EP.14 パパと朝から心理戦 Side.パパ
ああ、どうしよう。
今、俺の目の前には娘と一つ屋根の下(しかも同室)で一晩明かした幼馴染が座っている。
気まずそうに逸らされた視線。おずおずとコーヒーを飲む口元……
やましいことでもあるのかな?
思わずそわそわする拳を抑えて俺は深呼吸する。
確かにそのことについては少々言及する必要があるだろう。いくら幼馴染で俺にとっても息子みたいなもんとはいえ、節度は守ってもらわないとな。
けど……
俺には、もう一つ気になることがあった。そわそわとして落ち着かないのはそのせいだ。
そう、俺はあるひとつの失態を晒した。その『あること』とは――
「…………」
――見られた……!
朝起きて、咲月にキスされて、咲夜にキスされて、仲良く『あーん』なんてしているところを!娘の幼馴染に!
(どうしよう……)
やっぱ気になるよな?海外じゃキスは挨拶代わりなんて、通じない?
俺達三人、実は帰国子女でした!……無理がある。
朝っぱらから美女二人を侍らせて、のんびりイチャイチャモーニング……
やっちまった。
けど、しょうがないだろ?俺、アレがないと会社行けないんだから。行く気になれないんだから。俺の心にはふたりと咲愛也の愛情が必要なの。
わかる?それが父親ってものなの。
キミも父親になればきっと気持ちがわか――
簡単には、させないけどな?
話がズレたが、みっちゃんに朝の『挨拶』を見られたのは間違いない。
俺に呼ばれて部屋に入った瞬間。みっちゃんは俺、咲月、咲夜を流すように見た。
その視線の動き、落ち着かなさそうな挨拶。
それにしては、聞いてはいけない空気を悟った、何ともないような咄嗟の返事。
やっぱみっちゃんは賢い子だよ。
けどな?俺だって伊達にキミが生まれる前から仕事してないぞ?社長と部長に挟まれて、相容れないその意図に振り回されながらうまいこと調整してきたんだからな?
視線の動きで思考を探るくらい、今の俺にはワケないんだからな?
さぁ、聞かせてもらおうか。みっちゃんは、今しがた見てしまったことに言及したり、他者に相談するようなワルイ子なのかな?
そして――昨晩は、咲愛也と仲良くしたのかな?
俺はゆっくりと口を開く。
「昨日は、よく眠れたかな?」
「…………」
返事がない。
おーい、みっちゃん?聞こえてないわけないよね?
苦い顔してるのは、コーヒーがブラックだから?
それともやっぱり――
ああ、いかん、いかん。笑顔を崩すのはダメだ。
俺だって別にみっちゃんをいじめようってわけじゃないんだから。彼がキライってわけじゃないんだから。むしろみっちゃんのことは好きだし、彼はイイ子だよ?
もし息子だったら胸を張って『自慢の』って言えたと思う。
けど、俺は咲愛也のパパだから。ごめんな?
よし、もう一回。
「昨日は……よく、眠れたのかな?」
「おかげさまで……よく眠れました」
(うーん……)
自信は無さそうだけど、嘘はついてないみたいだ。
やっぱり咲夜と咲月の言う通りなのかな?そこは流石に信じよう。
――しかし。
咲愛也が隣にいて何もしなかったなんて……みっちゃんは不感症なのか?
父親としては安心するが、男としては心配になるぞ?
大丈夫?
抑制剤とか、女性ホルモンとかさ?
(…………)
まぁいいか、とりあえずは。
「そうか。なら、よかったよ」
俺がそう言うと、みっちゃんはホッとした表情で微笑んだ。
(うん、こうしてみるとやっぱ好青年なんだよなぁ)
それに、小さい頃からそんなに笑う方じゃないみっちゃんだけど、俺達や咲愛也といるとこうして笑顔を見せてくれる。それがなんとも言えず嬉しかったりするのは、俺だけじゃないはず。
うん。今日はここらで無罪放免でいいかな?
(…………)
それにしても、こうして改めてみると、大きくなったなぁ?
