第3話 買い出し行くのも命がけ

砂嵐が吹き荒れる砂丘を男は歩く。

疲れがたまっているのだろうか、手に持つショットガンを杖のように扱いゆっくりと一歩ずつ坂を上っている


「今日これまでに歩いた距離は……だいたい19マイルってとこか」


およそ30km、劣悪な環境で歩き続けたため、流石に限界が近い。

そろそろ腰を下ろして休みたい所だが、そう簡単に都合のよい場所は見つからない。


「ふう……」


何とか坂を上りきる、ここで少し休憩をしよう。

背中の大荷物を下して中から軽食を取りだす。


「近いうちに食料の補給もしないとな」


備蓄している量は多くない、どこかの店に立ち寄って取引をした方が良さそうだ。


「さて……」


次に双眼鏡を取り出しあたりを見回す。何か目ぼしいものはあるだろうか?


「あれは……?」


砂嵐で少し見えにくいが、黒いアスファルトの路面が見えた。あそこなら今よりも歩いていくのは楽だろう。

男は荷物を背負って立ち上がった。





「名曲ってのはいつ聴いても名曲だな」


左隣のニックが言った。彼は体を揺らしながらハンドルを握る。


「カーステレオは電力の心配をしなくていいから、思う存分音楽に浸れる」

「へぇ」


そういう視点はなかったな。

私は今、新しい食材の仕入先を目指してニックの車に同乗している。


「この時代遅れなCDプレイヤーがこんなに役に立つんだから、世の中わからないな」

「それ以前にガソリン車だって所が大きいんじゃない?」

「そうだな、電気自動車だったらクソの役にも立たなかった」

「この車、燃費は最悪だけどね」


ガソリン車のピックアップトラックに、燃費を求めてはいけないのだが。


「俺は気に入ってるよ、運転しているっていう実感があるから」

「ふーん」


私はそこまで車に興味はない。普段の実用性や燃費、耐久性や整備性に優れていた方が今のニックの仕事には向いていると思うのだが、本人の幸せが一番なんだろう、たぶん。


「なぁ、パン取ってくれないか?」

「はいはい……ちょっと待ってて」


私は左手を後部座席の足元にのばして、旅行バックから袋詰めされたパンを取りだす。


「はい」


ニックに手渡す。


「……」


ニックはチラッとこちらを見て、無言で口を開けた。


(思考停止)


「……は?」


なんだこいつは。

まさかアレか?

私に「あーん」を求めているのか?

ニックはムカつく笑みを浮かべて私を見る。

私はニックの頬にパンを全力で押し付けた。





砂嵐の中をガスマスクの男は歩く。

もうすぐだ、もうすぐさっきのアスファルトの路面に出る。

重たい荷物で肩が痛い、悪い足場で脛が痛い。

少しでも早く楽がしたい。


「おぉ」


ようやく辿り着く。太い道路だ、以前国道として使われていたのかもしれない。


「随分と荒れているな」


所々ひび割れている。もうずいぶんと整備されていないようだ。


「それも当たり前か」


男は歩き始めた。目的地まで、まだ先は長い。


「ROUTE 62」


そう書かれた看板が男の背中を見送った。





「ラケル!起きろ!」


突然のニックの声で目が覚める。明らかに普通ではないトーンだ、急激に意識がクリアになった。私は助手席で寝ていたらしい。


「何かあったの!?」

「盗賊連中に見つかった」

「こんな早い時間に!?」


まだ日は落ちていない、特別天気が悪いわけでもない。


「相手はバイクだ、最低でも2台」


スピードも機動性も相手が上だ。逃げ切るのは難しいかもしれない。

その上数でも負けている。そもそも私たちを見つけること自体、単独では無理だろう。

ニックはこのあたりの地形に詳しいため、通るルートは考え抜かれている。常にこちら側が先に相手を見つけられるような、有利な位置取りをしているはずだ。

にも関わらず私たちは敵に見つかり、今現在も追跡されている。これは相手が複数、なおかつ互いに連絡やチームワークがとれる上に、計画的であるということになる。


「そいつらは“やる気”なの?」

「まだわからない、ただ相当準備にリソースを費やしているだろうからな」

「じゃあ……」

「交渉したり、積荷をばらまいて逃げたり、その程度では許してくれないだろう」


バイクを所有している時点でそこらのゴロツキとは格が違う。これは本格的にマズいかも。


ブロロロ……!!

バイクの音が迫ってくる、もう猶予はない。


「ラケル!俺の銃を使え!」


ニックは叫ぶ。私のウィンチェスターは散弾銃だ、近距離でなければ威力は期待できない。

私は後部座席からニックのトランクを引きずり出す。中にはHK293がストックを折りたたんだ状態で収められている。


「射撃はあんまり得意じゃないんだけど」


マガジンを差し込みチャージングハンドルを引く。


ガシャン!


