第6話 終末紀行も多種多様

今日は天気がいい。まだ朝方だというのに日差しは眩しく痛いぐらい。

そんな日は店の外にイスとテーブル、パラソルを並べてテラス席もどきを作っておく。

そうすると……


「おっ開いてんじゃーん」

「いらっしゃいメル、今日も来たんだね」

「煙草吸える所が他になくてね~」


もはや常連さんとなったキャメルがやってきた。


「ここだと食べながら吸えるからさ」

「中は禁煙だよ」

「ちゃんと外で吸いますよ~ あ、“いつもの”ね」


注文を受けた私はさっそく調理に取り掛かる。


「チーズバーガーでしょ?よくもまぁ頻繫に……」

「だって今しか食べられないじゃん」

「そうだけど……高いでしょ?」


売ってる私が言うのもなんだけど。


「稼いでますから」

「なんか仕事はじめたの?」

「わらしべ長者」

「あぁ……」


ようするに略奪である。


「でも最近コレの弾が見つからなくてさ……」


コレとはむろん、DP-28のこと。


「そりゃあ東側の銃だからね……」

「そんでさ……こんなの拾ったんだよね」


そう言ってキャメルが見せてきたのは、私も初めて見るライフルだった。


「なにこれ……」

「さぁ?私もよくわかんない」


全体的にAKのような印象を受けるが、使用弾薬は5.56mmである。


「ニックに聞けばわかるかも」

「私としては別に弾が撃てればなんでもいいんだけどさ」

「メルはそうだろうね……」

「ただね、コレ、フルオートで撃てないの」

「普通の銃はフルオートで撃てないよ」

「そうだっけ?」

「民間モデルはね」

「そこらへんでAKとかばら撒いてるのは?」

「密輸や違法コピーや違法改造、あとは特例で許可された銃を盗んできたとかじゃないかな」


ガンスミスや民間軍事会社などは高度な銃のライセンスを持っていたりする。

そういった者は特別にフルオート射撃が可能な銃を合法的に所有出来た。

出来た(過去形)。

もはや、この国に法律なんてものはない。


「メルのDP-28も元はコレクションや戦利品として特例で保管されてたものだと思うよ」

「はぇ~」


そんな話をしているうちにチーズバーガーは出来上がった。


「はい、チーズバーガーおまちどお」

「おーキタキタ……あ、そうだ、瓶コーラってある?」

「あるよ」

「じゃあそれもお願い、栓抜きはいらないから」

「……栓抜き持ち歩いてんの?」

「実はね…ココについてたんだわ」


キャメルは拾った銃のバイポットのつけ根を示す。


「これどう見ても栓抜きだよね」

「……栓抜きだね」


信じられないが銃に栓抜きがついている。パッと見た感じ後付けしたものでもなさそうだ。


「変わった銃ですこと……で、これからはこっちを使う感じ?」

「うーん…気に入ってるのはDP-28だし、しばらくは二本持ちかな」

「重いしかさばるでしょ」

「片方背負えばギリいける」


そういえば初めて会った時もDP-28を片手で持ってたのを思い出した。


「まぁ、メルが良いならそれが一番か」


……彼女を敵に回すのはやめようね!



