第3話 なんで?さっそく実行してみたのに

7日後、約束通りに私はまたユーリのところにやってきた。もちろんアリスも一緒に。


今日も白シャツに黒のボトムというラフな格好のユーリは、開口一番「考えは変わったか?」と尋ねてきた。そんなわけないじゃない、と私が返すと困ったように笑う。


これから私はえげつなくしょうもない女になるのよ!




あれから私は、自分なりにしょうもない女になろうと努力したみた。


「まずは夜更かし、そして昼前まで眠る自堕落な生活スタイルに挑戦したのよ」


コーヒーを入れながら、ユーリは私の話に適当な返事をよこす。


「へぇ、それで?」


「本を読みながらソファーで寝てしまって、体が痛くて早く目が覚めたわ!」


あれは失敗だった。しかも昼間に眠くて眠くて仕方ない。自堕落生活は長年の令嬢生活が染み付いた体には過酷すぎた。


おまけに早朝から散歩したせいで、庭師のゲオルクに見つかって花について語り合ってしまったわ。


私、マジ初老。

こんな朝早くから散歩して花を愛でるなんて、イケてる初老の鏡。老後は安泰ね……って違う、こんなの目指してるわけじゃない。



そして朝から散歩する、眠い、早く寝る、また早く起きる、散歩する、初老。

これを繰り返して7日経ってしまった。



どうせならしょうもない初老になりたい。見る人見る人に文句や嫌味をいう存在にならなくては。



コーヒーカップを3つ器用に持ち、ユーリは私たちの正面に座る。アリスと私はお礼を言ってそれを口にした。


なぜかユーリが私を残念な子を見る目で見ている。


「ユーリ?」


こら、無言で頷くな。まだ助かるぞ、みたいな気休めを目で語らないで。これは唯一の収穫を伝えなくては。


「でも目の下にクマを作って茶会に出かけたから、優雅で美しい令嬢という枠からは外れられたわ。これは喜ばしい誤算よ」


力説する私を一瞥し、ユーリは相変わらず苦笑いのまま。

この人、わかってるのかしら?私一人じゃうまくいかないからこうして何でも屋であるユーリに依頼に来ているのに。


失敗したことを呆れられてもねぇ。私は自分の無能さを棚に上げて、ユーリを不満げに見つめる。


「他には何もやってないだろうな」


「あら、私がそんな行動力のない女だと思って?」


ふふふ、実は噂話が好きで人を貶める女というのも実践してやった。

茶会に来ていた友人のリーナに、気分屋で他者に厳しいという悪い評判が立っていたのでそれを本人に伝えたのだ。


話を聞くと、確かに理不尽に使用人や家格の劣る令嬢たちにねちねち嫌味を言っていた。最近、婚約者と不仲でイライラしているらしい。


私は彼女を貶めるためにここぞとばかり叱責した。そんなことしては家の名に傷がつくわよと。貴族にとっては命ともいえる家のことを持ち出して脅してやったわ。


「エマ……ありがとう!あなただけよ、本当に私のことを考えて叱ってくれたのは」


でもなぜかお礼を言われてしまった。ちょっと待って、私はあなたのことを微塵も考えていないわ。うん、これ事実ね。なのになぜキラキラした瞳で、私の手をぎゅっと握ったの。


貶め方が足りなかったの?いや、それよりも彼女がドMだったのか?将来、おかしな詐欺に騙されないか心配ね。


「と、いうわけでおおかた失敗に終わったわ」


瞳を閉じて、切ない失敗談をユーリに愚痴る。隣のアリスは茶菓子を遠慮なく食べていて、バリバリぽりぽりと軽快な音を立てていた。


ユーリの故郷のお菓子・オカキだという、この米からできたパリパリするクッキーは超絶にうまい。すり潰して油で揚げるという、カロリーの塊なのだが病みつきになる。


小麦に比べるとあっさりしているはずの米を、油に投入することでデブのための菓子にするなんて……おそろしい執念を感じるわ。


いつも摂生を強制されている私からすれば、こんな悪魔の菓子をつくりあげたユーリの故郷の料理人はまさに魔王。絶対にデブだな、と一人頷く。


「はっ!?」


私は閃いた。これを食べまくって太れば……デブ王子にデブ令嬢をお見舞いしてくれるわ!的な感じになるんじゃないかしら。


「こら、食べ過ぎはダメだからな。体に悪い」


たくさん食べているアリスよりも、一枚だけつまんでニヤリと笑っていた私が注意されたのはなぜなんだ。オカキはユーリがいないと食べられないのに。


私はその場を仕切り直して、話を続けた。


「次は浪費家作戦なんだけど」


「あぁ、だいたい予想はつく」


「うち、お金あった。だいたいのことは浪費にならないのよ。

お父様は「私たちが金を使うことで、民の暮らしが活性化する」とかなんとか言い出してしまったし」


新しいドレスを3着も増やされた。浪費したことには変わりないんだけれど、イマイチ成功した感じがしない。


「もうあとは男遊びしかないんだけれど、これは勇気がいるわ」


私の呟きに、ユーリがゴフッと珈琲を吹いた。


「エマ、男と手を繋いだことは?」


「ない。あ、引退したお爺様とはたまに」


「いやそれ階段上がるときの介助だろう。……キスは?」


「ない!」


「それでよく男遊びしようと思ったな。遊ばれるのがオチだ。いや、遊んでる男はエマみたいなのは選ばない、公爵家が出てきそうでおそろしいから需要がなさそうだ」


「えええ、それは困るわ。いかにも遊び人みたいな人と浮名を流す感じじゃないと、あのクズ王子につりあわないじゃないの」


「なぁエマ、今さら根っこの話で悪いんだが、クズに合わせなきゃダメなのか」


「当たり前よ。だって婚約破棄はできないのよ?」


最初の3年間は、毎日毎日どうすれば婚約破棄できるかをひたすら考えた。円形ハゲができるほどにね!


でも無理だ。両親や家、使用人を人質に取られているようなものだもの。円満に手を引いてもらえるなんて……あっちからの婚約破棄以外にはない。誰か他の令嬢に目移りしてくれないか、それも願い続けて5年になる。


「婚約破棄できないのなら、王子のために無理やり美しく創り上げられた私はもう嫌なの。あんなヤツを喜ばせたくない」


ユーリはため息をついた。深い深いため息を。


「もし……しょうもない女になる以外に助かる方法が、そいつと結婚せずに済む方法があったなら、エマはどうする?」


「え」


ユーリがまっすぐ私を見つめ、妙に真剣な顔してそんなことを言うから、私も真剣に考えた。


よくわからないけれど、それは両親や使用人に迷惑をかけずに婚約破棄できる方法なのかしら?


しょうもない女にならなくても、向こうから婚約破棄してくれる?


ここで私は閃いた。単純明快な方法を。


「目が離れて顎がしゃくれて、肌が荒れる魔法の道具でもあるのね!?さすが何でも屋!」


「なんでそうなった」

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