あの娘の血は甘い

入浴

第1話 そいつとの出会い


 目覚まし時計が今日も律儀に朝を告げてきた。朝に弱い私は、その音だけでうんざりした。

 しかしこいつに文句を言おうと何の意味もないことはわかりきっている。

 私はいつも通りに、重い体に鞭打って上半身だけ起こした。

 私が寝るベッド脇の机の上に置かれ、喧しく騒ぎ続ける厄介者を叩いて止める。

 時刻は7時半。ホームルームが始まるのが8時半なのでまだ余裕はある。

 出来るだけ周りから真面目な優等生に見られたいので、余裕を持って行動するようにしている。

 今まで寝ていたベッドから出ると、冬の強い寒さが全身に襲いかかり、戻りたいという強烈な誘惑が脳内で囁いた。

 それを何とか振り切って、室内用のスリッパを履いて私は寝室からキッチンに移動した。

 目玉焼きとトースト、紅茶を寝ぼけた頭で適当に用意し、テーブルの上に置き、ノロノロとした仕草で食べる。

 テーブルの上にあったリモコンのボタンを押してテレビをつけると、ちょうど朝のニュースがあっていた。

 実家暮らしだった頃、私は毎日ニュースを朝食と共に確認していた。その習慣の影響あってか、私は一人暮らしを始めた今になっても、朝のニュースを必ず確認している。

『続いてのニュースです。昨夜10時頃、東京都内の路地裏にて、20代前半と思われる女性の遺体が発見されました。女性の体には目立った外傷はありませんが、首筋に2つの傷穴があり、体内の血がほとんど無くなっているとのことです。警察は—』

 真面目な顔をして恐ろしい内容を喋るニュースキャスター。画面の右上には『吸血鬼現る!?』なんて吹き出しがあった。

「……」

 東京都内。ちょうど今暮らしている自分からしてもそう縁のない話ではない。吸血鬼を装った狂気の猟奇殺人犯かもしれない。十分に気をつけよう。

 犠牲になった女性の冥福を祈りつつ、テレビの電源を消して、食べ終わった後の片付けを素早く済ませる。

 いい加減目も覚めてきた。そろそろ学校に行こう。

 顔を洗って歯を磨き、鏡を見ながら肩の少し下まで伸びた髪を梳かす。染めてない真っ黒な私の髪に、お気に入りの赤のヘアピンを着け、制服に着替える。

 大学生は制服というものがないらしい。高校時代の友人にその話を聞いた私は心底羨ましがったものだ。

 医療系の専門学校に通う自分は、こうして毎日制服を着て登校しているのだから空しくなる。

 嘆息しつつ、鏡で全身を確認して、おかしい所がないかチェックする。

 問題なかったので、昨日中身を準備したバッグを掴んで、戸締りをして、外へ出た。そのまま私は階段を下り、学校に向かって駆け出した。

  下り坂を早足で行きながら、見慣れつつある街に向けて呟く。

「今日も1日、平和に過ごせますように……」



 だが、そんな呟きにはまるで意味が無いことを、私は痛感することになる。

 今まで生きてきた中で、こんなに平和じゃない日はなかったほどのことを、私は今日、経験するハメになった。



****



 ホームルーム開始より15分ほど早く学校についた。見知った友人がいたので声をかけて、その隣の席に座った。

「おはよー」

「おはよー、須藤さん。今朝のニュースみたー?」

「見た見たー。吸血鬼のやつでしょー?」

「そうそう。吸血鬼なんて全然信じられないけど全身の血が無くなってたっていう話は怖いよね。マジで言ってるのかなぁ……」

「こんな嘘つく意味なんてないと思うから、本当だと思うよ。でもどうしたら全身の血が無くなるんだろう。傷も首筋以外には目立つものはなかったって言うし」

 特に意味もない、いつものおしゃべり。我ながら緊張感がないなと自分に呆れてしまう。

 事件はすぐそこで起きたかもしれないのに、自分たちが話すことは吸血鬼が本当にいるかだの、傷をつけずに全身から血を抜く方法だのだった。

 この意識の低さを後で私は死ぬほど呪うことになるが、この時の私はまだ『吸血鬼』という言葉に笑っていられるだけの余裕があった。

 担任の先生が教室に入ってきたので、自分の本来の席についた。

 意識を授業へと切り替えて、私の1日が始まった。



****

  


