、判断力もある……でも、技が未完成だ。本当に完成された技であれば、相手に反撃の隙を与えない」

「そうかよ!!」


ニックは跳ねるように勢い良く身を起こし、果敢にレックスに切りかかった。

腿、脇腹、首……動脈を狙った鋭い攻撃だ。

しかしレックスはまたしても軽くあしらい、容易に抑え込む。

2人の体格差はほとんど無いのにも関わらず、ニックがいくら力を込めても刃先は微動だにしなかった。

レックスは姿勢を維持したまま口を開く。


「踏み込みの角度はそれでいいのか?手の位置は?自分の動きを理論的に説明できるか?」

「何を……」

「雰囲気で力を振るっている限り、俺には勝てない」


直後、レックスは手元を捻り上げると、零れたナイフを掴み取った。

続けてバランスを崩したニックを床に叩きつけ、背後から迫るファイバーの肩にナイフを突き立てると、立ち位置を入れ替えるように跳ね飛ばし、塔の上から突き落としてしまった。

穴へと落下したファイバーは、途中で橋のように伸びたパイプに激突するも何とかしがみつく。

しかしそれも束の間、老朽化したパイプは彼を支えられるほど頑丈ではなかった。

遂には折れ曲がった所から破断して、完全に宙ぶらりんになる。


「くっ……」


ファイバーは次第にズルズルと手が滑っていく。

このままでは助かる見込みがないと悟った彼は、何とか他のパイプに飛び移ろうとした。

空中ブランコの要領で反動をつけ、決死の覚悟で手を離す。

その瞬間……


タァン!!


遠くで銃声が聞こえたかと思うと、放たれた弾丸がパイプの付け根を貫通した。

これにより、パイプは脱落。ファイバーは空中で頭を殴られたような格好になり、パイプに押しつぶされながら奈落の底へと落ちていった。


「ファイバー!!!!」


ニックの悲痛な叫びが木霊する。

もう戦友の姿はまったく見えない。

ニックはレックスを睨みつけるが、対するこの男は相変わらず笑みを浮かべていた。


「お前達が俺に使ったのと同じ手さ。後出しが有利なのは当然の事だろ?」


1対1で互いに丸腰、ニックの戦い方はレックスに把握され見切られた。

その上、半端に距離を取ろうものなら上からの狙撃で葬られる……正に背水の陣だ。


「まぁ、いいじゃないか。戦いの最後はシンプルな殴り合いだ」


やけに綺麗な姿勢で立っているレックス。

一方でニックはもう満身創痍だった。

正直なところ、逆転の目は全く見えていない。

しかし、ここまで来るためには仲間たちによる幾つもの助けがあった。

そして、これは自身のブギーマンとしての行いが招いた事態という面もある。

かくなる上は死なば諸共……相打ち覚悟で挑むしか道はない。


(ラケル、ごめん。俺は“やりたいようにする”よ)


ニックは鼻血を拭って向き直ると、拳を握る。

崩落した天井から注ぐ朝焼けに照らされて、血に濡れた2人の男は地面を蹴った。





私たちはやっとの思いで、崩落した天井までたどり着いた。

辺り一帯はひどい有様だ。

あちこちの壁や床が崩れ、中から鉄筋が姿を見せており、そのうえ建設用の足場やパイプも激しく散乱していた。

さっきまでの面影はほとんど残っていない。


「敵の姿は……ちょっとここからは見えないか」

「相手も戦闘のプロであるならば、そうそう尻尾は見せないでしょうね」

「じゃあ、はやいところエリちゃんを見つけないと……」


キャメルがそう言った時だった。


ドゴッ!!