カランカラン……


「よう」


今日は朝からニックがやってきた。


「んぉ、今日は早いんだ」

「オアシスから頼まれた仕事があってね。今日の俺はMr.Postmanだ」


ようするに郵便配達である。


「俺とてオアシスの人間だからな、与えられた仕事はやらなきゃいけない」


でしょうね。


「それは全然いいんだけどさ……1人で大丈夫なの?」

「今までだってずっと一人だっただろ」

「最近は特に危ないでしょ、この前だってバイク連中に絡まれたし」


あの時は私も乗っていたからまだ良かったものの、ニック一人だったら一体どうするつもりだったのか。


「俺の心配をしてくれてるのか?」

「ニックに死なれたら、私の商売が成り立たないからね」

「まぁ、そうだな」


それ以外にも色々と問題はあるけどこの際黙っておく。


「今回は時間も早いしルートも見直した、大丈夫だって」


前回の襲撃だって日没前だった。私としては誰かボディーガードでも雇った方がいいと思うんだけど……。

その時唐突に


「じゃあ私がついていこうか?」


キャメルが口を開いた。


「獲物が向こうから来てくれるなら探す手間も省けるし」


さすがメル様、格が違うぜ。


「それは……まぁ……心強いかな……?」


ニックはやや困惑しているが、断る理由もないので


「お願いしていいか?」

「もちろんよ!ちょうど新しい銃が増えたんだよね~」


キャメルはニックに例の栓抜きライフルを見せた。


「これ……ガリルか!また珍しいモノを……」

「へぇ、これガリルって言うんだ。変な名前だね」

「中東のアサルトライフルだな。過酷な環境での使用を前提に作られているから信頼性は抜群だ」

「でもフルオートで撃てないんだよ」

「栓抜きがついているってことは軍用モデルだな……民間に払い下げでもした時にセミオートオンリーにデチューンされたっぽい」

「余計なことしやがって」


そんなこと言わないの。


「銃器技師に頼めばフルオートで撃てるようにしてくれるかもな」

「マ?今度頼んでみよ」

「結構金取られると思うぞ」

「また撃って稼ぐ!」

「頼もしいな。じゃあ準備が出来たら出発するけど……いいか?」

「合点承知の助!!」

「よし、じゃあ行くか」


ニックは早くツッコんであげて。私じゃ無理だから。



2人が出発すると、私はまた一人になる。シャルロッタはまだ起きてこない。


「最近少し客減った……?」


前はこんなに暇じゃなかった気がする。最近は特に物騒だから本当に減っていても不思議ではない。それは“店に来なくなった”という意味でも“物理的に客が減った”という意味でもある。


「1人でカウンターに立つのもおっかないなぁ……」


とか言いつつ私が店を続けられるのはシャルロッタとシロークがいるからだ。シロークは店の外に繋がれているから、遠くからでもその存在がよくわかる。この大柄なハスキー犬が、ダイナーを襲撃しようかと企む不届き者達への抑止力となっていることは間違いない。


「あとはオアシスの影響もあるのかな」


ここ、ダイナーレストランはオアシスから2km程しか離れていない。パトロール中の治安部隊が通りかかるし、銃声だって普通に聞こえる。あそこの雰囲気は好きではないけれど、今後もほどほどに付き合いを持っておいたよさそうだなぁ…。そんなことを考えていると


カランカラン……


お客さんがやって来た。ゴテゴテ装備の黒づくめ、ひと目でわかる、オアシスの治安部隊員だ。


「いらっしゃい、ご注文は?」

「ベーコンとエッグトーストを頼む。コーヒーもつけてくれ」


さすが治安部隊様、肉と卵とはまた随分と高いものを頼むね。


「お支払いは?」

「9mmだ。ニックはいないのか」

「さっき出て行きましたけど」

「そうか……ならいい。俺が来たことを伝えておいてくれ」

「ちなみにお名前は?」

「スラッシュ、それで通じる」


そっか、この人がスラッシュか。ニックから聞いたことがある。


「それと、お前に忠告がある」

「……なんでしょう?」

「オアシス内部でここをよく思わない者がいる。理由はわかるな?」

「ええ、まぁ」


ニックは通訳や行商、外貨獲得などの“オアシスの橋渡し要員”としてガソリン等の供給を受けている。そのリソースをオアシスに属していないダイナーレストランを運営するために使われていることが面白くないのだ。


