EP.18 育ての親は、幼馴染との同棲フラグを勝手に立てる


 家に帰ると、玄関で丁度出かけるところだったおじさんと出くわした。


「あ。道貴、なんで帰ってきたの?」


 自分の家なのに、ひどい言われよう。


「いや、制服のシャツ忘れたと思って。おはよう、おじさん」


「おはよう。別にシャツくらい買えばいいのに?こんな所で油売ってないで、咲愛也ちゃんと一緒に登校しろって」


「いや、なんでもかんでもそういう訳には……おじさんは金遣い荒すぎ。いくら余るほどあるからって……」


「別に気にすること無いのに。どうせ兄さんのお金だし?」


「そんなこと言って。親父の口座から出てるのは学費だけだろ?あと、母さん関係」


 反論すると、おじさんは不満げな顔をする。


「お前さぁ……いつ知ったの?」


「こないだ頼まれたレシートの中身、病院の経費として計上してる時に。口座選択とか色々弄ってたら……」


 俺は、家でもしばしば仕事しているおじさんを見かねて、たまに手伝いをしている。今後病院を継ぐことも考えて、だ。おじさんは『別に学生のうちはいい』とか言うけど、こういうのは時間があるうちに慣れておいた方がいいから。


 そう告げると、おじさんは呆れたようにため息を吐いた。


「もう。子どもは子どもらしく、人生エンジョイしてればいいのに。もったいないなぁ」


「別に勿体なくないよ。家の手伝いをするのは普通だ」


「だからって、金の出所を探るのは可愛げがないよ?」


「探ったわけじゃあ……たまたまだって」


「あーあ。これじゃあ僕がカッコつけられないじゃん?僕のお金だと思って遠慮なんかされたらさ。養父失格だよ?」


「そんなことない。おじさんは良い父おy――」


「あーはいはい!そういうのいいから!照れちゃうからやめなさい!ほんっとにお前は素直でイイ子だね!?ほんとに兄さんの子!?」


「知らない」


「だろうね?でもそういうズバッとしたとこ、そっくりだよ。やっぱ兄さんの子だな」


「それ、褒めてる?」


「褒めてない。でも、道貴はイイ子だよ。佐々木の血族とは思えないね」


 おじさんは革靴を履き終えると俺の頭をくしゃっと撫でた。

 すれ違いざまに、声を掛けられる。


「いってきます。野薔薇ちゃんは、まだ起きてこないと思うから安心していい」


「いってらっしゃい。助かるよ」


「あ、そうそう。昨日は楽しかった?」


「うーん。楽しい半分、疲れた半分?」


「へー。思いのほか盛り上がっちゃった感じ?道貴、性欲弱そうなのに。がんばったね?」


「思いっきり勘違いだから。余計なお世話だ」


「ははっ。お前は相変わら頑固だなぁ?そうだ、余計なお世話といえば。夏休みの間、野薔薇ちゃんと、兄さんのいる箱の近くに滞在することにしたから。咲愛也ちゃんと同棲でもすれば?そろそろ野薔薇ちゃんの兄さん成分チャージが切れてヤバイからね」


「は?」


(今さらっと何て言った?)


「いや、だから。一か月この家で同棲すれば?って。僕も野薔薇ちゃんも帰ってこないからさ」


「誰と?」


「咲愛也ちゃんに決まってるだろ?何?他に候補がいるの?聞いてないけど?」


「いるわけないだろ?てゆーか、え?咲愛也とここで暮らせって?一か月?」


「うん」


 おじさんは平然と頷く。


 意味が分からない。

 相談も提案もしてないのに、育ての親に同棲を推奨される状況がもう分からない。

 

 ふたりで話してるのに置き去りにされてる俺が見えてないのか、機嫌良さそうに続けるおじさん。


「夏休み、暇だろ?どうせふたりともバイトも部活もしてないし、病院もお盆で開いてないから手伝ってもらうことも特に無いしさ。そのくせ毎日デートしようって誘われて……行く場所困るんじゃない?」


「それでどうして同棲を?一応、付き合ってもいないんですけど」


「あーはいはい、わかったから。お前から言わないなら、僕が咲愛也ちゃんに連絡する」


「ちょっと待って!」


 それはヤバイ!絶対『行く♡』って言うに決まってる!むしろ無理矢理来る!!

 自宅の場所も、もうバレてるし!


「3日……3日、時間をください。俺から言うから……」


「なんで3日もかかるわけ?メール一本打つだけでしょ?『咲愛也、ウチ来いよ』って。文字数二桁も無いけど?」


「おじさんはどうしてそう……!」


 咲愛也の味方ばっかり!


(…………)


 うん。今更だったわ。


「いいから!そういうのは若いのに任せて下さい!お願いします!」


 勝手に進められると困るから!来ちゃうから!ほんと!


「はいは~い。そこまで言うならお任せしますよ。一か月分の生活費、倍+αにしておくから。使い切ること。マスト」


「来る前提!?」


「何のために未だに稼いでると思ってる?そういうときのポケットマネーだろ?人生を何だと思ってるんだ?」


「おじさんこそ、俺の人生を何だと思ってるんだ……」


「じゃあ、いってきま~す。精々がんばりなさいよ、みっちゃん♪」


 ひらひらと手を振って機嫌よく去っていくおじさん。


「あいつ……!」


 四面楚歌、再び。


 俺は咲愛也に一か月間お試し同棲を提案すべきか否か、選択を迫られる。


(言えば必ず来る……だが、昨日の一泊でも割と精一杯だったんだ。流石に一か月は……)


「無理、だろ……」


 かといって、おじさんに貰った生活費を無駄に使い込むわけにはいかない。

 しかも、こういうときのおじさんの+αは半端な額じゃない……!


「俺には、できない……!」


 どうすればいい!?


「やはり、話があったことだけでも相談しておくべきか……」


(誰に?)


「咲愛也しか、いないよな……」


 俺は、ため息を吐くしかなかった。

 未だかつて、ここまで学校へ行く足取りが重かったのは――

 結構あったわ。


「バレンタイン以来か……くそっ……」


 天国のような地獄が、今、幕を開ける――


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