#22. 素色

 切断機にわが夢をそえて送り出す。

 幼い頃、たいした根拠もなく大人になって結婚し子供を産むと考えていたわが夢を、刃にかけた。

 刺突や切りつけとは違うギイイイイイといったまるで悲鳴のような金切り声をあげるようにして、わが夢は今正に真二つに切断されようとしている。

 経験やそれに伴う憶測力が段々と低下する一方であることは自覚済みであるので、脳内の整理のためとは言えわが夢を研磨ついでに切断しようなどと考えるのはやはり理不尽の極み、物狂いの骨頂と言いたくなるが、それにしてもこのギイイイイイという金属音が大層大きく響き渡るようで眠っていた我々が目覚めるのには充分である。

 我々は目覚めるなりトンカチやらバールやら、できるものは芝刈機やチェーンソーなんかを用いて一斉にわが夢を壊しにかかった。

 ギイイイイイという悲鳴にも似た響きはやがて、ギャアアアアアというような叫びに変じたように感じられた。

 かくいうわが夢の所有者であった我は、それをただただみているだけである。

 喜怒哀楽に嫉妬や羨望や失望、自らのそういった欠片たちが一生懸命にわが夢をぶっ壊そうとしているのはなんともほほえましく、しかしわが夢に細かな傷やひび割れを産み出すのが切断機にかけた我ではなく我の分身つまり我々だということに不満を覚えた。

 おおよそ理解できない理由や動機であおられた一時の感情が万年を費やす情熱で錬成されたわが夢を汚すなど言語道断、我は自らのいらいらした意味を突き止めるなり切断機のブレーカーを落とした。


 我々が驚いたように振り向いて、消える。


 わが夢は相も変わらず傷ひとつ残さず、かわりに切断機の糸ノコをぐちゃぐちゃにしてそこにあった。

 その意味も理由も、我は理解しているが、我々は警鐘を鳴らす。

 額の裏側第三の目の奥、横隔膜の下からジャブジャブアッパーボディーブロー。

 胃の痛みも脳の痺れも飲み込んで、傷ひとつつかないわが夢をみる。

 例え生きている間に叶わなくとも、到達し難いものだとしても、それはどうしようもなくキラキラと。

 素色そしょくの心臓で血液を送り出しながら、確かに、輝いていた。

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