第7話 火のない所に煙はない 前編

今って何時だろう、時計がないとわからない。

左腕の時計はとうの昔に電池切れとなり、今ではただの飾りと化している。

替えの電池なんて手に入るわけがない。


「足疲れたな……」


底の平たいスニーカーで歩き続ければ、そりゃあ足だって痛くなる。

荷物も増えたことだしね。


「今日は不作だな~」


歩く気力もなくなった。その場に座り込んでポケットから煙草を取り出す。

“CAMEL”

そう書かれたパッケージを眺める。


「この子ともそろそろお別れかな」


少し潰れたボックスを開くと、中にはもう3本しか入っていなかった。そのうちの一本を取り出してくわえ、火をつける。


「はぁ~」


大きく息を吐いて顔を上げると満点の星空が見えた。

この星空はブラックアウトがもたらした数少ない“恩恵”だ。

国が丸ごと停電になっているのだから当然なのだが。


「もっとちゃんと勉強してたら、星の並びから時間わかったりしたのかな」


過ぎた事はどーでもいいんだけど。

考えることをやめて煙草を吸い続ける。

ほどよく思考を停止させるタイミングを作らないとやってられない……そうやってしばし自分の世界に浸っていたが


タァン!


突如耳に入った銃声で意識は引き戻される。

やっと待ちわびた獲物がやって来た!

距離はそれほど遠くはない、吸い殻を投げ捨て走り出す。





銃声の主は5人の男女グループだった。


「てめぇ!それじゃああの女に情報を漏らしたってのか!?」


白煙が上がるリボルバーを握りしめた男が声を荒げる。


「商売の為には必要なことじゃない!」

「よせよ、こいつはよく知らなかっただけなんだ」

「てめぇは引っ込んでろ!」


何やら口論になっている。商売の方針の違いで仲間割れを起こしているらしい。報連相をしっかりしないとこういう事になるのである。


「あのアマ……ヨランダはセコい事には事欠かない奴だぞ?今回だって俺達以外からも仕事を受けて、賞金の相場を吊り上げるような真似をしてやがったんだ!」

「そういう企みも承知の上で利用しようって言う話だったでしょ!?」

「だからてめぇは迂闊過ぎたんだ!結局金になる話をタダで渡したようなモンだろうが!おかげで俺達は余計に敵を作る事になっちまった!」

「全員同意のうえでこいつに任せたんだ、全責任をおっかぶせるのはフェアじゃない」

「引っ込んでろっつったろうが!!次に余計な事をぬかすとその頭をぶち抜くぞ!」


泥沼状態の口論に終わりは見えない。

第三者の介入でもない限り。


ガシャガシャン!


突如聞こえた大きな物音に5人は身を震わせ、話は打ち切られる。音のした方を見ると、落っことしてマガジンが外れた銃を慌てて拾っている女がいた。

5人にじっとりと無言で見つめられ女は手を止める。


「そこで何してる」

「……?」


女は白々しく後ろを振り返って“誰のことだろう?”みたいなリアクションをとる。


「お前だ!金髪の女!」

「あ、私か」

「お前しかいないだろうが!」


銃を向けられているというのに、怖がるそぶりは微塵もない。地面にしゃがみ込んで左腕で2丁の銃を抱え、右手でマガジンを拾おうとしている。


「動くな!」

「あい……」


女は言われた通りに動きを止める。距離は20mもない。


「お前、そこで何をしてる」

「えー……言わなきゃダメ?」

「死にたいのか……?」

「いや全然!そうだな……みなさんはこれより大きい銃って持ってる?」


答えになっていない、話が進まない。この女は何がしたいのか。


「お前……何を言ってる?」

「いや、大きい銃を持ってるんだったら交換してもらおうかな~って……」

「意味が分からないな、取引をしたいのか?」

「まぁそんな感じ」

「よそ者にそう易々と手の内を晒すような真似はしねぇ。銃を売ってほしいのなら、まずはそれなりの“誠意”を見せな」

「うわ、めんどくさ……じゃあいいよ、後で勝手に漁るから」

「なに?」

「私の飯と、酒と、煙草の為に……死ね!」



DP-28が肩紐からすっぽ抜けるというトラブルがあったものの、奇襲は成功(?)した。

このガリルも思いのほか悪くない、獲物を仕留めたキャメルは早速戦利品を漁り始める。辺りを見回すと傍らに置いてあったスーツケースに目が止まった。


「あやしい……」


“如何にも”な見た目で持ってみるとかなり重い。

早速開けて中を確認しようとするが、鍵がかかっている。


「あーもう……手間かけさせんなよ」


ガリルのストックでガンガン叩いて見るが、開く様子はない。

仕方がないので


ダァン!


