ゼルンの魔法使い ~コミュ障女子高生、異世界で魔法使いになる~
ただのん
1章:終末の獣とはじまりの魔法
第1話「ハル」
淡い光の中にいた。
「ん……」
体を起こし、目を開ける。
ぼやけた視界がゆっくりと鮮明になっていく。
世界が輪郭を取り戻すと、そこは小さな部屋の中だった。
部屋はやけにごちゃごちゃしている。
棚や床がなんだかよくわからないもので埋め尽くされていた。
その中の一つをつまみ上げてみる。
先端が尖った円筒形に羽の生えた物体だ。
「……ロケット?」
それはロケットの模型に見えた。
改めて部屋を見渡すと、部屋を埋め尽くしていたのは全て人形や模型などの玩具のようだった。
「……子供部屋?」
私は立ち上がり、手や足を動かしてみる。
手を開閉し、つま先で床をつつく。
どこにも異常はない。
私は部屋に一つだけあった扉を開けた。
さっきの部屋とは打って変わってガランとした空間が広がっていた。玩具どころか、家具が何一つない。
家の中を静かに歩く。
(……なんにもないや)
やがて私は、外から光が差す一つの扉を見つけた。
私は扉を開け、ゆっくりと外に踏み出した。
砂埃と、乾いた風が頬を撫でた。
「……どこ、ここ」
眼前に、朽ちた街が広がっていた。
私は呆然と立ち尽くす。
「どうしてこんなことになったんだっけ……?」
私は必死に記憶を手繰り寄せた。
記憶は昨日にさかのぼる――――……
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「まだカラオケ誘ってない人いる? あの人は?」
「あいつはいいんだよ」
「そうそう。関わらないほうがいいよ」
「え――……でも、一応誘ってみるよ。せっかく残ってるんだし」
その一言で、心臓が跳ね上がった気がした。
近づいてくる足音がする。そして私の隣でぴたりと止まる。
私はさりげなく振り向いて、偶然気付いたフリをした。
「あ、う、な、なに?」
やっぱり吃ってしまった。
これが私の精一杯のさりげなさだ。
「これから新しいクラスのみんなでカラオケ行くの。もしよかったら、どう?」
「あ、う、どうしよっかな……」
どうしよう。本当に参加していいのか。
行ったところで会話になるのか。
あ、う、という接頭語を付けずにしゃべれるのか。
答えようと顔を上げたとき、見てしまった。
彼女の背中越しに私に突き刺さる、雄弁な視線を。
”くるんじゃねーよ、電波女”
そう目で語っているように見えた。
「……ご、ごめん、実は用事あるんだ! さ、誘ってくれて、ありがとね! じゃあね」
彼女が何か言いかけたが、有無を言わせず教室を出た。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
私は東京の学校に通う女子高生、ハル。
昔から突飛な発言が多く、それが原因でよくからかわれた。
今では人とうまく話せない。
突飛な発言の原因は、いつも見る変な夢だ。
現実と区別がつかないような夢を見ると、それをよく話した。
「…………嘘じゃないんだけどな」
夢は荒唐無稽なものから、身近なものまで様々だ。
だが、中には現実に起きるような夢もあった。
火事の夢が現実になり、地震の夢が現実になると、いよいよ気味悪がられるようになってしまった。
「クロ、今日は来ないかなぁ」
私は公園のベンチに座って缶コーヒーを飲んでいる。
嫌なことがあったとき、ここに来て黒猫のクロと戯れるのだ。
三十分ほど待ったが、今日はもう来なさそうだ。
「クロのバカ」
ため息を一つつき、コーヒーを一気に飲み干した。
空き缶を両手で包み、うなだれるように俯く。
髪が前に垂れ、手元が陰に隠れる。周りからは学生が落ち込んで俯いているようにしか見えないはずだ。
目を閉じると、私は一言、心の中で念じた。
――――つぶれろ。
その瞬間、ギシ、と空気が軋むような音がした。
ほんの一瞬の出来事。
誰も見ていないし、聞いてもいない。
もし見た人がいたとしても、何があったかは気付かないはずだ。
私はゆっくりと顔を上げ、手を広げてそこにあるものを見た。
小指の先ほどの物体が手の中にある。
一体どれほどの力が加われば、空き缶はこうなるのだろう。
深海に持って行ったインスタントラーメンの容器が小さくなったのを見たことがあるが、少なくともその力の比では無さそうだ。
念じるだけで缶をつぶすことができる。
私は夢が幻想ではない確信があった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「あ、おかえり、お姉ちゃん。ご飯できてるよ」
「ア~キ~ちゃ~ん~」
私は妹に抱き着き、短めの髪に頬ずりした。
「もー、どうしたの? また嫌なことでもあった?」
「別にぃ。いつも通りだよ」
嫌なことはいつものことなんです。
「そ。じゃあご飯を一杯食べて忘れよう」
「うん」
さすが我が妹。よくわかってらっしゃる。
彼女は大盛りのカレーを渡してきた。
私は代わりにそれ以外の食器を配膳する。
いただきます、と二人で手を合わせた。
「相変わらずアキちゃんの料理は美味しいね」
「手のかかる姉がいるからねー」
「私だってご飯作ってるじゃん」
「妹はお姉ちゃんを元気にする料理を作るために日々努力しているのです」
「む――――……」
まあ、確かに落ち込んでますけど。
言い返せないのが悔しい。
「アキちゃん、今日お父さんは?」
「遅くなるかもって。……あっ、ちょうどメッセージきたよ」
二人のスマホが同時に鳴動した。
父からのメッセージを確認する。
「今日帰れそうにないって。かわいそー」
「お姉ちゃん、写真撮って送ってあげようよ。頑張ってねって」
「お父さんも元気づけてあげますか」
顔をくっつけて写真を撮り、父に送ってあげた。
既読になってもすぐに返事は来なかったが、やがて泣いている変なクマみたいな絵が送られてきた。感激してしばらく言葉にならなかったようだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
その夜、私は夢を見た。
――――竜が空を飛んでいる。
影が頭上を通り過ぎ、私は竜を見送った。
三角屋根が立ち並ぶ、のどかな街を私は歩く。
通りすがりに、不思議な姿をした住人とすれ違う。
動物の耳や、尻尾の生えた人たち。
挨拶をすると、親し気に笑顔を向けられる。
足元を小さな生き物がちょこちょこと走り回る。
小さな体に大きな耳を生やした、ウサギ頭の獣人。
彼らを見ていると、昔よく読んだ絵本を思い出す。
彼らは野菜の満載されたバスケットを私に手渡した。
私はそのお礼に、彼らが頭に乗せている花冠に魔法をかける。
花が大きく咲き乱れ、ウサギ頭たちは飛び跳ねて喜んだ。
ふいに、私たちに影が差した。
影は私たちを覆い、さらに街全体を覆いだした。
竜ではない。
何事かと頭上を見上げ、息を呑んだ。
そこには、光を飲み込む漆黒の闇が広がっていた。
闇は空にぽっかりと空いた穴のように浮かんでいる。
ヴゥゥ――――――――ンン――――……
不気味な音が鳴り、腹の奥底までそれが響いた。
その音を合図に、空に浮かぶ闇に変化が起きる。
波紋のような文様が広がった後、雫となって落ちてきた。
あっ、と思った瞬間には、それは街の中心に落ちていた。
黒い雫は、液体のようにうねり、拡がり、街を、人を、そして私を飲み込んで――――――――……
――――……
――
「――――――――っっっ!!」
私は跳ね起きた。
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