第17話 アクを食らわば器まで


『惜しかったな』


振り返ったレックスが笑う。

奮闘虚しく、パンサーの刃が空を切った。

レックスはその隙を逃さず発砲する。


『くっ……!』


パンサーは素早く身を引いた。

弾丸は紙一重で、彼の眼前を通り過ぎていく。

レックスは正直、今のを避けられると思っていなかった。


『おぉ!』


歓喜にも似たレックスの声。

歯を食いしばるパンサーとは対照的に、レックスは口角が上がった。

パンサーは地面を蹴ってレックスに迫ると、左手でレックスの手首を掴み、右手のナイフで切りかかった。

レックスはそれを、自在に避ける。

そして、一連の動きの中で銃口をコントロールし、パンサーへと向ける。


タァン!


パンサーも驚異的な反射神経と身体能力からなる身のこなしで、射線をかいくぐる。

2人の戦いは手に汗握る程の死闘であったが、同時にダンスのようにも見えた。


『ふっ!はっ!!』


懐に潜り込もうと、果敢に切り込むパンサー。


『いいね!最高だ!』


これを下がりながら捌き、反撃を狙うレックス。

この時、勝負の行方はまだ不透明だった。

しかしある時


『もう“出ない”か』


レックスはそう言うと、パンサーの腕を巻き取るように引き寄せ、踏み込んだ。

当然パンサーも反応するが、レックスは一歩先を行く。

抱き寄せるように銃口を押し当て、引き金を引いた。

放たれた弾丸は、パンサーの胸を貫いていた。


『お前は強い、敬意を払うよ』


レックスは手の力を緩める。


『スラッシュ……後は……』


パンサーは力なく崩れ落ちた。

程なくして、次の相手がやって来る。


『オアシスの治安部隊ってのはトーシローのお遊びみたいなものだと思っていたが、腕のいい奴もいるんだな……それでこそ、俺がこうして出向いたかいがあったってもんだ』


レックスはマガジンを交換し、銃口を向ける。


『お前は“どっち”だ?』


相手が動いた。

そして今まさにトリガーを引こうか、という時


ピピピピ……


アラームがレックスの意識を覚まさせた。


「ったくいいところだってのに……15分はあっという間だな」


連戦、交渉、拷問と仕事続きだった彼は、わずかながらの仮眠を取っていた。

身を起こしてあくびを1つ。

頭を掻きながらテーブルに向かうと、ボトルからコップに水を注ぎ、一気に仰いだ。

レックスは随分と久しぶりに、誰の目も気にすることなく一息つく。

ただ、そんな時間も長くは続かなかった。


ドッ……ゴオォォン!!!


突如として凄まじい轟音が聞こえてくる。

続いて、まばらな銃声と叫び声が。

戦いの気配がレックスの頭を完全に覚まさせた。


「おいでなすったな、ブギーマン」


レックスは立ち上がると、装備の支度を始める。

ガンケースを2つ取り出し、テーブルの上で開いた。

一方はサブマシンガン、クリス・ヴェクターだ。

その中でもストックを排したヴェクターSDPと呼ばれるタイプであり、使用弾薬は9mmの仕様となっていた。

そして、もう一方のケースから姿を見せたのは、サブアームのグロッグ17 SAIカスタム。

肉抜き加工され軽量化されたスライドに黄金の強化バレル、更にグリップには滑り止めが施されており、本気の程が伺える。

今回の二丁もマガジンは共用であり、装備全体で見ても高い汎用性と信頼性を確保していた。


「今から楽しみだよ、お前がどんな戦いを見せてくれるのか……」


ベストに袖を通し、マガジンを刺していく。


「もしかしたら、例のガスマスク野郎も一緒なのか……それならもっと良い」


全身のベルトや金具を締め直し、最後にグローブをはめる。


「本当に、今日は良い日だ」


レックスは電気を消すと、部屋を後にした。





「あの銃声……いよいよ始まったのか」


絶賛チェイス中のアントンも、戦況が動き始めた事を把握していた。

彼はあの後、更に1人のバイカーを仕留めた。

増援が来る様子もなかったため、残りの敵はあと2人だ。


「そろそろ終わらせる!」


アントンはエンジンを吹かし、ペースを上げた。

今残っている敵は二台ともスポーツタイプだ。

つまり、アスファルトを走ることが前提となっている。

前回峠道でやり合った時は、ピクセルは卓越したテクニックで不整地を走行していたが……


「見た感じ、取り巻きの方はそこまでじゃない……なら!」


アントンは郊外の貧民街へと向かった。

貧民街は道幅が非常に狭く、そのうえ道の大部分が舗装されていない。

運転する難易度も当然上がるが、仕掛けどころは多そうだ。


「地理感はあっちが上か」


一方でピクセルは思い通りにいかない展開が続いていた。

運転技量で言えば、彼はアントンにも引けを取らないはずだが、なかなか獲物を捉える事ができず、既に仲間を2人失っていた。

更に……


「砂利道だと!?」


アントンの車が砂を巻き上げた。

こうなれば視界が悪くなるうえに、転倒の危険も大幅に増す。

本来であれば、多少なりともスピードを緩める所だ。

しかし、それではアントンを逃してしまう。


「逃がすか!!」


ピクセルは覚悟を決めた。

逆境にも構わず猛烈な加速をかける。

そのあまりの走りに、後続のクルーはついていけなくなってしまった。


「やっぱり……まだ食らいついてくる」


バックミラーを一瞥したアントンは、敵が只者では無い事を改めて感じ取った。

普通に走っているだけでは、振り払うのも仕留めるのも難しい。

多少強引でも、流れを変える一手が必要だ。


「この先にあるのは市場と集合住宅……仕掛けるなら後者だ!」


車が入れて遮蔽が多い地形は、今の状況にうってつけだ。

アントンはライトを消すと、ギアを落としてアクセルを煽った。

巧みなハンドル操作で姿勢を維持し、迷路のような連続コーナーを駆け抜けていく。

しかし、それも束の間。とうとう目の前は行き止まりになってしまった。

立ちふさがったのは一階が駐車スペース用にくり抜かれたアパートだ。

これを目にしたアントンは


「……」


無言でアクセルを踏み抜きギアを上げた。

真っ直ぐ前を見通し、ハンドルを握る。

そして、今にも壁に激突する……という時、アントンは勢い良くハンドルを切ってサイドを引いた。

途端に後輪が滑り出し、車体は横を向く。

ミアータは駐車スペースの柱の間を綺麗に通り抜け、円弧を描いて砂埃を巻き上げた。

柱、壁、柱。

車体との間隔はそれぞれ拳1つ分ほどしか無い。

そんな状況でアントンは正確無比なドリフトを決めた。

素早いカウンターステアで体制を立て直し、彼は再び迷路の中へと進路を取る。

バイクのエンジン音は聞こえるが、姿は近くに無かった。


「よし……」


一息つくアントン。

その一方で、ピクセルは苛立ちが隠せなかった。


「近くにいるのは確かだ……なのに何故、姿が見えない?」


こちらもエンジン音は聞き取れるのだが、音のする方に向かっても、その時には既にアントンの姿は無く、追い詰めたと思っても行き止まりになっていたりと、迷路のような地形に翻弄されてしまっていた。

音だけでなく、匂いやタイヤ痕も見て取れる。なんならタイヤ痕は交差している場所もあった。

それなのに、一向に姿だけ見つからない。

流石に妙だ、とピクセルは考える。

そして気が付いた。


「そうか、あのガキ……ライトを消したのか」


まだ時間が早いため、相手を視認するときは、真っ先にライトが目に入ってくる。

これまでピクセルは建物の隙間から漏れてくる光を目印としてアントンを追っていたが、そこに付け込まれてしまっていたのであれば、一向に姿が見つけられないのにも納得がつく。


「小癪な真似を……」


彼もアントンに習いライトを消した。

そして、タイヤ痕が交差していたという事実から敵に明確な目的地がない事を悟ると、回転数を上げながら半クラッチで逆ハンドルを切り、インに倒れ込みながら極小半径でターンを行う。

クラッチコントロールでバンク角を操り、最後に地面を蹴って体制を立て直すと、音と記憶を頼りに獲物を追った。

タネが分かってしまえばなんて事は無い。

ピクセルが再びミアータを見つけるまでに、そう時間はかからなかった。

しかし、一度リードをつけられた影響は大きく、目測で3,4秒ほどの遅れがある。

そのうえ、アントンはこれまでと別の方位に進路を取っており、ここで差を埋められなければ面倒な事になるのは想像に難しくなかった。


「逃すか!」


ピクセルは愛銃、Cz75を抜き発砲した。

バイクを運転しながら、動いている標的を狙うのはあまりにも難しい。

であれば


ダァン!


ピクセルの放った弾丸は、道案内の釣り標識を貫いていた。

彼はその後も幾度に渡って発砲し、とうとう標識の金具が破断。

アントンの頭上に、巨大な金属板が迫った。


(マズい……!)


アントンはこの時、時の流れが遅くなったかのような感覚にとらわれた。

スローモーションな世界の中で、思考だけが猛烈に駆け巡る。

急ブレーキを踏めばピクセルに殺される。

ハンドルを切っても建物に激突する。

最早退路は無かった。


「イチかバチか、やってやる……ロードスター!!」


アントンの声に応えるようにエンジンが唸りを上げ、タコメーターが踊る。

路面は最悪で、真っ直ぐ走ってすらくれない。

アントンは血走った目を見開いて先を見通し、汗ばんだ手でハンドルを握り、今にも攣りそうな足でペダルを踏んだ。

とうとう眼前には黒い影が。

次の瞬間……


ボキッ!!


ミアータのラジオアンテナがへし折れる音が響いた。

そして


ガシャガシャーン!!