鍵の金具を撃って破壊する。持って帰るのがめんどくさくなるけど、まぁ何とかなるでしょう。

蓋を開くと目に入ってきたのは……


「なにこれ、ちっちゃいのばっかじゃん」


詳しい名前はわからないが、そこにあったのはピストルやリボルバーといった比較的小型の銃火器だった。

弾薬が手に入りやすく、持ち運びがしやすいこういった銃が人気なのは当然と言えば当然なのだが、キャメルとしてはそんなこと知ったことではない。


「しけてますなぁ……そろそろオアシスに売るのもマズいかもだし、ニックが買ってくれないかな」


キャメルはこれまでオアシスにて相当な頻度で銃を売りさばいていたため、少しづつ周りから目をつけられるようになっていた。

別に治安部隊にしょっ引かれたりするわけではないが、悪目立ちをしても良いことはない。


「なーんか不完全燃焼だな……まぁそんな日もあるか」


改めて煙草を吸おうとポケットから取り出すが、風にあおられて中々火が付かない。


「ターボのやつ買っときゃ良かったな……」


煙草に火をつける時の背を丸めてちぢこまり、首を前に伸ばしたような姿勢は傍から見れば大変不格好である。だが今回ばかりはプラスに作用した。


……ゥン!!


首の後ろを何かが高速で横切ったような感覚。

脳が状況を理解する前に、脊髄が体を動かした。


「おっヴぇ!?」


キャメルは即座に地面に伏せる。自分とはそう遠くない地点に着弾したようだ。


「ハイエナ共がやって来たのかな?流石にちんたらやりすぎたかぁ」


言ってしまえばキャメルも同じ穴の狢なのだが。

彼女の場合銃を撃つことの方が目的なので、下手すればそこらの漁り屋よりよっぽどタチが悪い。


「まあいいや、やるっていうなら相手になるよ。少なくとも銃は持ってるみたいだしね!」


キャメルは辺りを見回して地形の起伏を確認する。

夜間で視界が悪いため必然的に交戦距離は短くなる。

その場合出会い頭の戦闘が起こりやすくなるので、ある種の“かくれんぼ”的な立ち回りが必要となる。


「連射してくるわけじゃないなら早めに動いた方がいいかな」


相手が何人かはわからないが、武器性能が露骨に劣っているとは思えない。それなら見通しの悪さを利用して各個撃破すればいい。

キャメルは頭のねじが外れた脳筋サイコのように見えて(別にそれも間違っていないが)相応の教養はあった。

無謀ともいえる“わらしべ長者”を続けて生き残ってこられたのも単なる幸運だけではないのである。

頭を下げたまま駆け足で移動して、丘の斜面に身を隠す。


「向こうから撃ってきたってことは私の場所はバレてるって事だから、外したのは銃がショボかったのか、それともヘタクソだったのか……後者の方がありがたいかな」


敵の姿はまだ見えない、ガリルのバイポットを展開して地面に依託する。先程発砲したのでチャンバーには既に弾が込められていた。


「はやくおいでよ、痛くしないから……」


ストックに頬をつけサイトを覗き込む、おぼろげながら敵の姿が見えた。


ドン!