数十メートル先から爆発音が響き、次いで土煙が宙に舞った。

私たちは急いで場所を移す。

そして、音のした方へ視線を向ければ、壁にぐったりと倒れこみ、苦しげに咳き込む影があった。


「エリちゃ……!?」


キャメルは自分の声を途中で飲み込んだ。

恐らく、敵はそう遠くない。

少なくとも、イーライを視認できる場所にはいるはずだ。


「あそこまで射線が通る場所は……」


私は姿勢を下げたまま、周囲を見回した。

今イーライが倒れている場所と崩落した穴の底、その両方を狙える場所に敵は待ち構えているはずだ。


「みなさん、あれを」


シャルが一点を指差す。

そこはコンクリートの骨組みがむき出しになった、建設途中の建物にしか見えない。

しかし自然の中で猟を続けていた彼女は、ほんの僅かな異変も見逃さない。


「“いろあい”がふしぜんです。めいさいをつかっているのではないでしょうか」


確かに言われてみれば、ある一点だけほんの少しコントラストが不自然な気がする。

それに、あの場所であれば射線も通っていそうだった。


「なるほどね、今は他に手掛かりがないし……あそこを狙ってみる?」

「そうね。でも、スナイパー相手に射撃戦は流石に無謀だし……思い切って奇襲を仕掛けた方が勝算はあるわ」

「ええやん!!あたしらの得意分野だしね!」

「では、わたしはしえんしゃげきにてっします」


もう私たちも慣れたもので、自然と自分に最適な役割を担うようになっていた。

私はウィンチェスターを準備すると、ヨランダと遮蔽から身を晒す。

銃弾は……飛んでこない。


「スナイパーの斜角的に、外周を回っていけば多少狙われにくくなる」

「そうだね。敵に動きがあれば、その時はすぐにシャルが発砲するはずだし」


戦場は、不思議なぐらい静かだった。

音といえば、私たちの微かな足音くらいのモノ……それがかえって不気味だ。

ついさっき、私たちのすぐ近くでイーライが狙われた。

つまり、敵は間違いなく何処かに潜んでいるはずだ。

そもそも、ここに来るまでに大勢の敵を押しのけて来たのだから、スナイパー以外にも敵は待ち構えていて当然なのではないだろうか。

しかし、私とヨランダは誰とも鉢合わせすることなく、とうとう目標地点の目前までたどり着いてしまう。

何か引っかかるのは確かだったが、とはいえ現状他に手段があるわけでも無い。

私は意を決して踏み込んだ。

しかし、そこに敵の姿は無く、機械に繋がれた狙撃銃がひとりでに動作していた。

私は予想外の光景に一瞬思考が停止するが、ここにいては危ないと本能が叫び一歩後ずさる。

直後


カン!カン!カン!カン!カン!


背後から足音が一気に近づいて来た。

ヨランダは即座に迎撃の姿勢を見せ、私も慌てて振り返るが、相手の方が遥かに速かった。

先に鉢合わせしたヨランダは何もさせてもらえず、一瞬で右腕を撃ち抜かれてしまう。

私も夢中で発砲したが、相手は完全に見切って床を転がり散弾から逃れる。

捕えきれたのは白黒迷彩のマントだけだった。

コッキングをする間もなく懐に入り込まれて組合になったのも束の間……突如視界は反転し、すぐさま痛みが全身を襲う。

相手は私の右手を捻り上げながら膝で頸椎を圧迫するようにして体重をかけ、こちらの動きを拘束してくる。

そして、じたばたと抵抗する私を抑え込むと、いとも簡単に腕をへし折った。


「んあ゛っ!?い゛っだ……」


情けない声が漏れた。

それどころか涙まで出てきた。

しかし、相手はそんな私などまるで意に返さず


「レックス、こっちも会敵した。交戦開始する」


無線機に向かってそう言った。

私はゆっくりと視線を向ける。

迷彩マントを羽織り、髪を後ろで纏めた女だった。

着こんでいるのもタイトで機能的な装備……見るからにPMCだ。

彼女は無表情で私にハンドガンの銃口を向け、トリガーに指をかける。

しかし、銃弾が放たれるよりも先に横槍が入った。

規格外の轟音、撃ったのはキャメルだ。


「2人とも、そこ離れて!!」


誤射を避けるため、彼女はこちらに距離を詰めながら叫んだ。

PMCの女は素早く身を翻して私から離れると、胸元に取り付けたリモコンに手をかけた。


「メル!危ない!!」


私は反射的に叫んだ。

何がどう危ないのか、そんなことを言語化する余裕はなかった。

それでもキャメルは咄嗟に銃を捨てると、地面を蹴ってその場から抜け出す。

直後、すぐ近くのトラップが起動し、大量のベアリング球が一斉に飛び出した。

キャメルは背面跳びのような形で瓦礫の壁を飛び越え、なんとか耐えしのぐ。

しかし


タァン!タァン!タァン!


敵はそれすらも見越していた。

無慈悲な追い撃ちに対してキャメルは成す術なく、背中まで突き抜ける衝撃に襲われ壁に叩きつけられる。


「あ……これ、ヤバい……」


次第に服が赤色に染まっていく。

傷口を抑えるも、出血は留まるところを知らなかった。

早く手を打たないと本当にマズい。

これを見たシャルは短期決戦に持ち込むべく駆け出した。

もう互いに場所はバレている。

それならば、相手よりも有利な距離で射撃戦に持ち込むしか勝機は無いと考えたからだ。

彼女は足元に仕掛けられたトラップを次々に見破り、器用に死線をくぐり抜けていく。

そして一瞬見えた迷彩柄を逃さず、素早く姿勢を整える発砲した。

しかし、風穴の空いたマントはふわりと宙を舞った後、地面に潰れる。

つまり囮だ。


「приманка……!?」


シャルは自身が謀られた事に気が付き、目を見開く。

そして新たな気配を感じ素早く振り返るが、もう敵はそこまで迫っていた。


「っ!!」


シャルは腰だめのまま発砲。

しかし相手は容易く射線から逃れ、SKSの銃身を掴むと足を払って地面に引き倒した。

シャルは諦めずに腰からLCPを抜くも、手を踏まれて痛みに呻く。

PNCの女はハンドガンの銃口をゆっくりと上げ、言った。


「目の良さが命取りだ」


要するに、最初に迷彩を見破られた時点でここまで織り込み済みだったのだ。

単純に射撃が上手いとか、その手のモノとは全く異なる“実戦用”のスキル……それが私たちと彼女とでは段違いだった。


「シャル……!!」


私はようやく身体を起こす事が出来たが、ここからウィンチェスターを撃っても届かない。

機械に繋がれたライフルも、すぐにどうこう出来るようには見えなかった。

間に合わない。

絶対に諦める訳にはいかないけれど、どう考えても“詰んで”いる。

これで、終わりなのか。

ニック、シャル、ファイバー、アントン、キャメル、ヨランダ、イーライ、スラッシュ……私たちの全員の力をもってしても、オアシスを取り戻す事は不可能だったのか。


(いや、全員……?)