 放課後。授業も終わり、このまま帰りたいと思ってしまうが、バイトがあるので友達に軽くあいさつして、急ぎ足でバイトに向かった。

 それから5時間。無心で接客し続け、体感的には早く終わった。

 店の仲間達に挨拶して、ようやく家へ帰れることに安堵しつつ帰り道を急ぐ。

 吐いた息が白い。冬の寒さは苦手だ。

 1人で寒い思いをしていると、すごく惨めな気持ちになる。さっさと帰って暖まろう。

 手を擦り合わせながら馴染んだ道を歩く。今日は金曜日、明日から2日間はバイトも入れていない。何をしようか等と考えながらの帰り道は中々悪いものではなかった。



****



 でも、私は間違えた。そのまま帰れればよかった。

 私の今日は、平穏で、普通で、安全で、なにもなかった。

 何も起きない平凡な日常だったはず。今日もまた、いつも通りだったはずなのに。

 ふと、帰り道の途中。何か聞こえた。

 途端、背中に氷を入れられたようにゾクゾクした。

 視線の先にある道を曲がった先。そこは行き止まりの路地裏だったはず。そこから何か、音がしている。

 女性の呻き声のようなものが聞こえた気がした。

 バイトが終わったのが11時頃だ。時間のせいか。辺りには人気がなくて、静寂だけがここに満ちている。

 よせばいいのに、私はその音源に向かって進んでいた。

 カタカタと上下の歯が鳴っている。足の震えが止まらない。

 これは寒さによるものなのか。それとも得体のしれない路地裏の何かに怯えているのか。

 1歩、1歩と踏みしめるように進む私。

 道はすごく短いのに、途方もなく長く感じられた。

 道を2度曲がった先にある真っ暗な行き止まりの路地裏。点滅する街灯に照らされて、ソレはそこにいた。

 鮮やかな水色の髪の毛をした誰か——いや、何かが、地に倒れている女の人に覆いかぶさって、首の付け根あたりに噛み付いていた。

 女の人は抵抗どころか、指1本動かそうとしなかった。ここからでは、生きているのか、死んでいるのかすらわからない。

 息が凄まじく荒くなり、心臓が信じられない速度で早鐘を打つ。

 朝のニュースが脳内で再生された。

『20代前半と思われる女性の遺体が発見されました。女性の体には目立った外傷はありませんが—』

『吸血鬼再来!?』

 吸血鬼。東京都。路地裏。女性。夜。

 いくつもの単語がぐるぐると脳内を駆け巡る。馬鹿馬鹿しいと否定する私と、目の前のこれを現実だと認識する私が同居している。

 馬鹿馬鹿しい妄想が頭の中を埋めていく。逃げなきゃ、と思った。

 でも、足が震えて動けない。 

 必死に足に命令する。動け。動け。動け。動け。動け。動け。動け。動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け動け—動け!

 足が少しだけ硬直から解放され、後ずさった。だが、それが運の尽きだった。

 真後ろにあった小石に躓いて、尻餅をついてしまった。

 尻餅だけならまだよかった。でも、教科書が沢山入ったバッグがドスンと音を立ててしまった。

 女性に覆いかぶさっていたものが振り返る。

 口の端から滴る血。サラサラと流れる長い水色の髪と対象的な赤い瞳。人とは到底思えない絶対の美しさを持った女の姿がそこにあった。

「あら、見つかっちゃった……ふぅん、私好みの容姿だし、丁度いいや。あなたも戴いちゃおうっと」

 その言葉と共に血を吸っていたものがゆらりと動いた。そこでようやく硬直が解けてくれた。

 その現場に背を向けて、全力で走り出す。

——警察! いや、警察でどうにかなるのか? 自分ではあれはどうにも出来ない。でもまず、女の人を助けなければならない。救急車? それとも両方?