ためらうことなく引き金を引く。着弾点はわずかにそれたが、獲物の動きが一瞬止まった。キャメルはすかさず追撃、今度は見事命中させる。


「ついでに貰っていきな!」


倒れた相手に数発追い打ち、確実に仕留めた。


「あとはどこかな~」


キャメルは緊張感など微塵も感じさせない様子で次の獲物を探す。

まだ相手がやる気なのであれば、次は回り込みながら近づいてくるはずだ。

障害物が多く、なおかつこちらを狙いやすい場所、そこに至るまでのルート、そういったものを客観的に考える。


「いた」


予想通りこちらの上をとれるように回り込んでいる人影がひとつ。

ただし、他の方向からも敵が近づいてきているかもしれないので、まだ撃たない。


「集団で固まってる感じでもないしな……」


まだ敵の動向がわからないので下手には動けない。

とりあえずDP-28の方も準備をしようと思ったが……


「あれ……ないやん!?」


そういえば肩紐からすっぽ抜けてから拾っていなかった。今手元にあるのはガリルだけである。


「うーわやらかした。思ったよりも慌ててたのかなぁ……」


ないものは仕方ない、今はガリルだけで何とかしよう。だがまたしても大変なことに気が付いた。


「替えのマガジンもないやん!何してんだ私は」


まったくである。これで自分の置かれている立場は一気に変わってしまった。


「これってあと何発入ってんだろ……」


残念ながらわからない。もはや一発の無駄撃ちも許されなくなってしまった。


「クソがよ……片割れはどこだぁ……?」


記憶を遡りながらあたりを見回す、落っことしたのは商人連中の比較的近くだった。奴らの死体とスーツケースの所に私はついさっきまでいたのだから……


「あーあれか?」


それらしき影を発見。

走って取りに行くのは流石にリスクが高すぎるか、しかし……


「あれ?あいつも敵か!」


その影がふくらみ動いたかと思うと、なにやら拾い上げようとしているように見えた。

今の状態でDP-28を奪われてはジリ貧もいいところだ。それにスーツケースと一緒に持ち逃げされる可能性もある。

こうなっては仕方ない、意を決して飛び出す。


ドンドンドン!


走りながらガリルを腰だめで発砲、一発が命中した。

すぐ近くにも人影が見えたが、もはや流暢に狙いをつけている余裕はない。


「うぉらッ!」


勢いに任せてガリルを投げつける。

そして相手が怯んだ隙をついてDP-28へと飛びつく。野球選手ばりのダイビングキャッチだ。


「うぉおおお!?」


そのままの勢いで地面を激しく転がり銃弾の雨を逃れる。

敵も飛び出してきたキャメルを仕留めようと、ここぞとばかりに発砲する。

うち一発がキャメルの脛を抉った。


「痛っっァ!?」


アドレナリンでも打ち消せない痛みが彼女を襲う。

頭に一気に血が上った。


「痛ってェなこの野郎!!」


受け身をとって無理矢理起き上がり銃を腰だめに構えると


シュシュシュシュドドドドドォン!!!