これで初弾が装填された。あとはセレクターを切り替えればいつでも撃てる。


「この先もう少し行くと、右カーブだ」


ニックは言う。


「そこで仕留める」


助手席から後方を狙う都合上、窓から多少なりとも身を乗り出すことになってしまう。その瞬間を少しでも減らすため、カーブで相手からの射線がギリギリまで途切れており、体を極力晒さずに相手を狙えるタイミングで射撃を行う。

バックミラーに敵の姿が映った。

低重心のネイキッドにタンデム、後の奴が持っているのはAKS-74U ”クリンコフ”だろう。


「伏せろ!」


横からニックの腕が伸びてきて、私の頭を押さえつける。


ババババコォン!!!


銃声。

5.45mm弾のフルオート射撃。

片手で撃ったのか狙いは逸れたが、一発でも命中すれば人体なんて内側から引き裂かれる。


「これではっきりしたな」


フルオートでこちらに向けて撃ってきたんだから、どう考えても警告射撃じゃない。

あいつらは私たちを殺す気だ。


「もうすぐカーブだ、準備はいいか」


私は窓を開けた。


「いつでも」


セレクターを射撃位置へ。

頭が切り替わる。怒りや殺意などの感情的なものは消え失せ、客観的に自分を見つめるもう一人の私が体を支配する。


「カーブに入った!」


バックミラーからバイクが消える。

横方向から体をGが襲う。

そして


「今だ!」


車がカーブを抜けた瞬間、私はシートベルトを外してダッシュボードに背中を押し付けた。

このスピードなら相手はアウトからインを突くようにしてカーブを曲がってくる。

見えない相手が見えた。


タタタン!!


指切りで3連射。弾丸は姿を現したバイクへと吸い込まれていった。

転倒したバイクから人が投げ出される。


「やったな、ラケル!」


ややハイになってニックが言う。

これだけのスピードで転倒したのだから大怪我は免れない、死んだかもしれない。

でもそんなの私の知ったことじゃない、仕掛けてくる奴が悪いんだ……。



「そういえば」


私は重要なことに気が付く。


「もう1台は?最低でも2台いるはずでしょ?」


ニックはバックミラー、ドアミラー、続いて窓の外を見る。


「いないな……出てくるなら今だと思うんだが」


敵の姿は見えない。さっきの2人を助けに行ったのかもしれないけど……。

そのとき


ドドドドドォン……


まるでジェット機が通過したかのような轟音が聞こえたかと思うと


ボコォン!


爆発音。音がした方を振り返ると赤い炎と黒い煙が見える。


「今のって……」

「あぁ……もう1台のバイクだ」


スピードの出し過ぎで事故ったのか?それならあの轟音は一体……。


「さっきの音、銃声とはまた少し違ったような……」

「着弾した音だと思う」


それじゃあやっぱり誰かがバイクを撃ったのか。

でも誰が?

目的地はまだ先だし、この近くに知り合いはいない。つまり味方ではない。

新手か?盗賊同士で獲物の奪い合いのつもりなのか?

だとしたらさっさと逃げないと……。

そんなことを考えていると。


「危ない!」


強烈な急ブレーキ。ニックの腕が私をシートに押し付ける。

車の正面には人影、手には機関砲。これはもしや……。


「さっきバイク撃ったのこいつじゃん!?なぜ止まったし!!」

「人がいたら普通は止まるだろ!?」


そんな私たちにかまわず人影はこちらに歩いてくる。“それ”は機関砲を片手で持っている。一体どれほど凶悪な面をしているのか。

しかし、意外にも“それ”は


「あのさ、突然で申し訳ないんだけど……乗せてってくんない?」


オープンショルダーにショートパンツのキャッチーなスタイルをしていた。



「いや~ホント助かった!ちょうど良かったよ!」

「いえいえ、こちらこそ助けて頂き本当にありがとうございました」


ニックって外面はいいんだよな……。


「お怪我はありませんでしたか?」

「ぜんぜん?それよりいい車だね!今どき珍しいなぁ……」


後部座席に座った“それ”が身を乗り出して話しかけてくる。金髪ショートカットに涼しげな格好をしているが、おそらく機関砲でバイクをぶち抜いた張本人だ。


「あの、ところでここで何を……?」

私は彼女に尋ねた。とても女性一人でうろつく場所ではないと思うんだけど……。


「わらしべ長者」

「は……?」


言っている意味がよくわからない。どういうことなの。


「その辺でドンパチやってる所に入れてもらって、どんどん大きい銃に変えていって……」


絶句。

“わらしべ長者”の意味は理解した。

でも、わざわざ好き好んで人殺しの現場に介入するだなんて……命がいくつあっても足りない。


「最後にはミニガンとかロケランとか?デカいのぶちかましたいな~って」


“とか?”じゃねぇよ!ふざけんな!


