第20話 盗賊団、全滅
街道はよく整備されていたが、こんな若者がたった一人でのこのこ旅をしている様子を見ると、誰もが不思議に思わずにはいられなかった。
ふつう、少なくとも数人以上の集団で移動するのだ。
昼間でも、だんだん北の方へ行くにつれて、人の数は減っていく。
盗賊や追剥が出ない保証はなかった。
「誰かに混ざって一緒に行ったらどうかね?」
親切な宿の亭主が声をかけてくれたこともあった。
だが、少年は首を振った。
「だがね、ここから先は村も少なくなっていく。レイビックへ行くんなら、あと2日間、こんな人のいない寂しいところを通らなきゃならない。この先は追剥が出るんだよ。大の大人だって、用心して集団で移動しているんだ。子供一人は危ない」
すると、まだ子供らしい顔のフリースラントは笑って言った。
「大丈夫だよ」
「その油断がダメだと言うんだよ!」
宿の亭主は、思わず大声になった。
「ありがとう。でも、本当に大丈夫」
ウマをゆっくり休ませた後、少年は、森の中に消えていった。
宿の亭主はため息をついた。
自分としてはできるだけのことをしたのだから、もう、あとはどうしようもない。
だが、彼には、少年が絶対にレイビックにたどり着けないだろうと言う確信があった。
フリースラントの方は気にしていなかった。
彼は、自分がレイビックに必ず無傷でたどり着く自信があった。
宿の亭主は知らないだろうが、彼はこの道中ですでに3回追剥に遭っている。
彼は、自分がひとりなのと、乗り手の顔がとても若いので侮って襲ってくるのだろうと思った。
最初に出会った追剥は、大男で、腕に覚えがありそうだった。
「おお、小僧。有り金全部出せ」
彼のことをなめ切ったひげ面の大男と、子分らしい痩せた男、それとフリースラントくらいの若者が目を貪欲そうに光らせながら近づいて来た。
「有り金全部?」
フリースラントは、金をとりだすふりをした。
金色のものがフリースラントの手の上で光ると、三人は思わず、フリースラントの方へ近づいた。
その時、彼の剣が動いた。
子分のやせた男はのどを切られ、即死し、若い男は突き飛ばされた。
言葉を失くしたひげ面は、仰天してフリースラントを見つめた。
「金が要るのか?」
フリースラントは面白くない調子で聞いた。
「あ、いや、要らない、要らないーーー」
フリースラントは力いっぱい男を斬った。
酷い悲鳴が森を震撼させた。
若い男は腰が抜けて、その場に残っていた。
悪鬼のようなフリースラントに、彼は、逃げることも敵わず、その場に固まっている。
「待て、待ってくれ」
その若い男は必死になって、驚きと興奮のあまり、うまく回らない口でフリースラントに話しかけた。
フリースラントはゆっくりと剣の切っ先をその男に向けた。
「お、俺は、脅されてたんだ」
フリースラントは冷たい視線をその男にくれた。今さっき、フリースラントを全くバカにして、ニタニタしていたくせに。
「本当だ。俺は泥棒じゃない、助けてくれ。脅されて手伝ってただけだ」
男は取りすがるように、フリースラントのまだ子どものようにも見える顔を見た。この少年は、剣の腕はいいようだが、まだ子どもだ。なんとでも、言いくるめれば、どうにかなる。
「あいつらに脅されてただけなんだ。金を取ろうなんて、これっぽっちも考えちゃいない。な? わかるだろ? お前と一緒だ。捕まったんだ。お前だって、人を殺しちゃったことがばれたら……でも、黙ってる。お前のために黙ってる。味方は要るだろ?」
フリースラントの手が動き、血しぶきが円を描いて飛んだ。
フリースラントの頭に稲妻のようにひらめいたのは、この男は必ず裏切るだろうということだった。今、仲間に罪を着せようとしている。
そんな男は味方にならない。逆に人を殺したと脅される可能性があるということだ。
フリースラントは、誰にも見られなかったことを確認すると、男の服で剣の血をきれいにぬぐった。
一人で旅をするといいこともある。誰にも見とがめられないということだ。
耳をすませば、鳥の鳴き声やカエルの歌、風が木々の梢を渡る音などや、ちらちらする陽光が楽しかった。
そして、なにも手加減する必要はない。剣を振るう時も、手加減なんかいらない。
彼は愉快だった。
一番てこずったのが、多分、兵士崩れと思われる集団だった。
数人のグループは問題なかった。だが、集団で襲い掛かられ、弓で狙われたら確実に不利だ。しかも、連中は立派な弓矢と剣で武装していた。
仕方がないので、彼は一度捕まった。そして、武者修行の旅に出たと彼らのボスに告げて、大笑いされた。
「なんてバカなんだ、こんなところに来るなんて。どうせ行くなら、ベルブルグが一番だ。安心だからな」
バジエ辺境伯の息子だと名乗ると、彼らは真剣な顔をした。お付きはどうしたと聞いてきたので、まいてきたと正直に答えると、彼らは笑ったが、「若様がここまで馬鹿だと、お付きは気の毒だな」とも言った。
「身代金をとろう」
「かなりのカネになるな」
