屋上日記

マグロの鎌

第1話

 8月の一番暑さが厳しい頃、男は気がついたら屋上にいた。前から屋上への憧れは漫画やアニメの影響であったが、実際屋上に上がっても気持ちは高ぶらなかった。俺はふと上を向くと、そこには雨風を避けるための屋根みたいなものが付いていた。


(なんだ、これじゃあ屋上とはいえないな。)


 少しがっかりして、視線を前に戻すと不思議なものが置いてあるのに気がついた。俺は近づいて何があるのか確かめることにした。


(なんだこれ?マッサージ機?)


 そう、そこには古い銭湯とかでたまに見ることができる叩く箇所が2つしか付いていないマッサージ機だ。興味本位で座ってみようとしたらどこからか少女の声が聞こえてきた。


「座るな!」


 男は驚き、声のする方を向いた。すると、屋根みたいなところの上に少女が立っていた。


「それは私の大事なものだ。気安く触るでない。」


「すっ、すみません。」


 男はただ謝ることしかなできなかった。


(なんなんだよ。初対面の人にそんな態度はないだろう。)


 そう言おうとしたが心の中だけにしておくことにした。しかし、男は久しぶりに女子と話したので少し興奮していた。そして、同時にこのまま会話を終わらせたくないと思った。


「君は、なんでそんなところにいるの?」


「だって高い方がいいじゃん。」


(いや、ぜんぜん意味わかんねーよ。)


「そっ、そうなんだ。じゃあ君の名前は?」


「名前?なんであんたに教えなきゃならないのよ。あっ、もしかしてあんた私に惚れちゃった。」


 そう言って少女は俺の方を見て口を隠して笑っていた。

 恥ずかしくなったのか男の顔はみるみる赤くなっていく。


「いや、そんなんじゃねーよ。ただ久しぶり女子と話したから、何話せばいいのかわかんないんだよ。」


「別に話さなくてもいいじゃない。私はあんたとなんか話したくないわ。」


 俺はその言葉にカチンときてむきになってしまった。


「あーもう、わかったよ。少しだけ君に興味があるんだよ。いわゆるナンパだよナ・ン・パ」


「あっそ。でもほんとに少しだけかしら。本当は今すぐ私のことを犯してやりたいんじゃないの。いや、見た感じあんたは犯されたいってほうか。クスス...」


 そう言ってまた笑い出した。このままだと少女のペースにもって行かれそうだったので話題を変えることにした。


「しかし、なんでこんなものがここにあるんだ。」


 俺はマッサージを指さしてそう聞いた。


「だって、ここは中古ショップになる前は銭湯だったのよ。それで、建て替えの時に大体のものはここの中古ショップに買い取ってもらえたのだけどそれだけは買い取ってもらえなかったの。それで行き場がなくなってここに来たのよ。」


 少女が話し終わったあと、二人の周りがしんみりとした。俺は何か少女に声をかけてやりたかったが何も言葉が浮かんでこなかった。すると、少女のほうが先に言葉をかけてきた。


「ねえ、知ってる?ここの一階に何が売っているか。」


「えっと、確か新品の物が売っていったような。中古ショップなのに新品て変だよな。」


「そうね。じゃあ二階は?」


 俺はなんでそんなことを聞くのかわからなかったがとりあえず少女の質問に答え続けた。


「中古の中でも未開封とか未使用だったりといったきれいなものが売られているね。」


「三階は?」

「普通の中古商品が売っているよね。べつにきれいでもなく汚いわけでもないようなもの。」


「じゃあ最後に四階ね。」


「えっと、俺もあんまり行ったことがないから詳しくは分からないけど、ジャンク品がたくさん売られていたような...」


 俺は頑張って記憶の片隅から絞り出した。

 そして俺はシンプルな疑問を彼女にぶつけた。


「でもなんでこんなこと聞いたんだ。」


「そうね、なんでかしら。」


 そう言うと再び屋上に静寂が訪れた。


「あんた、そろそろ帰ったら。さすがにしつこいわ。」


(いや、質問してきたのそっちじゃん。本当にかわいくないなこの少女。でも、なんで俺はずっとここにいたいと思うのだろう。)


