第70.5話(2) 監禁犯と被監禁者の絆 後編


「そんな……!今すぐ行く!典ちゃん助けに来てよぉ!?」


 お姉ちゃんの第一声を聞いて、私はスマホを取り上げた。


「お姉ちゃんは少し反省して!!典ちゃん!?轢かれたってどういうこと!?哲也君に何かしたらタダじゃおかないわよ!?」


『あ~…………咲月ちゃん?』


 典ちゃんのトーンは目に見えて落ちる。


(こいつら……!思考回路が似てるっていうのは、ほんとみたいね!お姉ちゃん、匣にぶち込むわよ!?)


『ねぇ、今咲夜ちゃんが助けに来てって――』

「ああ、色々あって家から出られないのよ」


『行っていいの?』

「懲りないわね……」


 どいつもこいつも。典ちゃんはブタ箱にぶち込むわよ?


「いいから。哲也君について話して。簡潔に」

『いいの!?』

「家に来ていいって意味じゃないから!その話は今は『いいから』の『いいから』よ!」


『はいはい。からかってごめんよ?お姉ちゃんが隙だらけだと大変だね?』

「ほんとよ。あなたみたいな人を許しちゃうんだから、困ったお姉ちゃんだわ」

『代わりにお世話しようか?』

「お断りします!!」

『ふふ。咲月ちゃん怒ると可愛いね?』


「もう!それより哲也君は無事なんでしょうね!?」

『ああ。全治二週間の骨折。命に別状はない』


 その言葉に、胸を撫でおろす。というか、一行で済むなら開口一番にそう言って欲しかったわ。でも、二週間会いに行けないのは困るかも。

 押し黙っていると、電話口から飄々とした声が響く。


『家から出られないって……ひょっとして、監禁でもされてるの?』

「…………」


 電話口から空気を察するなんて、相変わらずスペックだけは高いわね。


『あれ?図星?』

「……だったら何よ?」

『助けに行くよ?』


 正直助かる。


 哲也君が監禁犯だってバレても問題なくて、助けてくれる『外』の人。今は典ちゃんしか候補がいない。けど……易々と足を踏み入れられても困る。


 私の考えに気が付いたのか、電話口からため息が聞こえた。


『はぁ……今の僕は咲夜ちゃんの幸せを願う一般人なのに。お兄さん悲しいな?』

「お姉ちゃんはともかく、私はあなたを信じきれない」

『二回も騙されてるし?』

「ちっ……」


『ふふ、ごめんて!哲也君は無事だし、僕は彼をどうこうしようという気はない。だから安心して?それで、僕はどうするのが最善かな?逆に教えてもらっても?』

「そうね……」


 私は思考する。いくら怪しい元・監禁未遂犯とはいえ、典ちゃんは腐らせておくには勿体ないハイスペック人間だ。利用しない手はない。


「ひとまず、哲也君の指示に従って貰ってもいい?」

『は?』

「そんなイヤそうな声出さないでよ。これはお姉ちゃんの意思で、願いよ」


 私を見守り、傍でそわそわと哲也君を案じるお姉ちゃん。まぁ、大方間違いではない。そう言うと、典ちゃんはトーンをあげた。


『わかった。従う』


(チョロっ。逆に不安になるわね、このチョロさ……)


『じゃあ、哲也君と話して家に帰るなら手を貸すとでも言っておこうかな?早期退院はもちろんだけど、ふたりに会いに戻りたいなら、車椅子押して送迎するよ。その場合は家に行っても問題ないよね?中にはあがらないし』


「察しが早くて助かるわ」


 ほんと、おそろしい人。何がおそろしいかって、また頼りたくなってしまいそうな便利さと、こちらに踏み込んできて欲しくないのがわかってる距離の取り方のうまさがおそろしい。


『おっと。哲也君の目が覚めたみたいだから、様子を見てくるよ。そっちに行くときは連絡するから。咲月ちゃんに電話した方がいいかな?』


「そこまで気を気を遣わなくていいわ。どうせ私はお姉ちゃんと一緒にいるし、お姉ちゃんに掛けていいわよ?」


『ありがとう!咲月ちゃんは話がわかるね!あ。最後に咲夜ちゃんに代わってもらっても?』


「いいけど……はい、お姉ちゃん。哲也君、命に別状ないってよ?典ちゃんが色々助けてくれるって。安心していいみたい」


 それを聞いて、お姉ちゃんは大きく息を吐く。


「よかったぁ……!無事でよかったよぉ!」


 そして、スピーカーモードにしたスマホを受け取ると、開口一番――


「典ちゃん、哲也君を助けてくれてありがとう!」


 お礼を言った。


(お姉ちゃん……哲也君にも負けないお人好しなのかしら?こんなの、私が哲也君を好きになっちゃうみたいに、典ちゃんがのめり込むのも無理ないわよ?)


 好感度に、カンストは無い。それは私が一番よくわかってる。だって、そうやって私は哲也君をどんどん好きになっていったんだから。

 今も、現在進行形で。監禁されても、彼が好き。


「典ちゃんがいてくれて助かったよ」

『ふふ。咲夜ちゃんがそう言ってくれるなら、心を改めてよかったかも?』


「哲也君が困ってたら、助けてあげてね?昔、わたしにそうしてくれたみたいに。典ちゃんの手当ては看護師さんの中で一番上手だもん。安心だよ」

『ああ。僕もう死んでもいいかな?』


「どうして!?哲也君を助けるまで死なないで!哲也君が死んだらわたしも死んじゃう!」


『そのときは、僕も死ぬのうかな?ははっ、冗談。哲也君と心中はごめんだ。でも、咲夜ちゃんの幸せが彼にあるのなら、僕は彼を助けるよ。痕が残らないように、痛みも不安も無い、快適な病院生活を約束しよう』


「信じてるからね?典ちゃん」


『ふふ。はっきりそう言われると、もう二度と失うわけにはいかないね?心からそう思えるよ。まるで呪いだ』


 典ちゃんは短く笑うと、通話を切った。


 『まるで呪いだ』。


 そう呟いた彼の気持ちが、私にはわかる。

 心からの信頼や、あたたかい心遣いは、時として監禁犯を苦しめるから。


 自分の中の、愛する者を閉じ込めたいという『悪意』。それとは正反対の、愛する者から向けられる『善意』。この葛藤に、苦しまない監禁犯はいない。


 だって、監禁犯は『対象を愛してやまない』んだから。



 これは、欲望か、執着か、はたまた愛なのか。私は、その答えを知っている。



(哲也君……今、君もおんなじ気持ちなのかしら……?)



 そうだったら、嬉しいな。

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