No.63 枕はカーブするらしい

外から小鳥のさえずりが聞こえ、温かな太陽の光も部屋に入っていた。

私のご主人はその中スヤスヤとベッドの上で眠っている。

私、ティナは昨晩、この学園寮でアメリア様を迎えた。

お眠りになっている状態で。

服は血まみれ、顔は傷だらけ。

急いで医師を呼び治療に当てらせたおかげか、今日には傷一つなかった。

さすが研究大国、医療魔法も進んでいる。

医師から今日の朝にはきっと目を覚ますだろうと言われた。

その場にいたフレイ様、テウタ様、エリカ様はなんだか神妙な顔をなさっていましたが、かなり心配なさっていたようです。

大丈夫ですよ。

とんでもなくお元気な怪ぶ……ご令嬢ですので。

そう心の中でティナは語りつつ朝食の準備をする。




「う゛うう゛ん」




ベッドの部屋からうめき声が聞こえ、様子を見に行くとアメリアが上半身をのらりくらりと起き上げていた。




「おはようございます」




私はいつも通り丁寧にお辞儀をする。

もう大丈夫だろうと思い、頭を上げるとキョトンとしたアメリア様の顔が目に入った。




「へ……??ティナ……??」




すると、アメリア様の目から涙がこぼれていた。




「アメリア様??どうされたのですか??」


「本当にティナなの……??」




アメリア様の声は非常に……その……子どもっぽかった。

ティナが駆け寄ると、さらに涙を落とすばかり。

アメリア様は「てぃな、生きてるのね。良かった、良かった」とつぶやくばかり。

状況が分からない私はアメリア様の背中をさすっていると、ノックの音が聞こえた。

ティナは一旦アメリアから離れ、ドアの方に行き、ドアノブを回す。

開けた扉の向こうにはアメリア様の義弟ルイ様がいた。




「ティナ、おはよう。姉さんはどう??」


「おはようございます、ルイ様。アメリア様はお目覚めになったのですが……」




ティナが口を濁し、2人が無言になっていると、部屋の奥からアメリア様の嗚咽の声が聞こえたのか、ルイは部屋に入っていく。




「あっ!!ルイ様!!」




ティナもルイの後を追いかけると、ルイとアメリアが目を合わせ止まっていた。

アメリア様の顔は徐々に嬉し泣きから怯えの顔に変わっていく。




「姉さん……??」


「来ないでっ!!いやっ!!」




ルイが近寄ろうとするとアメリアは近くにあった枕をルイに向かって投げた。

ルイはそれをうまいことよけようとしたが、避けた方向にきれいに枕がカーブ。

枕にもかかわらず結構なスピードがあったため、当てられたルイは勢いよく倒れる。

「なんで枕がカーブしてんの……」といいつつダメージを食らったルイは立ち上がる。


一体どうしたのだろう??

普段なら弟を拒絶することのないアメリア。

そう疑問に思いながらも、ティナはアメリアのもとへ駆け寄る。

怯えているアメリアは手を震わせ、顔色は蒼白だった。


すると、アメリアはティナに抱き着き、枕によって若干HPの減ったルイを指さす。




「ティナ、あの人を追い出して!!早く!!」




涙ながら私に訴えてくるアメリア様。

でも、ルイ様をそんなに嫌がる理由が分からない。




「なぜです?ルイ様はアメリア様の義弟であり、大切な助手でもあるではありませんか??」


「殺されるっ!!あの人に殺されるっ!!」




アメリアは顔を俯かせ、さらに震えだしていた。


うーん。


さすがのティナもどうしようもないと思い、ルイに目で訴え退出するよう促した。

察しがいいルイはそれを理解し、静かに部屋を出ていく。

その時のルイの背中は非常にしょんぼりしていた。

それもそう。

2人が会った時からこんなことはなかったのだから、ルイがショックを受けるのも当たり前。

ティナにはルイの様子が捨てられた子犬のようにも見えていた。

ルイが退出して数分後、落ち着いたアメリアは泣き疲れたのか、またすぐにベッドにもぐりこんでしまった。





★★★★★★★★★★





「……ということがあったんです」




朝のことを話すルイは植木鉢事件があった例の中庭にいた。

その話を聞いているのはもちろんフレイ、エリカ、ルース、クリスタ、ハオランだった。

攻略者‘sは中庭の丸テーブルを囲み昼食をとりつつ、アメリアの様子を聞いていた。




「「やっぱり……」」




アメリアを助けたフレイとエリカはそろって心配そうな声で言う。




「……やっぱりって??」




アメリアが攫われていたことぐらいしか知らないハオランはサンドウィッチを頬張りつつ訊ねた。

すると、エリカが周りを気にしたのか小声で説明し始める。




「その……アメリア様は、カンデラって男でしたっけ??」


「そう」


「そのカンデラっていう男がアメリア様に禁忌の記憶消去魔法をかけていたんです」


「えっ」




思わずクリスタは口を手で押さえる。




「その魔法ってあの紅の魔女が作ったと言われる魔法……」


「そう。その魔法を知っているのは最高峰と言われる大魔導士と……」


「……紅の魔女」




ハオランはそうつぶやいた後、数分間小鳥の鳴き声しか聞こえなかったが、フレイが話を始めた。




「エリカから聞くには僕らが邪魔したおかげか、アメリアはその魔法を完全にかけられたわけじゃないらしい。けれど、その魔法によってアメリアがおかしくなっているのは間違いないと思う」


「なるほどです」


「どうしたら元に戻るのですか??」




真剣な表情のエリカはフレイに尋ねる。

しかし、禁忌の魔法に触れるはずもないフレイにもさっぱりだった。




「分からない。けれど、解決策を見つけるために僕が一回アメリアに会いに行こうと思うんだけど、ルイいい??」




フレイがそう聞くと、ルイは困った顔をした。




「良いのですが、拒絶されて枕を投げてくるかもしれませんよ」




フレイはフフと軽く笑う。




「枕ぐらいなんてことないよ」




フレイはこの時思ってもいなかった。

自分がアメリアにある行動を起こさせるトリガーになるなんてことは。

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