第13話 ダンスパーティで視線をさらう
食事のあと、会場に戻ると、さっきとは違った場所になっていたことに気が付いた。
煌々と灯りがともされ、ぐっと雰囲気が盛り上がっていた。誰だか知らないが、大勢のギャラリーがダンスパーティの会場に詰めかけていた。
式壇のある正面を除いた会場の三方の2階部分には、下の会場を見下ろせる回廊が付いていた。その2階部分に、主に年配の女性たちが詰め掛け、熱心に様子をながめているのである。どう見ても、どこかの貴婦人たちだった。
「お嬢さん方のお付きや母親が来ているんだ」
ギュレーターが解説した。後の部の方は、本格的な舞踏会だ。前の部は、学校のダンスの練習会みたいな雰囲気があった。踊る時間が短くて、すぐに交代になる。後の部のダンスの相手を選ぶための場だったからだ。
だが、今は、華やいだ、社交的な雰囲気に変わっていた。
フリースラントは、メリー伯の令嬢の元へ進んだ。
彼女は、今度はベージュ色のドレスに着替えていた。お金があるんだ。フリースラントも、ようやくお金がない意味が分かり始めてきた。ベージュの絹地の上に金糸で花柄が刺繍された薄い紗がかぶせられた美しいドレスで、彼女の黒い髪とよく似あっていた。
彼女は彼にカードをくれなかったが、彼からのカードに応えたのだろう。
「美しいドレスですね。あなたにとてもよく似合っている」
彼女は無口な方らしく、黙っていた。本人でなくドレスをほめるのはどうかと思ったが、彼女がちょっと赤くなったところを見ると悪くはなかったようだ。
次は、母のリストに載っていた令嬢たちのうちで、最もきれいな娘だった。笑うと白い歯が美しく、愛嬌があった。まだ15歳になったばかりだそうだが、素晴らしいスタイルの持ち主で、フリースラントが彼女のそばに進んだ時、彼は背中にほかの男子生徒の羨ましそうな視線を感じないではいられなかった。はち切れんばかりの胸をしていて、ドレスの胴着から真っ白な肌があふれ出しそうだった。
彼女は期待満々と言った様子だった。
メリー伯の令嬢くらい、無口でいてくれたら助かるのだが、彼女は矢継ぎ早に話しかけてきた。
「選んでくれてありがとう! 私、とてもうれしいわ! あなた、ダントツ大人気だったのよ?」
「ええと……いや、それは知らなかった」
「当たり前じゃない! 本科を一番で卒業した秀才って聞いてたから、きっと、もっさり太った男の子に違いないって言われていたのよ」
ひどいな……
「だから、みんな、すごく驚いたのよ! だって、こんなにすらっとした、かっこいい……」
さすがに、面と向かって、相手を褒めるのは少し気が引けたのか、彼女は下を向いた。
「えーと、だから、大人気だったの。私を選んでくれてうれしいわ……」
フリースラントは話題を変える必要性を痛感した。
「君は学校に行っているの?」
「いいえ。今日だけ参加なの。ねえ、手紙をだしてもいい?」
「どちらかと言えば筆不精の部類かと自分では思っています……」
こんな用心深い回答を意に介してくれるような女子ではなかった。
「私、手紙は平気なの。あなたに絶対書くわね」
三人目は、なんとなく気になった女の子だった。
彼女は、まじめそうで、あまりこんなパーティになんか出てこないのではないかと思われた。カードもくれたわけではなかった。
きっと、彼からカードをもらったりしたら、サプライズだったに違いない。
さっきの美人は、たんまり男子からのカードをもらっているだろうと想像がついたが、こちらの方は目立たないし、ドレスも地味だった。と言うかお金がなさそうだった。
「ドリス嬢?」
「ええ。」
彼女はおどおどして答えた。
「フリースラントです」
フリースラントは、堂々と名を名乗った。彼は、さっきの娘と違って、この娘には大胆になれた。
自分って、もしかしてかっこいいんじゃないだろうか。
大勢の人々が、彼を目で追っていた。
扇で顔の半分を隠したどこかの高貴な奥方も、カードを出したのに、踊ってもらえなかった大勢の娘たちも。
相手がうまく決まらなかった大勢の男子生徒も彼を目で追っていた。
彼の相手を務めることで、ドリス嬢は注目を浴びていた。
「カードをくれなかったけど、気に入らなかった?」
「いいえ、いいえ、とんでもないわ。だって、とても、相手にしてもらえるだなんて考えていなかったのですもの。わたし、美人じゃないし、ドレスだって……」
フリースラントは満足した。
「ドレスなんか問題じゃないでしょ」
彼は娘がすっかり上がってしまって、彼にのぼせ上っていることに気が付いて、とても面白くなってしまった。
彼女はすっかりシンデレラだった。
浮ついた、とても浮ついだ晩、彼はすっかりいい気になった。
