第14話 勇者は髪型が命

しかしぺたぺたした激しい足音がして、撫子は顔を上げた。

ぬるぬるの蘇芳がこちらに向かって走ってきている。足袋の足で、石畳を蹴るように走っていたのだった。


「若様……!?」

「無事か撫子!」


追いついた蘇芳に男達の注目が向かう。いきなり血相を変えて現れた男だが、やはり侵入者達は鬼と気付いていないため気を抜いている。


「なんだこいつ。お嬢ちゃんのおにーちゃんか?」

「兄じゃない。その子の主人だ。貴様らは侵入者ということでいいな?」

「なんだ? 俺達は勇者で、この子の荷物預かりたいだけなんだが?」


勇者と名乗った男が一歩前に出て言った。蘇芳はそれでだいたい理解する。右手が刀の柄に伸び、次の瞬間には僅かな風の音と共に刃が現れた。高い位置を横に切る。


ぱらぱらとしたものが石畳に落ちた。

皆が視線を上げれば、ツンツン頭に長い前髪をした勇者の前髪が、眉より上で一直線で切りそろえられていた。


「か、髪が! 俺の勇者っぽい前髪があっ!!」

「帰れ。その髪で制圧をするつもりか? 記録に残るぞ。そこの吟遊詩人に歌にされるぞ」


無理な話だが、もしもこのまま勇者がこの塔を制圧したらの話だ。ダンジョンの制圧に成功すれば、そのダンジョンの生み出す利権はその人物のものとなる。国に報告と手続きをしなければならない。そして魔王軍から奪ったとなれば人間達の英雄となり、取材が殺到する。そこにいる吟遊詩人が歌にもする。そして人間達には『ぱっつん勇者、アルバトロスの塔の攻略!』と伝わるだろう。


この勇者が誰より見た目に気を使っている事はその髪でわかる。ならば髪を恥ずかしい髪型にしてしまえば、少なくとも今だけは攻略したくないはず。それが蘇芳の狙いだ。


「お、覚えてろっ!」


そんな勇者らしからぬセリフを吐き捨て、前髪を隠したまま勇者一行は去った。

立ち去ったのは勇者がナルシストというのもある。しかし彼らにとってこのダンジョンはサキュバスを眠らせればいつでも攻略できるようなもので、前髪が伸びた時にもう一度攻略すればいいとでも考えたのだろう。


「撫子、よく荷物を守ってくれたな」

「あ……」


刀を納め、蘇芳は撫子を見る。彼女は男四人に囲まれても荷物を守る事に専念したらしい。その事を蘇芳は嬉しく思う。

しかし撫子は荷物を抱えたまま膝から崩れ落ちる。


「ご、ごめんなさい……私、勝手な事をして……」

「いいんだ。もう済んだ事だ。俺も君の不安に気づけなくて、悪かった」

「そんな、若様が謝る事では、」

「若様はやめてくれ」

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