薙ぎ払うように連射、トリガーを引いたまま敵のいる方向に銃口を向けていく。


「あっははははァ!!!」


完全におかしくなってしまったが、狙いそのものは正確だ。

敵は次々と糸が切れた操り人形のように膝から“落ちて”いく。

マガジンが空になるまで撃ち続ける頃には、周囲には誰もいなくなっていた。

キャメルの方はしばらくの間、息が上がっていたが……


「うーわ、服がボロボロじゃん」


すぐにいつもの調子に戻る。


「髪の毛も汚れてるし……あーぁ最悪だよ」


足の傷よりも先に、見てくれの心配をするに至った。


「足も痛いし、一回水で洗い流さないとなぁ」


投げ捨てたガリルを回収し、先程片付けた連中の武器を戦利品のスーツケースに強引にねじ込み、ずるずると引きずるようにして歩きだした。



ここ一帯は砂漠地帯だが、所々に小さな川が流れている。

キャメルはそういった小川に掛かる橋の下で少し体を休めることにした。


「いてて……今日はちょっと無理し過ぎたなぁ。弾も結構使っちゃったし」


せっかくニックに貰った分の弾丸も、ものの数秒で消費してしまった。


「まぁ、生きてりゃいいか」


戦利品も手に入れたことだし。すぐに買い手が付くかはわからないが、一日でこれだけ稼げたのは久しぶりだ。


「疲れたな……」


今になって疲れがどっとやって来た。襲ってくる睡魔に対抗する力は、もう残っていない。

そのまま地べたに寝転がるようにして眠ってしまった。

目が覚めた時のことは、その時に考えよう……。





「お疲れ様、今回は事を荒立てずにすんだわね」

「これまでもヨランダが相手を挑発するような事をしなければ、もっと穏便に終わった」

「挑発なんてしてない、ナメられたくないだけ。貴方だって“楽しくないのは嫌い”なんじゃなかったの?」

「無駄が嫌いなだけ。すぐ近くの止まった標的を撃つ為に俺の弾を使う気にはなれない」

「それなら昼の貴方は無駄そのものね」

「うるさいよ……」

「どうでもいいが、俺の縄はまだほどいてはくれないのか?」

「あら、ごめんなさい」


ヨランダ、イーライ、ファイバーの三人が談笑しながら拠点に戻って来た。

この小川の橋の下には沢山のアウトドア用品が並べられている。

各々が荷物を置いた所で


「網に何かかかってないか見てみるわね」


ヨランダが小川に投げ込まれた仕掛けを回収しに腰を上げた。するとそこには


「ZZZZ……」


いびきを立てて寝ている女がいた。


「……ん!?」


流石のヨランダも驚きを隠せない。

ボロボロの服装で足には銃創があり、大ぶりな銃をまるで抱き枕のようにして寝ている女だ。


「えっと、知り合い……じゃあない。どうしよう……」


あまりにも普通じゃない光景にしばし困惑し


「イーライ!ちょっとこっち来て!」


助けを求める。


「なに?」

「ちょっと、“これ”……」

「……」


イーライも反応に困っている。そしてゆっくりと女の全身を見回すと


「こいつオアシスの酒場で見た事がある」

「本当?」

「昼にね」

「どんな感じ?ヤバそうだった?」

「普通だった、と思う。実はあんまり記憶がない」

「そう。じゃあ起きるまで待ってみましょうか」

「縛っておかなくていいのか?」

「そんなことしたら第一印象最悪じゃない」

「ヨランダってそういうの気にするんだ」

「人並みには」

「うそつけ」





朝、私はいつも通りに店を開ける。

もう牛肉の残りがあまり多くない事をメルが来たら教えてあげようと思ったが、なかなか店に現れない。

昨日も“狩り”に出かけたそうだから、いつもの流れならここに来てチーズバーガーを食べると思うのだけれど。

生きていれば。

メルの事だから無いとは思うけど、ここ最近は特に物騒だからつい心配してしまう。


「ガスマスクの男とやらに食われてないといいけど……」


以前店に現れたフードの女性の言葉を思い出す。

武器や弾薬を狙っているみたいな話もしていたから、メルと鉢合わせになってもおかしくないだろう。


「……って自分の心配が先か」


ここもいつまで安全かわかったものじゃない。

今までは2km先のオアシスをはじめとした様々な要因が抑止力となっていただけであって、単純にここを攻め落とすだけならゴロツキ共が5~6人束になってしまえば私たちはなすすべは無い。


「前はニックがもっと長居してたからなぁ」


当たり前だがニックはオアシスの仕事を多く任されるようになってから、ダイナーに居る時間が減った。


「あのアホ、今日はいつになったら来るのかな」


私は昨日の出来事を思い出す。

大本の発端は私と言えば私だが、あそこまで小っ恥ずかしい真似をされると流石に応える。


「ニックがあんな風に“攻め”てくるなんてね……」


たまに忘れてしまうがニックは年下だ。そのうえニックはMだと(勝手に)思っていた。


「誘い受けかぁ……?だとしたら今度は本格的に“わからせて”やるぞぉ……」


だんだんと思考が不純な方に傾いていった所で


カランカラン……


お客様だ。私は入口に向き直って出迎える。


「いらっしゃいませ!」


現れたのは


「あの、失礼します……」


私と背丈がさほど変わらない位の小柄な少年だった。

私はお客様に席をすすめ、ご注文を伺う。


「ご注文は何にいたしますか?」

「えっと、俺ここ初めてで……」


うん、知ってる。


「こちらの黒板にメニューが書いてありますよ」

「あぁ、ありがとうございます」


まだ朝早いのでメニューは少なめなのだが。


「じゃあチリコンカンをください」

「ありがとうございます、お支払いは?」

「えっと、.22LRだといくらですか?」

「保存状態にもよりますが、10発前後で取引させて頂いております」

「じゃあ、これで」


少年は上着のポケットから弾薬をごそっと一掴み取り出し、カウンターに乗せた。


「ありがとうございます」


私は半分以上残して受け取ろうとするが


「あのっ!」


少年に手をつかまれる。


「お願いがあるんですけど」

「……」


倍以上支払って頼みごとをするのだから、私の経験上絶対ろくな事じゃない。

極力表情は変えずに尋ねる。


「……なんでしょう?」

「俺を……」


「俺を匿ってくれませんか?」

「……はい?」


ほらね。

たまにあるんですよ、こういうことが。

ニック、シャル、私を一人にしないでおくれよ……。

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