「私とニックはあくまでビジネスパートナーですよ」

「そうだろうな」


だが、とスラッシュは続ける。


「ニックはここも拠点として利用しているし、この店の明かりはオアシスの燃料でまかなっている」


それは本来ニックが使うことを前提にオアシスから供給されたものだ。一般的なルートで私が燃料を入手しようとすれば、この店は今のように回らなくなる。


「オアシスが近くにあるからここが比較的安全という所もあるだろう」


それはごもっとも。


「今までここが見逃されていたのは、その方がオアシスにとって都合がいいからだ。状況は少しずつ変化している」


オアシスの方でも最近特にきな臭いことに気が付いているらしい。


「備えはあるに越したことはない」

「ご心配なく、自分の身は自分で守れますので。早く食べないと冷めますよ」

「そうか……余計なお世話だったな」


スラッシュはナイフとフォークを手に取りベーコンを食べ始めた。


「それともう一つ」

「まだ何か?」

「カウンター裏の銃は変えた方がいい」

「……!」

「姿勢が不自然だ。ソードオフのショットガンだな?」

「そこまでわかるんですね」

「仮に俺が今、このナイフで襲い掛かったら対応できない」

「襲うつもりなんですか?」

「まさか、ニックに殺される」


スラッシュは初めて笑った。そして外のテラス席の方を見て


「“そういう”意味ではあの犬は心強いな」

「シロークですね。一応看板犬なんですよ」

「寝ているが」

「主人に似て寝るのが大好きなんです」

「主人というのは、たしかシャルロッタという……」


おお、貴方もシャルロッタのことは知ってるのね。人気ね、あの子は。


「ご存知なんですね」

「俺の同僚達が何人も撃沈されたんでね」


治安部隊から言い寄られるとか、あの子も大変だな。でもシャルロッタが凄いのは敵を作らないところなんだよね、振った相手から逆恨みされたとかいう話も聞かないし。なんていうか“攻撃できないオーラ”が出ているというか……。


「ラケルさん、おはようございます」


おお、噂をすればご本人の登場だ。


「おはようシャルロッタ!シロークにご飯あげておいたよ」

「ありがとうございます……おきゃくさまがいらっしゃるんですね」

「朝から2品も肉が売れたよ。片方はいつも通りメルだけど」

「おめでとうございます」


パチパチとシャルロッタは小さく拍手した。そして


「おきゃくさま、ついかでデザートなどはいかがですか?」


スラッシュの隣に立つと、いつものようにデザートをすすめる。朝食からデザート食べる人ってあんまりいないと思うけど、この子は少し天然が入っているらしい。


「そうだな、甘いものは遠慮しておこう。かわりにコーヒーをもう一杯」

「かしこまりました。しょうしょうおまちください」


まぁ、淹れるのは私なんですけどね。コンロに火を入れてポットを温める。


「外の犬は君の?」

「はい、シロークっていうんです。りょうもできるえらいこなんですよ」

「優秀なんだな」

「はい、わたしのいうことをよくきいてくれますから」

「それは心強い……そういえば俺の同僚が君に随分と迷惑をかけたらしい。かわりに謝らせてくれ」

「……??どういたしまして?」

「ただ実際にその姿を見て納得したよ。あいつらが執着するのも腑に落ちる」


余計な事を言うな!“治安部隊の男の誘いを断る”事の意味をもう少し考えてほしい。ましては本人の前でそういうことを口にするのはちょっとデリカシーがなさすぎるんじゃーありませんか?


ドン!


「はい!コーヒー!」


強引に話を遮った。

流石にスラッシュは察したのか一瞬固まったのち黙ってコーヒーを飲み始めた。

シャルロッタはいまいち状況が分かっていないのかキョロキョロと周りを見回した後


「ラケルさん、わたしはほめられたんでしょうか?」


そう訪ねてきた。

うん、そうだね。君はそのままの君でいて。





時刻は昼を少し過ぎた頃、ニックとキャメルは代わり映えのしない退屈な砂漠をひたすら進んでいた。


「あといくつだっけ?」

「6件だな。このペースなら夕暮れ時にはダイナーに戻れそうだ」

「そっかー……」

「疲れたか?」

「いや……なんも出てこないなーと思って」

「俺としては出てこない方がありがたいんだけど」

「えーつまんな」


はは……とニックは苦笑する。

キャメルは全く悪い人ではないし、一緒につるんでいると最高に楽しいのだが、何か自分とは根本から違うような、そんな感じがする。

“今”を全力で楽しむというスタンスは、このクソみたいな世界を生き抜くための一つの答えである事は間違いないが、自分にはそういった生き方は難しいとニックは思った。

というかよく今まで生き残ってこれたものだ。


「そうだ、なんか音楽をかけようか」

「おお、いいじゃん。センスが問われるね!」

「あんまりはーどるあげないで……」


ニックは少し考えてから


「俺はいわゆる“エレクトロ・ポップ”とか“ピアノ・ロック”に該当するジャンルが好きかな。具体的にはアウル・シティーやジャックス・マネキン、あとはマイク・ポズナーとか」

