ひでぇ顔だな

翌朝、せっかくベッドに横になったのにシラミに噛まれて痒くてほとんど寝られないまま、藍繪正真らんかいしょうまは次の朝を迎えていた。


「ひでぇ顔だな。寝られなかったのか?」


ガラスの入っていない窓を開けて日の光を取り込んだ部屋の中で、デインは藍繪正真らんかいしょうまの顔を見て言った。


確かに昨日とはまるで別人のようにやつれた男の姿がそこにあった。


「煩い……」


言いかえすものの、それすら力がない。


もっとも、そういうことを言っているデイン自身、できの悪い農耕馬を無理矢理に人間にしたようなムサいオッサン顔だがな。


年齢は二十二でありながら、下手をすると三十代の藍繪正真らんかいしょうまよりも年上にも見える。


そんなむさくるしい男二人の部屋を、


「朝食だよ」


と、寝不足なのか気怠い感じのライネが訪れて、昨夜と同じ野菜の煮物を大皿に入れて持ってきた。メニューはお任せにしたので、これしかないのだ。


『マジかよ……』


それを見た瞬間、藍繪正真らんかいしょうまはげんなりとした。さすがにホテルのメニューをとまでは言わないにしても、せめて昨夜とは別のものをと思わずにはいられない。


が、<リアルな中世ヨーロッパ風の世界>を描写すれば、金もないコネもない奴の食事など、まあせいぜいこんなものだろう。


それに、デインは割り切っているので、


「おう。ありがとうな」


と礼を言って当たり前のように受け取った。デインの記憶通りの反応だ。しかも、


「昨夜は張り切ったのか?」


気怠そうなライネの様子に、デインがニヤニヤと笑いながら問い掛ける。上品なホテルなどでなら完全に従業員に対するセクハラ行為だが、当のライネはデインに負けないほどに淫猥な笑みを浮かべて、


「旦那が絶倫でね」


などと返した。


「そいつぁ仲がよろしくて結構だ」


デインもイヤラシく笑いながら頷く。


しかし藍繪正真らんかいしょうまはそのやり取りに対しても不快そうに顔を歪めただけだった。『汚らわしい』とさえ感じていた。


もっとも、二人はそんな様子にまるで気付く様子もなかったが。


藍繪正真らんかいしょうまにとっては苦痛なだけの朝食を終え、デインはさっさと身支度を始めた。


「ま、俺はこれからまた他の領主様のところに行って兵士として雇ってもらうつもりだからよ。あんたは旅を続けるんなら好きにしな」


そう言って先に宿を出て行く。二人分の代金を払って。


と言っても、私も手持ちがなかったからな。私が<力>で作った金だ。さりとてこの世界の金を完全に再現してるから、実質本物ではある。


ゲームでもチュートリアルが終わった時点で資金などを貰えるだろう? まあそれと同じことだ。本当のリアルな状況なら、藍繪正真らんかいしょうまなど昨日の時点で行き倒れて死んでいるだろうな。


だがそんな簡単に死んでもらってはつまらん。これからたっぷり苦しんでもらわなくては。


「くそっ……どうすりゃいいんだよ……」


一人残された藍繪正真らんかいしょうまが忌々しげに呟くが、どうすりゃいいも何も、人間を殺しまくりたかったんだろう? だったらさっそく殺しまくればいい。どうせこの町も近々戦争に巻き込まれて住人の大半が犠牲になるだろう。


今、お前が手当たり次第に殺しても、大して変わらんぞ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る