彼女の髪色が知りたい
ツッキー
彼女の髪色が知りたい
「———それでは、今日の主役のご登場です!
司会者の長ったらしい話が終り、僕の名前を呼ぶ。
大勢の拍手が鳴り、外から聞こえてた蝉の鳴き声が消える。
そういえば、久しぶりに僕の名前を聞いた気がするのは気のせいだろうか。少し懐かしい気持ちがするのはどうしてだろう。
舞台脇から壇上に移動すると、白い服や黒い服を着た記者さんがたくさんいて、僕が出て来た途端に黒い物(カメラだろうか?)から白い光りを飛ばす。
その光景に僕は少しびっくりしてしまうが、あまり変なことを書かれたくないので言われたとおりにさっさと壇上の真ん中に行く。
「えー...時雨時雨です。『しぐれしぐれ』と書いて時雨時雨です」
こうして、僕のスピーチが始まった。
正確には色を識別する三種のうんたらかんたがどうたらと書いてあるが、難しい話しは好きじゃないので全く覚えてない。
詳しく知りたい人は、調べてみるといい。
これのせいで、僕は信号がどんな風に動いてるか全く分からないし、りんどとトマトの共通点なんて丸いことしか分からない。
マジカルバナナをやろうとしても、「バナナと言ったら黄色」で僕が回ればゲームが終わる。
そんな、普通じゃない人間だ。
僕は生まれた頃からずっと病院で暮らしている。
一応外には出れるが、ずっと病院で暮らしている。
理由はただ一つ、外は怖いからだ。
たくさんの人がいて、僕の障害にどう思われるかが不安で、外が歩けない。
看護師さん達は優しいからきっと大丈夫と言ってくれるけど病院のベッドの方が安全だと思い、今日も甘えて布団に入る。
そんな暮らしを数年してきたわけだけど、今日、いつもの日常が少し変わった。
いつもどうり小説を見ていると、小さな女の子が病室を入ってきたのだ。
頭は帽子のようなやつ(これってなんて名前だっけ)を被ってるあたり癌とかなのだろうか?今のご時世、病気の発症率はかなり低くなったはずだが、神様はたくさんの駒から一つ子供を選んでしまったのだろう。
まぁ、自分もそうやって選ばれたかと思うと他人事とは思えなくはないが。
「この子の名前は
「...時雨?」
女の子、いや、小山内さんがこちらを向いた。
「...よろしくね、小山内さん」
「目が見えないんじゃないの?」
小山内さんが首を傾げた。
看護師さんがハッとした表情になった。
まぁ、事前に聞いたのだろうが、それを色が見えないと目が見えないので勘違いした、そういったところだろう。
僕としてはあまり間違えてほしくない勘違いなので、訂正させる。
「僕は目が見えないだけで、色が見えないだけだよ」
「色?」
「そう、例えばこの魚の人形は青色らしいけど、僕はこれが黒に近い灰色に見えるんだ。もっとわかりやすく言うなら、りんごとか木とかも灰色だよ」
僕は子供でも分かりやすいように語った。
これでも分からなかったら看護師さんに助けてもらおうかと思ったが、小山内さんは少し迷った表情を見せた後に、何か閃いた表情になった。
すると、看護師さんに「あ、あの!髪!」と帽子を指さした。
看護師さんが小山内さんの帽子を外すと、中からふわっふわした髪が溢れだす。よくこの量の髪の毛が入ったな。
あれ?と違和感が過った。癌ならもっと髪が少ないはずだが、どうして小山内さんはこんなに髪があるのだろうか?
「あ、あの...髪、おかしく、ないですか...?」
「え?あー...凄い髪の量だね」
そう言うと、看護師さんは噴き出した。
その反応は少し酷くないかい?という目を向ける。
「ごめんね時雨君、この子の病気を説明するね」
ここから、部屋が少し真面目な空気に変わった。
「古石ちゃんの髪、時雨君は分からないと思うけど、虹色なの。
普通は黒や茶色、アルビノとか特殊な症状でも白一色だけれど、古石ちゃんは赤とか青とか黄色、黒や白や緑やオレンジ...たくさんの色がある病気...まぁ障害とも言えるかな」
「虹色...?」
見たことも聞いたこともない色だった。もう一度小山内さんの髪をもう一度見ると、灰色一色に見えたが、よく見ると黒や白、薄い場所濃い場所がなんとなくあるのが分かった。
光のせいで灰色の濃さは変わるが、先ほどの話を聞くとそうではないらしい。
「でも、どうしてここに?」
「この髪の毛のせいでいじめられちゃって人間不信なんだ。年の近い子と話すリハビリは、髪の色が見えない時雨君ならぴったりかなって思って」
「なるほど、まぁ別にいいですよ」
暇つぶしになるし。
「よかった!それなら、お願いね!古石ちゃんは...」
看護師さんは小山内さんに部屋の説明をし、その後出て行った。
小山内さんは絵を書いていた。
窓から見る自然の風景や、食べ物や置物、時には僕の顔などを書いた。
絵の具を使っていたため色は分からんかったが、上手だった。
僕の白い服に絵の具が付いたが、なんとなく、「これが色なんだな」と思った。
小山内さんはピアノを弾いていた。
音楽は僕も好きでよく聞いてはいたが、自分で引くという考えは無かった。
小山内さんはお世辞にも上手いとは言えなかったが、いつも楽しそうに弾く彼女の姿はとても可愛らしかった。
「時雨君も絵を書いてみませんか?」
お互いことを下の名前で呼ぶようになったころ古石ちゃんは唐突にそんなことを言った。
「僕は色が分からないよ?」
「そ、それでも、その、私のことがどう見えているのかが気になって...」
そういえば、彼女は髪色が虹色で、それがコンプレックスだったな。
例え僕に色が見えないと分かっていても、虹色の髪の毛が灰色の瞳にどう映っているのかが気になるのだろう。
「まぁ、あまり絵は書いたことないけど、それでもいいなら」
「ッ!はい!」
古石さんは笑顔で頷いた。
確か、この日からだろう。
彼女していたことを真似て、色んなことに手を染めていったのは。
意外にも僕は絵の才能があったらしい。
色を使わない絵は今までになんどかあったらしいが、一色覚の僕が書く風景画は様々な芸術家に影響を及ぼした。らしい。
あまり実感が沸かないが、この壇上を見下ろす限り僕は知らないうちに有名人になっていたらしい。
これも全て彼女のおかげだ。
古石さんはしばらくすると病院を退院した。
どうやら僕とのリハビリは上手くいったらしく、昔よりも行動力が上がったらしい。
別れるとき、彼女は「全て時雨君のおかげです」と言ってくれたが、今思うと絵を書き始めたきっかけは、絵を書いてと頼んで、絵を書いて喜んでくれた彼女が、今の僕がいる。
「僕の方こそ、全て君のおかげですって言いたいくらいです」
「なるほど、それでは次の質問です。時雨先生は次の目標、またはこれからの夢のようなものはありますか?」
「彼女の髪色を知りたい」
「...え?」
即答した僕に、記者さんが思わず言葉が詰まった。
確かに、モノクロの絵が僕の取柄ではあるかもだけれど、やはり「もしも色が見えたら」と思う時がある。
そして、それが叶った時、真っ先に思い浮かぶのは、帽子を取った後にふわっふわの髪を見せる虹色の髪の毛を、僕の手で描きたい。
技術が発展して、僕の目が色に染まり、彼女の髪が黒く染まるのは、数年後のお話。
彼女の髪色が知りたい ツッキー @tuxtuki
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