やっぱその辺は女の子とは全然違う。俺が初めて会ったときは、典ちゃんの後ろに隠れてひょっこりと顔を出すような、人見知りな甘えんぼさんだったのに。
みっちゃんと俺が最初に会ったのは、ふたりが幼稚園に入るか入らないかって歳の頃だった。
咲愛也が歩けるようになり、一緒にお出かけできるようになって嬉しかった半面、あまりの可愛さに周囲の視線を集めることが多かった咲愛也。
そういうとこまで母親に似なくてよかったのに、とは思ったけど、俺に似たところが爪先と耳の形くらいで済んだのは本当に幸運だった。
けど、あまりの可愛さは危険と隣り合わせだってことを、俺はよく知ってる。
典ちゃんが『ある相談』を持ち掛けてきたのは、俺達が丁度、そんな嬉しいような困ったような複雑な悩みに頭を抱えていた時だった。
『ねぇ、ちょっと相談に乗ってくれない?』
人の世話をするプロ(看護師)で、なんでもできる典ちゃんがそんなことを言ってくるなんて珍しい、と思っていたんだけど、話を聞いてみると、それは確かに『俺達にしか頼めない相談事』だった。
その相談とは――
『道貴を、咲愛也ちゃんの幼馴染として育てさせてもらうわけにはいかないか?』
というものだった。
典ちゃん曰く、みっちゃん――道貴君の置かれた家庭環境は一般のソレとは大きく異なるからだという。
家の中で育てられるうちはいいけど、『外』に出れば、自分の家が周りと違い、それを認識して周囲の人間と折り合いをつけていかないといけない。
その為には、『一般的な家庭がどういうものか』を幼いうちに学んでおく必要がある、とのことだった。
そして、『道貴君の家庭環境』に理解があって、それを頼めるのは俺達しかいなかった、というわけだ。
最初は戸惑いもしたが、道貴君が生まれてからというもの、典ちゃんがいい父親代わりをしているのはよく知っていた(咲夜の心臓の健診や咲愛也の小児定期健診で病院にはよく行ってた)し、同じ父親として子どもの成長を気にかける気持ちは痛いくらいにわかったから、俺達は快くその役割を引き受けた。
そして、『一般的な家庭』の役割を引き受ける代わりに俺達に
最初は口数もそんな多くなくて、何を考えてるかわからないように思えたみっちゃんだったけど、幼いながらに典ちゃん同様、なんでもできる賢い子だった。しかも、典ちゃんと違ってケンカも強い。
次第に打ち解けてくると、口数が少ないのは恥ずかしがり屋なせいだったことがわかってきたりして、咲夜と咲月は『ギャップ萌え!』とか叫んでたっけ?
ウチには息子がいないから、それも新鮮だったみたいで。咲愛也と三人して『みっちゃん、みっちゃん!』って可愛がってたな。
その間俺は、ちょっと寂しかったけど。
でも、一緒にボール遊びとかをしてあげたときの照れ臭そうで嬉しそうな顔。遊んであげた俺まで嬉しくなったっけ?今でもたまーに思い出す。
俺は成長した幼馴染君の姿に、そんな思い出を振り返っていた。
「みっちゃん、少し見ない間に大きくなったな?ウチに泊まるのは久しぶりだっただろ?咲愛也の部屋じゃ狭かったんじゃないか?」
懐かしい想いを胸に話しかけると、みっちゃんは穏やかな表情で口を開く。
「いえ、そんなことは。咲愛也が奥に詰めてくれましたので」
(ん?)
「……奥に?」
ちょっと待って。どういうこと?
「はい。おかげさまでベッドから落ちることなく無事に一晩明かすことができました」
まさか……
「……同じベッドで寝たの?」
「ええ。さすがに幼い頃のようにはいきませんでしたが、薬を飲みましたのでよく眠ることができ――」
あああ。まさかそうでしたとは……
咲愛也ってば相変わらずみっちゃん大好きなのね?一緒に寝ちゃってもいいくらい好きなのね?間違って襲われちゃってもいいくらい好きなのね?
わかってますよ?パパだって咲愛也がみっちゃん見てるのと同じくらい、咲愛也のこといっつも見てますから。
けどな?それはそれ。これはこれなの。
いくら咲愛也が『いいよ♡来て♡』って言っても、ダメなものはダメなの。
Do youアンダスタン?賢いみっちゃんならわかるよね?節度は大切だよね?
典ちゃんからもそう習って――あいつはワンチャン教えてないかもな。
くそ。インモラルめ。
は~。でも、逆にびっくりだわ。
美少女と同衾して、散々誘惑されただろうに無傷で返すとか?
ホントに男かよ?むしろ紳士かよ?俺かよ?
てゆーか?
「みっちゃん……高校生だよね?」
「は、はい……?」
「それなのに、咲愛也と同じベッドで寝たの?それはちょっと……遠慮しようかなって思わなかったの……かな?」
俺だって咲月の部屋では床で寝たよ?咲夜の部屋では――
(…………)
棚上げですまんな。許せ。
父親とは愛ゆえに己を棚に上げる生き物なんだよ。いつの世も。
そして、父親としてはこれも聞いておかないと。
「みっちゃんはよく知ってると思うけど、咲愛也は可愛いよね?咲愛也が隣にいて、何も思わなかったのかな?」
「いや、それは……」
おい。否定すんのか?いやいや、まっさかー?
「俺が高校生なら、ドキドキしちゃうけどな?」
「…………」
おい!何故そこで黙る!
ああハイ。わかりました。みっちゃんは昔の俺と違って童貞じゃないと?
可愛いとは思うけど、ドキドキはしない、と?
かーっ、生意気ですわね。最近の若い子は。
「みっちゃん、さすがイケメンだね?慣れてるのかな?そういえば、昔からみっちゃんは女の子にモテたっけ?」
「そんな、わけでは……」
またまた。謙遜しちゃって。イヤミかな?