 足よりも早く、流れる思考。さっきまで硬直していた割には、早く動けたと思う。でもそれにはまるで意味がなかった。

 タン、と軽い音をたてて、先程まで後ろにいたはずのソイツが目の前に着地していた。

 ただのジャンプで頭上を飛び越えられた。人間にあるまじき身体能力だ。

 早く逃げないとまずいのに、目の前の恐ろしいほど美人なソイツがニッコリ笑った時、私はまた硬直してしまった。

「逃がさないよ」

 いつの間にか目の前まで接近されていた。両腕の手首を掴まれて背中から壁に押し付けられる。逃げられない。ソイツの力はおおよそ人間とは思えない強さで、固定されてしまったかのように動けなかった。

 目の前にいるそれは、恐ろしくて、綺麗で、たまらなく怖かった。

 全身がみっともなく震える。さっきまでは分からなかったが、これははっきりわかる。これは断じて寒さから来る震えじゃない。私は目の前にいるソレが怖くてたまらなくて、震えていた。

「ふふ、まるで生まれたての小鹿みたい」

 笑い、女が顔を近づけてきた。口が開かれ、人間の物とは思えない鋭い牙が覗いた。

 その牙は、さっきまで倒れていた人と同じ場所に遠慮なく噛み付いた。

「あ……っ」

 不思議と痛みはなかった。牙でつけられた傷からどくん、どくん、と凄まじい勢いで何かが吸い上げられていく。

 液体をすするような音から、今自分は血を吸われていると理解した。

 自覚すると同時に、力が抜けていくのがわかった。押さえつけられ抵抗しようとしていた手が脱力するのを感じたのか、ソイツは押さえつけるのをやめて、私の両肩に手を置いた。

