第2話 お店はお客を選べない

銃声が聞こえた。

また一人餌食になった。

今この世界を生き抜くために最も必要なのは力、具体的には銃だ。

そんなことみんなわかってる、だからこんな凶器を肌身離さず持っている。

今日の仲間は明日の敵だなんて、珍しくも何ともない。生きるためなら裏切りだっていとわない。

そうやって疑心暗鬼になりながら、私たちは今日もこの世界を生きていく。





「ここもダメか……」


大荷物を背負った男は呟いた。

ここは既にもぬけの殻だ。

かつて人々が暮らした形跡があるから何かしらの部品が調達できるか期待したのだが、それも叶わなかった。

立ち去る前にもう少しあたりを見て回ろうとしたところで、被っているガスマスクが曇っていることに気が付いた。


「これの使い勝手も何とかならないものかね」


男は手に持っていたショットガンを近くの壁に立て掛け、ハンカチを取りだすために背中の荷物を地面に下した。


「さて、どこにしまったかな……」


ゴソゴソと荷物を探り始める

そのとき


カチリ


後頭部に硬い感触を感じた。


「両手を上げろ」


自分としたことが不覚だった。ここまで接近に気がつかなかったとは。大人しく指示に従い両手を上げる。


「そのまま動くな」


後ろから男が一人、正面へまわり込んで来た。どうやらボディチェックをするらしい。


「治安部隊だ。不審な人物がうろついていると連絡があった、調べさせてもらう」


なるほどね。

少し首を動かして周囲の状況を確認する。後ろから突き付けている銃はナガンM1895リボルバーでサプレッサーがつけられている。持っている手は右手、まっすぐ肘をのばしている。

正面の男は腰からソードオフのダブルバレルショットガンをぶら下げていた。治安部隊を自称する割に持っている銃は暴徒鎮圧などに適する命中精度の高いモデルではなく、使用弾薬も別だ。それにわざわざサプレッサーをつけている。

連中の腹が読めた。


「こういう事は頻繫にやっているのかい」

「これが俺たちの仕事だからな」

「そうか“これが”お前たちの手口というわけだな」

「なに?」

「やるならやるで、もっと細かいところにまで気を配った方がいい」

「……」

「気が済んだなら開放してくれないかな」

「黙っていれば命は助かったものを」


チキ……


後頭部からトリガーが引かれハンマーが後退する音がした

ダブルアクションのトリガーは重い。銃弾が放たれる前にガスマスクの男は動いた。


右足を軸に時計回りに270°回り、右手でリボルバーを握る手を、左手で右肘を抑える。

正面の男が腰のショットガンを抜くより早く、押さえつけたリボルバーを発砲、ショットガン男の横っ腹を撃ち抜く。

間髪入れずにリボルバー男を押さえつけたまま腹に向かって膝蹴りを叩き込み、トドメに延髄切りを放った。


この間約2秒。ゴロツキを無力化した。

リボルバー男は失神し、ショットガン男は傷口をおさえてうずくまっている。

ショットガンの方は早急に適切な処置を施さなければ出血多量で死ぬだろう。だがガスマスクとしてはそんなこと知ったことではない。

二人のことなど気にも留めず、荷物からハンカチを取り出し曇ったマスクのレンズをみがく。


「これでよし、と」


ハンカチをしまうと荷物を担いで壁に立てかけていた愛銃、イサカM37を手に取りゴロツキ連中に背を向けた。


「あんたら運がなかったよ」


そう言い残すとガスマスクの男はその場を後にした。





ル……!

……ケル!

ぉい……!


「ラケル!!」

「はぅわ!」

「いつまで寝てる!お客さんだぞ!」

「あっぇ……」


まだ頭がよく回らない。そうだ私はカウンター席で寝てたんだった。


「ラケルさん、よだれが……」


シャルロッタがタオルを手渡してくれる。

おぉ、ありがとう。ニックと違って君はいつでもやさしいね。


「はーよく寝た……」

「じゃあさっさと接客しろラケル」

「わかってるっつーの!店主は私だぞぅ!」


私とニックがくだらない言い争いをしている間にシャルロッタは接客対応をしてくれた。


「いらっしゃいませ……ごちゅうもんはなにになさいますか?」


お客さんはボックス席に一人で座っている。こちらに背を向けているので顔は見えないが、体格からして女性だろう。黄緑色のウィンドブレーカーをまとい、フードを被っている。


「水と大豆ハンバーガー」

「おしはらいは?」

「……」


無言でテーブルに弾丸を置く。あれは357マグナム弾だ。


「すみませんがじゅうをおもちであれば、みえるところにおいてください」

「……」


無言でテーブルに銃を置く。あれはMicroUziだ。

……ん?MicroUziって使用弾薬は9mmだよね。

それに銃にはサプレッサーがつけられている。まぁあまり深く詮索しないようにしよう。

こんなご時世誰だって秘密の一つや二つはあるものだ。そしてそれは大概知らない方がよいことなのだ。


「しょうしょうおまちください」


シャルロッタがカウンターに戻ってきた。私は調理を開始する。

フライパンにオリーブオイルを垂らして、ガスコンロに火を入れる。このオリーブオイルもニックから買い付けたものだ。

十分に油が温まったらフリーズドライしておいた大豆のパティをフライパンにのせる。隣ではニックがバンズを上下に切り分けてくれている。パンを刃物で綺麗に切ることは意外にも難しいのだが、こいつはもう慣れたものである。口では「俺は店員じゃない」とか言っておきながら頼まれてもいないのにこういった手伝いをしてくれる。ひょっとしてこいつはツンデレなのだろうか?