『みっちゃんが他の女の子に取られちゃうよ~!』って娘に泣きつかれた
だって、そんなこと言って来る時点で娘の心、取られちゃってるんだから。
だが、身体まではそう簡単にくれてやらない。
例えみっちゃんがどれほど将来有望なイケメンだったとしても、だ。
娘の為ならどんな鬼にも悪魔にもなる。
そして、時にはお邪魔虫にもなるし、我儘だって言いたくなる。
それが父親だからな?
「ほんと、みっちゃんみたいなカッコよくて優秀な幼馴染がいて、咲愛也は……俺は……」
「…………」
「――鼻が高いよ?」
それはほんと。
なんだけど……なんだけどね?頭ではわかってても――みたいな?
「…………」
そう零すと、みっちゃんはしばし考え込んだ後、椅子から立ち上がった。
「哲也さん、俺と咲愛也は幼馴染です。決して恋人では……その際は、必ずご挨拶にあがりますので――」
うん。当たり前だろ?
いや、むしろ――
「いや、いい。いいんだよ、みっちゃん。気を遣わなくて。咲愛也と仲良くしてくれてありがとう?」
「…………」
将来の話をするのは、もう少し先でもいいよね?
でも、みっちゃんがそう思ってくれてるなら、それはいいことだ。
「……きっと咲愛也も喜んでるよ?」
「哲也さん……!何か勘違いをしておいででは!?」
おいおい。どうしてキミが取り乱す?取り乱したいのはこっちの方なんだぞ?
『咲愛也を取らないでぇ!』ってな。カッコ悪い?そんなん気にしてる場合かよ。
というより、『勘違い』って?
「何を……?」
「えっと、それは……」
穏やかに問うと、みっちゃんは視線を落とした。
もじもじと、マグカップの持ち手をさすって言い淀んでいる。
まさか。口に出しづらい内容に、心当たりが?
やはり昨晩……
待て待て。みっちゃんを信じよう。
しかし、モテメンで(俺の中では)非童貞の彼にこんな気まずそうな表情をさせるなんて、咲愛也のやつ、何をしたんだ?
咲夜直伝の上目おねだりボディプレスか?
咲月秘伝のセクシー
アレを食らってまともでいられる男はこの世にいない。
そして、理性を保てる男も。
ただ一人。俺を除いてはな。
「大丈夫、大丈夫。咲愛也はああ見えてちょっと強引なところがあるからね?みっちゃんは何も悪くない」
だから正直に話してごらん?怒らないから。
一線超えてたら……キレるかもだけど。
にっこりと促すように微笑むと、みっちゃんは慌てたように話を続ける。
「ですから!安眠したって言ってるじゃないですか!俺はベッドの端を借りて寝ただけですよ!?」
(…………)
ほんとに賢い子だ。笑顔の裏で疑われてることに気づくなんて。
まさかこの読心も典ちゃん直伝か?まったく。あいつ、どこまでも侮れないな。
俺は、なるべく本心を悟られないようにゆっくりと口を開いた。
「わかってるって。咲愛也は世界で一番可愛いって」
「話を聞いてください!哲也さん!?」
「聞いてるよ?」
一言一句、漏らさずな。
キミの話も、咲愛也の話も……
「うん、聞いてる。聞いてるよ。咲愛也から、キミのことがどれほど好きか、ってね……?」
「で、ですが!俺と咲愛也は何もありませんから!ありませんでしたから!」
「そう……?」
あまり取り乱すことのないみっちゃんの、珍しく必死な表情。
その様子から、俺に信じてもらいたい、嫌われたくない、という想いが伝わってくる。
なんだ、みっちゃん。お前やっぱりイイ子だな?
ちょっといじわるしたことを反省していると、返事が無くて焦ったであろうみっちゃんは、一層声を荒げた。
「そうです!俺と咲愛也は幼馴染なんですから……!」
うん。この様子だと一線は超えていないようだ。安心、安心。
俺、キミを信じてみることにするよ。
だって、キミは俺にとっても自分の子どもみたいなものなんだから。
小さい頃から見てきたから、それくらいわかるさ。
「そっか。そっか、そっか……!やっぱりみっちゃんはイイ子だな?」
俺はそう言ってみっちゃんの頭を撫でた。幼い頃と、同じように。
そうして、椅子から立ち上がる。
「さぁ、そろそろ会社に行こうかな……みっちゃん?」
「は、はい……?」
らしくないぞ?きょとんとしちゃって。ま、こういうところはまだ子どもだな?
俺はその様子を微笑ましく思いながら、優しく声を掛けた。
「咲愛也のこと、これからもよろしくな?あと――」
「?」
「これからも――イイ子でいてくれよ?」
咲愛也が幸せでいる為に……
(さぁ、その為にも俺は仕事に行くかな)
俺は、気を利かせた咲月と咲夜が隠れた寝室に足を向ける。
だって、会社に行く前は愛情をチャージしないと出かけられないから。
父親って、しっかりしてそうに見えて、実はそういう生き物なんだぞ?
わかったか?みっちゃん?
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