「所持金は1千フローリンもある。すごい上玉だ。殺すなよ?」
「上玉のわりになんて格好なんだ。変装か? 御曹司らしくない服だな。変装ごっこで俺たちの目をごまかせるとでも考えたのか」
「バカだ。本当のバカだ」
「子どもの浅知恵ってやつさ。どうしようもないな。親が気の毒だよ」
連中は、笑いが止まらない様子だった。金持ちの子弟が不用意にこんな街道に近づくと、きっとみんなこういう目に合うのだろう。
余計な身代金を払う羽目になるので、それでベルブルグあたりが人気なわけだ。世間知らずの貴公子でも、安全に遊べるのだから。
フリースラントは麻の縄で縛られ、汚いわらの山の中に突っ込まれた。
「まあ、おとなしくしてな」
灯火を持った男は嘲笑うと、手荒くフリースラントを突き飛ばし、扉を閉めた。真っ暗になった。
男が遠ざかると、フリースラントは腕を広げた。
麻の縄などは簡単に裂けて、飛び散った。
目を凝らすと、暗闇に目が慣れて、あたりの状況が呑み込めてきた。どうも人里離れた一軒家らしかった。
「ここから出なきゃな」
扉はカギがかかっていたが、カギごと壊した。部屋を静かに出た途端、見張りの男につまづいて、危うく全員をたたき起こすところだった。
彼は静かに見張りの男の首を絞めた。何も言わなかった。体を探ると、短剣を持っていたので、それをいただいた。
「よくも服をバカにしやがったな」
突き飛ばされたことも腹が立ったが、グルダに文句を言われながら、せっかくベルブルグで目立たないように買い込んだ服一式をバカにされた方が腹が立った。
彼自身、どうも、トマシンのように見えてはいないらしいと言う自覚はあったが、変装ごっこのつもりはない。フリースラントはまじめに頑張っているのだ。それなのに、そんなふうに言われるだなんて、屈辱的だ。
それに親が気の毒だなんて言われたくない。これまでずっとまじめで優秀で、親を喜ばせてきたのだ。
あまり広くない家だったが、勝手がわからなくて苦労した。見つけ次第、声を出されないように首を絞めて殺し、次から次へと部屋を移動した。
とても面倒だったが、丁寧に探した。いびきが目印で、捜索には便利だった。
夜が明けてきたので、明るくなったのを幸い、もう一度各部屋を回って、全員、殺したことを確認した。まじめで手を抜かないことで、彼は褒められ続けてきたのだ。こんなところで、手を抜くわけにはいかない。確実な全滅を期したのである。
頭と思われる男が寝ていた部屋で、彼は自分の持ち物の大部分を発見した。
「1千フローリンは返してもらおうか」
自分の革袋の中身を勘定して、それから大事な剣と弓矢も取り戻した。
ますます明るくなってくる。
役に立ちそうなものは頂戴することにした。
厩へ行って彼の馬を見つけ出した。鞍をつけ、出ようとした時、外から帰ってきた仲間の男に出くわしてしまった。
その男はフリースラントを見ると、鋭く顔を見た。初めて見る顔だったからだ。
「お前は誰だ? なぜ、こんなところにいるのだ?」
一瞬詰まったが、彼は答えた。
「新しく仲間に入れてもらったんだ。あなたは誰ですか?」
「ふーん? お前みたいな若造をか? 誰の紹介だ?」
「ええと、わかりません。」
「なんだとう?」
男は胡散臭そうに、フリースラントをじろじろながめた。
これで済むわけがない。
フリースラントは、黙って、すっと剣を抜いた。
その男は、顔色を変えた。
フリースラントの構えを見て、この子供が並々ならぬ腕の持ち主だということに感づいたのだ。この男もかなりの腕前に違いなかった。彼は仲間が大勢いる家の方へ走り出した。
「そこには誰もいないよ」
フリースラントは、背中の矢筒から矢を一本取り出しながら、思わず笑った。
「僕が殺したからな」
近距離なので簡単だった。ドアを開けて中を覗いて、男は恐怖の叫びをあげ、フリースラントを振り返った。その瞬間、彼の額を矢は貫き、男はあおむけにドアの中へ倒れこんだ。
フリースラントは肩をすくめて、考えた。
あれは良くなかった。
何人殺したかわからない。
ここらの領主が、あの盗賊団をどういう風に遇していたのかわからない。あの賊たちは、追われているようには見えなかった。えらくのびのびしていた。
金でも献上して、見逃してもらっていたのだろうか。
フリースラントをすぐに殺そうとはしなかったし、街道を縄張りにして、商売している感じがした。
そんな連中全員を一晩で殺害してしまっただなんて、警戒される可能性があった。そして、もし、領主が内緒で彼らと通じていて、街道を通る連中を適当に襲わせていたのだとしたら、そんな金づるを全滅させてしまってはまずいことになるだろう。
なので、フリースラントは、最後に殺した男を念入りに剣でとどめを刺し、死体を蹴り飛ばして家の中に入れた。そして、奴らが根城にしていた家のドアを厳重に閉め、黙ってとっとと先を急ぐことにした。
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