第69話 まさかの暗雲アゲイン?
「――ん……」
ふと、腰の下から脛にかけて痛みを感じて目を覚ます。
――と、俺の上に美少女が……乗っているわけがなかった。
「――っ……」
カーテンの隙間から零れる陽光を反射する銀糸の髪もいなければ、俺を見つめる涼やかな瞳の気配もない。
「ここはどこ、だ?」
見上げた天井は見覚えのない、白い壁。横目で見ると、枕元には派手な色をした液体をぶら下げた無機質な器材が突っ立ってしているし、シーツも枕カバーも素っ気ない、白。
どう見ても、病院だ。
しかも、俺はそのベッドに仰向けに寝かせられていた。
唯一見覚えのあるベッド脇のリュックからスマホを取り出そうと手を伸ばすと、部屋の扉が開いて見知った顔が入ってきた。
「あ、生きてたの?」
朝の陽ざしに照らされる、すらりとした痩身に医者のものとはまた別の真っ白な白衣。やや長めに切り揃えられた黒髪に、にやりと細められた目は一見すると爽やかイケメンだが、優しそうな声音の裏に潜む『狂気』を俺は知っている。
「何でここにいんだよ、典ちゃん」
「そりゃあ看護師ですから?」
いけしゃあしゃあと言ってのけては、隣の空きベッドにおもむろに腰かける。
そこ、患者用だろ?
「そうじゃなくて」
「ああ、どうして捕まってないのかって?」
「…………」
かつての仇敵(今も尚?)の典ちゃんは、にやりと口元を歪ませると、着ていた白衣の胸元を開けて肌を露出させる。
男のストリップショーなんて見たくもない。舌打ちしながら視線を逸らそうとしたが、目を逸らせないような光景がそこにはあった。
「え。凄い傷痕……なんだソレ?擦り傷?切り傷?」
「色んな傷?」
「…………」
三拍子揃ったいい返事。
思わず目を覆いたくなるような凄惨な『痕』なんてどうってことない、みたいな涼しい返しだ。典ちゃんは静かに白衣のボタンを締め直しながら口を開く。
「これを見せたら、警察の人はみんな黙ったよ。今のキミみたいにね?おかげで僕は『兄さんに脅されて加担させられていた被害者』ってわけ。あと、袖の下通した」
「その傷、自分で?」
まさかとは思うが……
「そうだよ?兄さんに全ての罪を被ってもらうためにね?いやぁ、自分で自分の身体に鞭を打つのは大変だった!あれは中々テクが要る!麻酔をしてたから痛くはなかったんだけどね?」
「…………」
やりやがった。
流石スーパーサイコルナティック監禁(未遂)及びストーカー常習犯。
咲夜の為、もとい罪を逃れる為ならなんでもやりやがる。
「それでよくのうのうと俺の前に姿を見せられるよな?」
「ふふ。だってキミが勝手に轢かれて来るんだもん。僕は仕事中なだけさ?それに、監視ツール諸々は兄さんの物証として没収されちゃったから、今の僕はただの一般人。咲夜ちゃんの様子を遠くから眺めることもできない憐れな僕に、罪なんてひとつも無い」
「さっきの、録音してたらどうすんだ?」
「録音したところで、キミはチクったりしないだろう?いま、家に警察が来たら困るんじゃない?」
「…………」
俺は飄々と語る典ちゃんを睨めつける。大方の事情を察しているであろう典ちゃんは、ゆっくりと口を開いた。
「咲夜ちゃん、なんで来ないの?咲月ちゃんも。キミが轢かれたっていう連絡は行ってるはずなのに、おかしいね?今から家行ってもいい?バール持って」
「それもう、わかってるだろ。俺が――」
「監禁したって?」
「…………」
言葉を遮った典ちゃんは冷ややかな視線を俺に寄越す。
「どうしてそんなことを?キミはすでに十分過ぎるほど愛されてるじゃないか。何をいまさら独り占めするのさ?」
「だって、『外』は危険だ。お前みたいなのがいるしな」
「はは、確かに。けどもう何もしないって。咲夜ちゃんに直接言われて打ちのめされたよ。今はひっそりと彼女の幸せを祈るさ」
「え。直接って、何を……?」
「『わたしは哲也君のことが好きだから、典ちゃんの気持ちには応えられません。ずっとお世話してくれたのに、ごめんなさい』だってさ?一週間前くらいにメッセージが届いたよ。けど、そう言った割には僕からの連絡をブロックしないし、着拒もしない。まだイケるかな?」
「えー……お人好し過ぎるだろ、咲夜」
「ふふ。キミが死んだら、僕にもチャンスがあるかもね?」
くすりと笑うその視線に、思わず身構える。脚を怪我した今の状態では、一方的に嬲り殺されるのがオチだが。
しかし、俺の予想に反して典ちゃんは意外にも柔らかい笑み浮かべた。
「キミの存在が咲夜ちゃんの幸せ。だから、キミを死なせるわけにはいかない。事故に遭ったのは災難だったけど、骨折の程度も酷くはないし、脚以外に目立った外傷は無い。二週間もすれば退院できるんじゃない?」
「二週間!?」
「まぁ、キミの身体が大丈夫で早期退院を望むなら手配するけど?」
「えらく面倒見良いな。気持ち悪い……」
ジト目で睨むと、大袈裟に肩を落とす。
「うーわ、酷っ。これでも心を入れ替えたんだよ?点滴の中身を入れ替えるとか、注射器で
「…………」
物騒だが、言われてみれば確かに。
「信じていいのか?」
「それは自分自身に問いかけなよ?そうやって前に騙されたのはキミなんだから」
「…………」
俺の天秤は再び揺らぐ。
そんな違法建築の高層マンションよりぐらんぐらんな俺に、典ちゃんは問いかけた。
「ねぇ、今朝咲夜ちゃんの顔見た?どんな顔してた?」
(え、それは……)
どんな顔を、してたっけ?笑ってたっけ?怒ってたっけ?そもそも見送りに来た?いや、咲夜が来ない訳がない。咲月も。けど、すぐには思い出せない。
「キミに監禁されて、ふたりはどんな顔してた?それで幸せそうだった?」
「…………」
どうしよう。ふたりの顔が、思い出せない。
思い出すのは楽しかったときの記憶ばかりで、ここ数日のあいつらがどんな顔をしていたか、碌に思い出せもしない。
確かに咲月は帰りを待っていた。咲夜は俺を心配して怒った。
けど、その表情は?
「思い、出せない……」
その言葉に、典ちゃんは呆れたようにため息を吐く。
「そんなことだろうと思った。ぼーっとして轢かれてるし。もう、そんなんじゃ兄さんの二の舞いになるよ?」
「え?」
「何そのとぼけた顔?僕は『兄さんの二の舞いになるよ』って言ったんだ。聞こえなかった?」
わけが分からない。
俺が?あの?サイコ
「なんでそうなんだよ!?」
声を荒げる俺に、典ちゃんはゆっくりと語りだす。
どうして俺が、あの『
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