「銃がお好きなんですね」


私は冷静を装った。しかし


「いや?撃つのが好きなだけ」


たすけてニック、こいつマジもんのトリガーハッピーだ。


「あの機関砲はどこで?」


ニックが尋ねる。


「どこだったかなぁ……拾ったのは2ヶ月くらい前だけど」


拾ってないよね?

殺して奪ったんだよね?


「かなり珍しい銃であることはご存知ですか?」

「はぇ~どおりで弾が見つからないと思った」

「あれはDP-28という銃です。東側諸国では比較的メジャーな弾薬を使用しますが」

「へぇ~」


あまり興味はなさげだ。


「私は商人をやっておりますから、多少は弾薬の取り扱いがありますが、如何でしょうか?」


ニックはさっそくビジネスの話に持ってきた。


「考えとくね」


かわされた。


「それよりさ、おふたりはどういう関係なの?」

「ゲホッハ!」


いきなりド直球の質問が飛んできた。

コーヒーむせた。


「え~自分たちはで「ビジネスパートナーです」」


私はニックが何か変なことを口走る前に、ハッキリと言い切った。


「ふたりで行商を?」

「いえ、私は普段ルート62に面した所でダイナーをやっています」

「ダイナー!いいなぁ……久々にハンバーガー食べたくなってきた」

「ちょうど牛肉を仕入れたんですよ」


わたしもさりげなくビジネストークに持ち込んだ。


「え!?うそ!行く!!」


ふふ。

私は心の中でほくそ笑んだ。



2時間後、私たちは目的地に到着。そこでの仕事を終えた。

移動の方がよっぽど大変だった。


「さて、用事も終わったことだし帰りますか!」

「そうだな、帰りは迂回して行こうと思うから、早めに出発しよう」


そんな話をしている私たちからは少し離れたところで、“彼女”は煙草を吸っていた。


「私は帰りますけど、どうします?」

「ついてく、ハンバーガー食べたいし」

「じゃあ乗ってください」

「りょうかーい」


ジュッ!と煙草の火を消すと彼女はこちらに歩いてくる。

そのとき


「あ」


突然ニックが声をあげた。


「失礼、そういえば名乗っていませんでしたね、私はニックといいます。こっちは」

「ラケルです」

「ニックにラケルね、いい名前」


うんうん、と彼女は頷いた。そして


「あ、そっか、私も名乗らないと。私は……」


一瞬の間をおいて


「キャメル」


そう名乗った。

キャメルって綴りは「Cammell」かな?だとしたらファーストネームではなくファミリーネームのように聞こえる。まぁ渾名の類かもしれないし、深く詮索するのはよそう…。


「今更ですがよろしくお願いします、キャメルさん」

「“メル”でいいよ。ていうか敬語やめない?」

「じゃあ遠慮なく、よろしくメル」

「こちらこそ、ラケル。うん、この方が自然でいいよ」


そんなことを話しながら、私たちは車に乗り込んだ。


「そうだ、二人の出身はどこ?私は南中部なんだけど」

「俺は南海岸の生まれだ」

「いいじゃん!オーシャンビューが最高なんでしょ?」

「そうだね、そのかわり夜の治安は最悪だったけど」

「やっぱりか、ラケルは?」

「私は西海岸北部」

「なるほどね。宗教的に重要な場所だから“ラケル”っていう名前も納得」

「そういうこと。“West End Girls”なワケですよ」

「ちょうど“それ”のCDあるけど流そうか?」

「お願いしま~す」


他愛のない話が続く。これから少しの間、賑やかになりそうだなぁ。





ここ最近、俺は違和感を感じる。襲撃回数の増えたゴロツキ共の事だ。


「スラッシュよりCP、通報のあった区域は鎮圧した」

『こちらCP了解、特に変わった点はないか』


足元に転がる連中の装備を一通り確認する。


「いや、特には見当たらない」

『それならいい。スラッシュ、パンサーを連れて持ち場に戻れ』

「了解した」


通信を終える。もう一度足元を見る。無難な武器、無難な弾薬、無難な装備……変わった点はない。

なさすぎる。

ゴロツキ連中がここまで無難な装備で統一されていると違和感がある。

俺の考えすぎだろうか?

しかし、ここ最近オアシス周辺でバイクを乗り回す連中が現れたという情報がある。

今までそんな奴らは影も形もなかった、本当にここ最近の話だ。

装備、バイク、最近発生したそれぞれの事柄が独立しているのではなく、関連があるとしたら……何か大きなモノが動き始めているのではないだろうか。


「まさか……な」


考えすぎか。そうだな、こんなの俺の妄想だ。

それに仮に何かが起きようと


「俺は俺の仕事をするだけだ」


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