誰か忘れている、と思ったその時だった。

突如として獰猛な唸り声が辺りに響き、次の瞬間瓦礫の影からシロークがその姿を現した。

彼は主人に銃を向ける不届き者に向かって一直線に迫ると、素早く右腕に噛み付き、勢い任せに引きずり倒す。

そして食らいついたまま首を激しく振り乱し、傷口を容赦なく抉っていった。


「うぐっ!!この……!」


女は必死に抵抗しようと身をよじり、なんとか銃口を向けようとしたが、それも叶わず。

破れかぶれに引き金を引くも、シロークは至近距離の銃声や身体に当たる薬莢には一切怯まなかった。

彼の全身の毛は逆立ち、その目からは強い殺意しか感じられない。

ふだん軒先で寝ている時とはまるで別人のような姿だった。

どこかでガラスの破片でも踏んだのだろう、足からは血を流していた。


「くそっ……しつこい!!」


女は引きずられながら、なんとか左手でナイフを抜くと、身体を捻ってシロークを突き刺そうとする。

しかし、今度はシャルがそれを防いだ。

全身を使って相手の腕を押さえつけ、大切な家族を傷つけさせまいと力を込める。


「ラケルさんっ!!」


シャルが必死の形相で叫んだ。

そうだ、あと動けるのは私だけなんだ。

私は残された全ての力を振り絞って立ち上がり、無我夢中で走り出した。


「私から離れろ!」


両腕を抑え込まれたPMCの女は、なんとかこの状況から脱しようともがく。

そして、無理やり手首を捻って返すと、ナイフの切っ先をシャルの腕に突き刺した。


「あうっ……ラケルさん!はやくっ……!!」


シャルは必死に痛みを堪える。

そして、これまでに無い大声で私を呼んだ。


「はやく!!!」


ナイフは無慈悲にねじ込まれていく。

シャルも限界だった。

私は奥歯を嚙み砕くほど食いしばり、女に迫る。

そして、倒れこみながら勢い任せに1発ぶん殴り、蹴りが飛んでくるのも構わずナイフを握る指を無理やり引っぺがして奪い取った。


「あんたも!これで!!」


さっきの仕返しとばかりにヘタクソなマウントを取り、ナイフを振り上げる。

私はこちらを睨みつけてくる目を真っ直ぐに睨み返し、左手を振り下ろした。


「これで終わりだ!!!」


ナイフが胸元に突き刺さる。

それでも、相手はまだ抵抗しようと足掻いていた。

私はゆっくりと立ち上がって女を見下ろす。

そして片足を持ち上げ、ナイフの柄を思い切り踏み抜いた。


「がッふ!!」

「負け犬は!大人しく死ね!!」


自分でも驚くほど、汚い言葉が口から漏れた。

私は肩で息をしながら、ゆっくりと足を離す。

ナイフの刀身は完全に突き刺さっていた。


「あっ……はっ……」


PMCの女は徐々に呼吸が不規則になっていき、抵抗する力もみるみるうちに無くなっていった。

この様子を見てシャルはシロークを抱き寄せながら宥め、嚙み付きをやめさせる。

シロークは息遣いも荒く、未だ興奮している様子だった。

しかし、主人が腕から血を流している事に気がつくと我に返り、心配そうに傷口を舐めた。


「きてくれたんだね。ありがとう」


恐らく主人が心配になった彼は匂いだけを頼りに、戦火の中をここまで来たのだろう。

並大抵の事ではない。

シロークがこうやって駆けつけてくれなければ、私たちはここで終わっていただろう。

しかし、いつまでも感傷に浸っている時間はない。


「そうだ、ニックは……」


私は崩落した天井の方に視線を向ける。

その穴の内側では今まさに、熾烈なインファイトが行なわれていた。

果敢に殴り掛かるニックと、それをいなしてカウンターを叩き込むレックス。

仕掛ける度にダメージを負ってしまう状況だった。

しかし、ニックもやられっぱなしではない。

相手の身体捌きを予測し、繰り出したボディーブローが一発ヒット。

更にリズムが噛み合い、続けて放った左ストレートが頭部に命中した。

これにはレックスもふらつき、一度下がって間合いを取る。


「正中線を上手くカバーしたな。自分の弱点がわかってきたか」


レックスは口元の血を拭い、ゆっくりと呼吸をしながら言う。

そして、自身のインカムに指を添えると語りかけた。


「ネリー、現状を報告しろ」


しかし返事は帰ってこない。

もう一度問いかけるも、結果は同じ。


「そうか……仕方ないな」


レックスの顔から笑みが消えていく。

そして、ニックに視線を合わせると言った。


「悪いが遊んでいる場合じゃなくなった」


レックスは真顔のまま構えも取らずに、早歩きでニックに迫った。

そして放たれたパンチを避けもせず、呼吸だけで威力を殺して懐に入ると、喉元を五本指で潰すように掴んで捻り上げる。

たったそれだけで、ニックは一切身動きが取れなくなってしまった。


「あがっ……」

「本当はやりたくないんだぜ、こういうの。美しくないし、学びはないし、仲間の戦意が上がるわけでも無い。でもな……」


レックスはニックを乱暴に引き倒し、首を踏みつける。


「そういうイデオロギーとかを超越したモノってあるだろ?口ではどうこう言っても、感情はまた別だ」


早い話が、レックスはキレたのだ。

今の彼は自分で言っている通り、戦いの中で学びを得るとか、群衆を導くとか、社会を作り変えるとか、そういう思想に基づいて行動している訳ではなく、純粋に怒りをぶつける為だけに相手に苦痛を与えている。