「わかった。俺もそこにあがらしてくれたら帰ってやる。」


 そういって少女のいる屋根を指さした。


「あらそんなことでいいの?でもあなたは本当にそれでいいの?」


「ん?なにを聞いてるんだ?それでいいと言ったはずだろ。」


 俺は分かりやすく首を傾げた。


「分かったわ。じゃあ、自分でここに上がる方法はさがすことね。」


「おいおいここまで来てそれはないだろ。それに、今さっき『そんなことでいいの?』って言ってたじゃん。」


 少し苛立ちはじめ口調が強くなってしまった。しかし、少女は動じることことなく強気の姿勢を保った。


「ならいいわ。しょせんあんたの私への想いはそれっぽちだったてことだものね。」


 その言葉により俺の中の何かに火が付いた。


「ああわかったよ。自力でそこに行けばいいんだろ。自力で。」



 それからというもの俺は屋根に続く柱を登ってみたり、フェンスの上から手が届くかどうか試してみたりしていた。そんなことをずっと繰り返しているといつの間にか明るかった空が闇に包まれていた。


(はぁはぁ...なんだかんだいって3時間ぐらいたってんじゃないか。)


 俺は体力に限界がきてその場に仰向けになっていた。それをみた少女がやっと声をかけてきた。


「あんた本当にすごいね。ここまでする人はなかなかいないわ。」


(ん?なかなかいないって事は俺みたいな人がほかにもいたってことか?)


 そう思ったが、問いただす気力は今の俺にはなかった。


「しょうがないから教えてあげるわ。」


「えっ、今なんて?」


「だから、ここにくる方法教えてあげるって言ってんの。」


 その言葉を聞いた瞬間、俺にたまっていた疲れがスッと消えて体が軽くなった。そして体を起こして、少女のほうを向いた。


「じゃあ、そこにあるマッサージ機に座って。」


「えっ、でもこれは...」


「いいから。とりあえず座ればわかるわ。」


 俺は言われた通りマッサージ機に深く腰掛けた。するとマッサージ機が背中をたたくのと同時に、目の前の景色が一変した。驚き横を向くと、そこにはずっと追いかけてきた少女の姿があった。


「えっ、どういうこと...」


 驚きのあまり、声が小さくなってしまった。


「まいいじゃない、そんな小さなこと。ほらここからの景色を見てごらん。」


 そう言って後ろ歩きしながら俺のことを手招きした。 

 俺は手招きされた方へと行き少女の隣に座った。


「こうやって街を見ているとほんと明るいよね、夜だっていうのに。でもね、光があるところには必ず闇が存在するものよ。」


「何それドラマの受け売りかよ。」


 こんなこと言ったらふてくされてしまうのでわないかと心配したが、それは無意味だった。


「ふふ、そうかもね。でもね、人はこの街みたいに誰しも光と闇を持っているの。実際あなただってそうでしょ。どんだけ外面が良くても内面がボロボロじゃ生きているのはさぞ息苦しいことね。」


 何かを見透かしているかのように目を合わせて言ってきた。

 そして、視線を俺の手に移した。


「あんたって結構一人でやるタイプなのね。私も嫌いじゃないわ。だって、やった後はものすごくすっきりするものね。」


 俺はとっさに自分の左手を隠した。

 そして、俺たちは少しの間沈黙に浸った。


「そろそろ時間ね。私はもう行くわ。」


 いきなり少女は立ち上がり静かにそう言った。


「どこへ。」


「わからないわ。でもこれだけは言えるは、もうあなたに会うことはないわね。」


 俺はその言葉に最初は戸惑ったが、なぜかすんなりと受け入れられた。


「またね。」


 そう言って彼女は下へ降りて行った。

 

 俺は彼女の最後の言葉に憑りつかれたように下へ落ちていった。



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