土煙を上げて、標識が地面に横たわる。

まさに間一髪、アントンは九死に一生を得た。


「純正のアンテナが!」


アントンは叫ぶ。

ミアータの最後部に取り付けられていたロングタイプのアンテナは、高速走行の影響をもろに受け、大きく後ろにたわんでいた。

そこに標識が引っ掛かり、根元から折れてしまったのだ。

貴重な名車への大ダメージにアントンはショックを受けたが、今はそれどころではない。

すぐ先は突き当りのT字路だ。

アントンは路面のスリップを利用して、鮮やかなスクエアターンで鼻先を振ると、再びリードを広げる。

これを目の当たりにしたピクセルは


「運のいい奴め……」


後を追わず、裏道に進路をとった。

貧民街の裏道は完全な生活道路だ。

室内に閉じこもっていた者や、襲撃に構わず生活を送る者、果ては野次馬といった者達が行き来する。

そこを、ピクセルは時速120km/hでぶっ飛ばした。

窓から様子を伺っていた婦人は、風のごとく通り過ぎたピクセルを呆然と眺め、危うく轢かれそうになった青年は腰を抜かし、軒先の赤ん坊ですら泣きじゃくるのをやめ、驚愕した表情を浮かべた。

ピクセルはそのまま広場に突き進む。

冷静さを無くした人々や荷車が飛び出してきたが、ピクセルはそれをアルペンスキーの如く潜り抜け、再び通りに戻った。

丁度そこには


「なっ……!?」


予想外の方角からの強襲に驚きを隠せないアントンが。


「遅かったな、カメとでも事故ったか?」


皮肉の1つも投げかけ、点描の道化は獲物に迫った。





オアシスの中央部を目指す私たちの戦いは、間もなく佳境を迎えようとしていた。

銃撃は激しさを増し、敵が現れる頻度も上がっていく。

ニックは遮蔽に身を隠し、リロードしながら言った。


「ここまで来たら、敵は前からだけだと思わない方が良さそうだな」

「もう少し慎重な方が良かったかもね……」


アントンが陽動を開始してから、既にかなりの時間が経っている。

更に、これまで見つからずにやり過ごして来た敵も、今後はこちらを狙ってくるだろう。

今までのよう作戦会議をしている余裕も無い。

しかしながら、キャメルを筆頭とした戦闘民族の面々は楽しそうだった。


「いーじゃん!これぐらい賑やかじゃないとさ!!」

「メルはちょっとはしゃぎすぎ……」

「とはいえ、撃ち合いもまた一興だ。良かったら俺と勝負でもしないか?」

「あたしが勝ったら満漢全席だかんね!おっさん!」


いや、それ作るの私じゃん。

そもそもダイナーで満漢全席……?


「いいとも。俺が勝ったら、その呼び方を止めて貰おう」

「楽しそうな事やってるわね。私はせっかくだから、どちらが勝つか予想するわ」

「「やめて」くれ」

「どうして」

「よらピは絶対外すから!……メルちゃん選手、1キル!」

「やりますね、わたしもまけていられません」


シャルも張り合わなくていいよ……。

でも、そういった威勢の良さが頼りになるのもまた事実。

私たちは着実に前進していくと、次第に背の高い建物が見えて来た。

そのうちのいくつかは、屋上から屋根の付いた橋が伸びている。

建築基準法をガン無視したかのような、ひたすら目を引く構造物。


「あれって、もしかして……」

「そう。“連絡通路”だ」


いよいよゴールが見えて来た、そんな時だった。


「みんな、伏せろ!」


突如としてニックが叫んだ。

ほんの一瞬置いて、慌てて姿勢を低くした私の頭上を銃弾が駆け抜けていく


「絶対に頭を上げるな!」


匍匐で移動しながらニックは言う。

敵に狙われている以上、同じ場所にとどまるのは得策ではない。

私も彼の後に続いて、匍匐で位置取りを変えようとした。

しかし……


パチュン!!


まるで行く手を阻むかのように、目と鼻の先に着弾した。

もはや声も出なかった。


「早く!ここも射線が通ってる!」


別方向からも敵に狙われている事が明らかとなったので、私たちは身を起こしてジグザグに走りだした。

なんとか死なずに遮蔽に滑り込み、壁に背を預け呼吸を整える。


「これ、ちょっとマズくない?」

「良くは無いな……」


ニックは周囲の様子を伺おうと、遮蔽から少しだけ顔を出した。

直後


ダダダン!!


待っていたとばかりに銃撃。

完全に待ち伏せされているようだ。


「クソ……」

「どうする?」

「これまでやられるとセオリーは通用しない……多少無理やりにでも、流れを変えないとダメだ」


ほとんど全方位から睨まれてしまっては、立ち回りも何もあったものじゃない。

最早、作戦でどうこう出来る状況ではなくなってしまった。

そんな時、残された手段はただ一つ……出たとこ勝負の“アドリブ”だ。


「メル、出番だ!頼めるか!?」

「お任せあれ!」


こんな泥沼と化した戦況をひっくり返す事ができるのは、我らが最終兵器、メル様だけ。

彼女は楽器ケースからDP-28を取り出し、ガリルと合わせて両脇に抱える。

更にM79グレネードランチャーを肩にぶら下げ、完全武装で全身を固めた。


「新しい子、使ってみるかな!」


キャメルはそう言うと、M79にカートリッジを詰める。

そして、遮蔽から銃口だけを露出させると、引き金を引いた。


プンッ……


拍子抜けするほど軽快な音。

しかしグレネードランチャーといえば、歩兵が携行可能な武装では最も高火力な物の一つでもある。

故に、敵の注意は存分に引き付けられた。

発射されたのが強力な榴弾か何かだと勘違いし、撃ち落とそうと大勢が銃撃を始める。

そのうち数発が命中……しかし炸裂しない。

かわりに、カートリッジは色濃い煙を吐き出した。

瞬く間にあたりは見通しが悪くなってしまう。

キャメルは手品的な視線誘導と発煙弾の効果を組み合わせ、見事敵の目を欺いた。


「さ~てさてさて……いっちょはじめますかぁ!?」


彼女は臆することなく堂々と遮蔽から身を乗り出し、二丁の得物を掲げる。

そして次の瞬間、耳をつんざく轟音があたりに響き渡った。


シュシュシュシュドドオォン!!!


そこらの銃とは次元の違う、暴力的な超火力。

常識離れした状況に、男達は絶句した。


「おらおら!どしたん!?撃ってきなよ!!」


お得意のランボースタイルで疾走するキャメルは、視界が悪いにも関わらず次々と標的を仕留めていく。

敵は突然の事態に対応できず、ほとんど当てずっぽうに引き金を引く。

しかしながら


「そんなトコにあたしはいないっつーの!!」


これでは逆に居場所をばらしてしまうだけだ。

立ち位置を把握されてしまえば、フルオート射撃で一網打尽になってしまう。

的が多い分、多少雑に撃っても十分命中した。

キャメルは“煙幕”という要素を効果的に活用し、圧倒的不利な戦局を一気に覆していく。

そして


「次は……向かいのバーだね!」


野性的な勘か、あるいは盤面を俯瞰出来るゲームセンスか、キャメルは次なる敵の出現地点を見定めると、手首のスナップを利かせ、軽やかにカートリッジをM79に装填する。

そして発砲、発煙弾はバーの窓を突き破り、瞬く間に室内を灰色に染めてしまった。

更に、キャメル自身も窓を蹴破ると、煙の中へと突っこんでいく。


ズダダン!!ズダダン!!


銃声が響くと同時に、マズルフラッシュに照らされたシルエットが、まるで影絵のように浮き上がる。

カウンター上を駆け抜けるキャメルと、血しぶきを上げる男たち。傍から見ている分には芸術的な光景だった。

しかし、敵もやられっぱなしではいてくれない。


「今だ!投げ込め!」


合図を受けて、窓からグレネードが投げ込まれる。

彼らは残った仲間もろとも、キャメルを爆殺する腹づもりのようだ。

当然急いで対処する必要があるが……


カチチ……


あろうことか、このタイミングで弾切れ。

それを見て、男が飛びかかるように突っこんで来た。


「あ゛~~!もう!!」


苛立ちに身を任せ、キャメルはカウンターから跳躍すると、迫りくる男を蹴り倒し、踏み切る。

そして


「うぉ……りゃ!!」


グレネードを缶蹴りよろしく蹴とばした。

それはきれいな放物線を描いて飛んで行くと


コトン……


持ち主の元へと帰っていった。


「「あ」」


ドォォォォン!!!


辞世の句を詠む間もなく、彼らは爆発四散した。

これでファイバーに対して大幅なリードを得たキャメルであったが、そうこうしている間にも敵は更なる攻撃を仕掛けてくる。

今度はほど近い建物の屋上に人影が現れた。


「よらピ、頼んだ!」


キャメルはそう言うとカートリッジを射出する。

敵は煙幕について学習しているため、構わず銃撃を始めた。

しかし、これがまずかった。


パァン!!

キィィィィン……


キャメルが使ったのは騒音弾。

不意を突かれた男たちは聴覚をやられてしまった。

そのうえ


「クソ!あいつら詰めてきやがった!」


ニックとファイバーのマスクマン2名をはじめとした銃撃が激化する。

もとより暴徒達は練度が高くなく、銃の性能もそれほど良くないため、戦力差が少なくなってしまうと途端に劣勢に追い込まれていった。

当然そうなれば焦りが生まれ、視野が狭くなる。

既に彼らは術中にはまっていた。

だから、背後のドアが開いた事にも気が付かなかった。

現れた影はゆっくりと歩き、得物を掲げる。

朝日を浴びるMicro Uziが鈍い光を放った。


ビビッ……ビビビッ!


軽やかなバースト射撃。

ヨランダはゆっくりと歩きながら微笑を浮かべ、ただ指を指すように標的を仕留めていく。

このように優位な状況では、自分からヘマをしなければ撃ち負ける事は無い。

普段から裏取りを得意とする彼女にとって、この程度は造作もない事だった。

あっという間に、生き残りは遮蔽に隠れた3人だけになってしまう。


「クソ!また1人やられた!」

「おい、あのアマ……ヨランダだ!なんでこんな所に居やがる!」

「ちくしょう!舐めやがって!!」


思うような戦いをさせてもらえない男たちは苛立つ。

そのうえ相手は悪名高き策略家のヨランダであり、なおかつ飄々とした様子で仲間たちを次々と殺していくのだから、彼らは一層強い怒りを覚えた。


「タイミングを合わせて同時に出るぞ!」

「よーし!ぶっ殺してやる!」

「……今だ!!」


彼らは互いにコンタクトを取ると、意を決して遮蔽から飛び出す。

しかし、そこにヨランダの姿は無い。

男たちは途方に暮れ、しばし立ち尽くしてしまった。


「いねぇじゃねえか、逃げやがったか?」


緊張が途切れた事で、彼らの心には隙が出来る。

戦いの場で一瞬でも気を抜いた者がどうなるか、それは想像に難しくない。


ビビビビッ!!


