No.128 ただいま

心地よい風。

その風は草木を踊らせるように揺らす。

また、用意してもらって着替えた真っ白のワンピースも揺れていた。


「アメリア!! 朝ごはんできたみたいだよ」


遠くから彼の声が聞こえる。

振り返ると家の入り口で待つサンディの姿。


「ああ。分かった、今行く」


サンディにそう返事をすると、もう一度目の前に広がる景色と対面した。

ここからはトッカータ王国もウィンフィールド王国もホワイトネメシア王国も魔王城も全て見える。

うちの足元に広がる草原の先には崖。

ここは妖精の島とは別の空中に浮く島。

うちが立っているこの島は紅の魔女が所有する誰にも見えない島だった。




★★★★★★★★




「なぁ、あのババアはどこに行ったんだ」


焼きたてのパンを頬張りながら、正面にいる彼に聞いた。

彼はいつぞやに会ったサイネリア国のアイドル兼裏の仕事人、ナイルであった。

ナイルの緑髪は差し込む太陽の光で輝いていた。


「ババアって……母さんのこと??」

「そうだ。世間でいう『紅の魔女』ババアはうちらを置いてどこに行ったんだよ」

「まぁ、あの人もあの人だけど……君も人の母親をババアって……」

「そりゃあ、そうだろう?? こんな首輪なんかつけられている怒られずにいられるか。ババアの一言も言いたくなるだろ」


目を覚ますと首に黒革の首輪が付けられていた。

魔法で分解しようとするとはじかれるため、つけっぱなしの状態でいた。


「そうだよ。アメリアにこんなことするなんて」

「それにサンディは気絶させられるわ。気づいたこの魔女の家にいるわ。当の本人はいないわ」

「本当に訳が分からないよ」

「……あの人はそういう人だから」


紅の魔女に出会い気を失ったうちは目を覚ますとここにいた。

そして、この緑頭野郎に会うなり、「お前、またか」と言い放ってやった。

そこからうちは血が上ってヒートアップ。

緑頭の首を掴み、心のままに怒鳴っていた。

すると、目が覚めたサンディに声を掛けられ、落ち着いたうちは冷静になってナイルからなぜここに連れ去られたのか説明してもらった。

緑頭曰く、紅の魔女は実験体のうちを家に連れていきたかったらしい。


「実験体??」

「そうさ。ほら、紅の魔女が無類の実験好きだということは知っているでしょ??」

「ああ。実験のためなら人殺しもいとわないと言われているやつだろ」

「そう、それ。君も紅の魔女の実験体の1つだから、あの人は連れて帰りたかったらしいよ」

「はぁ?? じゃあ、サンディはなんで??」

「事情を知ったからじゃない??」

「はぁ……」


うちは目の件で紅の魔女の実験体になっていたこと。

トッカータ王国の国王、王妃(うちの両親)は相手が紅の魔女であることを知らずに娘の失明を治すように頼んだこと。

その紅の魔女はサンディの母親を使ってうちの目を治したこと。

そして、自分が紅の魔女の実の息子であること。

ナイルはそのことをゆっくりとうちらに説明してくれた。

うちの目が失明だったことをシー族のやつらに教えられたことももちろん驚いたが……。


「お前、紅の魔女の息子だったのかよ」

「そうだよ。だから、無効化能力が使えるんだよ」


ナイルが以前使った触れた相手を無能力化させる魔法。

それは紅の魔女が実験体として息子に試させてた結果だったらしい。

息子までも実験体にするとは……。

なんちゅう母親。


「実験体になったのは僕だけじゃないんだよ」


ナイルは自分が実験体であることを苦とは思わないような笑顔を見せる。

その時、玄関の扉が開いた。

やっと帰ってきたか……紅の魔女。

と待ち構えていると入ってきたのはあの女優帽をかぶったババアではなかった。

艶やかな青い髪。

海のような深い蒼の瞳。


「お前は……」

「ニト、帰ってきたか」


ナイルが声を掛けると彼は少し微笑む。


「ただいま、ナイル」


自分の家に帰ってきた安心を彼は感じているようだった。

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