「大人げなくてダサいのは重々承知だが、こればっかりはどうしようもない。苦しみの中で死んでくれ」


レックスは苦しみ喘ぐニックを見下ろし、踵に体重を載せていく。

ニックが死んでしまうまで、残された猶予は殆どなかった。

狙撃したいのは山々だけど、ここまで高低差があると弾道が全く読めない。

着弾地点を見てから修正といった事も許されなかった。

……であるならば、ニックに最後の望みを託すしかない。

その為にはせめて、逆転のチャンスを作らないと。

その時、あるものが私の目に留まった。


“危険・高圧蒸気”


プラントの穴を跨ぐパイプの一つに書かれた表示だ。

突拍子もない考えだけど、今できるのはこれしかない。


「シャル!ここからあのパイプ狙える!?」

「やってみます!」


シャルは右腕から血を流しているにもかかわらず、即座に射撃姿勢を整え発砲した。

1発、2発、3発、と標的を外してしまうが、チャンバーに残った最後の1発がパイプを貫通した。

すぐさま弾痕からは水蒸気が吹き出し、更には急激な圧力変化に耐え切れず爆散する。

その時発せられた破片は、身を起こしていたレックスに直撃。銃声を警戒した直後に別方向から衝撃に襲われ、不意を突かれた形となった。

この隙をニックは見逃さなかった。


「はぁっ!!」


腹筋を使ってレックスの背中を蹴り上げ、更には膝の裏にも蹴りを入れるとブレイクダンスのように背中で回りながら足を絡めていき、相手を転倒させる。

そして、両腕を押さえつけてマウントを取り、頭突きで鼻の骨を折る。

流石のレックスもたまらず呻いた。


(今なら……今ならコイツを道連れにできる)


ニックの頭の中にはそれしかなかった。

追撃を加えるために両腕を離せば、レックスに更なる選択肢を増やすことになる。

そうなれば地力で劣っているニックに勝ち目は無くなるだろう。

レックスもニックの異様な雰囲気を感じ取ったのか、何をしでかすつもりなのか予想がついたようだった。


「お前、まさか……」

「悪いな!」


ニックはレックスを抑えつけたまま、塔の端へと転がり始めた。

単純な筋力ではニックが勝っていたため、レックスの抵抗も殆ど意味をなさなかった。

当然この様子は“上”からも見て取れる。


「ラケルさん!」

「あのバカ!!」


私はウィンチェスターを抱えながら夢中で駆け出した。

もうこの際、右腕が砕け散っても構わない。

崩落した天井まで一気に助走を付けて


「ニック!!」


私は叫びながら、ウィンチェスターをぶん投げた。

声はニックに届いたらしい。

彼は断崖絶壁を目の前にして動きを止め、レックスを放して蹴り飛ばすと、反動で立ち上がって走り出す。

そして、落ちて来るウィンチェスターをキャッチすると、いつものようにスピンコック。

対するレックスもすぐさま間合いを詰め、銃口を逸らそうと腕に掴みかかった。

だが、この銃に関して言えば、ニックの方が習熟度も理解度も上だ。

彼はバトンを扱うように、お互いの腕を支点に銃を左手に持ち替える。

そして驚くレックスをよそに、ニックは発砲。散弾がレックスの脛を抉った。


「ぐがっ!!?」


あまりの激痛にレックスは絶叫した。

ニックは構わず銃身を振り抜き側頭部を殴打し、まるでバタフライナイフのトリックのようにコッキングを済ませ発砲。

防弾ベストにクリティカルヒットしたことで、レックスはとうとう立っていられなくなった。


「幕引きだ!」


ニックは再びコッキングし、倒れるレックスの頭に向かって引き金を引く。

しかし、このタイミングで弾切れだった。


「クソ、それなら」


ニックはつかつかと距離を詰める。

対するレックスはゆっくりと右手をベルトの後ろに滑らせていた。

そこに隠されていたのは、超小型拳銃のデリンジャー……使う弾も小口径だが、至近距離で頭を撃ち抜けばそんなものも関係ない。

レックスは少しずつ隠し玉を抜いていく。

そして、今まさにニックを迎え撃とうとしたその瞬間


『端に避けろ』


突然、ニックの無線機から声が響いた。

ニックはこれを受けて足を止め、すぐさま地面を蹴って引き返す。

直後


ガンッ!!!


真下から何かが超高速で床を貫通したか思うと、次の瞬間には穴から爆炎が吹き出し、瞬く間にレックスを取り囲む。

彼が火だるまになるまでに、そう時間はかからなかった。


「ごァアアアア!!??」


レックスは理性を失ったように絶叫した。

血走った目をひん剝いて、狂ったようにのたうち回る。

何とか火を消そうともがき苦しんでいるようだったが、それも叶わず。

遂には足場を踏み外し、自ら奈落の底へと落ちて行ってしまった。

数秒後


バァン!!