体の真ん中を駆け上がるように、風穴が列を成した。

空調ダクトの陰に隠れていたヨランダは、容赦ない連射で男を仕留める。

すぐさま地面を蹴って倒れ込む死体に迫り、横を通り抜ける傍らベルトからグレネードを拝借した。


「ヨランダ!テメェ!!」


残りの2人は怒りに任せて引き金を引く。

しかしヨランダは彼らに目もくれず、隣の建物に向かって走り出した。

彼女は口でグレネードのピンを引き抜き、屋上の縁を踏み切ると同時に後ろ手で放り投げた。


ドォォォォン!!!


本日二度目のグレネードは中々に強烈だった。

ヨランダは爆風を背中に受けながら、向かいの建物に転がり込む。


「ふぅ……」


一息ついたのも束の間、新たな足音が近づいて来た。

ヨランダは近くにあった棚を倒し、ドアを塞ぐ。

敵はドアを蹴破ろうとしたが


ガンッ……


“押さえ”があるため、うまく開かなかった。

ヨランダはドアの隙間から相手の頭を撃ち抜く。

敵はもう1人居たため、そちらも手早く仕留めようとしたが


カチ……


あいにく弾切れ。

当然ながら、リロードしているような余裕は無い。


(本当はあまりやりたくないけど……)


この際は致し方ない。

ヨランダは髪留めを外し逆手に持つ。

相手の膝を蹴り倒し、マガジンを首に引っ掛け、壁に押しつけるように体重をかける。

そして髪留めを喉元に突き立て、トドメとばかりに銃を振り下ろした。

白銀のクリップは瞬く間に深紅へ染まる。


「流石に再利用は無理そうね」


ヨランダは引き抜いた髪留めをその場に捨てる。

そして周囲を警戒しながら歩みを進めるが、階段に差し掛かった所で下の階から強烈な銃声が聞えた。

次に少し遅れて死体が踊るように階段を駆け上がってくると、壁に突っ伏する。

ヨランダが手すりから身を乗り出せば、そこにはキャメルの姿があった。


「流石ね」

「よらピのお陰!あたしら2人が揃えば無敵やんな!?」

「そうね、あとはイーライがいれば完璧」

「はやいとこ見つけないと」


そんな時


ピ……ピ……


フロアの奥から微かに電子音が聞えた。

音のする方に視線を向れば赤い光が点滅しており、徐々にそのスピードは上がっていく。

2人は無言で顔を見合わせた。

一拍置いて


「ヤバくない?」

「ヤバいわね」


この後何が起きるかを把握した2人は、窓に向かってダッシュする。

数秒後


ピーーーー


長音が鳴り響き、柱に仕掛けられた爆弾が起爆した。

瞬く間に壁は砕け、床はめくれあがり、破片や粉塵が飛び散った。

爆風の勢いは止まらず、とうとう建物は倒壊してしまう。

この様子は当然外からでも見て取れた。


「おい……マジかよ……」


ニックは思わずマスクをまくり上げて、崩れゆく建物を眺める。


「中にメルとヨランダがいるんじゃないの?」

「そのはずだ。トラップが仕掛けてあったのか……」


一同に重苦しい空気が流れる。

そうしている間にも、建物は粉塵を巻き上げながら潰れていく。

しかし……


「おい、あれを見ろ」


ファイバーが言った。

彼が指差す先、灰色の霧の中には微かな影が見える。

影は次第に大きくなっていき、やがてハッキリとその姿を現した。

そこには巨大な銃を二丁携え頬の煤を拭うキャメルと、黒髪をなびかせながらグレネードのピンを車の鍵のように弄ぶヨランダが……2人は並んで風を切るように歩いて来る。


「心配は無用のようだ」

「みたいだな……」

「おふたりとも、じょうぶなかたですね」

「伊達に裏稼業はやってないってことかぁ」


2人の生存が確認できたので、ひとまず胸を撫で下ろす。

更なる敵襲に備えて、さっさと移動しよう……そう考えていた時だった。


タァ……ゥン!!


遠くから銃声が響いたかと思えば


バキャッ!!


すぐ近くから大きな音が聞え、キャメルが腰から崩れ落ちた。


「痛ッ……たぁ!?」


見れば左腕から血を流している。

持っていたガリルに着弾したらしい。


「粉塵の中に戻れ!!」


ファイバーが叫ぶ。

ヨランダはキャメルを羽交い締めにするように抱え上げると、そのまま引きずっていく。


「あたしのガリル~~」

「今はそれどころじゃないでしょ!!」


パァン……ボゴッ!!


後を追うように第2射が放たれ、弾丸は地面を抉った。

この間に、ファイバーは双眼鏡で狙撃地点を割り出す。


「少なくとも0.5マイル(800m)先から撃ってきている……普通じゃないぞ」

「じゃあ、アレが例のスナイパー?」

「だろうな……ヨランダ!!」

「えぇ、この場は分散……後でまた会いましょう」


ヨランダとキャメルの2人は再度姿を消していく。

ここから先は二手に分かれて、オアシスの中央部を目指す事になる。

敵のスナイパーが現れた事で、私たちは計画変更を余儀なくされた。





椅子の脚から排水口まで、タイルの上には血の川が流れている。

天井からぶら下がった小さな電球が微かに揺れて、イーライの顔に重なる影も同様に形を変えていた。

今の彼は血だらけ痣だらけで爪もない。

そんな満身創痍のイーライを眺めて、1人の男が口を開いた。


「殴られても、蹴られても、電気や水を流し込まれても吐かねぇんだ。そんなら……」

「やりすぎるなよ?レックスから次の薬が出来るまで、殺さないように言われてるんだ」

「んなもんコイツ次第だ」


拷問を担当していたハゲ男は椅子の前で腰を下ろすと、手でイーライの顔を潰すように掴み、視線を合わせた。


「よう、物足りねぇってんなら、もう少し刺激を強めてやってもいいんだぜ」


そう言うとハゲ男はダガーナイフを取り出し、見せびらかすように弄ぶ。


「どこが好みだ?指か?耳か?とっぱじめから急所にいくのは芸がねぇよな?」

「……」


イーライはパクパクと口を動かす。

声が聞き取れなかったハゲ男は、イーライの髪を掴み、顔を寄せた。


「あん?声がちいせぇよ」


するとイーライは


「ぺっ……」


男の顔に血反吐を飛ばす。

そして言った。


「ずっと何かに似てると思ってたけど……思い出したよ。オマエ、例のピエロにそっくりだ。下水道に住んでて子供を攫うヤツ」

「…………そんなに死にたいのか」

「怒ってんの?せっかくメイクしてやったのに。それよりなんかマイナーなコンテンツでも紹介してよ、昔のネットミームみたいにさ」


減らず口を叩きながら、イーライは笑った。

この態度を受けて、ハゲ男はキレてしまった。

彼は背後の仲間に向かって言う。


「チェーンソーをよこせ」

「おい、殺しちゃマズいんだって……」

「うるせぇ!」


仲間から無理やりチェーンソーをひったくり、スターターを引く。


「そんなに言うなら映画の中みたいに殺してやるよ」

「それが……チェーンソーはまた違う殺人鬼なんだ。ピエロですらない」

「フフッ……」

「黙ってろ!!」


イーライの煽りにバカ正直に乗ったハゲ男は、叫びながらチェーンソーを振り上げる。

隣で縛られている治安部隊員が微かに笑ったのも、頭に血が上る一因を担った。


「テメェの首かっ裂いてケツ穴増やしてやるよ」

「ならオマエの頭に縦線一本引いてケツにしてやるよ」

「死ね!!」


唸りを上げるチェーンソーが振り下ろされる。

イーライの眼前に刃が迫る。

もはやこれまでか……という時


「ふっ……!」


イーライは反動をつけてイスごと後ろに倒れ込んだ。

チェーンソーはイーライの両足にかけられた鎖を分断。

イーライは自由になった両脚をハゲ男の両手に絡め、隣で縛られていた治安部隊員の手錠に押し当てる。


パキン!


両手が空いた治安部隊員は、椅子に両足が固定されているにも関わらず立ち上がった。

被された麻袋を脱ぎ、ハゲ男の頭に巻き付け、壁に叩きつける。

そして、近くに置いてあった金槌をぶん投げ、もう1人の男も昏睡させた。

ほんの一瞬で、治安部隊員の男は部屋の脅威を全て片付けてしまった。

続いて、彼は手早く両足の拘束を外す。

すると


「オマエ、“スラッシュ”だろ?」


同じように両手の拘束を解いたイーライが、拾ったダガーの刃をスラッシュに向けた。


「だったら何だ」


スラッシュも拷問に用いられていた鉄杭を握り、先端をイーライに押し当てる。


「オマエの同僚を殺した」

「そうか」


赤と黒の視線が交差する。

だが、そんな時間も長くは続かなかった。

物音を聞きつけた面々が、次々と部屋に近づいて来る。


「増援だ」

「あぁ」

「おクスリの影響は?」

「戦闘に支障はない」

「ちなみにだけど、こっちは脚に穴が開いてんだよね」

「俺の知った事ではない」

「あぁそう」


足音がすぐそこまで迫った。

2人は視線をドアへと流す。


「オマエみたいなのと喋ってたら、気分悪くなってきた」

「奇遇だな、俺もだ」


溜まりに溜まった鬱憤が解き放たれるまで、あと3秒。





オアシスの中央部付近の通路を、集団が慌ただしく駆け抜けていく。


「こっちだ!捕虜が逃げるぞ!!」

「相手は手負いだ!さっさと片付けようぜ!」

「これで殺しちまっても事故だよな?」


気合十分な様子で、部屋の中へと踏み入っていく。

数秒後……


「クソ!逃げろ!!」

「あんなの勝てる訳がない!!」


彼らは血相を変えて、来た道を引き返した。

遮蔽に隠れて迎え撃とうとした者もいたが、身を晒した瞬間に脳天をぶち抜かれる。

また、逃げ遅れた者は部屋に引きずり込まれ、絶叫を残してこの世を去った。

その後はしばし無音の時間が続き、ドアが開かれる。


「所詮はこんなものか」

「油断してたんでしょ」


消火斧を携えたスラッシュと、ピストルを構えたイーライが顔を出した。

近くに敵がいない事を確認して、身を乗り出す。

ゆっくりと通路を進みながら。スラッシュはイーライに尋ねる。


「その構え方、何処で習った?」

「教えてあげないよ」

「そうか、ならいい」

「つまんない奴だね」


イーライは左手の肘を曲げて右の二の腕を掴む事でトライアングルを作り、その上に右手を置くことで銃を安定させていた。

この姿勢であれば、ライフルを扱う時と同じ感覚で標的を狙う事が出来る。

素っ気ない態度で先陣を切るスラッシュに、イーライは気に食わない様子で続いた。

その後、数回に渡って敵と鉢合わせた2人だったが、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ……といった様子で、ほとんど一方的に片付けていく。

しまいには攻守が完全に入れ替わり、逃げて行く者の背中を撃つことすらあった。

そして、今回もその例に漏れず


「レックス!どこだ!?助けてくれ!!」


大声で助けを求めながら逃げ惑う仔羊がいた。

戦場で大声を出すというのはどういう事なのか、少しくらい考えるべきであったが、パニック状態である彼にそんな余裕は無い。

しばらくの間は夢中になって走り回っていたが、ある時ふと後ろを振り返る。

既に追っ手の姿は無かった。

九死に一生を得た男は喜びの声を上げる。


「生き延びた……生き延びたぞ!やった!!」


直後。


ドッ!!


