第4話 なんちゃって貢ぐ女

わかってた。

どうせ、ただの客だってことくらい。



向こうからすれば、私なんて客の一人に過ぎない。



こっちがいくら貢いでも


とれほど焦がれても


失うだけで何一つ返ってこないってこと。


なにもかもわかった上で、私は付き合ってきた。


笑いたきゃ笑え。


バカだとなじりたけりゃ、なじればいい。



「だから言わんこっちゃない」


親は嘆いていた。



最初は軽い気持ちだったんだよ?


友達に誘われて、その子との付き合いがなくなっても、私たちは終われない。



後悔はしていない。

日々の暮らしですり減った心を救ってくれたことは、紛れもない事実だから。



それに、もう大人だもの、

稼いだお金を何に使おうと自由よ。

誰にも文句は言わせない。




ただひとつだけ言わせて?



いくら注ぎ込んだと思ってるのよ。



いきなりこんな仕打ちって、酷いじゃない。


「すみません」


店の人間は、申し訳なさそうにそう言った。



「別に、構わないわ」



私は物分かりのいい女を演じて、店を出た。



夜道にひとりきり。



本当なら、今頃ごきげんで家路につくところだった。


もちろん、後悔なんかしていないわ。


形あるものはいつかなくなるんだから。


……でもやっぱり、後悔してるのかな。


お願い、出会う前の私に戻して。


今度はきっと、甘い誘いに乗ったりしない。





それから数日後、店を覗くたびに未練がましく探してしまう。


店員と目が合うと、彼は困ったように笑った。


「もう諦めたら?」とでも思ってるんでしょう?


わかってるわよ。

諦めてる。


ただ、現実が見られないだけ。


出社すると、同期と一緒にいつもの場所へ向かった。

そいつは私の落ち込みようを見て、ニヤニヤと嘲笑った。



「またかよ」


「また、だよ」


「なんでおまえが好きな銘柄は、廃止になんだろうな」


「知らないわ」



いっそ、たばこメーカーに問い合わせしてやろうか。

ありったけの在庫寄越せと言いたい。



そして私は、禁煙を決めた。



「あんたとここで会うのも、今日で最後だから~」


社内で最も奥にある喫煙所。会議でもやってなければ、私かこいつしか来ない。


最後の一本に火をつけて、投げやりに告げた私に対して同僚は言った。


「そんなら、今度は外で会う?うまい店にでも行こうや」


「…………それってどういう」


「うまい店に行きたい。理由があったら、会って話してくれんだろ?」



禁煙も悪くない。

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