「なんとなく路線は分かった」

「ここにあるCDもそういう系統が多いけど、有名どころもそれなりにあるぞ。大概はベスト盤だけど」

「Please Mr. Postmanも?」

「タイムリーだな……オリジナルの61年版とビートルズの63年版、カーペンターズの74年版はそろってる」

「すごいじゃん」

「まぁ、CD収拾が趣味だったものでね。本当はもっと沢山あったんだけど……ブラックアウトのせいでコレクションも随分と捨てたよ」

「悲しいなぁ……ちなみにさ、ビートルズ版の初演奏は62年って知ってた?」

「キャヴァーン・クラブだろ?」

「知ってたか。そこをモデルにしたクラブが私の地元にあったんだよね」

「それは知らなかった」

「勝った!」

「何に!?」


共通の趣味を持った相手は大事にしよう。



全ての配達先をまわり終え、ニック達は帰路へつく。

特に不測の事態もなく、予定通りの時間にダイナーへと戻れそうだ。

あと20分もすれば到着というところで唐突にキャメルが


「私ここで降りるよ」


そう言いだした。


「どうかしたのか?あと少しだけど」

「ここまでくれば安全でしょ?私は今日の獲物を探しに行くから」

「あぁ、なるほどね……」


本人が行きたいと言っているのだから止める事もないだろう。

ニックは路肩に車を止める。

そして


「今日付き合ってくれたお礼だ」


キャメルにビニール袋を渡した。

それはずっしりとして、重い。


「なにこれ?」

「7.62x54mmR弾、DP-28の弾薬だ。2ダース入ってる」

「おお!ありがと!!見つからなくて困ってたんだよね!」

「無駄遣いはするなよ?フルオートだと一瞬だ」

「それは約束できないなー」

「だろうな」


じゃあ、と別れの挨拶を済ませ、車を出す。

バックミラーのキャメルの姿はどんどん小さくなっていく。

彼女の事だから無いとは思うが、姿を見るのはこれが最後になるかもしれない。


「死ぬなよ……」


ニックは豆粒ほどになったキャメルに向かって小さく呟いた。





「ご来店ありがとうございました、またお越しください!」


カランカラン……


私はお客さん達を見送った。久しぶりの団体様だった。


「さて、洗い物を片付けないと」


団体様は洗い物だって盛りだくさん。私は腕をまくり、作業に取り掛かる。

ふと外を眺めるときれいな夕焼けが見えた。

ニックはそろそろかな、キャメルがついているから大丈夫だとは思うけど…。

その時遠くから馴染みのエンジン音が聞こえてきた。

音はどんどん大きくなり、青いピックアップトラックが店の前に止まった。


カランカラン……


「よう、戻ったぞ」

「おかえり。メルは?」

「帰り道の途中で降りたよ。“狩り”に行くってさ」


まぁ、いないってことはそうなんだろうな。

メルはそれが生きがいなんだし、私がどうこう言うことではない。


「凄い量の洗い物だな」

「ついさっき団体様が来てね」

「へぇ、珍しいな」

「最近は少なかったね。物騒なことが多いから集団行動してるのかも」

「ありそうな話だ」

「まぁこれで、ここ最近の下がった売上分はカバーかな」

「そいつは良かった」


話は一度途切れる。そして私はニックがカウンターの裏側に来ていることに気が付いた。


「手伝ってくれなくていいからね、ただでさえシンクは狭いんだから」

「そうか」


それでもニックは戻らない。むしろさっきより近くなってる気がする。


「でも洗い終わった食器を拭くぐらいのことはやらせてくれよ」


私のすぐ横に手をついて、顔を覗き込むような姿勢で言ってきた。

ちかい!!