大きな破裂音が鳴り響き、戦いにケリがついた事が周囲に知らされた。

そして、塔の頂上には置き土産のデリンジャーが転がっていた。

これを見たニックは背筋が凍る。


「隠し玉を持ってたのか。そりゃそうだよな、危ないところだった……」


冷静さを忘れた所に付け込まれ、せっかくのチャンスを台無しにする所だったのだ。

……と、その時再び無線機から声が響く。


『どうだ、俺の銃と焼夷榴弾は。役に立っただろう』


ノイズ交じりだが、馴染みのある声だった。

ニックはベルトから無線機を外すと、こちらに視線を送りながらスイッチを押して


「あぁ……今日のお立ち台は決まりだな、ファイバー」


今日一番の笑顔で感謝を述べた。





レックスをはじめとしたリーダー格が敗れた事で、敵の一団は急激に力を失った。

傷口が広がらないうちにオアシスから撤退するものや、混乱に乗じて貧民街に逃げ込むものが大半であり、そういった者たちも各所で住民による逆襲に合い、捕らえられたり殺されたりしていた。

普通に暮らしていた人々の全員が、反乱や革命を支持していた訳ではないからだ。

まして、財産や家族を失った者からすれば、レックスの仲間たちは仇以外の何物でもない。

ついさっきまでは、街の中心部で緊張感のある戦闘が繰り広げられていたが、今は各所で喧騒にまみれたデモのような暴動が起こっていた。

まぁ、武力を行使している時点でデモとは言わないが……。

そして私はというと、自分たちの手当に追われていた。


「メル!しっかりして!!今傷を塞ぐから!!」


私たちの中で最も重症なのはキャメルであり、ついでヨランダが深いダメージを負っていた。


「ラケル、ダメだ!弾が体の中に残ってる!!このままだと鉛中毒や合併症を起こすかもしれない!」

「でも抜いたら出血酷くなるでしょ!?」

「当然だ!今シャルに輸血液を取りに行ってもらってるから、それで何とかするしかない!」


事態は予断を許さない状況だった。

かく言う私も右腕が骨折していて強烈に痛いのだけれど、もはやそんなのは些末事だ。


「もうすぐ、もうすぐ楽になるから……」

「あたしは、もう、いいって。よらピに……やってあげなよ」

「何言ってんの!満貫全席食べるんでしょ!?」


出血は中々止まらず、顔色は明らかに悪い。

痛み止めは一応飲んではいるが、ほとんど気休めにしかなっていなかった。

その時、ファイバーがアントンと共に姿を見せた。

肩にはまだナイフが刺さったままだ。

ニックは一瞬だけ振り返ると、手当てを続けながら言った。


「ファイバー!すまない、今、お前の手当をする余裕はないんだ」

「そのようだな……だが問題はない。この辺りに酒は置いていないか?」

「酒!?酒なら首長室に行けば腐るほどあるだろうが……」

「そうか、ありがとう。アントン、案内してくれるか?」

「いいですけど……」


困惑した様子のアントンと共に、ファイバーは首長室へと向かっていく。

それと入れ替わりになるように、救急箱を持ったシャルロッタとシロークがやって来た。


「いまあるのは、これでぜんぶです」

「これだけ!?」


シャルが見せたのは、200mlのパックが2つだけ。

正直に言って、2人分を賄うのはかなり厳しい量だった。


「マズいな……弾を抜くなら確実に足りなくなるぞ」

「どうする?」

「選択肢は2つ……弾を抜かずに2人に輸血をするか、どちらか1人に2パック使うか」

「私達の血をあげるのは?」

「血液型的に無理だ……今使えるのはこれしかない」


究極の選択。

前者の場合、弾を除去できない都合上、以後も命の保証は出来ない。

そのうえ、次に血液を入手できるチャンスがいつやってくるかは全くわからない。

質の悪い血液であれば闇ルートで出回っているが、ほぼ確実に薬物や病原体で汚染されている。

そうやって他に何か手は無いのか、と考えている時だった。


「メルに使って」


ヨランダがぽつりと言った。

突然の事で、私たちはすぐに返事することが出来なかった。

その様子を見て、ヨランダはもう一度


「2つともメルに使って」


はっきりと意志表示した。

これに対してニックは言う。


「いいのか?今、ヨランダの右腕はかなり重篤な失血状態だ。輸血しないと壊死するぞ」

「腕は2つ、命は1つ……考えるまでもないわ」


ヨランダに一切の迷いはなかった。

これを聞いたキャメルは苦痛に悶えながらも口を開く。


「そんな、ダメだって。あたしは、助かる保証、ないし」

「そうかしら……メルは私と違ってギャンブルの才能あるでしょ。悪運も強いし。それに……」


ヨランダはキャメルの方に振り向くと、笑みを浮かべて言った。


「CDの借り、まだ返してないから」


普段の影のあるものとは違う、本当の友人に向けた表情だった。

これを受けて、キャメルも心を決めた。

しかし、ここである事に気がつく。


「エリちゃん……エリちゃんは?」

「「あっ」」


言われてみれば、この場にイーライの姿がない。

彼自身それなりのダメージを負っていたはずだし、そう遠くへは行っていないはずなのだが……。





オアシスのプラント外周部。

戦いが終わり、残っているのは死体と薬莢だけ。

しかし、そんな中に混じって一際盛り上がりを見せている場所があった。


「おら、どしたぁ!?この程度でくたばってんじゃねーぞ!!」

「俺たちがお前に受けた仕打ちに比べりゃ、こんぐらい屁みたいなもんだろ?」


怒号が飛び交うその場所では集団が1人を取り囲み、激しいリンチが行なわれていた。

輪の中心で転がっているのは、黒い治安部隊の装備をまとった男……スラッシュだった。


「おいおい話になんねぇな。オアシス最強の男が見る影もねぇ」

「かわいそうだね~~。そうだ、俺やさしいから良いことしてやるぜ」


そう言った男はバットを持ち出すと、大げさなモーションで振り下ろし、スラッシュの手を砕いた。


「っあ゛……!」

「ははは、良かったな。もう銃を握らずに済む」

「いいねぇ!次はどうするんだ?」

「そうだな……まぁ無難に、脚?」

「いっちゃう?」

「いっちゃうか!」

「おい、次は俺にやらせろよ!」

「いいぜ、外すなよ」

「こんなデカい的外さねぇよ」


ネクストバッターが打席に入る。

それに呼応するかのように、1人が手拍子で音頭を取り、かけ声を上げた。

次第にその場の全員が加わっていき、囃し立てるようにテンポもどんどん上がっていく。


「「「オイ!……オイ!……オイ!オイ!オイ!!オイ!!!」」」


打者は頭上でぐりぐりとバットを回し、手拍子に合わせて足でリズムを取る。

そして、遂にボルテージは最高潮に達し、バットが振り下ろされるその瞬間。


ドッ……ヒュゴッ!!


