その男、モブにつき ~警戒されない一般人は最高の暗殺者でした~
空野進
プロローグ
「ふわぁぁぁ……、今日は一段と眠たいな」
欠伸をこらえながらカイは町の少し汚れていた石畳の大通りをのんびりと歩いていた。
大通りには忙しそうに人々が行き来していたが、周りの人とは違い、カイはゆっくりとした動きで進んでいく。
しかし、人混みの中だとあまり特徴のない平凡な顔立ちのカイは人たちの陰に隠れてしまってその姿が目立たなくなっていた。
昼前の大通り。一番人が集まる時間帯。
そんな中、能力も平凡で強そうな気配もない
そして、それは今回の
明らかに強者の雰囲気を身にまとっているガタイの良い男。
情報によるととある国の戦士長をしていたこともある人物だった。
しかも、自身が狙われていると知っているのか、周囲をやたらと警戒している。
強い魔力の持ち主だったらその魔力量で警戒されてしまうが、カイの魔力は町の人たちの平均程度。初級魔法を一から二回使える程度で警戒するに値しない。
体つきの良い大男ならその見た目で警戒されてもおかしくないが、カイの身長は平均より少し低く体の線は細めでとても強そうには見えない。
つまり、十人中十人がカイを見ても警戒に値しない……、その辺を歩いているもの程度にしか思われない状況で、それはこの男もそうだった。
そんな状況でカイは標的である男と軽くすれ違う。
ただ、それだけ。
周りの人からは何か起こったようには見えない。
そのままカイは歩き去っていった。
すると後ろの方でドサッと男の倒れる音がする。
その男の胸にはどこにでも売られているようなナイフが一本刺さっていた。
「さて、こんな日はいつものカフェで苦いコーヒーでも飲みながら目を覚ますか……」
再び欠伸をすると眠そうな目つきを見せながらゆっくり歩いていく。
すると、後ろから悲鳴が聞こえてくる。
しかし、カイはその声で振り向くことなく、そのままカフェへと向かっていった。
◇
大通り沿いにある小さなカフェ。
こう言うところの方が隠れ家的で人気があるように思うかもしれない。
ただ、カイが来たところは本当に閑古鳥が鳴いており、彼以外の客は誰一人いなかった。
「いらっしゃい。注文は?」
本当にカフェの店主かと思えるスキンヘッドでガタイのいい男が低い声を出してくる。
初めて聞いたら、まず逃げ出したくなるその声だが、カイは普通に席に座り注文する。
「ブレンドのセットを……」
「……お前は相変わらずそれだな」
「いいだろう、プラークの店は他に客がいないんだし……」
「そんなことないぞ、今日はなんとお前を入れて三人目だ!」
偉ぶってみせるプラーク。
「それだけじゃすぐに店が潰れちゃうだろ」
「だからお前の方にも力を入れてるんだろう? カフェをするために」
「まぁ、プラークが仲介をしてくれてるお陰で俺は安心して仕事をさせてもらってるわけだから、そこは感謝してるが……」
暗殺仕事の斡旋等はこのプラークに一任してる。
力のない俺は暗殺者をしているとバレてしまってはすぐにやられてしまう。
つまり、絶対にその正体を隠さないといけなかった。
それは依頼人に対しても同じで、俺の正体がバレてしまうのを防ぐには誰かに仲介をしてもらうのが一番だった。
ただ、仲介は本当に信用できる相手じゃないと任せられない。
その点、このプラークは最初に俺に暗殺の依頼を持ってきた本人で、唯一元から正体を知っている人物だった。
「それだけ気配を隠すのが上手いならちょっと仕事を頼まれてくれないか?」
これが当時金に困っていた俺にプラークがかけてきた言葉だった。
もちろんしばらくは完全に信用することができなかったが、プラークの目的を知ってからは彼のことを信頼していた。
「珍しいな、お前が礼を言ってくるなんて……」
「言ってろ。それよりも前のやつは終わった」
あまり詳細に話すとここから俺の正体が漏れてしまうかもしれない。
さすがにこのカフェだと問題はないように思えるが、念のために具体的な説明は省くようになっていた。
これも見知ったプラークだからできることだ。
「……わかった。そっちの報酬はもらってくる。それと、もう次の依頼もきてるぞ」
「どんな依頼が届いているんだ?」
「数は少なめだな。一つ目はSランク冒険者。もう一つは近くを荒らしているという魔物だな」
それを聞いて俺は眉をひそめる。
「おいおい、魔物は俺の仕事じゃないだろ? 俺にそんな力があるはずないだろう」
「それは分かってるんだがな。ただ最近、暗殺者ランク七位の闇夜の使い手がこういった方向の依頼も受けていると聞いて何のために準備しただけだ……」
「そんなものは力のあるやつに任せておけばいい。ただ、そうなるとSランク冒険者の相手か……」
魔物と戦うよりは冒険者の方が楽か。
まぁ受けるかどうかは内容を見てからか。
「それで、標的はどんなやつなんだ?」
「これがターゲット情報だ」
プラークが一枚の紙を渡してくる。
「マーグ・ラグドリー、Sランク冒険者の剣士か。またガタイの良さそうなやつだな」
「そう言ったやつの方が暴れたときに手がつけられないからな。魔法使いなら魔力切れさえ狙えばなんとかなる」
「それもそうだな。そう言った相手を専門に暗殺してるやつもいたな」
「ランク九位の魔殺しだな。まぁお前さんの敵じゃないよ」
「そんなことない。俺は自分に力がないことは知ってる」
「それは謙遜が過ぎないか? ランク一位のアンノウンさんよ」
アンノウン……。誰も見たことがなく、その依頼を確実に果たすという意味を込めてつけられたカイの呼び名だった。
ただ、そう呼ばれることをカイは好ましく思っていなかった。
「まぁこの標的については少し調べてみるさ。いけそうならやらせてもらう」
「あぁ、頼んだぞ」
「それよりも注文はまだか?」
「今準備してるよ」
プラークが出してくれたランチを食べながらようやくカイは人心地つく。
(ふぅ……、それにしてもSランク冒険者か……。人からの羨望を集まる最高ランクの冒険者のはずだが。よほど恨みを持たれているのか、それとも依頼人が冒険者を邪魔だと思ってるのか……。もしかするとこの依頼主、やっかいな相手かもしれないな。一応そっちも調べておくか……)
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