第66話 監禁犯 ⅤS 監禁犯


 朝はあんなになよついていたのに、それも演技だったのか。ああ見えて、典ちゃんに隙は無い。

 『怪我したらいけないからね』と言って咲夜を床に寝かせるとスタンガンを片手にこちらへ歩み寄ってくる。だが今回は、刺し違えるわけにはいかない。

 俺は脳内をフル回転させて勝機を探した。


(今この部屋で動けるのは俺ひとり。咲夜はもちろん咲月、偏道も気絶してる。匣の中から偏道を呼ぶ子の声も典ちゃんには効果がない)


 あいつ、咲夜にしか興味がないからな。


(ん……?咲夜にしか、興味がない……?)


 『これ』だ。


 俺は息を吸い込むと部屋中に響き渡るような大声を出した。


「咲夜!聞こえてるんだろう!?目を覚ませ!」


「は……?」


 典ちゃんの、歩みが止まる。


「電気治療に耐え抜いたお前にスタンガンは効かない!本当は、信じていた典ちゃんがこんなことするのが受け入れられなくて、うずくまって泣いている!そうなんだよな!?」


「え……」


 典ちゃんは、思わず咲夜の方を振り返った。その瞬間。俺はスタンガンを構えてダッシュする。そして、典ちゃんの背中側から回りこんでいた咲月と目が合った。


「やれ!咲月!」

「おやすみなさい!典ちゃん!ビリッとするわよ!」

「は?咲月ちゃん!?」


 『なん、で……』という言葉を聞き終わる前に、咲月のスタンガンが火を噴いた。


 バチバチバチッ……!


 力なく、その場に倒れこむ典ちゃん。

 俺は、そのまま咲月とハイタッチした。お互いにスタンガンを持っていない方の手で。


「咲月の目が覚めてなかったらどうしようかと思ったぞ……」

「ふふ。哲也君の叫び、私に届かない訳がないでしょう?それに、途中から私が起きてたの、気が付いてたんじゃない?」


「確証はなかった。なんとなくだ。けど、よく気が付いたな?俺が『咲夜でなくて咲月を呼んでる』って」

「別にそんなんじゃないわ。哲也君が叫べば、お姉ちゃんだろうが私だろうが関係ない。助けるために、駆けつける。それが、『愛する者を守りたい』と思う、元・監禁犯よ?」


「なんだそれ?新手のダークヒーローか?けど助かったよ。ありがとう」

「それはお互い様。さぁ、お姉ちゃんと一緒にウチに帰りましょう?」


 そう言うと、咲月は爽やかな笑みを向けた。


「その前に……この『ホンモノの監禁犯達』、どうする?」


 足元に転がるふたりの監禁犯(一人は未遂)に視線を落とす。


「気絶してるなら、放っておけばいいだろ?偏道は三日は起きないみたいだし、典ちゃんに警察を牛耳る力は無い。どうせすぐ捕まる。それより、余計なことして俺達に足が付く方が心配だ。罪は無いけど、一応ビリッとさせちまったし」


「それもそうね。じゃあ、写真だけ撮って帰りましょうか?もう、へとへと」

「俺もだよ……」


 俺達はその後、人身売買(疑惑)と、青少年拉致監禁の現場証拠を押さえた画像を匿名で警察に送り付け、佐々木邸で行われていた事の一部始終が解決されることを祈った。


 マスターキーで匣を開けるか悩みはしたが、捕まっている子に相談したところ、不本意に捕まっている者は解放。自らの意思で入っている者に関しては日数分の食事さえ入れておいてくれれば施錠したままでいい、とのことだ。

 自らの意思で入っている者の中には偏道に心酔している子もおり、迂闊に外に出すと偏道を逃がしてしまいかねないらしい。俺達はその言葉に従った。


 これで、偏道がミーナちゃんにしたことへの『復讐』は任務完了ミッションコンプリートだ。

 そして、俺は思うのだった。


 ――やっぱ、『外』はダメだなぁ――と。


     ◇


 帰宅した俺達はなんだか食欲もわかず、シャワーを浴びたら早々に就寝することになった。

 ミラさんに全員が無事に帰宅した旨の連絡をすると、受話器の向こうから嬉しそうな泣き声が聞こえてきた。その思いやりに、胸があたたかくなったのを覚えている。


 咲夜と咲月は(当たり前だが)相当疲れていたようで、今はふたりして咲月の部屋で身を寄せ合うようにしてくぅくぅと寝息を立てていた。


(安心しきった寝顔……本当に、またこの顔が見られてよかったよ……)


 俺はふたりとまたこうして幸せに暮らせることに心の底から安堵した。


(もう二度と、あんなこわい思いはさせないからな……)


 そうして、俺はふたりの細い足首をそっと撫でる。

 咲夜はくすぐったいのか無意識に指をふにふにと動かしているし、咲月の足先はやっぱりひんやりしていた。


「…………」


(どうか、ずっと、このままで……)



 穏やかなふたりの寝顔を見つめる俺の手に握られているのは……

 

 ――ふたり分の、鎖に繋がれた足枷だ。

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