飛来した弾丸がバットを貫通、打者の手から零れ落ちた。

一同は暫し啞然とし、やがて弾丸が放たれた方角に視線を向ける。


「なんだお前、あぶねぇな……殺されてぇのか?」


1人が一歩前に出ると、持っていた銃をコッキングする。

だが、銃口を上げるより早く


ボヒュッ……


脳天をぶち抜かれた。

これを受けて他の者たちも武器を構えるが、銃口を向けた者から瞬時に射殺されてしまう。

仲間が成すすべなく転がったのを見て、他の者たちは戦意を喪失した。


「クソ……くたばりやがれ」


彼らは捨て台詞を残すと、尻尾を巻いて逃げていった。

すると、先ほどまでの騒がしさはどこへやら、辺りは急に静かになり空調の音だけが微かに響いた。

この場にいるのは虫の息のスラッシュだけ。

そこへ、次第にゆっくりとした足音が聞こえてきた。

更に暫く経って、ライフルを杖のように扱いながらよろよろとイーライがやって来る。

彼は転がるスラッシュの隣に腰を下ろすと、壁にぐったり寄りかかった。


「お゛っ……やっべ……足腰が、足腰がイキそう……」


そして、老人のような独り言を大声で口ずさみ、近くに転がる死体をまさぐる。

やがてポケットから煙草を見つけると、したり顔を浮かべ、いそいそとライターを取り出した。


「ポマエもいる?」

「……」


念のためスラッシュにも訪ねたが、ろくな返事は帰ってこない。

彼は地べたに這いつくばったまま、僅かに視線だけを向けていた。


「やめとく?まぁ、長生きの為ならその方がいい如来~」


イーライは独りでに話を進めると、顔のパーツがすべて中心に集まったかのような凄まじい表情で煙草を咥え、火をつける。


「ぢゅぢゅぢゅっ!!ん~~まっ!!」


ストローを吸うように音を立てて吸引……からのヤニクラで盛大にむせ返った。


「ヴぉへ!!」

「フフッ……」


その様子を見て、スラッシュは僅かに笑った。

気が付いたイーライは


「あっ!笑ったね!?その心笑ってるね!!?」


急にテンションを上げて咎める。

これもまたスラッシュのツボにハマったのだろう。彼は再び笑ったが、直後苦しそうに咳き込むと血反吐を吐き出した。

折れた肋骨が肺に突き刺さっているらしい。

この光景を見たイーライは、サングラスを外すと赤い瞳でスラッシュを見下ろした。

憐れむような視線だった。


「まさに満身創痍。あれだけ強かったオマエが、チンピラにボコられてこの様とはね……まぁ一時とはいえ、仲間だったんだ。介錯がいるなら引き受けるよ」

「どのみち、俺はもう死ぬ」

「“こっち”のが楽に逝けるけど」

「弾の無駄だ」


かすれた小さな声でスラッシュは応えた。

彼はもうすぐ、ニンジャガイの毒薬で息絶える。故に手当てはもちろん、介錯も不要だということだった。


「最後までつまんない奴だね」

「お前は、随分とふざけた男、だった」

「ユーモラスと言ってほしいな」


そう言うと、イーライは再び煙草を吸った。

何気なしに視線を上げると換気扇のファンがゆっくりと回っていた。

しかし、やがて動きが悪くなり、遂には止まってしまう。

その様子を眺めていた時、イーライは唐突にある事を思い出した。


「そういえばオマエ、俺が拷問されてた時にピエロと殺人鬼の件で笑ってたけど、ひょっとして映画とか好きだったりする?」


イーライはスラッシュに問いを投げた。

しかし、返事は帰って来ない。

見ればスラッシュの目からは、既に光が消えていた。


「……強者の最期はいつも悲しいね」


イーライは自身のサングラスをスラッシュにかけ、虚空を見つめる瞳を隠した。

そして、銃で体を支えながらゆっくりと立ち上がると


「また、いつか」


別れの言葉を残し、ゆっくりとその場を後にした。





オアシス、プラントの最下層。

瓦礫の山の一角で、レックスは五体投地でぶっ倒れていた。

身体を包む炎は消えていたが、全身の骨は折れ、傷は開き、内臓も破裂していた。

そんな中、彼は呆然と吹き抜けから小さく見える青空を眺めながら、独り言を呟いている。


「俺は、遂に死ぬのか」


特にそれ自体が嫌という口ぶりではなかった。

ただ、シンプルに彼は悔しかったのだ。


「仲間たちはうまくやってくれた。これは、俺のミスが招いた結果だ。はは……参ったね」


