桜の下で出会いたい
トマト
第1話朝
桜はもうすぐ咲くのだろう。
黒い枝に蕾がついている。
この桜が咲くころには私の恋に区切りをつけよう。
ここにいるようでここにいない。
彼はそんな人だった。
にこにこ誰とでも話して、輪の中にいたかと思ったら、一人で本を読んでいたり、一人で昼食をとっていたりする。
心がここにいないような人。
心だけはどこかをさまよっているような、浮き世離れした人だった。
図書室で何度となく見かけるようになって気になった。
本、好きなんだ。
それだけで好感がもてた。
私も本が大好きだったから。
「何読んでるの」
とか聞いてみたいけど聞けない。
でも実は、どんな本を読んでいるのかはちょっとは知っていた。
図書室の私の借りる本には、図書カードに彼の名前が書いてあったから。
「この本も、借りてたんだ・・・」
そう思う。
同じ本を読んでる。
それだけでドキドキした。
でも、良く考えたら、私は図書室の小説の類はかなり読んでいたから、彼の名前があるのはおかしいことではなかった。
でも、本で泣いたり笑ったりする時、ここで彼も泣いたのかな、笑ったのかな、と思うと何だか、喋ったこともないのに彼をちかくに感じてしまった。
そんな風に恋に落ちた。
恋なのかも良くわからないけれど。
そう喋ったことなどない。
彼に限らず。
私は隠れるように生きているからだ。
多分、卒業して何年かたてば、誰も私の顔を思い出しもしないと思う。
クラスにいた、極端に無口な生徒がいたな位は覚えているだろうけど。
それは構わない。
それよりありがたいと思っている。
イジメられているわけじゃないし、無理して仲良くされても困るからだ。
でも、私。
彼の思い出にはちょっとは残りたかった。
そして、それを私の記憶に残したかった。
友達になって欲しいとも思わない。
大体、一緒にいても何を話せばいいのかわからないし、多分逃げたくなる。
でも、私。
彼と私が共有出来る思い出が一つだけ欲しかった。
一つだけで良かった。
図書室の隅でその本を見つけた。
図書の司書の先生がファイルなどを置いているような棚にあった。
「・・・こんなとこに本?」
古い本、でもどこか、図書室にある古い本達とも違っていた。
立派な装丁、なのにどこかちぐはぐな構成。
目次の字と本文のバランスがおかしい、やたらと長い序文・・・。
途中で、活字が変わってしまっている。
こういう本には覚えがあった。
私家本だ。
お金を出して自分でつくる本。
郷土史のコーナーなどに、当時の記録みたいな感じで地元のアマチュア郷土史研究者が出した本があった。
あれがこんな感じだった。
題名が「 学園思い出」
だったので、この学園の卒業生が私家本として作って寄贈した本、なのだろうと思った。
こういう本だから、どこか良い置き場所を司書の先生が考えているところだったのかな、と思った。 学校のエピソードなら読みたい人もいるかもしれないからだ。
パラパラめくってみると、意外と面白そうだった。
多分、戦争前の思い出だ。
ここは私立の男子高だった。
古い写真はこの図書室がある旧校舎のものた。
当時の学校の思い出が楽しそうに綴られていた。
「体育祭」は、男子高ならではの戦いの盛り上がりが、写真と共に伝わってきたし、
「怪談」とかの章には興味がわいた。
本の後ろには図書カードがついていたから、貸し出し可能なのだともわかった。
カードには彼の名前もあった。
彼が借りたのか。
借りようと決め、私はその本を借りたのだった。
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