無情にも散弾の嵐に襲われる。

彼は痛みを自覚することすらなく、喜びの中で息絶えた。

横たわる仔羊を見下ろして、ガスマスク男が一言。


「よそ見をしているから、そうなる」


撃ったのはあくまで自分なのだが、ファイバーに悪びれる様子は微塵もなかった。

そんな彼の下に、見慣れた顔と見慣れない顔が現れる。

イーライとスラッシュだ。

ファイバーを見るや否や戦闘モードに入りかけたスラッシュを、イーライが咎める。


「待て、あのガスマスクは味方だ」

「……不審な動きを見せれば即座に殺す」

「肝に銘じておこう」


ほとんど最悪なファーストコンタクトだが、ファイバーはどこか楽しそうに応えた。

そして、彼らは現状を整理する。


「俺は仲間たちとオアシスの奪還を目的としてやって来たんだ」

「ヨランダとキャメルは?」

「やむを得ず別行動中だ。彼女たちはお前の救出を第一目標としている」

「なるほどね」

「お前たち2人は敵に捕らえられていたのだろう?色々と聞きたいことがあるのだが……」


ファイバーがそう言いかけた時だった。

何かを感じ取ったスラッシュが、イーライからピストルをひったくった。

そして、素早く振り返って引き金を引く。

直後、通路の角から現れた男が膝から倒れた。


「敵は全て殺す。話は以上だ」


それだけ言うと、彼は2人に背を向け来た道を引き返し始める。

彼にとって、逃げるという選択肢は微塵もないらしい。

しかし、いくらなんでも前のめり過ぎだ。

ファイバーはスラッシュを呼び止めた。


「待て、お前は具体的に何をする気だ」

「街の中心を奪還する」

「そうか。であれば俺たちと目的は同じだ」


もとより彼らはリーダー格のPMCを仕留める為に、街の中心部を目指していた。

であれば、目指すべきは当然首長室だろう。


「それにだな、武器と仲間は多いに越したことはないだろう?2人はコレを使え」


ファイバーはそう言うと、自分が装備していた銃と道中で剝ぎ取った装備を2人に差し出す。

セミオートライフルとマシンピストル……誰がどちらの銃を使うべきは、言わなくてもすぐに分かった。

イーライは迷わずSCR-16を選び、スラッシュがMAC11を手に取る。

そして、急ぎで装備を整え始めた。

ファイバーはその間に周囲の安全確認を済ませつつ、マガジンをベストに差し込むイーライを横目に眺め、言った。


「随分とやつれているな。ちゃんと食べてるか?」

「逆に食べれてると思う?」

「PMCなら捕虜に飯ぐらい食わすだろう」

「マジで言ってんの?オマエ頭おかしいよ」

「ははは、お前にだけは言われたくないな。さて……そうと決まれば先を急ぐぞ」


ファイバーは荷物を背負い直し、2人にも出発を促す。

しかし


「行きなよ、俺はここから援護射撃をする」


イーライはそう言って、足を止めたまま動かなかった。

その様子を見たファイバーは尋ねる。


「お前、まさか歩けないのか……?」

「汗だくになって走り回るのは趣味じゃないだけだ」


言わずもがな単独行動は大変危険であるため、本来は他の誰かが一緒に残る必要がある。

しかしながら、現状戦力を分ける余裕は無かった。

そのうえ、この先を突破するためには援護射撃が必要なのも事実だ。


「了解した。死ぬなよ、イーライ」

「いいから早く行きなって。汗臭いのはもうお腹いっぱいなんだ」

「ははは。その件については後で聞かせてくれ」


ファイバーは振り返ると何処かにハンドサインを飛ばし、スラッシュと共に先へと進み始めた。





オアシスの中央部へと続く連絡通路。それは複数の建物の屋上から手作りの橋を伸ばし、それらが途中で集約されている、いわば人間の“手”のような構造をしている。

その内の“指”へと至るため、私達は建物の入り口近くで索敵を行っていた。


「やっぱり建物内は占領されてるな。でも数は多くない。各個撃破は十分可能だ」

「じゃあ、あんまり喧しくはしない方が良さそうだね」

「場合によりけりだけど、基本的にはそうなる」

「それでは、わたしはてきをみつけても、うたないほうがいいでしょうか」

「そうだな……そもそも室内だとSKSは使いづらいと思うし、開けた場所以外はLCPを持っていて欲しい」

「わかりました」


私とニックとシャルはスコープで敵の配置を確認し、これからの方針を考えていった。

と、そこへファイバーと黒ずくめの男がやって来る。

後者はどう見ても治安部隊員だ。

彼は私の顔を見ると、口を開いた。


「前に店で合ったな」

「そうですね」

「え、マジ?俺それ知らないぞ」

「ニックがメルと郵便配達に行ってた時だよ」

「あぁ……よく覚えてるな」

「なにせ店主なもので」

「……お話し中のところ悪いが、作戦会議を始めないか?」


話がそれて来た所で、ファイバーがそう言った。

確かにその通りだ。

ニックは索敵の結果を報告し、これからの方針についても意見を交わそうとした。

しかし……


「突入する、援護しろ」


スラッシュはそう言うと、私たちに構わず歩き始めた。

それ、本気で言ってる?

まぁ、ごちゃごちゃ話している時間があったら、さっさと行動を起こしたほうがいい場合もあるとは思うけど……。

これを受けて、スラッシュの後を追いながらニックは言う。


「いくらなんでもリスクが高すぎる。作戦を立てようぜ」

「俺が突っこんで気を引く。後はお前たちで勝手にすればいい」

「んな無茶な」


ニックは呆れた様子だけど、貴方も人のこと言えないからね。


「彼があの様子では仕方ない。ニック、やるしかなさそうだ」

「ああくそ……」


スラッシュは既にやる気なので、ニックは参った素振りで向き直り、指示を出す。


「俺はスラッシュに続いて突入する。ラケルとファイバーはそのすぐ後を頼む」

「至近距離から強襲された場合に備える訳か」

「あぁ、ショットガン持ちが一緒にいると心強いからな。シャルはその後だ」

「わかりました」

「私はウィンチェスターの方がいいよね」

「あぁ、室内なら散弾の方がいい……誤射しなければ」

「善処するね」


周囲を警戒しながら、私たちはドアの前まで前進する。

ニックとファイバーはドアの両側に立つと、セーフティを外し、スラッシュにコンタクトを送った。

ここのドアは引き戸なので、開ける者と突っ込む者は別々である必要がある。

そのため、ファイバーが鍵を壊し、ニックが開き、スラッシュが突入する運びとなった。


「スラッシュ……マジで大丈夫か?その銃でやるには相当キツイ役目だと思うけど」

「強行突入は治安部隊、そしてSWATの十八番だ。問題ない」


実際、彼は間違いなく私たちの中で一番の適任者だろう。

しかし、体調は万全ではないだろうし、装備も最低限だ。

ニックと銃を交換した方がいいような気すらしてしまう。

しかし、当然そんなことは口に出さない。

チャンバーを覗き、配置につく。

そしていよいよ、ニックがカウントダウンを始めた。


(3……2……1……)


ドッ!!


ファイバーが発砲、続いてニックがドアを開く。

間髪入れずにスラッシュが突っ込んだ。

膝立ちの姿勢で滑り込み、相対した男を瞬時に射殺。

続いて、勢いそのまま地面を転がり背面からの射線を潜ると、遠心力を活かして立ち上がり、手近な相手の手元を拘束する。


ダダン!ダダン!