ダンスのあと、ギュレーターと並んで歩くと、どの女の子も関心ありげに秋波を送ってよこした。
ギュレーターも人気だったが、フリースラントはもっと人気だった。
男性ばかりの学校では、美貌は真価を発揮しない。異性には絶大な効果があった。
「この会はなかなか楽しいな」
フリースラントは思わず本音を言った。
「ところで、2階の回廊には年配の女性たちが大勢いるんだけど、あそこに若い娘がいるな?」
ギュレーターはフリースラントに話しかけた。
「まだ13歳になっていないのかな? すごい美人だね?」
2階にまで気が回らなかったフリースラントは、ギュレーターに言われて初めて、2階の回廊を見上げた。
フリースラントは間違っていた。
ルシアには、真紅のドレスも似合うのだ。2階のバルコニーの最前列にルシアがいた。
君臨していた。
「ルシア!」
ローソクの明かりの下でも、きらきら光り輝いている黄金の髪と真っ白な肌色、そしてメリー伯の令嬢の衣装にも十分張り合える豪華な衣装と首元に光り輝く宝石は、2階だと言うのにひどく人目を引いた。
「なに? ルシア? 妹か」
「そうだ。来てたのか」
フリースラントは思わずそちらへ駆け出し、呼ばれたわけでもないのにギュレーターもついてきた。
フリースラントとギュレーターが動くと、会場の視線も一緒についてきた。
「まさか、婚約者とかじゃないわよね?」
「まだ、婚約してないって聞いたわよ?」
「あの子、だれ? すごいダイヤモンドね。首筋に大粒のダイヤが滝のようだわ。よほど金持ちの家ね」
「なんだよ。あの娘と婚約してたのか」
「だったら、ダンスパーティなんか、出てくんなって話だよな?」
「おっそろしくきれいな女の子だな? でも、まだ、年がいかないみたいだ。13歳になっていないんだな」
「ルシア!」
フリースラントは声をかけた。後ろにちらと母の姿が見えた。
「おにいさま!」
途端に、全員が笑顔になった。
「なんだ、妹か」
「いやーね、妹だったのね」
しかし、次の瞬間、生徒たちも娘たちも、バルコニーにいたほかの貴婦人たちも、顔色を変えた。
「しかし、ということはヴォルダ家の末娘か……噂の」
「そうだ、アデリア王女とヴォルダ公爵の娘……」
「すごいものを見てしまったな。あんな子は絶対に学校に来ない。ダンス会場にも来ないだろう」
「そして、あんなにきれいな子だったのか……これはすごい」
「フリースラントなんか問題じゃないな。問題はあの娘だ」
ルシアには王位継承権が付いてくる。アデリア王女からの莫大な財産のほか、ヴォルダ公爵家からの財産も付きまとう。
「しかもあれほどきれいな娘だったとは……」
人々は、感嘆し、あるいは物欲しそうに、ルシアを眺めた。
ダンスパーティは終了し、もう遅くなってきていた。尼僧たちは、娘たちをそそくさと会場の外へ連れ出し始めた。
2階の回廊の人々も移動を始めた。生徒たちは一番後になる。
「ルシア、何しに来たの?」
「見に来たのよ。どんな会なのか。だって、お父様が私は出ちゃだめだって言うんですもの」
「今年はってことだろ?」
「違うわ。大きくなっても出ちゃダメって……」
「なぜ?」
「わかんない。でも、見たいと言ったら見るくらいなら構わないって。せっかくなら、お兄様が出ているときに来ようと思って、今年にしたの。フリースラント、すっごく目立ってたわ」
「そ、そうかな?」
「そうよ。目立ってたわ。黒い服、似合うわね。かっこよかったわよ」
「ルシア、帰りますよ?」
母がやってきて、ルシアを捕まえた。
「フリースラント、オレを紹介してくれないのか?」
ギュレーターが急いで声をかけてきた。
「だめだ。だめな気がする」
父がダンスに出てはいけないと言うなら、男を紹介するのは禁止だろう、多分。
ルシアは兄に会釈して母に連れられて出て行った。
その後姿は愛らしく、品があった。
「あれで、気が強いのか」
ギュレーターが、誰もいなくなった2階の回廊を見ながら聞いてきた。
「うん。すごく」
「すごくかわいいのに? まるで、お人形のようだ」
グルダを半殺しにしたり、穴に潜って脱走したり、なにかとやることがデカい妹だったが、せっかくいい夢を見ているのに、ぶっつぶすのもかわいそうなので黙っておくことにした。
それから数週間たったある日、学校の中庭に、ヴォルダ家のでかい馬車が威風堂々と止まっていた。
「また、手紙だな」
だが、持ってきたのは、いつもの召し使いではなくてゾフだったのに、フリースラントは驚いた。
「何の手紙だ」
「まず、ご一読くださいませ」
母からの手紙で、わずか数行の短い手紙だった。
『ルシアの婚約が決まりました』
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