No.129 V

「ニト??」


家に入ってきたのはホワイトネメシア王国第2王子ニト・ホワイトネメシア、裏の世界ではカンデラの名前で知られる少年。

今は兄とともにホワイトネメシア王国の王城にいるはず。

なぜコイツがこんなところへ……。

うちがじっとニトを見つめていると、彼は首を傾げた。


「ナイル。その女は??」


なっ。


「ああ、こちらは……」

「……アメリアだ。アメリアでいい」

「ふーん……俺はニト。カンデラという名でも知られている。よろしくな」

「……よろしく」


ニトはまるでうちと初めて会ったかのように挨拶をすると、何事もなく奥の部屋に入っていた。

手でも洗いに行ったのだろう。

うちはニトの姿が見えなくなると、ナイルの方に顔を向けた。


「……おい、これはどういうことだ。うちとニトは何度も会っているんだが」

「彼もまた紅の魔女の実験体だよ」

「何??」


ニトも実験体??

王子のアイツが??


「今のニトは記憶をほとんど無くしている。まぁ、これは母さんの実験のせいではなく、ニトの兄のせいなんだけど」

「あの……ランバート王子か」

「ああ。あの人も紅の魔女同様狂った人と聞いてる。人体実験はしないけど、よく人に当たっているみたい」

「つまりアイツの記憶が消えているのはそのランバート王子のせいなのか??」

「そうだよ。どうも君たちを捕まえれなかったもんだから、ランバート王子が怒ってニトに当たったみたい」

「なっ」


結局はうちのせいかよ。


「ニトの兄を怒らすと怖いんだな」

「……まあね。ニトは王子から何度も殺されかけたし、酷い扱いを受けてきたよ。その度僕が助けていたんだ」


なるほど。

それでナイルと一緒によく裏の仕事をしていたってわけか。


「じゃあ、ニトが紅の魔女の実験体というのは??」


はじめにナイルが言っていたニトも実験体であれば、彼にもまた何かしらの障害なり、能力なりあるはずだが。


「ああ、ニトは確かに実験体だよ。ほら、彼も僕と同じような無能力化が使えていたでしょ??」

「じゃあ、アイツもお前と一緒なのか」

「そうだよ。まぁ、ニトの場合は自分から実験体になることを望んだのだけれど」

「自分から??」


人体実験のために何人も殺している紅の魔女に??

死ぬリスクだってあるにも関わらず??


「ニトはどうも強くなりたかったみたい。誰かを守るために。その誰かは僕には分からなかったけど」


フフフとナイルは喜ばしそうに笑う。

その笑みは裏などなく綺麗な笑みだった。

コイツ……裏の世界の人間とは思えないな。

とナイルと話していると、奥の部屋に行っていたニトが戻ってきた。


「ナイル」

「ああ、分かった」


ニトがナイルの名前を呼ぶと、ナイルは彼の意思を理解したのかコクリとうなづく。

なんだ??

すると、ナイルは再度こちらに向き直って言った。


「ごめん、アメリア。これからちょっと用があるから席を外させてもらえないかな??」




★★★★★★★★




「アイツら、何の話をしてるんだろうな」

「仕事の話じゃないかな??」


ナイルに追い出されたうちはサンディとともに外で日向ぼっこをしていた。

緑が生い茂る地面に座り、景色をじっと眺めていた。


紅の魔女に連れ去られてから、うちとサンディの関係は少し変わっていた。

サンディが本来の姿に戻ってからというものの、うちはずっと彼から「殿下」と呼ばれていた。

殿下、殿下、殿下。

うるさいし、うっとおしくなるほど呼ばれた。

嫌気がさしたうちはここに来てから言ってやった。


「お前、今日からうちのことを『アメリア』と呼べ。あと敬語もいらない。いいな??」


そういうとサンディは頑なに殿下呼びがしたいと主張。

でも、


「殿下と呼ぶなら、お前とは二度と口利いてやんない」


と言うと、サンディは


「分かった、アメリア」


とすぐに返事を返してきた。

よほどうちに口を利いてもらえないことが嫌だったらしい。

そこからうちらは主従関係から解放され、友人みたく付き合っていた。


さらりとした風が正面から優しく吹いてくる。

副交感神経が優位になったうちは足を延ばしリラックス。

サンディもうちと同じなのか隣でごろりと寝転がっている。


「なぁ、サンディ」

「なんだい??」

「サンディの名前のVってどういう意味なんだ」

「……」

「うちの名前の“C”は『目が見えない』って意味だった」


サンディは何も答えない。

真っすぐ青い空を見つめるだけ。


「だったら、お前の“V”にも意味があるだろ」


“Vi”であれば、イタリア語で翻訳すれば意味が分かる。(代名詞ではあるが)

でも、Vは??

うちと関わりがあった母親を持つサンディとリッカ、そしてその兄弟しかシー族のものはミドルネームがなかった。

何か意味があるはず。

うちがずっとサンディの返答を待っていると、むくっと上体を起こした。

目は未だ遠くを見つめているが。


「……Vには確かに意味があったよ」

「おおっ!! あったのか!! じゃあ、すぐに教えろよ!!」

「じゃあ、自分を責めないでね」

「え??」


彼は水平線の方に向けていた目をこちらに移していた。

真っすぐな真剣な瞳。


「自分を責めないようにね。僕の母さんが死んだのは君のせいじゃない」

「……」


口を開けずにサンディの言葉を聞き取る。


「Vには確かに意味があった……それを知ったのは最近のことだったよ。君が森の奥に逃げて行く時聞いたんだ。族のみんながこそっと話しているのを」


風はうちの長い髪を踊らせる。

風向きはうちらの背中を追っていた。


「『VはVictimsの略』だって。Victimsであれば意味がわかるでしょ??」


Victims

英語であるその単語はもちろん私にも意味が分かる。

犠牲者。

完全に亡くなったサンディの母親のことを指していた。


「紅の魔女に僕の母親が殺されたから、忘れないようにってつけられたミドルネームさ。今思えば、確かに途中から名乗っていたよ。『サンディ・V・セントシュタイン』だって。僕にも事情を聞かされた時母さんを殺した紅の魔女に恨みはあった。今だってある。族のみんなは僕と同じような思いがあったのか紅の魔女を絶対に倒す戒めのためにつけることにしたらしい」

「……」

「つけたって母は戻ってこないのにね」


何も言えない。


「でもね」


サンディは美しい景色の方に顔を向ける。


「君が……僕の姿が見えているのならよかったって思える。君が世界を見えているのなら、母に『ありがとう』って言えるよ。『アメリアにこの綺麗な世界を見せてくれてありがとう』って」


その瞬間、景色がゆがみはじめた。

目じりが熱い。

視界が悪くなったうちは腕で目をこする

それでも流れていた。


「そうだな……お前の母親に感謝だな」


うちは目の前の景色を目にして涙を流していた。

サンディはうちを見てニコリと笑い、頭を撫でてくる。


「君の見える景色は綺麗でしょ。僕の母親が見せてくれたんだもの」

「ああ。綺麗だよ」


うちが今見える景色は前世でも今世でも一番美しいものだった。


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見ている場所は母親を殺した紅の魔女の家。

皮肉なもんですね。

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