肉壁で射線を塞ぎ、背面と部屋奥の2人をダブルタップで秒殺。

押さえつけられた男も反撃を狙って押し倒しに掛かったが、スラッシュは逆にこれを利用して、大腰でぶん投げた。

そして受け身も取らせず、無慈悲にヘッドショット。


「クリア」


スラッシュが告げる。

私たちが出るまでも無く、この場は制圧された。


「これ、俺たちいる……?」

「当然だ。カバーがあって初めて、この動きが出来る」

「その割には全て自分で対処していたように見えるが……」


前にニックから聞いた事があるけども、スラッシュは治安部隊の中でもずば抜けて優秀だったらしい。

だから、ひょっとすると彼は“仲間をアテにしない戦い方”が身についているのかもしれない。


「今の音を聞きつけて増援が来るな……先を急いだ方がいいか」

「当然だ」


スラッシュは死体の1つからナイフを拾い上げると、自身のベルトに挟み込んだ。

そして相変わらず素っ気ない様子で、先に進んで行ってしまう。

私たちは彼の後を追って、階段を上り始めた。





一方、別ルートからオアシスの中央部を目指していたキャメルとヨランダは、不本意ながらも足止めを食らっていた。

ルートがほとんど一本道なうえ、多方向から射線が通る地形である都合上、彼女たちが得意とする戦法が使えない状況に陥ってしまったのだ。

DP-28を撃ちながらキャメルが言う。


「流れがよくないかな……」


残弾数には限りがある。

その上使用する弾薬も珍しいため、道中で拾える可能性はほぼゼロだろう。

ガリルが破壊されてしまった今、唯一のダメージソースであるDP-28まで使用不能になれば、いよいよもって彼女は追い込まれることになってしまう。


「マガジンはあと2つ。グレポンの弾もスモークが1つかぁ」

「メルに比べればマシだけど、私の方もだいぶ撃ち切っちゃったわね」

「よらピのはそこら辺で拾えるじゃん」

「メルもありふれた銃にすれば良かったのに」

「そこはまぁ、ね?」


2人はタイミングを見計らって遮蔽から射撃を行い、少しずつ歩みを進めていく。

しかし、ある時……


「俺に続け!!」


防弾シールドを携えた男が現れた。

彼は威勢のいい叫びと共に、前進し距離を詰めてくる。


「なにあれ!?あんなの反則!!」

「面倒な事になったわね……脚は狙えそう?」

「ここからじゃムリ!これ以上前に出るとあたしが撃たれちゃう」

「貫通するまで撃ち込めば何とかなるかしら」

「うまくいかなかったら、あたしら蜂の巣だね!」


意を決したキャメルはフルオート射撃で男を出迎える。

しかし、相手は止まらなかった。


「やばいかも……え~どうしよ」

「下がって体勢を立て直す?」

「他にルートってあったっけ」

「ないわね」

「ダメじゃん!」


仮に下がったところで敵がいない保証はない上に、再びスナイパーの脅威におびえることになってしまう。

それに、現状まともなルートが1つしかないのであれば、どのみちここに戻ってくる事になる。

先ほどのように、グレポン一つで戦局が変えられるような盤面でもない。

もはや、打つ手は無いのか。


「これ詰んだ……?いや、メル様は諦めないぞ」


そうは言っても、有効な一打が思い浮かばない。

シールド男を先頭に敵の一段が迫ってくる。

もう足音は近かった。


「仲間たちの仇だ、ここで死ね!」


2人の悪運もここまでか。

今回ばかりは彼女たちも死を覚悟した。

その時だった。


ドッ……ヒュン!!


地平線の向こうから放たれた弾丸が、男の頭を撃ち抜いていた。

突然の出来事に状況が掴めない仲間たちは、つい足を止めてしまう。

ほんの一瞬だったが、それが命取りとなった。

彼らは瞬く間に、次々と襲い来る弾丸の餌食となってしまった。


「今の銃声、おっさんかな?」

「いえ、この感じは……」


ファイバーも確かに優秀な射撃技術を持っているが、ここまで正確無比な狙撃を短いスパンで行う事は出来ない。

ヨランダが知る限り、こんな事ができるのは一人しかいなかった。


「メル!スモークを!」

「おっしゃ!」


キャメルは最後のカートリッジをM79に装填し、高々と打ち上げた。

直後、飛来した弾丸に撃ち抜かれ、勢い良く煙幕を吐き出す。

絶望的だった状況に、活路が開かれた。


「まさにドンピシャ、さすがだね!」

「えぇ……無事だったのね、イーライ」


2人は遮蔽から飛び出すと、この機を逃さず全速力で駆け出した。



一方、イーライは2人が移動を開始したのを見届けると、狙撃ポイントを変えるために立ち上がった。

ライフルを肩にかけ、建物の屋根の間を飛び移る。


「痛ッ……あんまり無理はできそうに無いか」


やはり、拷問で受けたダメージが効いている。

脚を中心とした痛みは未だおさまる所を知らず、体力も普段の6割程度しか発揮できそうにない。

ただ、当然ながら敵はそんなものもお構いなしだ。

イーライは自分の体に鞭を打ち、次なるポイントを目指した。

そんな時


ダン!ダン!


ほど近くから銃声が聞えた。敵に場所がバレてしまったようだ。

物音は次第に大きくなり、イーライを四方から取り囲む。

どうやら逃してはくれないらしい。


「勘弁してよ」


心底参った様子でイーライはぼやいた。

大きなため息を吐きながら、気の抜けた表情で片足立ち。

そして、気乗りしない様子で言った。


「7人……まぁ、やれるか」


戦闘スイッチがONになる。

赤い瞳に鬼が宿った。

直後、視界に入った男を即座に射殺し、続く男の弾幕を横転して避ける。

そこから片膝を立てて姿勢を整え、速やかにヘッドショット。次なる敵に狙われる前に、イーライは位置を変える。


「ここからはスピード勝負だ」


イーライは再び屋根から跳躍。待ち構える男の股下をスライディングで潜り抜けて背中を撃ち抜くと、今度は起き上がり動作で隣の男の銃を自らのライフルで打ち払う。

勢いそのまま次いで現れた男にストックを叩き込み、返し刀で背後の丸腰男に一発撃ち込んだ。

この流れのまま目の前の男も射殺しようとしたが、残念ながら弾切れだ。


(ご丁寧に民間仕様のショートマガジンなんかつけてくれちゃって……)


しかし、イーライはある事に気がつく。

相手の銃も自分と同じく、AR-15系だった。

それならば、やることは1つだ。

イーライはライフルを薙刀のように扱い、相手を連続で殴打する。

ふらついた隙を逃さずスリングを引っ掛け、背中の上を転がって首を絞めた。


「もらってくよ」


一声かけて、マガジンを抜き取る。

そして素早くマグチェンジ、ボルトリリース、発砲。

これで5人目だ。

イーライは遮蔽に隠れ、周囲を見回す。


「あと2人はどこだ……」


つい先ほどまで気配はあったはずだが、不思議なことに姿が見当たらない。

仕方がないので、イーライは移動を再開する事にした。

姿勢を低くしながら足早に進んでいく。

ただ、拷問による疲れのせいなのか、普段と比べて立ち回りが甘くなっていた。


「うおおおお!!」


突如として雄叫びが聞こえたかと思うと、イーライは強烈なタックルに見舞われ壁に叩きつけられる。

そして、そのままずり落ちるようにへたり込んでしまった。


「ぐッ……」

「はは、ざまぁねぇな」


イーライを見下ろす男、それは拷問を担当していた例のハゲ男だった。

彼は追い打ちをかけようと威圧するように首や肩を回し、指の骨を鳴らしながら距離を詰めてくる。

すっかり油断しているのか、動きは緩慢だった。


(銃は……そこか!)


イーライはライフルに目を向けると、何とか足で手繰り寄せる。

そして相手に銃口を向けようとしたが、銃身と腕を掴まれてしまった。

イーライは必死に力を籠めるが、筋力では相手が上だったので、体勢は一向に変わらない。

そんな時だった。


ブルン!ブルン!


