幼い駆けない離さない

@tototaroh

10月31日 午前10時半 きんせつレジャーランドショー会場

『たいへん!ヒーローがまけちゃいそう!みんなーっ!ヒーローにちからをかして!』

子どもたちだけが声を出し、連れてきている親が白けているのはいつものことだ。どんな声量であっても、次のアナウンスをきっかけにしてヒーローは立ち上がる。ジェネラルレッドのマスクの下で佐藤は舌打ちをする。会場内の雰囲気を伺うことはやめない。通路脇に降りるとき、降りるべきは盛り上がっている子どもの横だ。 

「あれ?」

6列目の12席目。色鮮やかなシャツを着た子どもは父親の方を見ずに、心なしか緊張しているようだった。

『くらえ!ハープビーム!』

場末の遊園地の割に最新技術の取り入れに余念のない舞台装置が怪人に向かって照明のビームを放つ。本番50分前に確認したピンスポットのレベルは強くじりじりと使い回された着ぐるみを焼く。ショーが終わったらまずスタッフに小言を言わなければならない。不快感を顔に出さないようにヒーローの仮面のまま佐藤は子どもたちの笑顔の中を歩いていく。ああもう、スタッフも自分たちなのだから誰に文句を言えばいいのだろうか。

『やった!おれたちのかちだ!』

決めポーズの後は急いで退場口に向かって子どもたちに最後のサービスだ。写真撮影を求められれば気軽にピースのひとつでもしてやり、今日はハロウィンだからおまけのお菓子の詰め合わせだ。それ、昨日担当者と俺たちが詰めたやつですよ。賞味期限10日後だから気をつけてね。そんなことは言わずににこにこと子どもたちを見送る。

「バイバイレッド!」

「バイバイ!この後も楽しんで帰ってね!」

慣れない営業スマイルに慣れたのはいつからだろう。佐藤は汗でヒーロースーツが脱ぎにくくなることが嫌いで仕方がない。

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