自分の行動を省みれば、至らなかった点はいくつもある。

最後の戦いも、ネリーがやられた事で冷静さを失い、視野が狭くなってしまった。

結果、そこから一気に流れが悪くなり今に至っている。

それに一度自分のルールを踏み外したのであれば、もっと早い段階で隠し玉を使うべきだった。

つまり、どっち付かずで中途半端な事をやってしまったのだ。

普段ならそう言った失敗も次に活かせばいいだけなのだが、今の彼にそのチャンスは無い。


「だけどまぁ、最後まで学びがある人生っていうのも、悪くない。ある意味で、この瞬間が俺のキャリアハイだ」


最後まで超絶なポジティブシンキング。

一見滑稽なようにも思えるが、これこそが彼を強者たらしめる所以でもあった。

レックスはどこか満足げに笑うと、ゆっくりと右手を掲げる。

そして、裂けて折れ曲がったその手を太陽にかざした。


「本当に……今日は良い日だ」


まるで公園で日向ぼっこでもしているかのように、レックスは呟いた。

そして、ゆっくりと腕から力を抜いた。

だが、その手が地面に落ちる前に、別の誰かが掴んだ。


「お前はいつもそうやって、勝手に先走る」

「ネリーか……」


彼女はレックスの隣にゆっくりと座り込むと、胸に刺さったナイフに手を添えた。


「よせ」

「嫌だ。最後くらい私にもわがままを言わせろ」


そう言うと、ネリーはレックスの静止を振り切ってナイフを引き抜く。

真っ赤な血しぶきが勢い良く噴き出した。


「あぁ……」

「なんだレックス、そんな顔をするな」


ネリーは一気に血の気が失せていき、ばたりとレックスの胸に倒れ込んだ。


「これでよかったんだ」


彼女はそれだけ言うと、眠りにつくように息を引き取る。

レックスも後を追うように目を閉じると、最後に一言。


「そうだな。もう、心残りはない」


恋人を抱きしめながら、人狼は夢の世界へ旅立った。





時を同じくして、同様に空を眺める影が1つ……アントンとの決闘に敗れたピクセルだ。

レックス程ではないものの、彼も全身に大きなダメージを受けており、身を起こすことすらできずに地面に転がっていた。

決闘の際の闘争心はどこへと行ってしまったのか、今は抜け殻のように呆然と朝日を眺めているだけ……と、そんな彼の元へ次第にエンジン音が近づいてきて


「ピクセル!大丈夫か!?」


仲間が1人駆け寄ってきた。

彼はピクセルの仲間の1人であり、チェイスの途中でついていけなくなったため、結果的にここまで無傷だったのだ。

そんな彼は傷だらけのリーダーを抱きかかえ、必死に問いかける。


「お前がこんな事になるなんて……一体何があったんだ?」

「俺の事はいい。それより、あのガキを早く捕まえろ」

「もうそんなのはどうでもいい!戦いは終わりだ!」

「何を言っている……?」

「レックスが死んだ!ネリーも、恐らくはニンジャガイもだ!もはや俺たちに勝ちは無い!」

「レックスが……」

「おかげで味方は散り散りだ。傷口が広がる前に、俺たちもここを離れよう」

「仲間の仇も撃たずに、尻尾を巻いて逃げろというのか」

「冷静になってくれピクセル。レックス亡き今、誰が集団をまとめるんだ?シェルターで帰りを待つ者たちの面倒を誰が見るんだ?これから先、俺達には新しいリーダーが必要だ。それができるのはお前しかいない」

「……」

「武器もマシンも替えが利く、でも人間はそうはいかない。それが優れたリーダーならなおさらだ」

「……わかった。手を貸してくれ」


ピクセルは仲間の肩を借りて、ゆっくりと立ち上がる。

そして、なんとかリアのシートに跨ると相方の腰に手を回した。


「こっちに乗るのは暫くぶりだ」

「たまには悪くないさ」


2人を乗せたバイクは緩やかに走りだす。

彼らは苦い経験を残して、オアシスを後にした。





「オッケー!メル、終わったよ!」

「あ゛ナス……地獄のような痛みだったぜい……」


私たちは三人がかりでキャメルの処置を行い、なんとか縫合まで済ませることが出来た。

ニックが州兵やブギーマンをやるにあたって、応急処置の知識を身につけていたから何とかなったけど、弾を抜いた直後ガーゼが真っ赤に染まったときは、私も血の気が失せる思いだった。