低い唸り声が聞えた。

見ればチェーンソーを持った男が立っている。

彼は得物を振り上げると、そのまま一気に突っ込んで来た。


「いいぞ!やっちまえ!!」


イーライを押さえつけたまま、ハゲ男が言った。

2人はこのままイーライをなます切りにするつもりだ。

この様子はヨランダとメルの目にも入っていた。


「イーライ!」


彼女達は何とかして助けに行きたかったが、目と鼻の先は銃弾の嵐であり、今のポジションからでは射線が通らない。

そのうえグレポンのカートリッジも既に在庫切れだった。

なんとかしてでも向かいたい所だが、イーライは数秒後には切り刻まれてしまう。


「メル!そこから壁を抜いて!」

「そんなことやったらエリちゃんにも当たっちゃうって!」


キャメルの援護射撃も不可能。

今、彼女たちに成すすべは無かった。

最早これまでか……という時


「大丈夫」


他でもないイーライがそう言った。

そしてチェーンソーが振り下ろされるというまさにその瞬間、イーライの銃が“くの字”に折れ曲がった。

これにより、ハゲ男とのバランスが崩れる。

男はつんのめり、イーライは懐に潜り込む。

チェーンソーの刃がハゲ頭に食い込んだ。


「ギャアアアアアア!!!!」


ハゲ男の叫びが木霊する。

イーライは手早く銃を戻すと、大量の血を浴びながら銃口をチェーンソー男に向ける。

そして言った。


「今、終わる」


乾いた銃声が響く。

胸に風穴を開けられたチェーンソー男が倒れ込んだ。

イーライはそれを押しのけると、血に濡れた前髪をかき上げ、チェーンソーが食い込んだハゲ頭を見下ろし、呟いた。


「見事な“ケツ”だ」


その後、彼はすぐに制圧射撃を再開する。

ヨランダとキャメルのルートを確保し、後に2人は合流した。


「エリちゃん!生きとったんかワレ!!」

「生きてるか死んでるかで言えば」

「随分とギリギリだったわね」

「毎度の事でしょ」

「さっきのやつも凄いじゃん!銃が折れ曲がるの、アレどうやんの?」

「AR-15系統は、ピンを一本抜くだけでレシーバーをテイクダウン出来る。メルの銃じゃ無理だよ」

「はぇ~……」


待ち望んだ再開に、自然と会話も弾む。

しかし、それよりも先に、最低限決めておかなければならない事があった。

これからの立ち回りだ。


「貴方を救出できたから、私の目標は一応達成できたのだけれど……この後はどうするかしらね」

「え、よらピはひょっとして皆を置いて逃げる気でいる?」

「選択肢の一つとしてね。何も友達ごっこのために命を賭けているわけじゃないし」


ヨランダとしては、ここから余計に戦いを増やして、それで死んだら完全に本末転倒なのだ。

情で行動して報われるほど、この世界は優しくは無い。


「ヨランダの言いたいこともわかる。でも、現状それも簡単なことじゃない。今頭数を減らすのは辞めた方がいいと思う」

「あら、貴方がそういう事言うのって何か意外」


ヨランダはイーライの脚に目を落とす。

イーライが1人で制圧射撃を行っていた理由も、彼女は気づいていた。


「その調子で戦えるの?」

「やるしかない。今後の事も考えれば、たぶんそれが最適解」

「本当のところは?」

「俺をこんな目に合わせた奴らをぶっ殺したい」

「そう……なら仕方ないわね」


ヨランダはサングラスを取り出し、イーライに手渡す。


「そろそろコレがないと眩しいでしょ」

「助かる」


イーライはサングラスをかけた。

すると途端に様子が変わり、腹立たしいにやけ面を浮かべた。

挙動不審なイーライを眺めて、ヨランダが言う。


「それにしても酷い顔色ね。やっぱり尋問された?」

「キツすぎてバブちゃんになったわ」

「ブドウ糖と痛み止めをあげるから、これで気持ち楽になると思うわ」

「ありがたきハピネス」

「それと応急処置じゃない?」

「このままだとポレの太ももが壊死しちゃう……ってコト!?」

「確かにね、ここは場所が悪いから移動しましょう。自分で歩ける?」


ヨランダはイーライに問いかけた。

これに対し


「肩を貸してくれるとすっごく助かるかも♡」


イーライは(かなり誇張した)ヨランダのモノマネで答えた。

目にしたご本人は


「そう……」


とだけ言うと、イーライの襟元をひっつかんで歩き出す。

イーライは首が絞まるうえに、脚が引きずられる姿勢となった。


「あ゛!痛い!痛い!弱者(よわもんちゅ)虐めは即刻中止せよ!」

「黙って、敵が来るから」

「うぅ……実家に帰りたい……」

「思ったより元気そうで何よりだわ」


こうして再開する事が出来た三人は、かつてのように食えない話に花を咲かせて、目的地へと歩みだした。





長い階段を上り、襲い来る者たちを蹴散らし、とうとう私たちは建物の最上階に到着した。

屋上はすぐそこだが、ドアにトラップが仕掛けられている可能性もある為、焦らず慎重にノブ回す。

そして、遂に


「ついたぞ、連絡通路だ」


ニックがどこか誇らしげに言った。

私たちはいよいよ、中間目標地点としていた連絡通路を前にしている。

少し冷たい朝の風が、私の頬を撫でていった。


「分かっていると思うけど、ここは射線が通りやすい危険な構造をしている。だから、渡る時も気を付けないといけない」

「そうだね」


確かに、連絡通路は真下以外のほぼ全方位から射線が通るような地形になっている。

不用意に飛び出したらどうなるか、考えたくもない。

とそこへ


「俺から行く」


スラッシュが口を開いた。

まぁ、これは納得だ。


「その代わり、射程が長い者一名の援護が必要だ」

「それはわたしがやります」


次に、シャルが率先して援護役を買って出た。


「君にやれるか」

「わたしは“りょう”がとくいです。けものがにんげんにかわっても、やることはかわりません」

「わかった、頼む」

「はい」

「じゃあ、具体的な並び順はどうする?」


ニックはスラッシュに問いかけた。


「俺が先頭、“この子”が最後尾から2番目までは確定だ。最後尾は護衛がいた方がいい」

「であれば、護衛は俺が引き受けよう。屋上や通路ぐらいのレンジであれば、散弾でも十分仕留められる」

「妥当だな」


続いて、ファイバーがシャルの護衛をやることになった。

確かに後方から強襲された際に、ファイバーのショットガンはとても役に立つ。

……となると


「後は俺とラケルか」

「そうだ。2人は左右を警戒しつつ、俺の後をついて来い」

「分かった。流石にこの距離だとマスクは外したほうが良さそうだな」

「当然だ、そもそもそれは戦闘に必要なモノか?」

「これは俺にとってのネクタイみたいなものなんだよ……ってあれ、待てよ。スラッシュに俺がブギーマンだってこと言ったっけ?」

「いや」

「の割にはこの格好見てもリアクション薄いな」

「言われたことはないが、知ってはいた。元よりこの町がロクでもないビジネスをやっているのは明白だ。それに、お前は明らかに訓練された者の振る舞いをするから、行商人という立場を利用して“何か”をしているのは目に見えていた」

「そこまでバレてたのかよ」

「だから、俺は店に赴き忠告したんだ。カウンター裏の銃は変えたのか?」

「……」


私は何も言わなかった。

あの時ニックが来てくれなかったら、私は死んでいただろう。

言われた通りにもっと扱いやすい銃……それこそ治安部隊員のような9mmカービンでも仕込んでおけば、私1人でも何とかなったかもしれない。

いや、どうかな……。

終わった事についてアレコレ考えるのはよそう。


「まぁいい。準備が出来たら行くぞ」


スラッシュは今にも行動を開始するつもりのようだ。

確かに、いつまでもここが安全である保証はないし、早いところ橋を渡ってしまった方がいい。

私たちは互いに目配せをすると、スラッシュに合図を送る。

これを受けて、彼は姿勢を下げながら早歩きで通路の入り口まで移動した。

そして素早いクリアリングで近くに脅威が無い事を確認し、再び早歩きで通路を進んでいく。

ほとんど音を立てない、最適化された動作だ。


「あのスラッシュという男、何物なんだ?」


ファイバーがニックに尋ねる。

誰がどう見たってアマチュアの身のこなしとは思えない。


「元SWAT……という事以外はよくわからない」

「なるほど、奴も訳アリか」

「ここいらなんて、そんな奴ばっかりだよ」


いや、貴方たち2人もそうでしょ。

ツッコミ待ちなの?

……と、その時だった。通路の中ほど、集約地点まで進んだスラッシュがハンドサインを送ってくる。

次は私とニックの番だ。


「よし、行こう」

「うん」


互いに息を合わせ、慎重に通路まで進んでいく。

進入する前に一度周囲を警戒するも、敵影は無し……いよいよ通路に踏み入った。


「うわ……思ったよりもずっと簡素な作りだね」

「あんまり下を見ないほうがいい」


とりたてて高所恐怖症であるつもりはなかったけれど、これはなかなか“来る”ものがあった。

そして、私とニックは“指”の中間まで進んだ。

これを見たスラッシュは更に歩みを進め、集約地点の先の通路……即ち“手首”の方へと踏み入っていった。


「そろそろ俺たちの番だ」

「はい、いきましょう」


ファイバーとシャルも、通路の入口へとゆっくりと移動を始めた。

その時だった。


パタパタパタ……


突然鳥達が大勢飛び立ち、頭上を通り過ぎて行った。

これを見たシャルはピタリと動きを止めると、ゆっくりと視線を周囲に走らせる。

そして、ある一点を見つめると


「ラケルさん!“10じ”からねらわれています!」


突如として叫んだ。

そしてすぐさまSKSを構え、了承も得ずに発砲する。


タァン!タァン!タァン!


シャルが放った弾丸は、迷彩服を着た男を速やかに仕留めた。

しかし、彼も死ぬ間際にトリガーを引いていた。

その上放たれたのは……


プンッ……ドゴォン!!


よりによってグレネードランチャーだったのだ。

シャルが男を撃ってくれたおかげで直撃コースは免れたが、榴弾は連絡通路に命中。

次第にバキバキと音を立てて、私の後ろから通路は崩れていった。


「やばっ!」

「走るぞ!」


私はなりふり構わず、全力で通路を走り出した。

後ろを振り返る余裕は全くない。

可能な限りのスピードで地面を蹴っているつもりでも、普段から鍛えている訳では

ない私は、次第に崩落に追いつかれてしまう。

そして集約地点を目の前にして、ついに足元の板が崩れ落ちた。


「あっ……!?」


視界がブレて、身体が下に引っ張られる。

非常にマズい。

これは、死んだ……?


