敗戦で魔法文明が衰退したので、歴オタが推しの魔法使いについて語るようです!

備成幸

第1話 彼の名はディルク=グリューネヴァルト

〈はじめに〉

この物語の登場人物たちは名前と苗字の間に「=」が入るし、摩訶不思議な魔法や術式を使うこともあるが、決して創作上の人物ではなく、実在した人物たちであるということを、ここに明記する。


 〇


 世界がある以上、そこに必ず歴史は存在する。それが大樹のように永世を誇るものであれ砂埃のように風と消えてしまうものであれ、人が生きた証はどこかに刻まれて歴史となる。それはまるで大河のようにね。現代を生きる我々はその河中に遺された物体、起きた事象、人の一生に情緒、憧憬を浮かべ、溜息をついて空を見上げるんだ。

 そんな歴史上で一番好きな人物は誰か、と問われれば、僕は間違いなく大魔導師・ディルク=グリューネヴァルトと答える。僕が本当に彼のことを好きなのかを証明する必要は無いと思うけれど、念のために言っておこう。うちには彼に関する史料が一つの本棚にみっちり詰まっている。魔法関連の資料を集めるのが難しい昨今、特定の人物に関する書籍で本棚を埋めるというのは、大変な苦労を要する。というか要したわけだし、そんなことまでして興味を持たんとしている彼を僕が憎からず思っていることは明白だろ?

 なんといっても彼の生涯はどこを切り取っても魅力で溢れている。元々文筆家を目指していたから、彼の激動の人生は僕の脳をそれはもう刺激したし、大きな影響を与えた。例えば使い魔がカラスだったというから、影響されて僕もカラスを飼っている。名前は「スサノオ」といって、ゴミ捨て場で捕まえたんだ。好物はエメラルド色のカナブン。

 しかし現代人はこの魔法使いに関して「マニアなら名前くらいはわかるんじゃないかな? 俺は知らんけど」といった程度の反応しか見せない。確かに今じゃ魔法は禁じられているし、そもそも禁じる以前に魔法を扱える人間がいないから、魔法使いという存在そのものが薄れてきているというのはある。それにとうのディルクも、歴史書にはちらっと『我が帝国に抗いました』と肖像画もなく書いてあるだけだから、認知度が低いのは当然だ、無理もない。逆に、何故僕はそんな彼に惹かれているのか。魔法学に興味がある、というのは確かだ。いえ、興味といっても、敵性学、蛮学としてのものですけどね。

 コホン。ディルクはまず出身が良い。バーハイツ村という、ド田舎なんだ。都会出身でも田舎出身でも、魔法使いにだって人間性は様々あるだろうが、やはり後者だと親近感が湧く。

 この村には僕も行ったことがある。夏のことだった。蒸した風で揺れる樹木の匂いと、蝉の声による波。後は腰の高さほどの草叢が広がっている。人の気配は無い。民家らしいものは見えるが、果たして今も人が住んでいるのかは分からない。家畜を飼っていたであろう柵は朽ち果てている。そんな村だ。ド田舎だ。

 草を掻き分けて歩いていると、遠くの方にこちらをじっと見つめてくる石塔がある。辺りにはそれの他に何もない。石塔もかなり古く、風雨によって削られている。そこにはかろうじて『ディルク=グリューネヴァルト生誕之地』と彫ってあるのが読める。つまりこの場所、この草叢に、ポツンと家があったんだ。それも民家じゃなくて、魔法の薬屋が。こんな田舎で薬屋やっても、ロクな客が来ないんじゃないかな、と思いながら、深呼吸をした。ここでディルクはリスや狐にも、薬をあげていたんだろうか。なんてね。ともかく、ここでディルクは産まれ、十五までここで暮らしたらしい。

 彼は三十三年でその生涯を閉じているから、彼は人生の約半分をこの村で過ごしたことになる。こういうところが好きだ。田舎好きってワケじゃないが、こんな場所で産まれた青年が、やがては王宮魔導師という大出世を遂げる、というのが男心に来るのさ。おそらく彼はここで十五年間、薬の調合を含む様々な魔法を両親から教わったのだろう。彼の両親についての資料は無く、ただ父親が「シュターデン」という名前だったことしかわからない。母親については資料に「グリューネヴァルト夫人」とあるだけで、本名すら定かじゃない。しかし、あの大魔導師・ディルクの両親なだけあって、余程の人物だったのだろう……と、僕は思うんだ。

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