ちょっと不自然な近さだ。

流石に変だと思い少し考えた所で、この前の“告白もどき”を思い出した。

まさかあれを本気にした!?

いや、噓は言ってないんだけどさ…。

物事には適切なタイミングがあるし、今の私達の関係を壊すような事はしたくない。絶対仕事にならなくなるぜ?


「ラケルは疲れてるだろうし、なんなら俺が代わりにやってもいいぐらいなんだけど」

「いいって」

「今日も朝早かったんだろ?」

「いーって」

「俺が手伝いたいんだ」

「間に合ってますんで!」


ふぅ……と小さくため息をつく。

だがニックには私が妙に一生懸命になっている様子がおかしかったらしい。

さらに距離を詰め、そのままぐぐーっと体重をかけてくるようにして


「俺が“甘やかしたがり”なの知ってるくせに」


私の耳元で囁いた。

流石に我慢できなかった。


「しつこいっつの!!あたしは今洗い物してるの!あたしの仕事なの!そんなに疲れてないし集中してるの!ていうか近すぎなんだって!なに?鬱陶しいよ!?」


勢いに任せて叫んだ。

言い切ってからニックの顔を睨むと彼は驚いた様子だった。

そして少し傷つき、悲しむような表情を見せた後


「そっか、そうだな、ごめん」


小さく笑って謝った。

私は少し言い過ぎたかと後悔し、気まずくなって目をそらす。


「俺、帰るよ」


ニックは言った。“帰る”目的地がここではなくオアシスなのがすこし寂しい。

でもまぁ、怒った直後にこんな事を考えてるなんて、私もバカだな。

ニックは出入口の方に少し歩いて


「あ」


こちらに戻ってきた。私は目を合わせない。


「ラケル」


とん、と私の肩に手を乗せる。こいつは本当に懲りないな!


「なに!」


キレ気味にニックの方を振り向くと。


ぷに


私のほっぺたにニックの指がささる。

私は小学生がやるような超古典的なトラップに引っかかったのだ。

そして何か言いたそうな私をよそに



「本当にかわいいな」



ニックは笑って言った。


「……!!?」


そのまま何も言えない私をほったらかしにして


「じゃあまた明日!」


カランカラン……

ニックは店を出ていった。

私は食器を無駄にした。





夜、低い山に囲まれた盆地のような場所でヨランダは佇んでいた。

彼女のすぐ隣には体の後ろで両手を縛られたガスマスクの男が立たされている。


「俺はいつまでこうしていればいいのかね」

「そう長くは待たせないわ」

「そいつはありがたい」


置かれた状況とは裏腹にガスマスクの男はリラックスした様子だ。

まもなく集団の影が近づいてくる。

7人の男達が2人に向き合った。


「そいつが例のガスマスク男か」

「そうね、貴方達が探していたお尋ね者よ」


一人の男が前に出てきて“品物”を眺める


「目立った”外傷”はないようだな……簡単すぎたか。ボーナスは見直しが必要だな」


男は話を進める。


「それじゃあさっそく金の話といこう。銃を出してくれ」


別の男がヨランダの前に立つ。彼女はおとなしくMicroUziを差し出した。


「あなたはボーナスの見直しと言ったけど、捕獲は困難を極めたわ。私の仲間が一人犠牲になってるのよ」

「そりゃあ何十人も殺してきたような奴だからな、それぐらいの犠牲は出るだろうさ」

「ちゃんと“荷物”もセットなんだけど」

「それが“ボーナス分”さ。モノだけあっても使えないからな。コイツが生きてる事が前提だ」

「話が違わないかしら?」

「そうか?オタクが勝手に勘違いしたんだろう。まぁこれぐらいが妥当だな」


男はヨランダに麻袋を投げ渡す。


「はっきり言って少ない。他所ならもっと高値で買ってくれるわ」

「……情報を漏らしたのか?」

「彼は有名人よ?クライアントが貴方達だけな訳ないじゃない」

「なるほど。ということは“調べた”のか」

「ええ。貴方に限らず、多くの人達が彼を欲しがる理由を」


ガスマスクの彼、“ファイバー”はブラックアウト前にこの辺りで有名だった銃器技師会の生き残りなのだ。そしてロストテクノロジーと化した技能を持っている。

彼はかつて、その技師会で住み込みで働いていた。ブラックアウトが起こり銃器技師の需要や立場が急激に上昇すると、ある程度の規模になったゴロツキ集団は血眼になって彼らを奪い合った。