 押さえつけられてないのに、抵抗できない。どんどん力が抜けていく。

 だらんと垂れ下がった手には力が入らず、足もただそこに立ち尽くすだけ。瞳はただ自分から血を吸い上げるものを映すだけだった。

——ああ、こんな風に意味不明に終わるんだ。私の人生。

 体全て、あるがままに委ねようとした瞬間。ソイツはあっさり私から口を離した。

 あまりにも予想外の出来事に、びっくりして腰が抜けた私は再び尻餅をついた。

 唇についた血を舐めながら、ソイツが驚いた顔で私を見ていた。

「驚いた。あなたの血、とんでもなく美味しいわ」

「……?」

 恐怖と驚きで立ち上がれそうにない私を他所に、ソイツは私の目線までしゃがんできて、心無しか嬉しそうに見つめてきた。

「吸い尽くしちゃうのは勿体無さそうね」

 舌舐めずりをして、ソイツは私の耳元まで口を寄せて囁いた。

「予約するわ。あなたの血は私のものよ」

 顔を離して、ウインクをされた。私は困惑しすぎて、何も言えずにただ呆然とした。

 だが、そんな私を置き去りに、そいつは1度きりの跳躍で夜空に身を踊らせ、あっという間にその場からいなくなってしまった。

 とりあえずは助かったのだろうか。最後不穏な事を言われた気がするが、一旦は大丈夫なようだ。

 とりあえず今の出来事を頭から締め出し、先ほどの犠牲者の女性のために救急車に電話をかけ、私は家に帰ることにした。



****



「何だったの一体……」

 何とか家に帰ってきた私は、床にだらしなく寝っ転がった。血が足りてない。この状態で坂や階段を上るのは中々きつかった。

 あれが、ニュースでやっていた吸血鬼騒動の原因だったのだろうか。

 今日、私も危うく犠牲になるところだった。だというのに、吸血鬼らしき女は不吉な言葉を残して、去っていってしまった。

 自分の不注意に呆れる。ニュースを本当の意味では信じていなかった。

「う……」

 本当に血が吸われていたのか。私の鎖骨の上辺り、首の付け根ぐらいに2つの小さな穴が空いていて、軽く血が滴っていた。

 とりあえずこの傷の手当でもしようと、体を起こした時、窓の外から何か聞こえた気がした。

 重い体を引きずって窓を開ける。

 そこには——

「……」

 窓の外に突き出したベランダの手すり。そこにさっきの女らしきヤツが座っていた。

 月を背にして、美しい水色の髪の毛が揺れている。あんな事をされた後だというのに、私は思わず見とれてしまっていた。

 神々しく幻想的だ。人間にあるまじき美。

 月光を背にして、水色の髪が夜風に靡く光景は1枚の絵のようだった。

 石になったかのように固まる私にソイツが微笑みかけてくる。そこでようやく私の頭は今、いかに危ない状況なのか理解出来た。

「……っ」

 一瞬の沈黙の後。思わず私は窓を閉めようとした。何の意味も無いとわかっていても、やらずにはいられなかった。

 だが—

「よっ……と」

 またも人間を遥か超えた身体能力で、ソイツは窓が閉まる直前のわずかの隙間を通って部屋の中に着地していた。

「ふふ、よかった。どうやら1人暮らしのようね、あなた」

「きゃ……っ」

 叫ぼうとしたのに、声が喉に詰まって出なかった。あまりの恐怖に何も出来なくなってしまう存在なんて初めて出会った。

「はい、しー」

 私の唇に人差し指が押し当てられた。

「下と隣の部屋にも人がいるんでしょう? それとも余計な騒ぎを起こしたいのかしら?」

 ふふっと笑うソイツに、私は首がもげるほど勢いよく首を振った。

「じゃあ騒がずに私の話を聞いてね?」

「アナタは一体……何なの?」

 色々問いたい事はあったが、この場で絞り出せた声は、それが精一杯だった。

「わたし? あなた達が騒いでいる通りの存在よ。吸血鬼。それともあなたはニュース? を見てないのかしら」

 ソイツは何でもないことのように自分を『吸血鬼』と言った。私にはそれが到底受け入れ難くて、思わず言葉を返していた。

「で、でもそんなのいるはずないでしょ……吸血鬼なんて現代にいない。いないはずよ」

 盛大なため息をつかれた。ソイツはいかにも呆れた様子で私を見る。

「いつの時代もどんな地方でも人間は同じね。私のした行いを見て、吸血鬼吸血鬼と騒ぎ立てるのに、実物を見たら皆揃っているはずがないと否定する。一体あなた達は何を見ているのかしら」

「そんなこと……言われたって……」

 ニュースも伝えられる方の私たちも吸血鬼なんて、本気で信じてはいないのだ。

 ただそれっぽい話があったから面白がって騒いでるだけ。内心は吸血鬼なんて馬鹿馬鹿しいと思ってる。

 だからこそ、目の前の存在の言葉は私のような一般人にとって否定しなければならないものだった。

「さっきあなたから血を吸い上げたばかりじゃない。私の身体能力も牙も見たよね。それでも、あなたは私の言葉を否定する?」

 そう言われて、私は1部認めるしかないことを理解した。これが吸血鬼だと断言はできないけど。これは少なくとも人の領域から外にあるものだと。それだけは認めるしかなさそうだ。

「私達は確かに存在する。世界の各地に今もまだ姿を隠して私達は確かにいるわ。あなたたち人間を脅かす影の存在として私達吸血鬼はこれから先もあり続ける」

 目の前の彼女は尋常じゃないほど美しいが、言ってしまえばそれだけなわけで、吸血鬼などと言われても信じ難い。

 他にも紛れ込んでいるなどと言われると、誰も信用出来なくなりそうだ。

「じゃあ仮にあなたが吸血鬼だとして、……その、何が目的なの。私の家まで追いかけてきて」

 私の頭はとっくに最悪の結論を導き出していた。さっき逃がされたのは、ここまで私が帰るのを追いかけるためだったんだ。

 血が足りなくてゆっくり帰る私を、遠くから観察しながら尾行されたんだ。

 それはもしかしたら、血を吸い尽くされて殺されるより酷いことになるのでは……?