一方、ヨランダは右の二の腕を圧迫し続けていると、次第に出血がおさまってきた。

ただ、これは右腕の血液が抜けきった事を意味している。

つまり……


「もう、ほとんど痛みも感じない。じきにお別れね」


後戻りの出来ない所まで来てしまったということだった。

この様子を見たキャメルは言う。


「よらピ、ごめんね。無理したあたしの方が美味しい思いしちゃって」

「これでいいの。そもそも、“トリアージ”ってそういうものだから」


ヨランダは微塵も後悔していない様子だった。

もしかすると、この作戦をやるにあたって……もっと言えば、今の生き方を選んだ時点で覚悟を決めていたのかもしれない。

と、そこにゆっくりとイーライが現れる。

彼は姿を見せるなり


「2人とも、無事でなにより」


絶妙に空気の読めない発言でお茶を濁した。

これに対し、ヨランダは応える。


「そうね、右腕以外は確かに無事。メルも傷だらけだけど、死んではいないわ」


少し嫌味っぽい表情で、状況を補足する。

一方のイーライは無表情だった。


「充分でしょ。ここに来られなかった奴もいる」

「まさか……スラッシュか!?」


この言葉にニックが反応し、イーライは無言で頷いた。


「アイツを見送ってきた」

「マジかよ……」


スラッシュは私とニックを生かす為にたった1人で大勢の敵と戦い、そして死んだ。

最後まで治安部隊としての役目を全うして。


「案内してくれ。ちゃんと祀ってあげないとダメだ」

「私も行くよ」


私とニックはその場に腰を上げる。

そして、イーライに先導して貰おうとした時だった。


「ラケルさん、あれを」


シャルが私たちを呼び止めた。

見れば、ファイバーとアントンが誰かを連れてこちらに向かってきている所だった。

私はその人物が誰だかわからなかったが、となりのニックは驚いたように声を上げる。


「ファルコナー……?無事だったのか」

「ファルコナーってオアシスの首長だよね?」

「あぁ。真っ先に殺されたものだと思っていたけど……」


やがて3人が私たちの前にやってくる。

まずはファイバーが口を開いた。


「酒を頂こうと部屋に踏み入ったところ、人質にされていた首長殿を見つけた。そこで、立てこもり犯を片付けた後に一緒に来て頂いたという訳だ」


“立てこもり犯を片付けた”とか軽く言うけど、ナイフが刺さっててよくやるなぁ……。

いや、本題はそこじゃない。

首長が無事だったのは良かったけれど、この場合事態をどう収拾するかが大切だ。

ここでファルコナーが補足する。


「随分と手荒に扱われたがな。しかし、働きに免じて酒を盗んだことは不問に付そう」

「ありがたい限りだ。おかげで傷の心配はなくなった」


ファイバーは酒瓶を開けると傷口に中身をぶっかけ、残りを一気に飲み干した。

高い酒が雑に消費されたため、ファルコナーは一瞬顔をしかめたが、すぐに正面へ向き直ると話を続ける。


「さて、これで外敵の大半は排除できた。貧民街へと逃げ込んだ者もいるようだが、そいつらが死ぬのも時間の問題だろう。コミュニティには自浄作用というものがあるからな」


ファルコナーは服の塵を掃って言った。

要するに事態は一件落着という事らしい。


「ただ、今回の件でオアシスは大きな損害を受けた。プラントを始め、数多の設備や建造物が損傷し、優秀な人材も失われている。速やかに復興のための手筈を整える必要があるということだ……そこでニック、お前に仕事を与える。報酬は燃料だ、異存はないだろう」


ファルコナーは堂々とした態度で言った。

燃料を餌にすれば、ニックが仕事を断る事は無いと知っているからだ。

しかし……


「何か勘違いされているようですが……俺は貴方の指示を受ける立場ではないですよ」


ニックは微かに笑いながら、ファルコナーの提案を却下した。

彼は続けて言葉を連ねる。


「こうは考えられませんか、ただ“オアシスを占領する犯人が入れ替わっただけ”だと」

「なに……?」

「早い話が、今の貴方に俺を拘束する力はないんです。治安部隊はいないし、1人でプラントを回せるわけでも、商売ができるわけでもない。言うことを聞くメリットがないんですよ」

「ニック、貴様……」

「前に言ってましたよね、ビジネスはギブアンドテイクだと。つまり、そういう事です」


私を含む、その場の全員がファルコナーに対して視線を向けた。

それは、皆がニックの発言に同意しているといっても差し支えなかった。


「俺はブギーマンをやめます、これまでお世話になりました。今後はそれ用の組織を作るか、あるいは傭兵に任せる形にしません?それなら依頼の中身を公開する事になるので、住民からの信頼を得る事ができますし、貴方の言う“自浄作用”とやらで裏切りを未然に防ぐ事もできます」


ニックは提案するような言い方をしているが、実質ファルコナーに拒否権はない。


「それと復興のための仕事、やりますよ。オアシスがなくなると俺が困りますし。ただ、貴方の指示は受けません……あ、でも参考にはします。貴方はとても聡明ですからね」


ニックはあえて神経を逆撫でするような言葉を選んだ。

そして、ファルコナーの前に立つと


「さっきも言いましたけど、ビジネスはギブアンドテイクです。今後とも仲良くしましょう」


右手を差し出し言った。

対するファルコナーは目を見開きニックを睨みつける。

しかし、この状況がどうにもならない事を察すると、気の抜けたような笑いを上げて微かに頷いた。


「ハハハ……そうか、この幕切れは正直予想外だった」

「俺だって、いつまでも都合のいい金づるでいる気はないんですよ」

「なるほど。ならば、お前の好きにすればいい」


ファルコナーはニックの手を握り返した。


「だが、これで終わりではないぞ。武器を振るうだけが戦いではない。街の再建、運営……そういった仕事を前にした時、お前……いやお前達がどういった働きを見せるのか、見ものだな」


ファルコナーは不敵な笑みを浮かべて言った。

一方のニックも堂々とした佇まいで笑って見せた。

そして、かく言う私はそんな光景を眺めながら、本当に戦いが終わったことを実感した。

何度も死にかけた。

たくさん傷ついた。

無事ではすまなかった仲間もいた。

それでも、全部終わったんだ。

だから今は……家に帰ろう。


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