やめよ。男のツンデレとか気持ち悪いし。

でも、私はニックと並んでカウンターで作業をしている時間がこの世で3番目に好き。

本人に言ったら調子に乗るから絶対に言わないけど!

そんなこんなで料理は完成した。シャルロッタが料理をトレーに乗せて客席まで運んでいく。


「おまたせいたしました、だいずハンバーガーになります」

「ありがとう」


相変わらず背中を向けているから表情は見えない。それでも「ありがとう」の言葉は嬉しいものである。

しばらくして


「そういえば」


お客さんは唐突に口を開いた。


「ここには毎日どれくらいの人が来るの?」


これは私が答えるべきかな。


「多い日で20人ぐらい、少ない時は0ですね」

「それは町の人?」

「色々です」


町とはすなわちオアシスのことである。

そこで暮らしていてもわざわざ外のダイナーまで来てくれるお客さんもいる。

うれしいことに。


「じゃあ流れ者もいるわけね」


そう言うと彼女はこちらを向いた。

黒くて長いつやのある髪が真っ先に目に入った。前髪も長く、右目が隠れている。

左目はまるで翡翠のようで、まっすぐに私を見つめていた。


「人の集まる場所には情報も集まる」


彼女はゆっくりとカウンターへと歩いてくる。


「もしよければ色々と聞かせてほしいのだけれど」


カタカタン……カウンターに弾丸が置かれる。今度は45ACPだ。


「ここは飲食店です」

「そう、飲食店」


彼女は指先で弾丸をもてあそぶ。


「まさしく命をいただく場所ね」


彼女の銃はボックス席のテーブルに置かれたままだ。だが私は念の為、相手からは見えないようにカウンターに収納されているウィンチェスターに手を添えていた。

店の外にも誰かいないか気を配る。


「食べ物も情報も今のご時世じゃまさしく命と等価なものじゃないかしら」

「……」


私は横目にニックの様子を見る。彼は恐らく意図的に何でもない風を装っている。

シャルロッタはどうか。彼女はシロークを抱きしめて撫でているが、片手が鎖の金具にかかっていた。


「そんな怖い顔しないで」


お客さんは笑ってみせた。


「別に無理なら無理で構わないから」


その場でくるりと回ってまた私に背を向ける。

そして顔だけを私に向けた。


「せっかくいいお店を見つけたんだから、今後とも仲良くしたいしね」


振り返った彼女の目は怪しく輝いていた。


「長々と居座って迷惑かけたわね」


お客さんは自分の銃を懐にしまうと出入口のドアへと足を運ぶ。

いや、なんていうか別な所で迷惑だったわ。

彼女の言う通り飲食店には情報が集まる。そのせいで「知ってはいけない」ことまで知ってしまい、面倒な連中から脅されたりすることもあった。

だから今回もその手の人かと警戒していたのだ。


「ああそうだ」


ドアをくぐる直前に彼女は足を止めた。


「ガスマスクの男には気をつけてね」


ガスマスクの男……?今どきガスマスクを被った人物はそこまで珍しくもないが。


「ガスマスクを被って異常な大荷物を背負った男、ここ数週間で相当数の漁り屋が殺されたって話よ」


またそういう物騒な話か……しかし、そこまで珍しいことなのだろうか?


「なんでも銃の部品や工具、果てには銃器技師を狙って動き回ってるみたいだから、もしかしたらここにも来るかもね」


なるほど、確かに近くにはオアシスもあるし、ダイナーには人や情報が集まり弾薬が貯蓄されている。


「そんな感じだから気をつけてね~」


カランカラン……


彼女は店を出ていった。

忠告は受け取った。

もっとも利用価値のあるうちは死なれると勿体ないってだけだろうけど。


「はぁ~つっかれた……」


ドカッ!と勢い良くイスに座って脱力する。


「すごい音」

「うるせぇよ……」


ニックに言い返す気力もたいして残っていない。


「しかしあれだな、さっきのは流石に俺も肝を冷やしたよ」

「あ、やっぱり?」


自分は何にも気にしてませーんみたいな顔してたのに。


「その割には顔色変わってなかったけど」

「俺まであたふたしてたらダメだろ」

「まぁね」

「それに商人ってのはいつでも相手の風上に立ってないと務まらないんだぜ」

「そういうもんか」

「そういうもんさ」

「わたしもどうしていいかわからなくて、とりあえずシロークをなでてました」


シャルロッタが言う。


「その判断は正しかったよ」


犬はそういった周りの空気の変化に敏感だ。シロークはシャルロッタの指示にはよく従うが、主人の身に危険を感じると真っ先に行動を起こすかもしれない。

まぁ終わったことはいいや。


「ひと段落したところだし、フレンチトースト焼くか!」

「おっ!待ってました!」

「卵は今朝のとれたてだぞぉ~」

「わたしもたべていいですか?」

「いいよ!3人で食べよう!」


気を取り直して調理の支度をする。

こうして3人(と1匹)でワイワイしている時が私はこの世で2番目に好き。

こんな時間がいつまでも続けばいいと思う。だけど店の発電機やニックの車の燃料はオアシスのプラントから湧き出たもので、それは有限だ。終わりは必ずやってくる。その時ダイナーはどうなるの?ニックの商売は?全て無くなった時、3人の関係は一体どうなる?

考えたくない。

でもその未来はいつか必ずやってくる。

私はそれがとても怖い。

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