EP.20 幼馴染には内緒の話 


 結局、下校時刻になっても咲愛也と話す機会を得られなかった俺は、鬱々とした気分のままB組へ向かう。


(昼休みも、咲愛也はクラスから姿を消していた。間違いなく、俺は避けられている。そりゃそうだよな、あれだけ突っぱねたら誰だってそうなる――)


 そこで俺はようやく気づく。


 ――突っぱねてる自覚があるなら、なんでそんなことするんだ?


(だって、それはなんか恥ずかしいからとか、咲愛也は押しが強くて刺激が強いからとか……)


 でも、いつも突っぱねてたら、誰だってイヤになる日がくるだろ?

 なのに、どうして……


 ――ハッ……


 俺は――理解した。

 いままで、俺は咲愛也に甘えていたのだと。


 どれだけ突っぱねてもぐいぐい寄ってくる咲愛也が可愛くて、そんな姿に愛情を感じて。咲愛也ならいつでもいつまでも傍にいてくれるんじゃないかって、口ではただの幼馴染とか言いつつ、心のどこかでそう思って甘えていたんだ。


(俺は、なんて女々しい……)


 そして、咲愛也への配慮が足りていなかった……


「避けられるのも、当たり前か……」


 そう、事実を口に出すと、胸の奥がカラカラと音を立てた気がした。

 この感情を、俺は知っている。


(多分、これは……)


 ――さみしい。


 やはり俺には、咲愛也が必要だ。


 こうなった今、俺にできることは咲愛也に謝ることくらいだった。

 そして、『あのこと』を告げなければ……


 せめて日課である下校の時間だけでも――と思い、教室まで向かうと、咲愛也の姿は無かった。


「?」


 不思議に思ってスマホを見ると、咲愛也から連絡が。


『今日は友達とクレープ食べて帰るから、また今度ね!』


(友人と一緒なら、大丈夫か……)


 そうして俺は思いつく。


 今、咲愛也の家に行けば、咲愛也にバレずに哲也さんの連絡先を聞けるのでは?


 俺は、哲也さんの連絡先を知らなかった。

 スマホを買ったばかりの頃に念のため、と思い咲愛也に聞いたのだが、俺と哲也さんが(今回のように)秘密で何か結託するとでも思っているのか、頑なに教えてもらえなかった。

 おじさんに聞けばいいかと思ったのだが、何故かおじさんも教えるのを渋り、結局それきりになっている。

 さらに、今回のこととはできるだけ哲也さん以外の人には知られたくないので、咲愛也に秘密にしてもらいつつ連絡先を手に入れるには、咲月さんか咲夜さんに直談判するしかない。平日の夕方であれば、ふたりともご在宅のはずだ。


「よし……」


 俺は咲愛也よりも先回りするように、急いで不壇通さんのお宅に向かった。


      ◇


 ――ピーンポーン。


「はーい」


 ガチャ。


「あれ?道貴君?」


「お忙しいところ、急にすみません、咲月さん。実は、ご相談がありまして……」


「今日は咲愛也と一緒じゃないの?」


「はい。それについても少々事情が……」


 バツが悪そうに顔を逸らすと、咲月さんは『ははぁ』と頷いて中に通してくれた。


「お邪魔します……」


 夕飯の支度中だったのだろうか、エプロン姿の咲月さんの後に続き、リビングの椅子に腰かける。


「ちょっと待って。お茶を出すから」


「いえ、お構いなく。すぐに帰りますので」


「もう、せっかくなら夕飯も一緒に食べていきなよ?その方が咲愛也も喜ぶわよ?」


「いえいえ!急に押しかけて、そこまでしていただくわけには……」


(咲愛也に会うと、どうして来たのか言及される!)


 内心で冷や汗を噴き出していると、咲月さんは可笑しそうに肩を上下させながらお茶を出してくれた。


「はい、どうぞ。アイスのほうじ茶よ?」


「ありがとう、ございます……」


 勧められるままに、グラスに口をつける。


(落ち着く……まるで月夜の静けさに包まれるような、涼やかな優しさだ……)


 哲也さんがデレデレに甘えたくなるのも無理はない。

 そんなことを考えていると、本来の目的を思い出した。

 思い切って口を開こうとしていると、咲月さんの方から話を切りだしてくれた。


「で?咲愛也にも内緒で、今日はどうしたの?」


「ど、どうして咲愛也に内緒って――」


「だって、道貴君が来るときは、必ず咲愛也から連絡が来るもの。『みっちゃんと帰るから、よろしくね!』って」


「そう、ですか……」


「道貴君、元気ないわね?咲愛也と喧嘩でもしたの?」


「いえ、そういうわけでは……」


 ただ単に、俺が避けられて――


(ダメだ、ダメだ!咲月さんにご心配をお掛けするわけには……!)


 俺は、せめてもの笑顔を作って問いかける。


「少し、体調が優れないだけですので。それで、ご相談なのですが、哲也さんの連絡先をお伺いするわけにはいかないでしょうか?」


「哲也君の?」


「はい。咲愛也には内密に」


「内密に?」


「ダメで、しょうか……?」


(いや、自分で言っておいてアレだけど、やっぱり怪しいよな……)


 なんなら咲月さんには『あのこと』を話さなければいけないかと覚悟していると、咲月さんはあっさりと頷いた。


「いいわよ、ちょっと待ってて。今送るから」


 スキニージーンズのポケットからスマホを取り出すと、手際よく弄る咲月さん。

 おそらく俺が隠したがっていることを悟ったうえでのこの対応。やはり、咲月さんの気遣いには感服してしまう。

 俺がそわそわと手元のスマホを気にしていると、廊下のドアが開いてリビングに咲夜さんが顔を出した。


(あ。ヤバイ)


「あー!みっちゃんだ!」


「お邪魔してます、咲夜さん。用があったのですが、もう帰りますので……」


 そそくさと立ち上がる俺の腕を、ガッと掴む。


「お茶、残ってるよ?」


「…………」


 グラスの中身は、空だ。

 恐る恐る振り返る俺に、咲夜さんはとびっきりの笑顔を向ける。


「みっちゃん、咲愛也に秘密の相談事なら――」


「…………」


「わたしだけハブなのは、よくないよね?」


「…………」


「楽しいこと、隠してるんじゃない?」


「…………」


 咲月さんはともかく。咲夜さんに『あのこと』はできるだけ話したくない。

 だって、この人は咲愛也の押せ押せアピール応援団・筆頭みたいなものだから。

 ――だが。

 こういうときの咲夜さんの勘は、『よもや既に知っているのでは?』と思うくらいに鋭かった。


 黙り込む俺に、咲夜さんは微笑む。


「わたしとも、お茶していこうよ?みっちゃん♡」


「うっ……」


 この笑みに、俺は逆らえない……!

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