第4話 思うてたんと違う
初夏のよく晴れた日。
私は急遽、王宮に呼ばれてやってきていた。金色の縁取りが美しい招待状、いや、召集状が届いたのは昨日の夜のこと。
ユーリからはあの日以来10日間も連絡がない。使いのものを出しても「また連絡する。早まって動くな、待機せよ」という軍隊みたいな返答だけが返ってきた。
でも、もう遅かった。
私の日常は相変わらず初老で、だから、やってしまったの。令嬢にはあるまじき行為を……。
王宮に到着すると、謁見の間に案内された。てっきり第三王子の待つ庭園やサロンに案内されると思っていたのに。
重厚で豪華な扉を開くと、そこには大きな椅子に国王陛下が座っていた。50歳くらいの美形で、本当にあの第三王子の親か疑わしいほどかっこいい。
でも、この場にはなぜかユーリがいた。
身なりは貴族のようで、上質な生地の青い衣装を纏っている。いつものゆるい雰囲気ではなく、背筋を伸ばして威圧感さえある様子が違和感しかない。
国王陛下の隣には第一王子、そして婚約者の第三王子に王女様が二人いた。
第二王子は隣国に遊学中だから不在だ。
問題は、ユーリのいる位置。
第一王子と国王陛下を挟むようにして立っている。ポジションが絶対的におかしい。
一瞬、驚いて足を止めるも、ユーリが目を合わしてくれないからそのまま通常通りに前に進んだ。
中央まで来ると、淑女らしくスカートをつまんで少し屈み頭を軽く下げた。声をかけられるまでは顔を上げられない。
「エマ、よくぞ来てくれた。ラクにせよ」
ここで本当にラクにしてやろうか、なんて少しだけ頭をよぎるけれどぜったいにそんなことはできない。
寝転がれるはずもない私は、少しだけ顔を上げた。ちらりと第三王子を見ると、いつも自信満々で腹を突き出しているのに、なぜか今日は顔色が悪く沈んだ空気を醸し出していた。
おやつでも盗まれたか?
私は澄まし顔で、公爵家の娘らしく笑顔を取り繕う。
「エマ・カルドーネ。そなたには、第三王子との婚約を解消し、ここに控えているユーリ・ハリヤーの婚約者となってもらう。異論は認めない」
「はい?」
私は驚きのあまり、上擦った間抜けな声を上げてしまった。どうしよう、喉がカスカスだわ。
今、なんて?
え、ユーリって家名あったの?貴族なの?
って違う違う、大事なのはそこじゃない。
目のキワが切れるんじゃないかと思うほど、私は目を見開いて言葉を失っていた。
ユーリは澄ました顔で、まるで部外者のようにしれっと立っている。なぜじゃ。
おい、なぜなんだ。
私の困惑を察した国王陛下が、事の次第を説明してくれた。
「ユーリ様は異世界から来られた勇者様だ。魔王を倒し救ってくださった英雄だ。その彼が、恩賞としてエマを望まれたのだ。王国としてこれに応えないわけにはいかん」
「恩賞?」
あれ、勇者様は恩賞なんて受け取らずに、どこかに旅立ったのでは?
え?
ええ?
はぃ?ユーリ、勇者?
あれ、勇者様ってみんなが見惚れる美形で、たくましい騎士みたいな人じゃなかったの?聖剣で魔王を倒したんじゃなかったの?
ソファーでおかき食べてるユーリと勇者様のイメージが合わない!
思うてたんと、だいぶ違う。
パニックになった私は、とにかくオロオロしてその場にガクンと膝をついた。
するとその様子を見た第三王子が汚くてツバを飛ばしながら叫んだ。
「ほらみろ!エマがショックで倒れたじゃないか!やはりエマは私を愛してるんだ、私の妃になりたいんだ!」
んなわけあるかい!国王陛下がいなければ私はきっと叫んでいる。
ムダなツバが飛ばないように、あいつの口の中におかきを詰め込んでやりたい。唾液が尽きて倒れればいいんだわ。
ユーリを見つめれば、やっと視線が合って、謎の爽やかな笑みを向けられた。
私は瞬時に悟る。
あ、これおもしろがってるな、と。
ユーリは私の元にカツカツと高い靴音を鳴らしながら近づき、そばに片膝をついて私の右手をとって肩を抱き寄せた。
「物みたいに扱われて気分が悪いだろうが、アレの妃よりはマシだろう?」
急な接近に、心臓がドキドキとなり始める。肩を掴む手が大きく力強い。
私は脱力して、彼の顔を見上げた。
「そうね。アレのための道具であるよりはずっと幸せな未来が見えるわ」
「なら、決まりだな」
ユーリはそう言うと、私をいきなり横抱きにして抱き上げた。
うええええ!?展開が早い!
びっくりして落ちそうになり、私は必死でユーリの首元にしがみつく。顔はみっともなく真っ赤になっているだろう。
「陛下!このようにエマ殿も了承してくださったので、連れて帰ります!」
それから先はよく覚えていない。馬車に乗ったら乗ったで、
とにかくいろんなことが頭にぐるぐる渦巻いて、今にも吐きそうだった……のだか。
「吐きたいなら吐いてもいいぞ。ただしこの密室だ、俺もやばい、もらいゲロする可能性はある」
こら、勇者がその言葉を言うな。威厳を保て。そして仮にも婚約したのだから、ゲロ吐くとか言っとらんと甘い言葉のひとつでも吐け。
一気に謁見の興奮が飛んでいき、ただのユーリと過ごす空間に思えてきた。
「終わったの?これで」
私はポツリと呟くように言った。
ユーリは窓の外をぼんやり眺めながら、一言だけ返事をする。
「あぁ、終わった」
「「…………」」
何も話さないユーリを見て、私は気づいた。
「ユーリ!酔ったんでしょう!?ほら、こっち側に座って!」
「うっ、無理だ、俺を今動かすな!うぷっ……、だから馬車はイヤなんだよ、バスでも酔うのに……!」
なんだバスって?
こうして私の5年間に及ぶ苦行は、あっけなく、緊張感もなく終わりを告げたのだった。
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