「ラケル!!」


ニックが通路スレスレから身を乗り出すような姿勢で、間一髪で私の腕を掴んだ。

彼は私と一緒に引きずられそうになったが何とか持ちこたえ、必死に引き上げようと歯を食いしばる。


「おっ……いや何でもない!」

「今はいいから!!」


私が重いのは事実だ。

だから、今はそんなの気にしてる余裕があったら別のことに回してほしい。


「ラケル!左手を!」


ニックは脚を屋根の支柱に引っ掛け、反対の手もこちらに差し出してきた。

私はそれを夢中で手繰り寄せ、何とか手首を掴む。


「いいよ!」

「よし!」


ニックは全身の筋肉を使って私を引き上げる。

そして、半身まで通路に上がった所で一気に抱き寄せた。


「はぁ……はぁ……大丈夫か?」

「おかげさまで……それよりマズいよ」


私は跡形もなくなった通路を見て言った。

これだとシャルとファイバーがこちらに渡って来られないのだ。

そして、悪いことに……


「場所がバレてるからすぐに囲まれる……どうにかしないと」


少人数に分断されているから、一度大勢に囲まれてしまえば成すすべなくやられてしまう。

すると同じ事を考えていたのか、ファイバーがこちらに叫んだ。


「迂回して違う通路を使う!そっちは先に行ってくれ!!」


シャルも状況を理解しているようで、2人は屋上のドアを開けると建物の中に戻っていった。

これを見て、私たちは連絡通路を渡りきる。

しかし、不幸は更に続いた。

地上を見下ろせば、大勢がこちらに向かって押し寄せて来ていたのだ。

彼らは長い梯子を壁にひっかけると、次々となだれ込んでくる。

そして、そんな光景は1つではなかったのだ。

これでは梯子の上で迎撃するわけにもいかなくなる。


「3人で対処できる数じゃない……」

「やむを得ないな。俺が足止めをする、その間にお前達は中央を目指せ」

「は!?これ以上チームを分けるのか!?」

「正攻法で挑む場合、あの集団の前には1人も2人も3人も変わらない。であれば、臨機応変な行動で連中を攪乱させる必要がある。そうなった場合、お前達は足手まといだ」


スラッシュは淡々と説明しながら自身の装備を確認する。

そして、私たちがいつまでも煮え切らない態度を取っていると……


「早く行け!!」


しびれを切らしたスラッシュは叫んだ。

凄まじい気迫だった。

確かに、もう猶予は無い。

彼の言う通り誰かが足止めをしないと、プラントにたどり着く前に一網打尽になってしまう。

そして現状、それが可能なのは彼ぐらいだった。


「すまないスラッシュ……」


一言残して走り出したニックに私も続く。

後ろを振り返れば、そこには覚悟を決めたように佇むスラッシュの背中があった。

彼もまた、たった1人で危険な役目を担う事となる。


「絶対に成功させよう」

「あぁ、みんなの為にも」


スラッシュだけではない。

シャル、ファイバー、アントン、メル、ヨランダ、イーライ……彼、彼女らはみんな私たちがオアシスを奪還する事を信じ、今まさにこの瞬間もギリギリの戦いを続けている。

私たちは託されたんだ。

それなら結果で答えないと。






時を同じくして、アントンとピクセルの戦いも佳境を迎えていた。

予想外の強襲を受けたアントンはルート変更を余儀なくされ、不本意ながら高架へとルートを取ることになる。

アントンは単純な直線勝負では不利なため、合流のループ線で一気にアドバンテージを得る必要があった。


「ここで……いく!」


アントンはスピードに乗ったままジャンクションに進入するとハンドルを切り、ドアに押し付けられながら小刻みにアクセルを煽った。

ミアータはノーズをインに向け、ドリフトを維持して螺旋を駆け上がっていく。

アントンは全身の神経を研ぎ澄まし車と対話する事で、慣性やタイヤのグリップを感じ取り、複雑な操作を流れるようにこなした。

そのままアントンは本線に合流、横滑りを巧みに操り大胆に反対車線まで突っ込むと、ハンドルから手を放した。

ハンドルが勝手に元の位置へと戻っていく間、アントンはアクセルコントロールだけでミアータの体勢を整え、再び手綱を手にした時には直線で再加速を始めていた。


「我ながらいい出来だ!」


アントンは軽くハンドルを叩いて自らと車を称える。

バックミラーを見ればピクセルが追ってきていたが、少し差が広がっていた。

四輪の場合はアントンのようにドリフトでスピードを極力殺さず坂を登る事ができるが、二輪の場合はそうもいかない。

ピクセルも何とかアントンに食らいつこうとしてはみたが、平地よりも膝をするタイミングが早く、どうしてもロスが生まれてしまった。


「腕がいいのは認めるが、ここで逃す気は毛頭ない」


直線であれば、獲物を狙うのもいくらか容易い。

ピクセルはCz75を抜くと、容赦なく引き金を引いた。

しかし2、3発撃った所で弾切れを起こしてしまう。


「チッ……無駄遣いが過ぎたか」


ピクセルは苦い表情を浮かべると銃を戻し、スロットルを捻って一気に追い込みをかけた。

その様子を見たアントンは驚愕する。


「バイクで車に挑むってマジなのか……」


ピクセルが弾切れなのは容易に想像がついたが、それにしたって正気の沙汰ではない。

アントンはハンドルを握る手に力が籠った。

とうとうピクセルは間近に迫り、ミラーが煌々と輝いた。


「加減なんてしないぞ!」


アントンは左後方に見えた相手を仕留めるため、急ハンドルで進路を妨害。

一方、これを見たピクセルはジャックナイフで減速すると、車体のスレスレを通りながら右側面へとポジションを変えた。

これを見たアントンは体当たりを狙って再度ハンドルを切る。

しかし……


「単純な攻め手だ」


ピクセルはまるで意に返さなかった。

平行移動するように一度冷静に距離を取り、今度はピクセルの方から幅寄せを行う。

そして肘で窓ガラスを叩き割ると、ナイフで切りかかった。


「うわっ!?」


アントンは反射的に身を逸らしハンドルを切るが、ピクセルもそれに追従した。

アントンは押し潰すように再度体当たりを仕掛けたが、またしても同様に対処され、数秒後にはナイフが襲ってくる。

顔のすぐ近くでナイフを振り回されては運転どころではない。


「ひっ!!」


ピクセルの荒々しさはアントンの想像を遥かに超えていた。

無意識にアクセルを踏む脚は緩んでしまい、一層ピクセルの攻撃はテンポを上げる。

未だナイフの餌食にはなっていなかったが、切られた髪の毛が宙を舞っていた。

そして遂に


「ふんッ!」


ピクセルの刃筋がアントンの耳元をかすめ、勢い付いた切っ先はヘッドレストに突き刺さった。

アントンは過去一番の恐怖で心臓が止まる。

だが、これはチャンスでもあった。


(そうか!今なら……)


アントンは腰のガバメントに手をかけると、素早く抜き取り発砲。

頭部に食らったピクセルは大きくふらついた。

しかし体勢を立て直すと、砕けたバイザーから血走った目でアントンを睨んだ。

ピクセルは再度幅寄せを行うと運転席に手を突っ込み、アントンの手元を掴む。

そして腕力で無理やりねじ伏せ、手首を捻ると、強引に銃を奪った。


「それがお前の限界だ」


ピクセルはガンマンのように、銃をスピンさせて手中に収めると、銃口をアントンに向けた。

これに対しアントンは


「まだ分からない!」


玉砕角度で体当たりを仕掛ける。

当然ピクセルはこれまでと同じように対処した。

だから、油断が生まれてしまった。

アントンはドアのカギを開けると、内貼りを蹴りながら一気に開き、追い撃ちをかける。

これにより、元から車体が傾いていたピクセルのバンク角は限界を超えてしまった。

バイクごと倒れこみ、火花を散らしながら10m以上路面を転がる。

その様子をバックミラーから見届けたアントンは、サイドを引いてターンし車を止めた。


「やった……か?」


黒煙を上げ傷だらけになったバイクと、その傍で転がるピクセル。

相当のダメージがあったことは想像に難しくない。


しかし、そんな予想はすぐに覆された。

ピクセルは身を起こし、ゆっくりと立ち上がった。

そしてCz75のマガジンを入れ替えると、ガバメントと合わせて2丁掲げる。

これが何を意味しているかは明白だった。


「決闘か……いいよ、終わらせてやる!!」


アントンは全てを察するとアクセルを煽り、その場で白煙を上げた。

独特な匂いが車内にも充満してくる。

それがアントンの中にある、ドライバーとしての闘争心を刺激した。

これまで予想外の出来事で自分を失いかける事があったが、彼は元よりスピードの中でしか生きられない人種だ。


「やれるさ。俺は……レーサーなんだ!!」


脳裏にシグナルが灯り、ブレーキを解放してスタートを決めた。

標的となるピクセルまで続くのは、障害物も何もない直線道路。

しかし、直線といえど勝負を分けるテクニックは山ほどある。

適切なスタート、シフト操作、それにハンドリング。

ゼロヨンのようなドラッグレースでもハンドリングは欠かせない。

なぜなら、車は直進しないからだ。


「よし、いいぞ……このまま」


アントンは脳味噌をフル回転させて、寸分の狂いもなく理想的な加速を行っていく。

間もなく拳銃の射程距離に入るが、このままバカ正直に突っ込めばどうなるか、分からないアントンではなかった。


「頼むぞ、ロードスター!」


アントンはコラム下のレバーを引き、間髪入れず勢い良くハンドルをぶん回す。

ミアータは白煙を上げながらスリップ。進行方向と逆を向き、同時にトランクが開いた。

これを見たピクセルは激昂する。


「それで防げると思うのか!!」


彼は二丁の銃で、その場に立ったまま銃撃をはじめた。

トランクの蓋にはすぐさま穴が空き、バンパーやテールランプにも次々と弾丸が命中していく。


「クソ……耐えろ!耐えてくれ!!」


アントンはドアミラーを頼りにハンドルを操った。

しかし、遂にそれすらもピクセルに撃ち抜かれ、とうとう頼りにできるのは自分の感覚だけになってしまう。


「チャンスは一度だ……しくじるな……」


アントンは自分に言い聞かせてアクセルを踏みぬいた。

タコメーターはレッドゾーンで激しく振幅し、エンジンが唸りを上げる。

この間にもトランクの蓋は数多の弾丸に貫かれ、弾痕は繋がり広がっていった。

そして、その穴の中を通り抜けた一発がリアガラスを貫通、粉々に砕けた破片がアントンを襲った。


「うっ……この程度で!!」


アントンは痛みに構わず、広がった弾痕から獲物を見定めるとラストスパートをかけた。

再び穴を通り抜けた弾丸が顔の近くをかすめても、彼は視線を外さなかった。

決死の覚悟でピクセルに迫り、叫ぶ。


「食らえっ!!」

「くっ……!」


もはやこの距離ではアントンを止められないと悟ったピクセルは、全身の痛みをこらえて地面を蹴った。

ミアータの側面から至近距離で銃撃する腹積もりだ。

しかし、卓越したドライバーであるアントンは、更に一歩先をいく。

僅かな視界からピクセルの動きを掴むと、勢い良くハンドルを切った。

甲高いスキール音が響き、ミアータは白煙を纏って鼻先を振り抜く。

そして、今まさに起き上がりながら銃口を向けていたピクセルの身体がバンパーにすくい上げられ、ボンネットの上を転がった。


「あがっ……かはッ」


ピクセルは地べたに転がり苦痛に呻く。

ヘルメットやプロテクターのおかげで即死は免れたが、最早満足に四肢を動かす事も難しく、身をよじる事しか出来なかった。

一方、アントンは車から降りると、ゆっくりとピクセルのほうへと赴く。

そして、バイザーの穴から自身を睨みつける視線を一瞥すると、近くに転がったガバメントを拾い上げる。

随分と傷だらけになってしまった。


「また、後で綺麗にしてやるから……」


アントンはそう言いながら、マガジンを取り出す。

そこにはファイバーから貰った弾薬が込められていた。


「競技用の弾で助かった……ファイバーさんには感謝だな」


アントンは銃をホルスターに収めると、再びミアータに乗り込み、その場を後にした。

ピクセルだけが、その場に一人残された。





連絡通路を渡った私とニックは、オアシスの中心を目指して先を急いでいた。

大量に現れた追手はスラッシュが引き受けてくれたが、それを除いても次々と現れる敵を2人で裁いていかなくてはならないというのはとても困難だった。

ニックはブギーマンとして、1人で複数人を相手にする戦いを続けてはいたものの、基本的にはステルス主体の暗殺であり、銃撃戦ともなれば殆ど余裕はなかった。

そして遂に


「クソ……ライフルの弾が切れた」

「あとは?」

「サブアームのピストルHK VP9、それとナイフだけだ」

「なかなか厳しいね」

「ラケルの方は?」

「私は撃った回数が少ないから、まだ大丈夫そう。でも、AR-7は支援用だから……」

「中距離射撃戦で詰められるとジリ貧だな」


そう言いながらニックは腰からピストルを抜いてスライドを引く。

続けてナイフを左手に持つと、その上に右手を置くような形で銃を構えた。


「よし、行こう」


私たちは遮蔽から周囲を見回し、少しずつ前へと進みだす。

そして、曲がり角で敵を見つけると


「2人か……ラケルは今回も遠い敵を狙ってくれ」

「わかった。怯ませる事に集中する」

「頼む」


方針を確認して息を合わせる。

そして素早く身を晒し、相手よりも早く発砲した。


ビッ!ビッ!ビッ!