「そんなの簡単よ。さっき言ったでしょ。あなたの血、予約したから。これからはあなたの血は私の物よ」

「な……っ」

 頭の中が真っ白になった。絶句する私に畳み掛けるように言ってくる。

「そうね、3ヶ月に1回、今日程度の量を貰えたら満足かな」

「ちょ、ちょっと待って……なんで私の血をあなたが予約するの! ニュースの事件もあなたなんでしょう? なんで他の人みたいに吸い尽くして殺さないのよ。なんで私だけ……」

 ソイツはにっこり笑って言った。

「それもさっき言ったでしょ。あなたの血、ものすごく美味しいのよ。500と32年、様々な人間の血を貰ったけどこれほどの物は初めてよ。だから吸い尽くさずに定期的に貰おうかなって」

 500と32年という言葉に面食らうが、冗談なのか本当なのかわからない。

 そっちも気にはかかったが、それよりも問いたださなければならないことがあった。

「……勝手に決めないで! 美味しいとかそんなので私の血を定期的にあげるなんてそんなの嫌だ!」

 思わず叫ぶ私に、さっきとは違うニタリといやらしい笑みをそいつは浮かべた。

 両肩を掴まれ、勢いよく押された。まるで抵抗できずに床に背中から押し倒された私の上にソイツはのしかかってきた。

 彼女は喉元に先程と同じように噛み付こうとし、それを寸前で止めた。

 ここまでは瞬きのような一瞬だった。私は何1つ抵抗できなかった。鋭利な牙が自分の喉のすぐ近くにある。

 恐ろしすぎて、何もできなかった。まるで蛇に睨まれたカエルだ。捕食者の前では捕食される側は総じて無力だ。 

「拒否権があると思った? 了承できないなら、そうね、ここであなたの血を吸い尽くして、ついでにここら一帯にいる人全員殺しちゃおうかしら」

「なっ……」

「あ、そうそう。あなた学生よね? 学校に通うお友達も、断ったらどうなるか……ふふっ」

「そんな……」

「わかる? あなたに選択の余地なんてないの。死ぬか従うか。それだけよ」

 なんて最悪な選択肢だ。皆殺しかこいつの言う通りにするか、それしかないなんて。

 無邪気な笑顔で吸血鬼が私を見る。

 視線が数秒交わり、私は生涯最大のため息をついた。

「……わかった」

 渋々頷いた。断ればこの場で殺される。そして皆も。それが嫌で、心底嫌だったけど私は了承した。

「うん、いい子いい子」

 頭を撫でられる。人間と同じ感触に安心しかけるが、そういう類の油断がこの事態を招いたということを思い出し、気を引き締め直した。

 こいつに気を許したらダメだ。その気になればいつでも私のことを殺せるんだから。

 絶対、気なんか許してやるもんか。

「じゃ、私今日からここに住むから。よろしくね」

「えっ」

 投げかけられた言葉に固まった。

 ここに住む。その気軽さからして、まさか最初からコイツはそのつもりで—

「1人暮らしでしょ? 何も問題ないじゃない」

「いや、でもそれは……!」

 吸血鬼らしき奴と同棲なんて、気が休まらないにも程がある。

 家は私の唯一の安息の地だ。そこに何かもよくわからない奴が居座るなんて嫌すぎる。

「3ヶ月ごとに吸いに来るのもめんどくさいのよ。ちょうど潜伏場所探してたし。あ、もちろんこれも拒否権ないわよ」

 助かりたいなら、こいつの言うことは絶対に聞かなければならない。会ってそれほど間もないが、それだけはよくわかった。

「……よーくわかったよ。もう好きにして」

「物分りがよくて助かるわ……そう言えばあなた、名前何?」

「須藤。須藤香織よ」

「スドーカオリ? 変な名前ねー。ま、カオリでいっか。よろしくねカオリ」

 手が差し出された。変な名前と言われたことに若干イラッとしながらも、その手を握り返した。

「そういうあなたの名前は?」

「私? 私はルリア。長い年月、あらゆる国を回ったけど、あなたほどのいい血には巡り会ったことがないわ。……仲良くしてね?」

 吸血鬼と仲良く、とかどう考えても無理なのだが、握った手の感触は人間にしか思えなくて、凄く複雑な気分になった。

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