EP.13 パパと朝から心理戦 Side.M
「昨日は、よく眠れたかな?」
にこにこと、コーヒーを片手に問いかける哲也さん。
その微笑みに俺の低血圧な脳は一瞬にして覚醒したが、糖分不足でうまく頭が回らない。悲しいことに、手元に用意されたコーヒーはブラックだった。
(普段の哲也さんなら、ミルクと砂糖の有無を聞いてくれるのに……)
「…………」
なんて答えればいいんだ?「快適でした」?「問題なく」?「滞りなく」?「おかげさまで」?
けど、それはそれでどうなんだ?
だって咲愛也は俺のことが好きで、それは周知の事実。
その咲愛也の要望を跳ねのけて勝手に眠りこけた俺……
(ギルティ……か?)
しかし。何も無かったのは事実。ましてや気を遣って「咲愛也さんは素晴らしいですね」なんて誤解を招くような表現をできるわけもない。それこそ出禁案件だ。
俺はその場の空気を誤魔化すようにコーヒーに口をつける。
……苦い。
ブラックは好きな方だが、朝は糖分がないとやはりダメだ。
そんな俺の絶不調も知らず、哲也さんは笑顔で問いかける。
「昨日は……よく、眠れたのかな?」
にこにこ。
(――あ。これ……)
――返事するまで、聞かれるやつだ。
俺は静かに息を飲む。言葉を探し、思考した。
「おかげさまで……よく眠れました」
苦し紛れのその言葉に、意外にも哲也さんは笑顔で頷く。
「そうか。なら、よかったよ」
「…………」
ああ。見ていると落ち着く優しい笑顔。これぞ理想の父親だ。
やはり哲也さんは怖い人じゃなかった。
安堵する俺に、哲也さんは続ける。
「みっちゃん、少し見ない間に大きくなったな?ウチに泊まるのは久しぶりだっただろ?咲愛也の部屋じゃ狭かったんじゃないか?」
「いえ、そんなことは。咲愛也が奥に詰めてくれましたので」
「……奥に?」
「はい。おかげさまでベッドから落ちることなく無事に一晩明かすことができました」
「……同じベッドで寝たの?」
「ええ。さすがに幼い頃のようにはいきませんでしたが、薬を飲みましたのでよく眠ることができ――」
(……あれ?)
様子がおかしいことに気が付いたときには、もう遅かった。
哲也さんが次に口を開くと、その唇は震えていた。
「みっちゃん……高校生だよね?」
「は、はい……?」
「それなのに、咲愛也と同じベッドで寝たの?それはちょっと……遠慮しようかなって思わなかったの……かな?」
(――あ。)
やっぱり哲也さんはオコってた。
そして俺は――
詰んだ。
『それは咲夜さんが腕枕しろって言ったから……』
――言えるわけがない。
だって、そうしたら腕枕したのがバレるだろ?
動揺して口を噤む俺に、哲也さんは続ける。
「みっちゃんはよく知ってると思うけど、咲愛也は可愛いよね?可愛い咲愛也が隣にいて、何も思わなかったのかな?」
「いや、それは……」
(思っても、思わなくても……ギルティだ……!)
「俺が高校生なら、ドキドキしちゃうけどな?」
「…………」
「みっちゃん、さすがイケメンだね?慣れてるのかな?そういえば、昔からみっちゃんは女の子にモテたっけ?」
「そんな、わけでは……」
「ほんと、みっちゃんみたいなカッコよくて優秀な幼馴染がいて、咲愛也は……俺は……」
「…………」
「――鼻が高いよ?」
「…………」
いや、うそだろ。
その顔。哲也さん、今そんなこと微塵も思ってないですよね?
明らかに『いつ手を出されるかと思うと心配で仕方ない』って顔ですよね?なんなら『まさか手遅れじゃないだろうな?』みたいな顔ですよね?
(誤解だ……!)
思わず椅子から立ち上がる。
「哲也さん、俺と咲愛也は幼馴染です。決して恋人では……その際は、必ずご挨拶にあがりますので――」
「いや、いい。いいんだよ、みっちゃん。気を遣わなくて。咲愛也と仲良くしてくれてありがとう?」
「…………」
その顔……『挨拶なんて来てくれるな』って顔ですよね?
「……きっと咲愛也も喜んでるよ?」
「――!」
あああ!そんな泣きそうな顔で微笑まないでください!あなたは俺にとって第二の父親みたいなものなんですから!
「哲也さん……!何か勘違いをしておいででは!?」
「何を……?」
「えっと、それは……」
「大丈夫、大丈夫。咲愛也はああ見えてちょっと強引なところがあるからね?みっちゃんは何も悪くない」
「ですから!安眠したって言ってるじゃないですか!俺はベッドの端を借りて寝ただけですよ!?」
「わかってるって。咲愛也は世界で一番可愛いって」
遠い目。まるで幼い頃の咲愛也を思い出しているような――
というか……
(なんにもわかってない……!!)
「話を聞いてください!哲也さん!?」
「聞いてるよ?」
だったらなんでそんな虚ろな眼差しを!?
「うん、聞いてる。聞いてるよ。咲愛也から、キミのことがどれほど好きか、ってね……?」
「で、ですが!俺と咲愛也は何もありませんから!ありませんでしたから!」
「そう……?」
こっくりと首を傾げる哲也さん。
俺は畳みかけるようにして声をあげる。
「そうです!俺と咲愛也は幼馴染なんですから……!」
でも、この後疑った罰としてキスさせられるとは言えない……!
哲也さんごめんなさい!
「そっか。そっか、そっか……!やっぱりみっちゃんはイイ子だな?」
哲也さんはそう言って俺の頭を撫でた。幼い頃と、同じように。
「…………」
あああ!父と娘の板挟みで心臓の血管が閉塞する……!
力なく椅子に座り直す俺に、哲也さんは再び微笑みかけた。
「さぁ、そろそろ会社に行こうかな……みっちゃん?」
「は、はい……?」
「咲愛也のこと、これからもよろしくな?あと――」
「?」
「これからも――イイ子でいてくれよ?」
その笑みに、拒否権は無かった。
俺は理解する。
(ああ、やっぱり……)
この世で一番強いのは――
――娘を愛する父親だ……
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