中には技師自体がそういった集団を率いるケースもあった。


「貴方達が彼に執着する理由は主に二つ、ハンドロードの技術と“秘密兵器”ね」


ハンドロードとは一度使用した薬莢に再度火薬や雷管、弾頭を詰めて弾薬として再利用することである。弾薬が通貨や必需品として広く浸透し、なおかつ消耗品であることを考えれば、その弾薬を“再生”できるハンドロード技術がいかに重要かわかるだろう。

そして“秘密兵器”とはその名の通り、ゴロツキ達のパワーバランスをひっくり返してしまうような兵器の事である。具体的にはファイバーの大荷物がそれにあたるのだが、その特異性故に現環境での複製は不可能であり、修理や改造、もっと言えば使うことすらファイバー本人にしかできないようなシロモノであった。

そのためゴロツキ共は彼を欲しがり、他者の手に渡るぐらいなら消してしまおうとするのである。


「そうやって多くの銃器技師が死んでいったわ。彼の場合、自分の技師会がロクデナシ共とつるみだして少しずつ変質していった頃に自分から抜けたみたいだけど」


秘密兵器を持ち逃げして、とヨランダは付け加えた。そうやって技師会を抜けた彼に対して残された者達がつけた名前が“ファイバー(ぼろきれ)”だった。

あいつはその程度にしか役に立たないんだと嫉妬とやっかみを込めて。

しかし、最後まで生き残ったのはそのファイバーだったのだ。


「まぁそういうわけだから、これじゃあ安すぎるわね」

「そうか……そいつは困ったな」


男たちはゆっくりとヨランダを囲んだ。


「“今後も変わらぬ付き合いを約束する”ということで勘弁してはくれないか?」

「無理ね」


ぴしゃりと言い切った。

まともな支払いのできない奴らと関係を維持したいとは思わない。


「……まさか今の状況がわかってないのか?俺は“譲歩”をしているつもりなんだが」

「あなたこそ“見えてない”んじゃないかしら?」


ヨランダは強気だ。男はため息をついて


「最後だ。これで手打ちにしよう、それがこの場を丸くおさめる唯一の方法だ」

「やっぱり“見えてない”のね。私の答えは変わらない、これの倍は持って来なさい」

「そうか……残念だ」


男達は銃を取り出しヨランダに向けた


「夜にこんなに所に1人で来るんだ、バカか切れ者かどちらかだとは思っていたが、お前は前者だな」

「約束破りはよくないわね。夜の魔物(ブギーマン)に食われるわよ」

「この男がいればそれも当分は安心だ」


引き金に指がかかる。


「これまで世話になったな、さよならヨランダ」


引き金が引かれる、その時


「あー!噂をすればあんなところに!」


ヨランダは素っ頓狂な声をあげ山の一角を指さした。俗に言う“あっUFO”である。


「ガキじゃないんだ、見苦しいぞ」


男達はこれを死に際の奇行だと思った。だが実際は最後の警告だった。


「あらそう」


「せっかく教えてあげたのに」


直後


ヒュボッ!!


一人の男の頭が消し飛んだ。


「なっ!?」


男達は何が起きたかわからなかった。

ヨランダは変わらずに突っ立っている。


「クソッ!」


別の男のがヨランダに銃を向けるが


ボッ!!


