水棲華

@3476

第1話



この所、毎晩のようにおなじ夢を見る。夢の中でわたしは、海の底の朽ちた宮殿で顔を両手で追おって泣いているのだ。青い水の中でも分かるほど白い肌を大きく露出させ、長い銀色の髪を水中で踊らせている。

下半身は青銀の鱗でびっしりと覆われていて、お伽噺に出てくる人魚姫みたいだったが、お伽噺よりずっとリアルな鱗が妙に生々しい。

人魚なわたしは、身動ぎもせずにただただ涙を流している。時折唇を動かして何か言葉を紡ぐが、それは泡となり消えていくだけだ。ひどく重苦しいその夢を、わたしは幼い頃にも見たような、頭の何処かで記憶しているような、そんな気がしてならないのだ。







ばしゃ、と大きな水音をたててプールの底へ潜る。平日の、真っ昼間のこの時間帯にひとけはない。硝子張りの造りが売りのこのプールは、わたしのお気に入りだ。天井も硝子張りで、太陽の光が惜しみなく降り注がれ、プールの水面をキラキラと揺らめかせている。

プールの底に横たわり、そのまま水面を見上げれば、ゆらゆら美しい光のダンスがおがめる。それを見上げながら、水底に沈んでいくのが好きだ。

自分の吐く息が、泡となり水面に向かっていくその様を、どこか他人事のように見つめる。やがて、思い出したように息苦しさがおそってきたら、手足を大きく動かして上へ上へと泳ぐ。

水の膜を突き破り、新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込む。額にかかる前髪をかきあげ、天を仰ぐと、痛いくらいに眩しい太陽の光が目に刺さった。

一瞬、波音が聞こえた気がして、わたしはぶるりと頭を振った。海には、あの日以来近づいていない。母も、わたしが海に近づく事を決して許さない。今でも父の命日になると母は気が狂ったように泣きわめく。

だから、だろうか。海に対する、恋い焦がれるような感情が年々強くなっている気がするのは。時折、還りたいとすら思う。海に還りたいだなんて、まるで本当に人魚姫みたいだ。苦笑したわたしの頭上で、突然声があがった。

「やーっぱりここに居た」

声の方に体ごと視線を向ければ、仲のいいクラスメートがいた。汗で濡れた前髪を払いながら大きな歩幅でこちらへやって来た。

「学校サボって優雅にスイムですか、安曇サン」

唇の端で笑いながらかけられた言葉に、わたしも同じように笑って応える。

「そっちこそ、今授業中でしょう、佐原クン」

だってつまんねーんだもん。あっさりと言い、佐原竜貴は制服のズボンを捲りあげながら、プールの縁に腰かけた。

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