第6話
「では早速お料理を作ってきますね」
チルがカウンターの奥へ入って行く。
「あれっ、料理を作るのもチルなのか?」
「一度作ってみたいと言っていたからな。実験もかねて作らせることにしたんだ。カイは毒味役だな」
「……客に毒味をさせるな」
「そうは言っても、お前は昼間は良いとして、朝と夜はこれからチルの料理を食うんだぞ? 大丈夫か試しておいた方が良いだろう?」
「……ものは良いようだな」
確かにそう考えると食べておいた方が良い気がしてくる。
それにカウンター奥のキッチンからは心地よい包丁音が聞こえてくる。
トントントン……。
プラークの時はドスン、ドスン……と言った感じに力の限り振り下ろしていたので、音だけで落ち着ける気がした。
「おい、もしかして、この店にお前がいらなくなるんじゃないのか?」
「そ、そんなことないだろ。一応ここは俺の店なんだからな……」
プラークは笑みを見せていたが、完全に乾いた笑みで余裕がない余裕に見える。
「そ、それに食ってみるまでは味は……」
「できました!」
チルがオムライスを持ってくる。
鮮やかな黄色とケチャップの赤が食欲をそそる。
たまにプラークも作っているが、お世辞にもここまでうまそうには見えない。
スプーンも手渡してくれる。
「どうぞ、食べてみてください……」
少し緊張した様子でカイのことを見つめてくる。
そんな顔を向けられていたので、少し食べづらくなりながらも、オムライスをすくい、口へと運ぶ。
卵は柔らかく半熟で、しっかりと味付けされたケチャップライス。一口食べただけなのにすぐに次も食べたくなる。
「うん、これはうまい。今まで食べた中で一番うまいな」
「あ、ありがとうございます」
嬉しそうに微笑んでくれるチル。
「う、嘘だろ、俺にも一口……」
プラークがスプーンを奪い取るとオムライスを口に運び……、そして、がっかりうなだれて、床に手をつけていた。
「ま、負けた……」
よほど料理で負けたことが悔しかったようだ。
「か、顔をあげてください。か、簡単なものを作っただけですから……」
プラークを慰めるチル。
ただ、その言葉がさらにプラークを追い詰めることになった。
「ま、まさか簡単なものに俺の全料理が負けるなんて……」
「これはいい拾い物をしたな」
「……?」
わけがわからずに微笑みを見せるチル。
ただカイは別の問題が浮かび上がりそうで、なんとも言えない気分になった。
「この料理なら、店が繁盛してしまうんじゃないか……?」
もしこの場所が流行ってしまうと依頼をプラークに聞くのも大変になってしまう。
「おい、プラーク。相談が……」
「あ、あぁ……、俺のことは放っておいてくれ……。今はこの世の終わりについて考えているところだから……。あとは、この店の奥に屋根裏へとつながる梯子がある。そこを登ってしまえば相談はできるぞ……」
「仕方ないな。今度からはそこを使うか……」
「……お前、チルの料理だけでこの店が流行ると思ってないか?」
「これだけうまい料理ならな」
「料理以外にも様々な要因があるからな。すぐには売れないと思うぞ……」
たしかにプラークが言うのも一理ある。
それに料理だけはできても他の家事は一切できない……という可能性もある。
「まぁ、その時に考えたらいいよな……」
◇
今日のところは家にも案内しないといけないので、一緒に帰ることになった。
プラークのカフェが閉まるまでのんびりと彼女の働き振りを眺めていた。
料理は完璧だった。
ただ、他のことはお世辞にもすごく出来る……とは言えなかった。
というのも、一生懸命頑張ってくれてはいるものの慌てた時にミスが出てしまうようだった。
ガシャーン!
「す、すみません……」
本日何回目かの音を聞く。
それを見てプラークがため息を吐く。
「うーん、あの子には厨房を頼むべきかもしれないな」
「そうみたいだな」
「一生懸命なのはわかるんだけど……」
「まぁ、人がいないんだから問題ないだろう」
「そんなことないぞ。今にたくさんの人がやってくるかもしれないからな」
今までならそんな妄想……と吐き捨てるところだったが、チルの料理ならもしかしたら……ということが考えられた。
だから、口を閉ざしてしまう。
「おいおい、いつもなら簡単に否定してくるのにどうしたんだ?」
「いや、気のせいだ。それよりも今日のところはもうチルを連れて行っても大丈夫か?」
「そうだな、今日はもう客も来ないだろうからな。もう上がってくれていいぞ」
「か、かしこまりました……」
少し慌てたように走ってくるチル。
「それじゃあ俺の家に案内するからな。ただ、念のために周りは警戒してくれ」
「だ、大丈夫です。頑張ります!」
グッと手を握りしめて気合いを入れる。
(まぁ、俺が警戒してたら問題ないか……)
当てにならなそうなチルを連れて、カイは家へと帰っていった。
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