第8話

「こんな所まで来てどうしたんだ、カロリーネ」

「その名前は言わないでって言ったでしょう。プラーク」



 どうやら二人は知り合いのようだ。

 カイは隠れながら聞き耳を立てていた。



「それは済まなかった。今は誘惑ハニートラップと呼んだ方が良いのか?」

「そっちの名前も好きじゃないんだけどね。それよりも貴方に聞きたいことがあるの。少し良いかしら?」

「ダメだと言っても居座るんだろう?」

「そんなことないわよ。いいと言ってもらえるまでサービスをするだけよ」

「はぁ……、それを居座ると言うんだ……。それで用とは何だ?」

「……情報屋としての貴方への用よ。お金はいくらでも払う。何だったら体も追加して良い。だから――」

「断る。その依頼だけは絶対に受けられない」

「ど、どうして!?」

「簡単なことだ。それを教えた瞬間に俺は殺される。それほどやばい相手だ。お前も勘違いしていないか? 相手は冒険者ギルド、最高戦力のSランク冒険者を真正面から暗殺してのけるやつだぞ? そんなやつをまともに相手にできると思うのか?」

「うっ……、だ、だからこそ、正体不明アンノウンの弱点を……」

「お前がどうにかできる弱点はないだろう。だから俺は昔なじみとして伝えておく。やめておけ、この件はお前には無理だ」

「わ、わかったわよ。もう貴方には聞かないわ」



 誘惑ハニートラップは少し怒りながらプラークのカフェを飛び出していく。

 その途中でカイ達をすれ違うが、殺しの冒険者として会ったときとはまるで服装が違うので、誘惑ハニートラップの方は全くカイのことに気づいていない様子だった。



「おや、カイにチルか? 来ていたのか。それなら中に入ってきたら良かったのに」

「あんな状況で入っていけると思ったのか?」

「思わないな……」

「なら言うな。それよりもお前は誘惑ハニートラップと知り合いだったんだな」

「あぁ、昔にちょっとな。……情報は渡さないぞ?」

「大丈夫だ、もう別のやつから買ったから」

「その辺りは相変わらずだな。まぁ、その下準備の良さがお前を最強たらしめている部分なんだろうな」

「言ってろ。俺はそんな特別な力はないぞ。ただの一般人だ」

「……一般人だからこそ最高の暗殺者になんだろう――」



 プラークが呆れた口調で答えてくる。



「それよりもチルを連れてきたぞ」

「よ、よろしくお願いします」



 チルが頭を下げる。



「おう、本当に来たんだな。奴隷の首輪がなくなったからもう逃げていると思ったぞ」

「そ、そんなことはしません。お世話になった分だけ働かせていただきますので」

「あぁ、本当に想像以上に働いてくれてな。おかげで朝から嫌な汗が流れてしまった」

「それは……大変だったな」



 プラークが概ね話の内容からどういうことがあったのかを察してくれる。



「それじゃあ店の方でも頼むぞ」

「はいっ!」



 チルがカウンターの方へと近づいていく。



「それでカイはもう行くのか?」

「あぁ。チルのこと、よろしく頼むな」

「任せろ」



 それだけ聞くとカイは店の外へと出ていった。



 ◇



 さて、誘惑ハニートラップはどこに行ったのだろうか?

 カイは店を出ると周りを見渡す。さすがに少し前ということもあってその姿は見つけられなかった。

 ただ、道を歩く人たちが少しざわつきを見せている。



「さっきの女、見たか?」

「あぁ……、すごく美人だったな……」



 通りすがりの人たちが話しているのを聞く。

 どうやらそっちの方向へ行ったようだ。


 カイもその方向へ進んでいく。

 すると誘惑ハニートラップはあっさりと見つかった。

 立ち並ぶ店の商品を眺めながら歩いているので、真っ直ぐにきたカイとすぐに合うことになった。


 ただ、無防備に見えるその姿だが、意外としっかり周囲を警戒している。

 まともに襲いかかろうとしても返り討ちに合うだろう。


 以外と一般人も警戒しているように見える。

 いや、あれは物色か?


 なんだかなめ回すような目つきで道行く男の人を眺めている様子だった。

 特に容姿の優れているものが通ったときはじっくり見ていた。


 それと当時に平凡なものが通るときはすぐに視線をそらして興味を失っていることに気づく。

 さっきプラークの店の前ですれ違ったときに全くカイのことを気にしなかったのもそれが理由だろう。

 突くならそこになるだろうな……。

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