第10話 禁忌の秘密
「もう一度、私に触りますか?」
あわてて、フリースラントは手を振った。
「だって、母上にいつ触っても、そんなこと一度だって起きなかった」
「当たり前よ。あなたの生気を吸い取ったりしないもの」
「じゃあ、今のは?」
「精一杯吸い取って、返したのよ。私の力は弱い。ルシアのような強い力ではない」
フリースラントは、愛する母の顔を見つめた。こんなことがあるだなんて?
「ルシアがお母さまのアデリア様に嫌われていたのは、この力のせいもあるでしょう。アデリア様は、祈祷をさせたりして治そうとしたらしいけど、治るようなものではありません」
フリースラントは母の顔を見た。
「あの子が来たとき、私にはすぐわかりました。でも、私はルシアに、私もこの力を持っていることを言っていない。あの子は知りません。自分だけが、この力を持っていると思っている」
フリースラントは、今、自分自身に使われた力だと言うのに、どうしても信じられなかった。母は続けた。
「ルシアの力は、アデリア様以外は誰も知りません。大きくなって、この力が普通ではないと十分理解して、発揮してはいけないと教えこまれて、もう何年も使っていないらしかったわ。私も使うなと厳しく教えました。でも、今日、教えを破った……魔女と呼ばれて、火あぶりにされたらどうするのです」
「は、母上……それは、母上も同じなのでは……」
母は、ころころと笑った。
「そんなことはもちろんないわ。だって、この話はおとぎ話ですもの。みんな、そう信じている。まさか、本当にそんな力を持つ者がいるだなんて誰も信じちゃいないわ」
フリースラントは、少しは気が楽になった。
「だからこの話は父上も知りません。ルシアは軽々しくこの力を使うべきじゃないのよ。ありがたいことに誰も信じていない今の状態を守っていかなくてはならないわ。でないと……」
「火あぶりですか?」
おそるおそるフリースラントは確認した。
「違うわよ。治癒の力と言われているのよ。でも、実際には自分の健康を分け与えているだけ。こちらの具合が悪くなってしまうわ。よほどのことがなければ、使いたくないでしょう。他人の命を吸い取ることも、したくない。でも、知られてしまうと、例えば王様やそういった人たちがわずかでも命を伸ばしたがったり、風邪を治してもらいに来たりするでしょう。本来の命を伸ばすなんてことはできないわよ。だからルシアには……」
母は、力を込めた。
「ばれたら火あぶりになると言ってあるのよ。きっちり脅しておかないと、後でひどい目に合うわ。特にあんなに力が強い子は。
今日、ルシアはグルダを殺すところだった。私が止めなければ……」
フリースラントは、衝撃を受けた。誰も知らない恐ろしい力。これは本当なんだろうか。
「ルシアは母上と血縁ではありませんよね?」
「そう。でも、おそらくこの力はごく薄く、いろいろな人にほんの僅か流れているのでしょう。そして、ほんのたまに、表に現れて来るのでしょう」
それから母は言った。
「ルシアがもう少し大きくなったら、アデリア様にあの力は消えたと報告させたいと思っているの。むろん、私たちは何も知らなかったことにしたらよい。そうすれば、ルシアが自分で考えて、力は制御するでしょう。でも、それはとても孤独な作業なの。だから、あなたには言いました。あなたが守ってくれないと、きっと私たちはうまく生きていけないでしょう」
翌日、さすがにルシアは気まずそうだった。
夕べは夕食なしでベッドに追いやられたので、朝食を山のように食べていたが、ずっとフリースラントの母に睨みつけられたままだった。
「とんだおてんば娘ですなあ」
兄妹二人がいないことに気付いた母親による、捜索活動に駆り出された使用人たちはひそひそ囁いた。
それでなくても、鳥事件だの生簀の魚全滅事件だの、結構な事件を仕出かしている。
しかし、今回は、いつもおかしそうにしていた奥方様がカンカンに怒っているといううわさだった。
「グルダ殿の容体はどうなのだ?」
「フリースラント様がバカ力なもので、ろっ骨を折っています」
フリースラントはいたたまれない思いだった。
学校に行ってみて、初めて彼は家庭教師の仕事ぶりが悪かったわけではなかったことを悟ったのだ。
特にグルダには悪いことをしていた。
帰ってきたら、グルダに詫びようと思っていた。ところが、力いっぱい殴ってしまった。
「力はセーブしないといけないな……」
彼は一大決意を固めて、グルダにあやまりに行くことにした。
ルシアの部屋では、奥方様がルシアにこんこんと説教していた。
「いいですか、ルシア。人を殺してはいけません」
「はい」
「力は絶対に使ってはなりません」
「はい」
「アデリア様にも言われているはずです」
「はい」
「あなたは魔女なのです」
「知っています……」
「使用人にも絶対の秘密です」
「はい」
「知られたら、たとえ王女だったとしても、命がないでしょう。昔の掟に従って、火あぶりになるかもしれないのです」
そんな掟はどこにもなかった。だが、危険を感じたからと言って、いきなり人を殺しにかかるような真似は、何があってもやめないといけない。
「フリースラントには言いました。彼があなたを守ってくれる。でも、兄ともこの話題をしてはなりません。誰かに聞かれたら、あなたの命がありません」
「おにいさまは……」
「驚いていました。信じられないようでした。でも、フリースラントは信用できるしっかりした人物です」
学校に戻るフリースラントは、子供ではなくなったような気がした。
甘えてばかりでは生きていけない。
父にも言えない秘密だった。
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