彼も頭が吹き飛んだ。

男達はこの時ようやく自分たちが狙撃されているという事を理解した。


「クソッ、逃げるぞ!」


真っ暗闇のどこから狙撃されているかが一切わからないため、男達は逃げることを選んだ。

ファイバーを盾にしながら連れていこうとするが


「ふんッ!」


ファイバーは両手を縛られたまま、腰を使って男を放り投げる。

男は受け身が取れずに背中と後頭部を岩に打ち付けられ、沈黙する。


「このっ!抵抗するな!」


前後から2人が挟み撃ちにピストルを向けてきた。しかし、如何せん近すぎる。

ファイバーは前の男の手元を蹴り上げ、返し刀で後ろの男に回し蹴りを放つ。

ピストルが二丁地面に転がった。


その光景を見て一人男は逃げていくが


ボヒュンッ!


彼もまた、魔弾の餌食となった。


「貴様ら!俺をはめやがったな!」


最後に残されたリーダー格の男は身近にいたファイバーに向かって発砲する。

ファイバーは即座に地面に倒れるようにして銃口から身を逸らし、丸太のように転がりながら砲火をくぐって一気に距離を詰める。

足元に転がり込んでくる物体を正確に撃ち抜ける者はそうそういない。

ブレイクダンスよろしく回し蹴りを放って男を転倒させ、蹴りの反動で体を持ち上げのしかかる。

まるで柔道の固め技のような姿勢だ。


「ぐっ……!この、クソ野郎が!」


男は銃口がファイバーに密着したまま引き金を引くが

カチ……カチ……

ハンマーは落ちず、弾丸は放たれない。


「なんで……さっきまで普通に撃てたのに!」


慌てる男を前にして、ファイバーは笑う。


「いいことを教えてやる、ショートリコイルの銃は密着すると撃てない。バレルが後退できないからな」

「なに……!?」

「勉強になったな。それじゃあお休みの時間だ」


ファイバーは体勢を変え、縛られた腕で男の首を締め上げる。

男は顔が真っ赤になっていき、老人のような叫び声を上げてもがき苦しんだのち、動かなくなった。


もはやまともに動ける奴はいない。

ヨランダは自分のMicroUziを拾いあげると


ビビビビビビッ!


残った男たちを処刑する。砂漠の盆地に赤い花が咲いた。



「さて……一仕事終わったわね」


ヨランダは言う。ぐぐーっと背伸びをしてリフレッシュ。


「大した度胸だな、タイミングを一つ間違えたら死んでたぞ」


ファイバーは塵をはらって立ち上がる。


「イーライは絶対にしくじらない、彼から生き延びたのはこれまでで貴方だけよ」

「そいつは光栄だ」


山の一角を見ると赤い瞳が少しずつこちらに近づいているのがわかった。


「夜目も勿論驚異的だが狙撃の腕も相当なものだな」

「夜のイーライは本当に味方だと心強いわ。昼は……まぁ、ね」

「どっちが素なんだろうな」

「本人も忘れちゃったんだって」

「なんだそれ」


ファイバーは苦笑する。もっとも表情はガスマスクに隠れて見えないのだが。


「さて彼を迎えて次の仕事よ、夜はまだまだ長いんだから」

「俺はいつまで“こう”なんだ?」


ファイバーは自分の腕を示す。


「あぁそれね。ほとんどパフォーマンス用だから、今は外してあげる」


ヨランダはロープをほどいてやる。


「また次の現場についたら縛るからね」

「面倒だな」

「あくまで私と貴方は仲間じゃない、これは私が提示した価格で貴方を買ってくれる相手が見つかるまでの一時的な関係」

「百も承知だ」

「ただ……今のでまた貴方の値が上がったわ。売れるのはいつになるのかしらね」

「さあな…どこかに金持ちの巨乳美少女でもいればいいが」

「残念。クライアントは全部野郎よ」

「そうかい、世知辛いな」

「ただ次のクライアントは貴方の望むモノが手に入るチャンスかもしれない」

「なるほど……そいつは楽しみだ」


でなければファイバーはヨランダ達と行動を共にしている意味がない。ただの売り物に成り下がるだけならば、相打ち覚悟でヨランダとイーライの2人を殺すべきなのだ。だがファイバーはその道を選ばなかった。


(まぁ……使えるものは利用させてもらうさ)


お互いにな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る