初弾を外してしまったが、すぐに狙いを修正して引き金を引いた。

そのおかげで相手は痙攣するように身を震わせ、まともな行動が出来ない。

そこへ、手早く1人仕留めたニックが迫ると速攻で切りつける。

ブギーマンとして経験を積んだ彼にとって、これくらいは慣れたものだった。

しかし直後


「マズい!」


ダァン!


ニックは突然叫ぶと発砲した。

そして、こちらに猛スピードで戻ってくる。


「どうしたの!?」

「あの先で敵が大勢固まってる!うち1人に撃たれそうになったから、とっさに引き金を引いたけど……」


今の銃声で存在がバレてしまった。

流石に正面から銃撃戦をやるのは分が悪すぎるから、今はどこかに一度身を隠さないと……。

私とニックはロクに知らない地形、間取りの通路を必死に駆け回った。

長い廊下で何度か銃撃されるも、運良く死なずに堪えしのぐ。

しかし、ニックは私の盾になるように後ろに立ったため、背中に一発食らってしまった。


「あぐっ……」

「大丈夫!?」

「チョッキを着てるから貫通はしてない……それでも堪えるな」


どうやら、徐々に敵との距離が詰められてきているようだった。

早いところ何処かに身を隠さないと……そう思い私は近くのドアを開け中へと駆け込む。

ただ不幸な事に、逃げ込んだ先は袋小路……恐らくはプラント作業員の更衣室だった。

引き返そうかと思ったけれど、敵はすぐそこまで押し寄せてきている。

とっさに私たちはロッカーに身を隠した。

それから10秒も経たずに、部屋には男たちが踏み入ってくる。

足音や声からして5、6人はいるだろう。


「ニック……」

「大丈夫、大丈夫だから……」


正直に言って、まったく大丈夫ではなさそうだった。

私が見る限りニックのほうが余程追い込まれている様子であり、今の言葉も自分に言い聞かせているように感じ取れる。

ただ、考えてみれば当然だ。

今の彼はオアシスのブギーマンではなく、ダイナーのニック。

怖いもの知らずのマスクマンではなく、メンタルの弱い青年。

背負っているものだって山ほどある。

恐らくは……いや確実に、ニックは自分が死ぬことよりも、私を失うことに恐れているだろう。

でも、それって少し変だと思ってしまう。

だって、私たちは互いを支えるために、以前の関係を捨てて家族になったし、ここにも一緒にやって来た。

私を大事にしてくれるのは嬉しいけれど、それが原因で本気を出せなかったら意味がない。

それにニックは私を守るために、オアシスとは関係なく戦った。

だから何かを演じたりしなくたって、本当のあなたは誰よりも強いはず。


『確かにここに逃げたよな。何処に隠れやがった?』

『窓は嵌め殺し……なら室内にいるはずだ』


男たちの話し声がする。

居場所がバレるまで、恐らく時間はほとんどない。

それなら


「ニック、もう我慢しなくていいよ」


彼を見上げ、言う。

自分の面倒は自分で見る。

シャルだって、もっと言えばニック本人だって言っていた。

ここで死にたくないのは私だって同じだ。


『わかったぜ、ロッカーだ』

『まぁ、あとはそこしかねぇよな』

『どうする?せっかくだから賭けでもしねぇか』

『いいぜ、じゃあ俺は左から3番目だ』


カジノチップのつもりなのか、弾丸が1つ床を転がった。

男はそれを拾い上げると、チャンバーに装填して発砲する。

となりのロッカーから爆音が響いた。


『残念、ハズレだ』

『クソ……次はどいつだ?』

『じゃあ俺が。右から2つ目』


タチの悪いロシアンルーレットは、どうやら終わりそうにない。

私はもう一度、ニックに言った。


「私の事は気にせず、やりたいようにして」

「でも、それじゃあ……」

「私はお荷物になるためについてきたわけじゃない」


バコォン!!


耳が痛いほどの銃声が、再びやって来た。

それでも目は背けない。

瞬きだってしない。

ニックは暫く悩んだのち


「……わかった」


ゆっくり息を吐いて呟いた。

彼は何かを覚悟したかのような、あるいは諦めたかのような目をしていた。


「あなたの肩の荷は、私が半分背負うよ」

「そのためのパートナー、か」

「そういうこと」


私の肩を抱いていた腕から、力が抜けていく。

ニックはゆっくりと身をひねり、ピストルを胸元に構えると


「左を頼む」


腹の底から絞り出すように、低い声でそう言った。

私は無言で頷き、ウィンチェスターに手をかける。

そしてとうとう、順番がやって来た。


『真ん中だ、終いにしようぜ』


弾丸が投げられる。

直接キャッチしたのだろう、すぐにコッキングの音が聞こえた。

ならば望み通り、終いにしよう。


ガンッ!


ニックは勢い良く、ロッカーの扉を蹴破った。

そして、今まさに発砲しようとしていた男に向かって即座に3連射。

隣の男にも腰で狙いをつけるように素早く撃ちこむ。

敵は慌てて戦闘姿勢をとるが、もう遅い。

私が発砲したウィンチェスターで、血しぶきを上げてぶっ飛んだ。

そして、すかさず


カシャッ……コン!


レバーをコッキング。

私はニックのようなスピンコックができないから、どうしても隙が生まれてしまう。

でも、それはこの際問題ではなかった。


「よそ見してる場合か!?」


ニックが叫んだ。

私に照準を向けた男に対して素早く1発叩き込み、回し蹴りを放つ。

そして、勢いのまま振り向き撃ちで最後の敵に2連射、更に転倒した男の頭部にも追い撃ちをかます。

これで室内の敵はすべて仕留めた。

しかし、これだけ音を立てていれば敵はすぐにやって来る。


ガタガタガタッ!!


やはりというべきか、足音が近づいてきた。

そしてニックの方を見れば、ピストルがホールドオープン……弾切れを起こしている。

それなら、やるべき事はひとつ。

私はドア横に滑り込み、ウィンチェスターを構えた。

すぐさま敵が踏み込んで来る。影が見えた瞬間、私は引き金を引いていた。


ドッ!!


まともに食らった男は、ワイヤーで引っ張られているかのように背中から吹っ飛んだ。

それを横目に、私はAR-7に素早く持ち替え後続の敵を撃つ。

小口径の.22lrで成人男性を即死させる事は難しい。

でも、モノはいつだって使いよう。

私の意図をニックはすぐにくみ取った。

彼は左手でハンティングナイフを抜くと、私の銃撃でひるんだ男に迫り、顔を切りつけ胸元を突き刺した。

そして、そのまま前進。ピストルのリロードを片手で行い、続いて踏み込んできた敵に対して肉盾を用いた射撃を行う。


「ここに留まってちゃダメだ。出るぞ!」


標的を片付けたニックはそう言うと、素早くクリアリングをしながら部屋から出る。

しかし、壁に張り付いて隠れていた者がいて、そいつは自身の銃でニックの手元を打ち払った。

VP9が床に転がる。


「鬱陶しい!」


ニックは警察官が犯人を取り押さえるように、相手の手首を掴んで捻りながら背面へと回した。

そして反対の手で髪の毛を掴み、壁に頭を叩きつける。

敵はすぐさまダウンした。

しかし、そうこうしている間にも次々敵はやってくる。

私はウィンチェスターをコッキングして、大声で叫びながら投げ渡した。


「ニック!!」

「あぁ!」


ニックは銃を受け取ると、現れた者に対して銃口を向けた。


ドッ!!


まともに食らった男はその場に倒れる。

しかし、すぐに続いて3人もの男たちが現れた。

そのうちの先頭はニックが撃てない事を見越して鉈で切りかかってくる。

普通の人間なら、ここで切られて終わりだろう。

しかし、ニックは普通ではなかった。

半身逸らして刃筋を避け、すかさず手元を押さえつけると、スピンコックをしながら後の2人の射線を遮るように左足を軸にして回り込んだ。


ドッ!!


大きく胸を張るように両腕を開き、鉈持ち男を背負う姿勢で発砲。

敵はニックの動きに反応できず、引き金を引くこともなく地に伏した。

そして、ニックは間髪入れずに逆回転で相手を揺さぶる。

ウィンチェスターで鉈持ち男の首を殴り、その衝撃でコッキングを行うと、首元に銃身を乗せたまま素早く照準を合わせ、2人目の銃持ちを射殺した。


「お前も、寝てろ!!」


更にニックはウィンチェスターを逆手に持ち替えると、鉈持ち男の首に引っ掛け引き倒し、膝蹴りで顎を粉砕、そしてすぐさまスピンコックからの追い撃ち。

スラッシュとはタイプが違うが、それでも恐ろしく洗練された動きだった。

しかし、ここで私はある事に気がつく……ウィンチェスターは6発装填なのだ。

私の感覚が正しければ、たった今ニックは弾を撃ち切った事になる。

そして足音はいまだ近づいてきている上に、ニックが弾切れに気が付いている様子はなかった。


「ニック!伏せて!!」


私は叫びながら走った。

すぐさま転がったVP9を拾い上げ、走る勢いのままニックを体当たりで押し倒すと、現れた男に向かって最速で発砲した。

丁度さっきまでニックが立っていた所を弾丸が通り過ぎていき、カウンターのように私が放った弾丸が標的を捉えた。

その後も私は真っ直ぐにサイトを覗きながら引き金を引き続け、続いて現れる相手をすぐさま仕留める

そして弾切れになった頃には、折り重なった死体だけが残されていた。


「はぁ……はぁ……」


肩で息をする私を、ニックが驚いたような目で見つめている。


「凄いな、今の……」

「私も夢中だったから」


何とか呼吸を整え、ゆっくりと立ち上がる。

ひとまず近くに敵の影はなさそうだったので、私はニックと銃を交換した。


「助かったよ」

「お互いにね」


忘れずにリロードを済ませ、私達は再び歩き出した。

オアシスの中心は、もうすぐそこだ。

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